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キュービット・オン・ザ・グラウンド  作者: TATA
第一章 一歩目の歩み
3/11

1-3 メガスロット

 ウフ、私が何者かですって?気になる?やーねー!照れちゃうじゃないのーー!!

 アタシはシークレットな立場だから、詳しい事はヒ・ミ・ツ・よ♡

 ちょっとぉ!怒らないでってばー!じゃあ代わりにイイコト、教えてあげる!

 アタシ、いやアタシ達はね、神の遣いなの。そう、GOD!!

 ん?この世界に神を信仰する文化はない?不必要なものは省かれてるって?

 ニブ〜〜い!ニブいわよ!

 確かにこの世界に生まれた人間は信仰なんて知らない。無いものはないワケだし、尋ねても手ごたえなんかないでしょうね!

 でも見えないところで人間を管理してる。その気になればコツコツ積み上げてきた文明をリセットできる。当然そこに住む人間たちも。

 それは王でも支配者でも大統領でもなく、神って言うのが正しいんじゃないかしら?


****


 キュービット。


 この世界で空気の次に質量が多い物質である。


 立方体を表すcube(キューブ)と情報の単位を示すbit(ビット)を組み合わせた名前が示すとおり、言わば無数の単位がキューブ状に可視化されている機構である。


 砕けて言うと、1立方センチメートルのキューブが1単位として、地上および空中に無数に存在している。


 目には見えないが、地表から上は余すことなく1センチ角の升目に区分されており、そのマスに1単位のキュービットがきっちり嵌る事ができる。これを逐次的に繰り返すことで、塊として整合することができる。そのため、建築物などの矩形を造ることが得意である。


 反対に、升目に合わない曲線や、1センチ未満の調整が出来ないなど、用途が限定的な面もある。その場合は生成した塊同士を組み合わせる等するのだが、それは別の話だ。

 

 ゆえに、目の前でキュービットが人の上体の形を取り、あげく肢体が生物のように動いていることに驚きを隠せなかった。なんなら、こちらを指す指であろう部分は段差はあるにせよ曲線を描いている。


 剛直なものを作るのは得意だが、こういった柔らかい動きは不得手...というかオートマでの精神力が要る操作が必須となる。要は自動化はできてないということだ。


「なんでこんな幼気な女の子からレオルの気配がするのかしらぁ?オネーサン気になるんだけどぉ?」


 一人称をオネーサンと称した目の前の機械?は、キュービットの集合体で角張った体を、器用にくねくねとくねらせる。仕草は人間のものだが、実際はキュービットの化け物だ。親近感の代わりに警戒心が湧き出る。


「し、知らない...んですけど。そもそもあなたに意思があって、私に話しかけてるってことでいいの?あはは...なんだか分からなくなってきたよ...」


 目の焦点が合わなくなる。状況を飲み込むには、あまりにも色々な事が起こりすぎた。


「ン?とぼける気かしら?私の燃えるようなパッショォンが間違っているというわけ?」


「なにを言ってるの...」


 回れ右をして思いっきり走り出したかった。しかし、それは悪手な気がして思考から排除。気付けに唾を飲み込み、視線を中心に添える。


「要件なら他の人に当たってよ。私、色々やる事があってくたくたなんだ。アナタが何かなんて興味無い。だから、じゃあ。」


 そう言って私は踵を返した。走り出したいのを堪えて早足で歩く。かつ、かつと、靴音が嫌に響く。


「封印を解いてくれたのはアナタじゃないのね?...いや、人体を隠れ蓑にしてたってこと?レオル。...あらヤダ、水臭いじゃないの〜〜!!」


 ひゅん、と空を切る音が聞こえたと思えば。

 私の頭を狙うよう、キュービットの群れが一群の槍となって迫っていた。


「...っ!」


 滑らかな敵意。情報が少なすぎる上で反応するのは不可能だった。私の頭蓋を砕くため、白の一陣は勢いを増し───


「機械も悪意を持つんだな、勉強になった。」


 振り向いた眼前に黒色の花が咲いた。ある時は部屋の壁を、ある時は巨大な柱を、そしてこの瞬間に迫り来るキュービットを黒色の塵に変えたのは、袂で傍聴していたディエゴだった。


「シッ───!!」


 空気を吸い込む音と共に、手に持っていた何かをフルスイングで投擲。早すぎてよく見えなかったが、あれは黒い棒───?


