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キュービット・オン・ザ・グラウンド  作者: TATA
第一章 一歩目の歩み
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1-6 指名手配

 「はぁっ...はぁっ...」


 人目を避けて街を駆ける。遮蔽物に隠れながら、全力疾走と休息を繰り返す。


 行く宛は、ない。


 だが、今まで過ごした小さな寝床に戻る訳にはいかなかった。

 おそらく、先程発せられたアナウンスのせいで、私の部屋には真っ先に探りを入れられているだろう。


「わたしが、人を...!」


 現実を意識する度、胃の奥から苦酸っぱい液体がせり上ってくる。それを嚥下し、ひた走る。

 電子板の端にあるお知らせの項目、そこがヒナゲシ区に住んでいる人間なら赤い光点が点灯していることだろう。


 内容はこうだ。


 この区に住むエス(15)は、区の西部に位置する巨大建造物を破壊し倒した。


 倒壊の先にいたクリンピー(29)が建造物の下敷きになり死亡。


 エスを見かけたならば、中央の管理課まで連れてきて欲しい。


 (私とクリンピー氏の顔写真が添付されている。)


 柱が人のいない場所に倒れて安心しきっていた。


 なぜこのタイミングで発信されたのかは疑問だが、私たちが倒した柱によって、一人の人間の命が失われた。

 実際に柱を倒したのはディエゴだが、あの状況だと私も共犯のようなものだろう。


「ごめんなさい...」


 謝って済む問題ではないことは分かっている。私に出来ることは懺悔し、区の中央にある管理課に出向くことだ。


 しかし、私は脱兎のごとく身を隠し、逃げ回っている。


「誰か...助けてっ...」


 呟いた言葉は風と共に消える。踏み込んだ人付き合いを避けていた影響か、助けてくれる人間はこの街にはいない。

 どこか静かで閉鎖的な場所に閉じこもりたかった。建造物の影でひっそりと蹲る。


 どっどっ、と心臓が早鐘のように鳴り響くのを嫌でも感じてしまう。


「助けてなんて言葉、おこがましいのかな」


 焦点が定まらない視界がクリアになった気がした。巨大質量の下敷きとなったクリンピー氏は、死の間際に何を思ったのだろうか。


 私が蚕食されるように感じていた恐怖を、いっぺんに味わったのだろうか。

 毎日毎日、死にたくないとうわ言のように呟いていた。少しづつ減っていく余命のカウントを、痛みだと錯覚していた。未来を後ろ向きなものと捉えていた。


 そんな私が、人の命を奪った。


「私の生きる価値って、今はあるのかな?」


 きっと簡単な問いなのだろう。しかし、考えようとしても思考の流れが堰き止められるかのように、解にたどり着くことはできなかった。


 一拍、息を吐く。


 たった数日だが、狂瀾怒濤の出来事が続いた。その結末が、こんな悲惨な結果になるなんて思ってもみなかった。


 白鼠色の後ろ髪を手前に抱えながら、私はその場から動くことが出来なかった。




 けたたましくなる呼出音で顔を上げたのは、同じ体勢を取り続けたゆえの、体の痺れを感じてきた頃だった。


「......ハゼ?」


 通話の主は、昨日まで居た病院の同僚、ハゼであった。アナウンスを見て、真偽を確認してきたのだろうか。

 私には返す言葉がなかった。正しさで詰められたら何も出来ない。通話に出るか長い間迷った。


「...どうとでもなれ」


 私は通話に応対することに決めた。空中に浮き上がるコンソールのボタンに触れる。


「...もし」


「遅せぇよ!何してたんだ全く!」


 私が何か言おうとするよりも早く、ぶっきらぼうな声がコンソールから響いてくる。


「お前がなんかやらかしたのは初耳だ!柱をぶっ倒しただぁ?何してんだよ一体!」


 違う、深刻なのはそこじゃない。そのせいで人が犠牲となっているのだ。


「聞いてほしい、クリンピーさんって人が...」


「そのクリンピーってやつだがよ、四年前にとっくに死んでるぞ!」


「......えっ」


 言葉の意味を飲み込めなかった。二年前に死んでいる?昨日、柱が倒伏してしまったせいで死亡したのでは...


「顔写真見ておかしいと思ったんだ。そのクリンピーってやつは、急性呼吸窮迫症候群を発症し、うちの病院で亡くなった患者だ。」


「っ...!!」


 それは本当のことなのだろうか。急性呼吸窮迫症候群は私も知っている。肺機能の損傷や低下により引き起こされる病気であり、ある程度の技術を持った人間しか対応できない、いやそんなことよりも。


「なんで、それが分かったの...?」


「過去のデータを漁ったんだよ!死人だからな、身元のデータは他の患者より詳しく残してあった。間違いないぜ。」


 浅くなっていた呼吸が、元に戻る感覚。体の内側からほのかに熱を取り戻していく。


「よ、良かったぁ〜〜〜〜〜」


 ひんやりとした、無機質な床に思わずへたってしまった。先程までの私は、まるで世界の終わりに直面したような顔をしていただろう。


「...なんかの間違いか知らんが、オレが知ってて良かったな、感謝しろよ。...ってもう所属してないんだっけか」


 まるで地獄に垂れた蜘蛛の糸のような報せだった。これに関しては、感謝してもし切れない。


「本当にありがとう、ハゼ。この連絡が無かったら私どうしていたか分からなかったよ」


「なんか大袈裟な気もするが...そういやなんで四年前に死んだ無関係の人間が出てくるんだ?なんかの間違いか?」


「確かに...」


 住んでいる人間への全体アナウンスは一日に二度位はある。食料の配給が滞っているだとか、この道は通れないだとか。


 だが、今回のような緊急性の高い、ましてや一個人を対象としたアナウンスは中々に稀であった。以前あったのは、行方不明の子供を探して欲しいという旨だろうか。その時は極力的な区民も多数おり、街全体が人の捜査網となっていた。


