②④
「メイジー様、すぐに手当ていたしましょう」
「…………」
「……メイジー様」
何の反応も示さないメイジーを見て、リディは目に涙を浮かべている。
そしてメイジーの小さな体を抱きしめた。
(ただ……商人が届けてくれた新しい本を取りに行きたかっただけなのに……)
王妃とジャシンスはメイジーをわざわざ待ち構えていたような気がした。
まるでここにくることがわかっていたように。
だけどメイジーがそんなことを考えても仕方ない。
リディに手を借りてメイジーは起き上がる。
新しい本は後でリディに取りに行ってもらうことにした。
城の西側、物置きのような部屋にはたくさんの本が積み上がっていた。
そこが王女であるはずのメイジーの部屋。
そしてここだけが唯一安全な場所。
メイジーが存在しても邪険にされないところだ。
(……もうここで暮らして何年になるのかしら)
メイジーは母親との記憶がまったくない。
生まれてすぐに彼女は亡くなってしまったからだ。
肖像画もなく、メイジーに残されたのは真っ白な珠が嵌め込まれた指輪だけ。
いつも身につけていてはジャシンスに取られてしまうため、部屋に隠すようにして置いていた。
この国では珍しいホワイトゴールドの美しい髪もヘーゼルの瞳も、昔は大好きだったが今は見る影もない。
わざとボサボサにして、地味な服を着る。
そうしなければ二人に嬲られてしまうから。
メイジーは現実から逃げるように一日中、本を読んで時間を潰す。
そしてまれに執事が国王の伝言を伝えにくる。
膨大な知識で父親に頼まれた調べ物を続ける日々。
そんなメイジーにとっての平穏な生活は父が病気になったことであっさりと終わりを迎えてしまう。
なんと次期女王としてメイジーを指名したのだ。
リディは「これでメイジー様は堂々と表を歩けますね」と、安心していた。
しかしメイジーは嫌な予感がしていた。
心臓は警鐘を鳴らすようにうるさく脈打つ。
すっかり人間不信になってしまったメイジーには荷が重すぎる。
心の準備ができていなかった。
(ど、どうしよう……わたしが女王なんて絶対に無理だわ)
喜ぶリディを前にこんなことを言えるはずもなく、メイジーは久しぶりに身なりを整えて父の元へ向かった。
外に出たら、またあの二人に見つかってしまう。
見える景色に体を固くしていた。
今までの態度など嘘のように手のひらを返して擦り寄ってくる城の従者たちに吐き気を覚える。
すっかりと人との関わり方を忘れたメイジーは口端を歪めているが、うまく笑うことしかできなかった。
『……なんだか気味が悪い』『役立たず王女だぞ』『女王になんてなれるのかしら』
メイジーが通り過ぎた後に、そんな声が聞こえた気がした。
(やっぱり……リディ以外、誰も信用できない)
メイジーが父親の部屋に到着すると、彼は見る影もなくやつれていた。
状況は思わしくはなく、会話も業務的なことばかりだった。
なんとかして国を守って欲しい、そんな気持ちは強く伝わった。
(国よりもわたしを守って欲しかった)
メイジーがそんなことを言えるはずもなく、ただ人形のように頷くだけ。
そして自分の婚約者だという青年を紹介された。ディディエは宰相の息子だという。
メイジーは彼と目を合わせられずに、ずっと俯いていた。
彼がどんな顔かは覚えていないが弧を描く唇と悪寒だけはよく覚えていた。
それでも父親は安心したように笑うとメイジーに下がるように言った。
まるで今まで何もなかったと言わんばかりの態度に、メイジーの中で黒い気持ちが込み上げてくる。
メイジーが部屋から出るとこちらを鋭く睨みつける王妃とジャシンスと目があった。
彼女たちはメイジーにいつものように暴力を振るうのかと身構えたが何もすることはない。
どうやら女王と指名されたことでメイジーに手を出せなくなったらしい。
メイジーは安心からホッと息を吐き出した。
本だらけの部屋を移動するように言われ、護衛や侍女がたくさん当てがわれた。
彼女たち触れられるたびに、話しかけられるたびに鳥肌が立つ。
メイジーの前では媚を売るくせに、裏では悪口ばかり。
表と裏の顔を知るたびに、メイジーの精神が蝕まれていく。
(気持ち悪い、気持ち悪い……汚い、みんな汚い)
次期女王に指名されてからたった一週間だった。
「メイジー・ド・シールカイズ、あなたを国外に追放するわ!」




