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キュービット・オン・ザ・グラウンド  作者: TATA
第一章 一歩目の歩み
2/11

1-2 ある男

 ああ神よ、俺は罪を犯しました。

 俺一人の肩には背負いきれない程の、惨憺たる罪を犯しました。

 どんな裁きでも被りましょう。

 だが、しかし。

 俺には未練があるのです。

 俺にはやらなければいけない事がある。

 そのために、遥か遠い対極から此処に来た。

 置いてきた罪は、顔も分からない無辜の人間達を殺め続ける。

 清算なんて待っていられない。事態は刻一刻を競い続けているのだ。

 ゆえに、罪を罪で上塗りするのが、極悪人である俺が出来る方途。

 咎を受けるのは、それからだ。


****


 私エスは、突然私の首根っこを絞めてきた危険人物を、自室に連れ込んだところだった。

 なぜそんな事をしたのかというと、その危険人物は酷く消耗しており、意識を失ってしまったからだ。


「なんか、この人やけに重いし...」


 移送はキュービットに任せたのだが、担ぐ際、見た目以上に重くなんとも苦労したのだ。


 肥満体型でもないのに、同等の体重があった事に驚いたものだ。平均的な体重は、一般男性でおよそ40kgほどであったはずだ。


「えーと、私は35kgだっけ...これでも標準なのに。」


 この前身長を測ったら156cmだった。成人男性(170cm)を超えるノッポさんを目指すのがささやかな目標なのだが、迫り来る余命の事を考えると気が憂う。


「服もボロボロだよ。どんな生活してたらこうなるのさ...」


 まるで別世界から来たと称せるような風貌であった。

 カーゴパンツというのだったか。マットブラックの厚い生地から成るズボンは幅広であり、片足が私の胴体ほどもある。


 隆々とした筋肉を覆う肌着の上から、濃緑の外套を纏っている。上半身くらいなら包まれそうだが、大仰なこれを着て生活しているのだろうか?


 総じて、厚手の絨毯を身に纏っているといっても過言ではなかった。重いし暑いだろうし、何よりこんながっしりした服は見たことがなかった。


「赤...むむぅ。」


 私が口にしたのは髪の色だ。鬱陶しくない程度まで伸びきった男の髪は、彩度が落ちたような紅色であった。


 ヒナゲシ区では、髪の色は黒か茶色がかった人間しかいない。他の区では分からないが、赤というのは聞いたことがない。


 辺りはすっかり夜闇につつまれ、最低限の燐光が点在していた。男の、瞼を閉じていればあどけなさが残る顔が照らされる。


「どうしよ、としかいえないんだけど...うーん、元の場所に返してこようか?」


 放っておくわけにもいかず、自分で連れてきたのは良いのだが、素性が分からない以上次に取るべきアクションが思いつかない。それに、必死だったのだ。万力のような腕から逃れようとする私も、おそらく私を絞め落とそうとしたこの男も。


 張り詰めた神経は、目の前の男に向けられている。自分の本能的な部分が、細々のタスクから優先度を上げるべきと警鐘を鳴らしていた。


 相手が腹を見せるまでは、意識の外に放っておく事はできなかった。


「とりあえず、目を覚ましたら一発ひっぱたいてやる。」


 眉間に皺を寄せた私は、左手をぶんぶんスイングさせる。空を切る音が辺りに鳴り響く...ことはなかったが。

 私はほぅ、と息をつき、四階建ての窓から外を見上げる。


 昨日と変わらない風景。顔見知りが言っていた。ここには気象の要因がないから景色が変わることがないのだと。


 私にはよくわからなかったが、日常的なものは変わらないで欲しいと思う。私があと両手の指ほどの歳しか生きられないと聞いた時には、今まで見えていた世界が歪んでしまうような錯覚を覚えた。


「アンニュイになったらだめだ、よし。」


 首をふるふると振り、空を覆う天蓋を見上げる。

 視界の端には、昨日と変わらない4681という数字が表示されている。この数字が減る速度は緩慢だ。しかし、おそらく負荷を掛れば急激に減っていってしまう。

 私の後頭部に埋め込まれている装置は本来医療に用いるものでは無いのだ。本来の用途で、私は一度頭の装置を酷使した事がある。その時は一瞬で20も余命が減ってしまった。それ以降、その()()を使っていない。