 黒い尾を引いて、目の前で凝縮する化け物に着弾。直後、白いキューブの塊に黒い孔が空く。


「何なのアレ?キュービットを炭化...いえ、不活化させた。ありえないわ。決められた立方体から分解するのにも多大なエネルギーがいるのに。」


 声の主は孔から露出した機械だった。人の上半身を象っていたキュービットは霧散する。地面から垂直に姿勢を直したカード状の機械は、この場から飛び立つプレモーションを取ったように思えた。


「覚悟なさい。アナタの事を必ず迎えに行くわ、レオル。」


 発せられた音声の刹那、映像を逆再生するようにどこかへ飛び去ってしまった。


 倒れた柱の傍ら、私とディエゴが残される。遠くで何やら声が聞こえる中、私の足は意に反して一人でに歩を進めていた。


「夢だ、夢をみよう。起きて全てが丸くなってることにかけよう...」


 私は現実逃避の呟きを発した。遅れてディエゴが無言で付いてくるが、もう構っている余裕はない。


 思いもよらない事が起きすぎた。頭はとっくにキャパオーバーで、情報を整理する時間が欲しかった。

 ここから徒歩で15分ほどの自室に向かう。体も精神もくたくただった。帰ったらすぐにベッドへ突っ伏すだろう。


 そのせいか、私を見つめる生温い目線に気づくことはできなかった。


 自室に戻り、たっぷり8時間以上も爆睡した。そして先程までに起きた奇怪な出来事もある程度反芻し、とりあえずは受け入れることはできた。


 思考はクリアだ。にも関わらず気分は憂悶としているのを意識してしまう。

 原因は視界の左端に映る4659という無機質な数字である。


 この数字は端的に言うと私の余命であり、ほぼ毎日1ずつ緩慢に減っていく。

 昨日は4671を示していたが、起床したら12も減っていた。


 なんの前触れもなく数字がごっそり減ると恐慌に陥るだろうが、私は「やっぱりか」と嘆息するだけだった。


 原因は火を見るより明らかだ。なぜなら私は、いや、私の命を繋ぎ止めている装置はキュービットをまるで手足のように操ることができるからだ。


 装置について爪弾いて話そうか。

 私の頭には、チタン外殻で覆われたいわゆる生命維持装置が搭載されている。


 前述の通り私の視界には数字が昼夜問わず表示されており、緩慢に減っていく数字は装置の寿命を表している。つまり、この数字がゼロになった途端、私は連動して生命活動を停止する───つまり死んでしまう。


 唯一無二であるその装置の名前はメガスロットと言い、特注品であるのか私の頭にある物以外は見たことがない。存在についてもあまり口外するなとも釘を刺されている。


 どうやって生命代謝を繋いでいるのかは分からないが、この装置のおかげで私は今も五体満足に動かせている。


 それで終わればいいのだが、問題はもうひとつの効果だ。


 なぜかキュービットを思い描いたとおりに動かせる。

 どういうことかと言うと、以前語ったように、キュービットは升目状に割り振られた空間に配置される。それを決めるのはただ一基、この世界のどこかにあるというシステムサーバーのみである。


 私たちが下した命令はサーバーが受領し、空間の空いた穴にまるでジグソーパズルを嵌めるようキュービットが配置されるのだ。それを一瞬の間に何万、何億と処理することから、たった一基のサーバーの性能は計り知れないものだと分かる。


 話を戻そう。キュービットを思い通りに動かせるということは、命令をサーバーを介さずにメガスロットのみで完結出来るということである。


 キュービットを嵌め込むのではなく、移動させると言った方が正しいか。頭で想像したイメージ通りにキュービットを動かすことが出来る。


 これがメガスロットの持つもうひとつの機能だ。


 なぜ生命維持装置にそんなモノが携わっているかと聞かれると答えることは出来ない。わからないのだ。生命維持のついでに世界を動かす力がオマケで付いていたという、まぁなんとも腑に落ちない結論を私は出している。


 この、便利の一言で片付けられない力を私はほとんど使ったことがない。なぜなら、利便さには代償が付き物だからだ。


 力を行使するたび、メガスロットの寿命である数字が大幅に減ってしまう為である。

 日中、落下の際に私はその力で10メートル程のスロープを形成した。だが、その対価としておよそ十日分の寿命を支払うこととなってしまった。


「結果生きてたから良い、良い...セフセフ...」


 無駄な失費が一番堪えるものだ。私は藍色に色付けられたようなため息を吐き、窓の枠内を眺める。


 結局、なぎ倒す形で倒伏した脱出の柱は、幸いか一人の負傷者も出すことはなかった。しかし、自分たちが柱を分断し、巨大な質量をなんの告知もなく落下させてしまったのは事実である。今までそんな事をしたことは無いが、環境への過大な被害を出した場合の自己申告は義務であった。


