④⑤ ガブリエーレside1
『メイジーはまだか?』
「侍女たちから入浴の途中で眠ってしまい、寝間着に着替えさせてベッドでお休みのようです。起こして連れてきますか?」
『……いや、いい。そのまま寝かしておけ』
「かしこまりました」
彼女が夜通し網を作って、昼間は貝のことや島のことをしていたのをガブリエーレは知っていた。
つまりほとんど休んでいない。
恐らくそのツケが回ってきたのだろう。
『ベルーガ、メイジーが起きたら知らせろ』
「はい」
ベルーガの襟足が長めの赤髪、ピンク色の瞳と優しい笑みに懐かしさすら覚えた。
『それからシールカイズ王国の第二王女について調べろ。一時間以内だ』
「一時間以内ですか?」
『できないのか?』
「……私にお任せください」
ガブリエーレが睨みつけるとベルーガは腰を深々と折って煙のように消えた。
テーブルの上に積み上がった書類を見てため息を吐く。
帝国を空けた代償はまったくないとはいわないが、メイジーが目を覚ます頃にはすべて終わるだろう。
定期的にここに帰り、仕事を片付けておいてよかったと言えるだろう。
ガブリエーレが指をさせば目の前に書類が並んでいく。
目を通しながらサインが必要なものは勝手にペンが動き、印が押されていった。
ペラペラと捲る書類はきちんと頭の中に入っていた。
そして数枚の紙が外に出された。
(相変わらずくだらない……)
父親からの手紙には伴侶のことや女性の名前が載ったリストがあった。
ガブリエーレが皇帝に就任してから半年になるがすべてに飽きた。
親しい国にはガブリエーレが皇帝であることは知っているだろうが、どうでもいい国には知らせていない。
何より皇帝の座を引き継ぎたくはなかったのに先代の皇帝、つまりガブリエーレの父親が母親と明るく楽しい余生を過ごしたいという意味のわからない理由で皇帝の座を退いた。
彼の口癖は『ガブリエーレ、愛はいいぞ! 人生のすべてがひっくり返る』だ。
子どもの頃から毎日、そう言われていたガブリエーレはうんざりしていた。
そしてガブリエーレは生まれた時からすべてを持っていた。
魔法の力の強さがすべてのスリーダイト帝国で、他を寄せ付けないほどの圧倒的な力を持って生まれてきた。
すべてが苦なく手に入る。
強すぎて言葉に言霊がやどり、人に影響を与えてしまうため直接喋ることすらままならない。
そこで脳内に直接語りかける方法を思いつく。
天才、歴代最強、国の宝、神童……ガブリエーレは幼い頃から常にそう呼ばれていた。
皆が頭を下げて媚びへつらう。女もそうだ。
ガブリエーレの人格は知らずに歪んでいく。
誰も理解者はいない。対等な者など存在しなかった。
だが両親だけはガブリエーレを普通の子どもとして愛情を持って接してくれたことだけは幸いだったろうか。
皇帝の座についた途端、両親は長年の夢だった世界旅行へと旅立ってしまう。
その瞬間、波のように押し寄せる年頃の令嬢たち。
今までよそよそしくて話しかけたことすらなかったくせに、だ。
決められた道から逸れるようにとメモを残してフラリと帝国を出た。
自分のことを誰も知らない場所に行ってみようと、選んだのは地図にもない辺鄙な島。
何故かそこでは神と称えられて祀られていた。
魔法がない原始的な暮らしが興味深く、ずっと観察していられた。
ただ一つ、問題なのは食事ができないこと。
甘い香りがするフルーツはいい。主食に手が伸びない。
一度、スープを口にするが何とも言えない味を思い出してはガブリエーレの手は止まる。
暫くは海を眺めてボーっとするというのを繰り返す。
島民たちとの意思疎通は簡単だった。
ガブリエーレの魔法は想像できるものならばなんだって叶ってしまう。
もちろん皇帝の役割を捨てたわけではない。
誰もが寝静まる深夜に定期的に帝国へ帰り、また島へと戻る。
そんな生活を一週間、空腹感に苛立っていると現れた少女。
その一人の少女との出会いが、ガブリエーレの人生観を変えた。