「何が出来るんだろう、私には。」


「お前は誰だ。」


 驚き、バッと声の方向に振り向く。視線は壁に突き当たったが、そこには先程まで意識を失っていた人間がいた。


 赤髪の男は、部屋の角で佇んでいる。こちらに向けられる目線は、まるで私がどんな挙動を取るか観察しているようだった。


 目が覚めて良かった、なんて言える状況では無かった。自然と向き直り、心臓が早鐘を打つ。もう少し暑かったら、額には汗が流れていただろう。


「あれ、覚えてないの...?」


 強ばった手を首の辺りでわきわきさせるが、相手の反応はない。それどころか、無言で近づいてくる。


「わ、あなたが失神したから私の部屋に連れてきてそれで...」


 ぴたり、と歩が止まった。私と目線が合う。

 淀んだ目をしていた。近くを見ているようで遠くにピントが合っているような、焦点のズレが感じられた。


「どいてくれ。」


「...」


 思わず絶句した。顔を合わせて掛けられた第一声がそれか。何となく反発したくなる。


「できないよ。なんで私に危害を加えてきゃあっ!?」


 思わず悲鳴を上げてしまった。細長い物が、耳の横をかすったのだ。不意を突かれたとはいえ、モーションが全く見えなかった。


「行かなければならない所がある。一刻も早く、だ。」


「っ!」


 私は咄嗟に電子板を呼び出し、キュービットで男との間に壁を作ろうとする。

 直方体のような単純な図形の配置なら容易くできる仕組みだ。自室の外壁が分解し、およそ10センチメートル幅の壁が生成される───ことはなかった。


「えっ、何で!」


 キュービットが操作通りに動かないなど今までにあった試しがない。あるとしても、無理な命令を行ったなど、理由がはっきりしているものだ。


「こわれ...いや、それよりもっ!」


 一瞬の混乱のうち、男に意識を戻す。そこでキュービットが動かない原因が分かった。


 壁に黒い穴が空いていた。穴の縁にあったはずの、1立方センチメートルに固定されているキュービットは、まるで焼け爛れたように黒く壊変していた。

 病院で診るような、壊死した細胞が黒変するような現象を想起させた。


 その穴の前に男が立っている。何が起きたのか思考が追いつかなかった。


 「...二度は無い。」


 邪魔されたのを苛立つような口調で男が吐き捨てると、創成した黒い穴から身を踊らせた。遅れてドスンという音が階下から聞こえた。

 ここは地上20メートル、キュービットでの着地保護無しでは大怪我をするはずだが...


「なんなんだよう...一体。」


 どっと緊張による疲れが襲ってきて、私は床にへたりこんだ。



****



「ふわぁあ...あっ、しまった!」


 私はうっかりして、エタノール水溶液を入れていた瓶を床に落としてしまった。

 昼下がりの病院、閑古鳥が鳴く建物内に軽快な破砕音が響く。

 ガラスの破片と薬液が宙を舞う。


「おいおい、しっかりしてくれよ。エスがその調子じゃあ患者に誰も対応出来ないぜ?」


 窘めるのはハゼ、同じ病院で作業する同僚だ。


「誰もって...ちょっとは年上らしい所見せて欲しいんですけど。」


 普段使わない敬語で切り返す。とはいえさすがに不注意には反省しているつもりだ。普段行わないミスなのがげんなりする。

 昨日は予想外の事が多々起こり、深く入眠することができなかったのだ。


 寝ぼけ眼をさすり、昨晩の事を思い出す。

 奇妙な男が去り、私は穴が空いた壁を見つめていた。


 キュービットは私たちの命令次第で自由に動く。その利便性から建築など様々な物に使われる。

 しかし、黒く壊変したキュービットはうんともすんとも言わず、やがて風と共に粒子となって流れて行った。


 見たことがない光景ばかりで目眩がした。思えばあの男も、間違いなくこの区の人間ではない。少しの間しか相対していないが、身体能力が凄まじく高かった。まるで重力を意に介していないような...