「なんで次から次へと一大事が降ってくるわけ...?ぬあ〜嫌になっちゃう...」


 頭を抱え、視線だけを右に向ける。

 そこには、柱をなぎ倒した張本人が寝息を立てていた。視線と共に念を送っていると、通じた訳ではないだろうが、軽く身じろいで瞼を開いた。


「この土地で初めて深く眠れた、快眠とはこういうことか。」


 一文字に閉じていた瞼は、すぐに切れ味を取り戻す。いつの間にか私の部屋で眠っていたらしいディエゴが、言葉を掛けてきた。


「よくぐっすりと眠れるのね...」


 私は表情筋を引き攣らせながら、呆れ半分で呟いた。

 巨大な柱をなぎ倒しておきながら、気にする素振りもない。一言言及してやろうかといった矢先であった。


「お前はこの外へ出る道を作れるのだろう。ならその道を用意して欲しい。」


 ディエゴは要望をさらりと言い放った。それを聞き、私の心臓が軽く跳ねた。


「そ、それは出来なくもないけどやるのに代償がいるというかなんというか...」


「必要な事なら俺が力を貸す。何としても、この場所から外に出ないといけないんだ。」


 目が、マジだ。しどろもどろになった私の回答をばっさりと切り捨てるよう、ディエゴは覚悟を表する。


 目の前にいる男の目的、理由、意図など何も知らないのを置いといて、区の外へ至る道を作ることは可能だ。問題は、恐らくメガスロットの寿命をすり減らすことである。


 自分を成す一部を切り分けるというイメージを、この能力行使に抱いている。信頼もできぬ人間に自己を削ってくれなどと言われたら、果たして私以外の人間は快諾できるだろうか。


 あいにく、私にはこの数字で称された寿命以外に優先するものを持ち合わせていなかった。


「いや、私の力はそんなにポンポン使えるものじゃ...」


 数年ぶりの能力行使で頭痛が走ったことを私は覚えている。これ以上、身の危険に関わる行動を行いたくないというのが本音だ。


「...出来ないのか。」


 ディエゴの目が鋭角になり、剣呑な光が滲む。


「そ、そうは言ってないけどリスクがあって...」


 思わず声が上擦る。目の前にいる男は、平気で他人を傷つける悪漢であることを思い出させられた。


 要望に従わなかったら、ただじゃ済まない。


 そんな事を考えていてもおかしくはない程の、ピリピリとした雰囲気を纏っていた。

 提示された、道を作るという要求に折れそうになった時であった。


 不意に目に灯っていた光が消え、目線が下に向けられた。まるで燃料が切れた灯のように。


「...そうか、わかった。」


「わ、わかったとは、なにが?」


「死を感じる人間の怯えだ。」


 そう言うと、窓から飛び降り去っていった。

 私は意味がわからず、その場から動けなかった。


「なに、人を弄んでいるの...?」


 ディエゴの思考がわからなかった。思えば、彼の行動には一貫性がなかったように思える。

 焼け付くような悪意を向けてきたと思えば、私を助けようともしてきた。塔から落下する際の行動は、間違いなく私を助けようとするものだった。


 私は彼を粗暴な悪人だと思っていたが、実際は違うのかもしれない。なんて言うのだろう、悪人でないと言うよりは、悪人のガワで何かを覆っているような。それは言うならば、


「...焦り?」


 ディエゴがたった今飛び降りた時、彼の表情が見えた。


 その顔に写っていたのは、一人で大きなものを抱え込んだような焦燥のようであった。

 不意に心臓が痛んだ。それは恐ろしいディエゴと相対した時と違う、言いつけを破ったような、悪い事をしたような鈍痛であった。


「なんていうか、服を全部引っぺがして思いっきり転がりたい気分。」


 いたたまれなさがそこにあった。結果的に私の寿命は守られたが、心にもやが残っていた。

 そのもやを洗い流そうと、シャワーに向かおうとする。しかし、その足を止める声があった。


「ンフ?どうやら喧嘩しちゃったのかしら?やーね!方向性が合わないなら縁をバッサリ切ってしまえばいいのよ!そう!バッサリと!!」


 白昼に聞いた声と合致する。


 見れば、窓の外にカード状の機械が浮いていた。

 日中はわけも分からず取り乱してしまったが、私はその正体にアタリを付けていた。


「元から親しくないし、...メガスロットさん、でいいんだよね?」


「アラ?やっぱりこっちのモノじゃないの、お嬢ちゃん?」


 男とも女とも分からない、胸焼けするような機械音。


「メガスロットは喋るなんて聞いたことないよ。おまけに、しつこい機械なんてものも聞いたことないし!」


 気圧されまいと意識したせいか、半分怒鳴り気味になってしまう。しかし、目の前の喋る機械は意も介さず、私の中核を貫くような言葉を放った。


「あら、あなたの中にあるメガスロットはもう死にかけじゃない?4659しかバッテリーが無いのは心許なくないかしら?」


 私は無言で唾を飲み込む。首の上にある空気が急速に冷えていくのを感じた。


「んマーー!そう身構えないでって・ば!何も取って食おうってワケじゃないのよ!アナタみたいな痩せぎすは!」


「...?」


 一体何故ここに現れたのだろうか。初対面の相手とのコミュニケーションは得意ではないが、産毛の先までレーダーになったつもりで、相手の意図を図ろうとする。


「アタシも、そのメガスロット───レオルに死なれちゃあ困るってワケ。」


 レオルという名前が気になるが、とりあえず敵意がある訳ではなさそうだ。しかし私は警戒を解かない。


「要するに、アナタの中にあるメガスロット、尽きかけの寿命(ライフ)を回復させたいのだけど、良いわよね?」


 私は言葉の意味を咀嚼し、床に尻もちをついた。


 クリアになった視界の左端には、4659という数字がただ無機質に表示されていた。

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