②⑤
山積みの書類を片付けるメイジーはまだ引き継ぎを始めたばかりだ。
見知らぬ青年と腕を組み、ジャシンスはそう言った。
彼らが親しい仲だということは、恋愛に疎いメイジーにもすぐに理解できた。
騒ぎを聞きつけて、次々に人が集まってくる。
「詳しいことはすべてジャシンスから聞いた。君は彼女にずっと嫌がらせをしていたそうだな」
「…………え?」
最初は彼が何を言っているのかわからなかった。
「ディディエ、ありがとう。わたくしを守ってくれて」
「ジャシンス王女殿下のためですから」
ディディエと聞いて、目の前の青年が一週間前に婚約した婚約者だとわかった。
嫌がらせされ続けていたのはメイジーでありジャシンスではない。
そのことは皆が知っているはずなのに……。
それからジャシンスは嘘ばかり並べていた。
『メイジーに命令されてわがままに振る舞っていた。本当はこんなことしたくなかった』
『贅沢するようにメイジーに言われただけ。わたくしは本当はいい王女なの!』
メイジーはジャシンスが次期女王に選ばれなかった理由がよくわかったような気がした。
「それにメイジーはお母様から貰った大切な指輪を盗んだ罪人だわ!」
「……!」
ジャシンスの手に嵌められているのは、メイジーの母親の形見の指輪だった。
彼女は当たり前のように奪ったのだ。
まるで最初から自分のものだと言いたかったように。
「か、返して……! それはわたしの……っ」
「何言っているのかわからないわ! もう一度言ってくれる?」
「……っ、かえし」
「え……? 何か言ったかしら?」
メイジーの声を掻き消すようにジャシンスが大きな声を上げた。
「それに……この女はわたくしから王位も奪ったのよ? 許せないでしょう?」
ジャシンスと王妃の真っ赤な唇が弧を描いている。
恐らく部屋を空けている間に指輪を盗んだのだろう。
侍女の誰かがジャシンスに情報を漏らしたのかもしれない。
彼女に頼まれて盗ったのかもしれない。
メイジーはリディと引き離されてしまい、あっという間に騎士たちに拘束されてしまう。
「ずっと虐げられてきたのはメイジー様ですわ! これは……っ」
「その女の口を塞ぎなさい! 可哀想に。この侍女はメイジーに洗脳されているのね」
ジャシンスの後ろにいた王妃はそう言ってリディの言葉を遮った。
リディ以外、誰もメイジーの味方はいなかった。
逆らえば同じ目に合うとわかっているからだろう。
メイジーは絶望していた。
(……誰もわたくしのことを見てくれない)
騎士たちに引きづられるようにして、メイジーは連れられていく。
抵抗はしなかった。無駄だとわかっていたからだ。
腕を縛られてそのまま城の外に待機していた馬車へ押し込まれる。
まるでこうなることがわかっているような、そんな準備のよさだった。
メイジーがろくに抵抗をすることもなく、味方もいないことを彼女たちはわかっていたのだ。
そして王都からほど近い港に向かい、メイジーは何もないまま船で海の真ん中へ。
そのまま流されてしまい、何もできずに寝転んでいた。
(神様、お願い…………わたしを殺して)
──メイジーはゆっくりと瞼を開いた。
目尻から頬にかけて伝う涙。
しかしそれを優しい手つきで拭うのは誰かの指だ。
(……誰? 誰かいるの?)
どうやらまた葉の上に寝かされていたようだ。
先ほどまで明るかったのに、もう空には無数の星が浮かんでいる。
『……起きたか?』
「…………ッ!」
急に声を掛けられたため、メイジーは驚いて飛び起きる。
ゴチンという重たい音と共に、額同士がぶつかってしまった。
メイジーは額を押さえながら後ろに倒れ込む。
前から舌打ちが聞こえたが、頭が割れてしまいそうな痛みに身悶える。
「いっ……!」
『この俺に頭突きをするなんていい度胸だな』
目の前にいたのはガブリエーレだった。
どうして彼が目の前にいるのか理解できなかった。