「うわっ!?大丈夫かアンタ!」


 表口からハゼの声が聞こえる。私は考えを中断し、声の方向に駆け出す。


「なっ...」


 思わず絶句した。キュービットで運ばれてきた20代程で体格のいい男性は、全身に酷い殴打の跡を携え、苦悶の表情を浮かべていた。


 青痣になった皮膚が痛々しい。血は出ていないようだが、指があらぬ方向に折れ曲がっていた。もしかしたら他にも骨折があるかもしれない。


 事故などの類でないことは明らかであった。時速60キロメートルの速度で移動するキュービットの塊と衝突した、なんて事例はあったが、今回は痣が点在している。まるで誰かに危害を加えられたような...


「あの!誰から、あとどこで怪我を負いましたか!?」


「西の方の...でかい柱が建ってるところ...この辺りで見たことないような、赤い髪のやつに...」


「やっぱりっ...!」


 患者に詰め寄り、状況を聞く。悪い予感は的中した。

 そもそも喧嘩はあっても、大の大人がここまでの大怪我を追うことはまず無いのだ。なぜなら、人が出せる力には上限があるから。そして、その上限を容易く超える人物がこの創傷を作ったのだろう。


「このっ...!」


「おっおい!どこ行くんだ!?」


 ハゼからの呼びかけを無視し、私は白衣のまま駆け出す。怪我人を出したとなると、さすがに放っておく事はできなかった。

 白一色の街を駆ける。空に舞う無数の一群が、尾を引いて反対方向に流れていく。


 小ぢんまりとした街であり、必要最低限の物だけが揃っている。よく言えば洗練された、悪く言えば何も無い町であるが、被害者が言っていたでかい柱というのは分かる。


「脱出の柱だよね...!」


 その大層な名前の柱は、この街の最西端に位置する柱である。


 この街は断崖絶壁に覆われている...否、盆地に形成されているのだ。

 そしてどういうことか、キュービットは壁より上には上昇出来ないようになっている。誰が決めているのかは知る由もないが、安全上の都合だろうか。


 そのせいで、外への出入りが少なくなっているのだ。そうなると、外を繋ぐ門を経由するしかないのだが、厳格な審査が必要であり、おいそれと出れるものではない。


 ゆえに、物理的に乗り越えてしまおうと積み立てられているのが通称''脱出の柱''である。


 誰が組み立てているのかは不明だが、キュービットが上昇可能な高度を超えた位置まで、人力で重ねていくという荒業によって支えられている柱である。初期には撤去すべきとの声もあったが、現在ではこの区のランドマークとして、少しずつ全長を延ばしているようだ。


 病院から走って10分、件の柱が見える位置にたどり着く。

 予感は的中した。人ひとり居ない柱の根元に居たのは、昨日も相対した赤い髪の男だった。


「ふざけてる...!あなたは根っからの悪人だ!」


 私は珍しく感情をぶつける。自分の中にある正義感を手に取り、鼻高に主張しているようであった。

 男は視線を変えず、空を見つめている。

 レスポンスを待っていたが、男は突然柱へと跳躍した。


「なっ...待てっ!」


 ひょいひょいと、柱に刻まれた段差を足がかりとし、上へ上へと飛んで行ってしまう。まるで手から離れた風船のようだ。


 私にはそんな事は出来ないので、手元の電子板からキュービットを呼び出す。適当な板状に設定し決定すると、周りに浮遊していた群集が形を成す。その上に飛び乗り操作、昇降版としての役割を命じた板は、地面と垂直に浮遊していく。


 二人の点と点が交わったのは、柱の頂上だった。更地であるそこで、風に飛ばされないよう気を付けながら再び問いかける。


「もう逃げ場はないね!私もこんな高いところまで来たのは初めてだよ!」


 風音に負けないよう声を張り上げるが、相手は直立のまま応じない。突風を受ける面積が少なくなるよう、かがむような姿勢になりながら睨みを効かせる。


「おかしいよ、あなた。一体何に突き動かされているの?」


「この崖を超えたい。方法を教えてくれ。」


 思わず目を見開く。ありえないと言いたかった。目の前にいる剣呑な男は、まるで違う世界に住んでいるようだと錯覚できた。私の常識が通じない、絶対に分かり合えない相手だと。