「中央に連絡して、今のこと伝えてみるよ。ありがとう」


「...疑問に思ったのも、お前がこんな事する訳ないって思ったからだ。ま、俺に出来るのはここまでだ、後はどうにかなるだろ」


「そっちこそ、頑張ってね」


 ここで通話は終了した。思えば、ハゼとここまで懇意に話したのは初めてかもしれない。不躾で感じの悪い人だと思っていたが、意外な一面を知ることが出来た。


「よし、後は...」


 操作板からキュービットを動かし、私を覆うように箱型に配置する。誤解が解けるまでに見つかったら厄介だからだ。


 建物にくっつくよう配置したので、見つかりはしないだろう。その中で、電子板を開く。


 連絡の項目から、中央の事務局を選ぶ。中央とは、この区を管理している中枢部のことだ。

 三コールも経たないうちに繋がった。応対したのは高い声の女性だ。


「エスって、あのアナウンスにあった...」


「それが私は誰にも危害を加えていないんです!...まぁ、柱を倒したのは事実ですが...」


「詳しくどうぞ」


「アナウンスにあったクリンピーって人は、実は四年前に既に亡くなっていて...」


 内容を簡潔に伝える。応対する女性は物分りがいいのか、トントン拍子に話が進んだ。


「確かに、四年前にその病院で亡くなった記憶がありますね。ですが一体なぜ...あ、はい、なんですか?」


 どうやら別の人と話しているようだ。私は落ち着いて返事を待つ。


「管理課のハッター氏が代わるそうです。...偉い人なので、くれぐれも粗相の無いようお願いしますね」


 私は通話越しに頷く。ハッター氏とは、確かこの区を管理するグループに所属する人間だ。初老でシルバーの髪をオールバックにした男性だが、顔よりは名前の方が目にする機会が多い。


 何十秒待っただろうか。時間が緩やかに流れていく。手を閉じたり開いたりするのを十三回繰り返した所で、電子板越しの相手と繋がった。


「...君はエスくんだね?周りには誰もいないのかな?」


 渋く風情のある声が響いてきた。どこか閉鎖的な場所にいるのか、声が壁一枚隔たれたような響き方をしている。


「はい、そうですハッターさん。今周囲には誰もいません。私、追われている身なので」


 これくらいは言っても良いだろう。ハッター氏の対応は瀟洒なものだった。


「それは申し訳ない。気が気でない思いをさせているだろう」


「あの、アナウンスは間違ったものだと訂正してくれませんか?このままじゃ私、外も歩けません」


「それは、なぜ?」


 質問されるのは予想外であった。私は先ほどの女性に伝えたように、アナウンスが間違っていたことを伝える。


「...なので、クリンピーさんは四年前に亡くなっているんです。私とは関係ありません」


「ああ、そこからアナウンスのミスに気がついたのか」


「はい、なのでっ」


「ああいや、その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なので彼の名前を今回使わせてもらったわけだ」


「...え?」


 私は思わず聞き返す。まるで今の言い方だと、故人のクリンピー氏をアナウンスの内容に載せたのは故意であると捉えられるが...


「そうだが?彼を柱の倒伏で死んだように見せれば、キミは中央に来るしかないんじゃないか?」


「.......はい?」


 一体何を言っているのか。まるで意図が掴めない。


「とりあえず、中央の管理課に来てくれたまえ。そのためにあの文言も出したんだ。」


「...でっちあげたと言うんですか?私によって死者が出たって」


「そうに決まっているだろう。すぐに察してくれんか」


 口の中が急激に乾いていく感覚。この瞬間、通話口の相手から悪意を向けられているということに、初めて気がついた。


「なん...でっ!私を陥れる様なことをするんですか!?」


 当然の疑問だった。何せ全く心当たりというものがないのだ。

 だが、その疑問はすぐに解消されることとなった。


「君、アダムがいる部屋に踏み入ったでしょ?なんであそこにたどり着けたかは分からないけど、あの部屋は一般市民には伏せてるんだよ。だから管理課まで来てくれないと」


「...来たら、私はどうなるんですか?」


「キミはメガスロットを体内に持っているらしいじゃないか。地下室を荒らした償いとして、折角だしそれを渡してもらおうか。それじゃあ、待ってるよ」


 通話は終了した。しん・・・という音が聞こえそうな静寂に包まれる。

 拾い集めたものを、谷底に全て落としてしまったような感覚だった。


「は、はは...死ねってことかぁ...」


 電子板が消えると、キュービットで囲まれた閉鎖空間は暗闇であったことに気がついた。


 スリット状に入る外からの光が、わたしの体を分割するよう照らしていた。

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