「違う、そうじゃなくてっ...」


 言葉に詰まる。そういえば、私は何をさせたくてこの男を遮二無二追ってきたのだろうか。

 男は踵を返し、助走をつける格好を取る。まさか、ここから跳躍して崖を越えようと言うのか。


 それは無茶だ。いくら膂力があろうとも、ここと崖までは50メートルはある。それに崖の切り口は目線の上なのだ。


「嘘でしょっ!?」


 私は吃驚してつい声を漏らす。男が軋む音とともに足に力をかけた時。


 不意に一陣の突風が吹いた。


「きゃあっ!?」


 急な風に姿勢を保てない。反射的に目を瞑ってしまい、目を開けた時には空中に投げ出されていることに気がついた。


「───え。」


 柱の上で耐える男と目が合った。驚く顔が見え、血も涙もないような人間でもそんな顔をするのだと思った。

 刹那、状況の理解とともに急速に血の気が引く。この高さから叩きつけられたらミンチになるのは間違いない。


「うわぁぁぁあ!?」


 ひゅごおっ、という風切り音とともに落下が開始される。普段、自室から20メートルある地上まで飛び降りることはあるのだが、それはキュービットで足場を作っているからだ。凄まじいスピードで降下している今、電子板の操作もままならず、仮に足場を作っても地面までの距離が縮まるだけだ。


 絶体絶命。余命がどうとか言ってる場合じゃない。

私は今、人生の中で一番死を実感している。


「どうしよどうしよどうしよどうしよ...あ。」


 窮すれば通ずというのか、これまでに無くクリアになった思考が、解決策を導きだした。それは私の奥の手であり、言ってしまえば視界右端の余命を消費して使用する大技みたいなものだ。ゆえに普段は敬遠していたのだが、今となってはその選択肢があること自体ありがたい。


 目を閉じ、頭の装置にパスを繋ぐよう集中する。そして、世界の全てを掌握するようなイメージを作る。

 創り出すのは衝撃を受け流せるスロープ。この世界の何処にでもあるキュービットに命令し、まるで王様のように支配する。


「そおいっ!」


 発破が間抜けな気がしないでもないが(蛇足だが、別に声に出す必要も無い)、()()()()。普段コンソール越しに行っている動作を省略。通常、設定するには30分以上掛かる曲線の生成物を瞬時に形成。命令を受けたキュービット達は一箇所に凝集していく。


「やった...!」


 どうやら上手くいったようだ。目線の下、徐々に形成されていくスロープを見て、ほっと安堵の息をつく。


「なんだその髪は...!?」


 だから頭上から掛けられた言葉に咄嗟に反応することが出来なかった。

 見ると柱の上に居たはずの赤い髪の男。その男が空中で肉薄していた。


「えっ!?何でいるのってうわっ!?」


 私が驚いて体勢を崩したのか、男ともみくちゃになる。


「やめろ...!」


「むぐっ...」


 咄嗟に引き剥がされたは良いが、勢いよくスロープを通過してしまった。

 つまり、起死回生の着地はあえなく失敗したのだ。


「なぜぇぇぇぇぇぇぇえっ!!」


 事態は最悪と化した。着地の先は再び地面に早変わり。再び死が秒読みと化す。


「こうなったらもう一度...うっ!」


 刺すような頭痛が襲いかかってきた。久しぶりに能力を行使したからだろう。問題なのはタイミングが悪すぎること。


「マズイこのままじゃ...!」


 一秒一秒が惜しい。あと40秒もあれば地面に衝突するだろうか。


「ぶつかるっ...!!」


「俺の名はディエゴという。」


 はぁ!?と声を上げてしまった。


「もうちょい!ちゃんとした!状況が!あるでしょ!」


 絶体絶命の状況でいきなり自己紹介されても困る。私は半分キレ気味になりながらそのディエゴとかいう男にまくし立てた。


「こんな事で死にはしない。」


 そうディエゴは言うと、右手で私の着ているフードをひったくり、左手に持っていた柄のようなものを柱に打ち立てる。

 ガリガリガリ!と高度が下がる度に響音が鳴り響く。だが、残念ながらその程度のハーケンでは止まらない。僅かに減速しているようだが、決定打にはなり得ない。


「無理だって!」


「諦めるな。」


 どーのーくーちーがー?もうヤケになってる気がする。今度こそ避けられない死を覚悟した瞬間だった。

 体が上に引っ張られた。まさかと思い、何が起こったかを確認すると、壁を駆け上がるディエゴが見られた。


 そんな事があるのか。私は口をあんぐり開けて唖然とする。空気が上へ下へとぶつかり合うため、頬が布きれのようにぶるぶる震えていた。


 その時間は無限にも思えた。目も開けていられないほどに烈風が唸る中、必死に耐え忍ぶ。ディエゴと繋がる服のフードは悲鳴を上げていた。


 不意に全身を叩きつける空気の壁が消える。驚いて辺りを見回すと、地表から私の背丈三つ分位のところで静止していた。


「ぎゃっ!」


 ぼとっ、という音とともに地面を六回転。仰向けで見えた空には、まだ錐揉みの余韻が残っていた。


「ひ、生きてるぅ〜...」


 洒落たセリフを言う余裕など無かった。生を感じるように、口から深く息を吸い込む。


「壁を登るように走ったのは、生まれて初めてだ...」


 見れば1メートル左後ろにいたディエゴが、片足を投げ出して座っていた。

 流石に過酷だったのか、疲労困憊といった様子だ。当人のせいで死を覚悟する事となったが、ディエゴでなければ地上に叩きつけられずに済んだのである。怒るべきか感謝するべきか、疲労の浴に浸かった脳は結論を出せない。


「なんであなたがここにいるんだっけ...?よく分かんなくなってきたよ。」


 私は恐らく凄く怒っていたはずなのだが、いつの間にか霧散していた。随分遠くから落ちてきたものだと、上空にある起点を見上げる。


 ふと、視界に黒いモヤが入る。


「ん...なにこれ。」


 瞼を瞬かせ、軽く擦る。しかし黒いモヤは消えることは無い。

 なんなら、似たような光景を最近見た気がする。それは何時だったか。そう、ディエゴが壁に穴を作り、その輪郭が形を失うように流れて行って...


「まさか、見間違いだよねって...」


 垂直のランニングマシンになった柱を見上げ、愕然とする。

 地上から屹立していた脱出の柱は、その途中から斜めに折れ曲がっていた。折れ口は綺麗な真一文字であり、件の黒いモヤの発生源は、その境目であった。


 地面からの支えを失った柱はどうなるのか。当然、棒倒しのように倒伏するだろう。

 直後、耳を塞ぐほどの轟音とともに柱が倒れた。伝わってくる地響きが被害の大きさを訴えてくる。


「あ、あの?もしかしてこれ、あなたがやったの?」


 かくいうディエゴは無言。沈黙は肯定の証という言葉を知っているので、せめて何か返して欲しかった。

 頭を回転させる。柱が倒れた方向はおおよそ南東、縦に立体的なエリアであり、地表に人はほぼいないはず。潰された人間がいないであろうことが、不幸中の幸いであった。


「うん、逃げなきゃ。この区じゃない、どこか遠い所へ。」


 現実逃避するよう呟く。とはいっても、唯一の通行口は通るのに厳正な審査が入り、それを回避するための''脱出の柱''はいまさっき倒れたばかりなのだが。

 根元のみになった柱を見上げる。


「よく、みえない。何あれ。」


 天高く質量を積み重ねていたはずの柱に空洞があった。その空間の中心には、機械のようなモノ。

 こちらが視認したと同時に目の前まで飛んで来たのは予想はできなかった。


「うわっ!何...?」


 手のひらに収まるかくらいのカード状の機械だった。一直線に飛来してきた後、私の目線と同じ高さで

静止していた。


「同じだ。いや、どこかで会った...?」


 空中に浮遊する機械に、何故か頭の深い記憶を刺激される感覚を感じていた。間違いなくこの機械を目にするのは初めてなのに。


 身動きできずにいると、機械を取り巻くようにキュービットが集まっていく。外皮が剥がれるように、柱から供給されていた。

 円周運動ののち、機械を中心としてキュービットは蒸気のような形をとっていく。それが人の上半身を模しているのに気がついた。


 目が合った、ような気がする。


 「何なの...?アナタは一体。」


 音声が返ってきたのは、機械が埋め込まれているであろう部分からであった。


「きゃーー!!うそーー!!有り得ないわーーーー!!!!なんで人間がシグナルをビンビンしてるのかしらーーーー!?」


 堂々たる威容から発せられるノイズ混じりの野太い音声に、私は腰を抜かすことしか出来なかった。


****


 ───思いもよらぬ出会いが続いた。私の運命は、こんな出会い一つで簡単に変わってしまうのだと、向後に知る事となるのであった。

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