毒親育ちの私が悪役令嬢に転生したら幸せになった話
私が前世の記憶を思いだしたのは八歳の時だった。
カシャン!
(ぶたれる!)
うっかりティーカップを落として条件反射で縮こまった。
腕を交差させて顔を守る。
ぎゅっと目を閉じて身構えたけど。
(…………あれ? ……ぶたれない?)
怒鳴られない。ぶたれない。大きなため息が聞こえない。どうして?
そーっと目を開けると、飛び込んできたのは心配そうに私を見つめる侍女たちの顔。
「お嬢様、お怪我はございませんか?」
「お嬢様、そこは足元が危ないのでこちらへ」
え? え?
怒らないの? ぶたないの? 面倒くさそうな顔をしてため息をつかないの?
しかも「どけっ、どくんだ!」と侍女たちを押しのけて大きな体の男性と綺麗な女性が姿を見せた。それは私のお父さまとお母さま。
「エリーゼ! ああエリーゼ! どこも怪我はないか!? かわいそうに、びっくりしただろう!!」
「エリーゼ、大丈夫なの!?」
お父さまは私を抱きあげるとぎゅーっと力いっぱい抱きしめてくれる。
お母さまは焦った顔で私の小さな手足を確認している。
侍女たちも心配そうに私を見つめていて、私の頭のなかは混乱でぐるぐるだ。
だって蘇ったばかりの前世の記憶と現世の記憶がぐるぐるしてる。
私はお父さまに抱きしめられながら目をぱちぱちさせていた。
広くて清潔な広間。華やかな装飾が施された大きな窓から明るい日差しが差しこんでいる。
……足の踏み場もないほど散らかったゴミ溜めみたいな部屋じゃない。
大きくて綺麗なテーブル。フルーツやクリームたっぷりの色鮮やかなスイーツが並んでいる。
……長く放置されてカピカピになったご飯は置いてない。
お父さまもお母さまも侍女もみんな優しい瞳。私を見つめて心配したり安心したり嬉しそうだったり、そこにあるのは慈しみ。
……誰もイライラしていない。面倒くさそうな顔も、怒った顔もしていない。
辛かった前世の記憶が心を引き裂くけれど、すぐに現世の記憶に優しく癒されて……。
「エリーゼ、大丈夫かい? どこか痛むのかい?」
「エリーゼ、なにかあればすぐに言いなさい。すぐ医師を呼びますからね」
「……ううん。……だいじょうぶだよ」
驚きながらも頷いた。
すると心配そうだったお父さまとお母さまの顔がパァッと輝く。
「ああ良かった! とても心配したんだ! かわいいエリーゼに怪我がなくて本当に良かった!」
お父さまは私を抱っこして踊るようにくるくる回る。とても嬉しそうな顔。
そんなお父さまと私をお母さまが優しい笑顔で見つめている。
お父さまとお母さまの笑顔にびっくりしていた私の顔もゆるんで笑顔になっていく。
「おとうさま、おかあさま」
「なんだい、私のエリーゼ。なんでも言ってごらん?」
「エリーゼ、どうしたの?」
呼びかけたら応えてくれた。それがとっても嬉しいの。
目が合ったら笑顔になってくれる。それがとっても嬉しいの。
ああここには笑顔がある。優しさがある。無条件の甘いぬくもりがある。寒さに凍えることもなく、理不尽な苛立ちに怯えることはなく、嵐のような怒りに逃げ回ることもない。ここにはずっと、ずっと欲しかったものがある。
「おとうさま、おかあさま、だいすき……!」
「私もエリーゼが大好きだ! 愛しているよ! ああ今日はなんて最良の日なんだ! エリーゼは私を世界で一番幸せにしてくれる!」
「まあ! 私たちのエリーゼはなんてかわいいの? 嬉しいわ、エリーゼ!」
私が嬉しいとお父さまとお母さまも嬉しいのね。
私が笑顔になるとお父さまとお母さまも笑顔になるのね。
胸がぎゅっとして涙があふれる。
突然泣きだした私にお父さまもお母さまも慌てたけれど、どうか心配しないで。嬉しくて涙があふれただけだから。
前世の記憶を取り戻した私は、この世界が前世で夢中になっていた乙女ゲーム『ようこそ、愛と夢のローズガーデンへ』の世界だと気がついた。
このゲームのことはよく覚えている。十二歳の時にワゴンセールで買った五百円の中古品。物心ついた頃から道端で拾い集めていたお金を握りしめてゲーム屋さんに駆けこんだ。一円硬貨や十円硬貨だらけの五百円に店員さんはうろんげな目を向けてきたけど気にならなかった。
初めての乙女ゲームにすぐに魅了された。夜遅くまで小さなテレビのプレイ画面を眺めていた。そこに映るゲームの世界はとてもキラキラしていて現実を忘れさせてくれるから。
ゲームをオフにしたくなくて起動したまま眠った夜もあるくらい。キラキラに包まれていると幸せな気持ちで眠れたから。
私は高校を卒業してすぐに家出した。
夜は公園を転々としてすごしていた。朝と昼はただ街中をひたすら歩く。目的地がある振りをしながらひたすら歩く。誰かに頼る方法どころか、誰かに頼っていいとすら知らなかった私は、街ですれ違う普通の人の真似をして歩いていた。そんなことしても意味はないのに意地になって普通の振りをしていた。
そして最期の日。その日は朝から凍てつくような寒さだった。
昼頃にビニールハウスの植物園がある公園にふらりと辿りついた。寒いのに公園には人がいる。だからベンチにすわって公園の時計をチラチラ見る。これは私も誰かと待ち合わせをしている振りだ。目的があればここにいても許される気がするから。
でも日が暮れると人が少なくなって、夜になると雪が降りだした。
夜になると誰もいなくなってほっと息をつく。
もう誰もいないから、もう目的がある振りをしなくていい。
少しだけ心が楽になって夜空を見上げる。真っ黒な夜空に真っ黒な雪雲。静寂の中でシンシンと雪だけが降りつもる。
公園の常夜灯に照らされた雪がとても幻想的で、寒さで固まっていた口元が少しだけほころんだ。
「あ……」
暗闇の中で植物園のほのかな灯かりが視界に映った。
植物園の夜間照明だ。
ビニールハウス越しにぼんやりと薔薇が見えた。
赤とピンクの美しい薔薇。
「きれい……」
ぽつりと呟く。
ビニールハウス越しの薔薇を見ていると、かつてのキラキラを思いだした。
小さなテレビ画面に映っていた乙女ゲーム『ようこそ、愛と夢のローズガーデンへ』だ。小さな画面をじっと見つめて夢中でプレイしていた。ゲームのキラキラを見つめていると、とても幸せな気持ちになれたから。
(キラキラってすごいなぁ……)
だって今まで寒さで震えていたのに、もう寒さを感じない。
体は氷のように凍てついているのに、もうなにも感じないの。痛みも、空腹も、寒さも。
もうなにも感じなくなって、ただただキラキラに包まれる。キラキラに包まれると、ゲームを起動したまま眠った時のような幸せな気持ちになれた。
なんだか気持ち良くなって、いざなわれるように瞼を閉じる。
……。はあ…………。
ながい、ながいため息が漏れた。
そのまま私が目覚めることはなかった。
しかし私が転生したのはゲームのラスボス的存在の悪役令嬢だった。
上流階級の子どもたちが通う学園を牛耳っている公爵家の悪役令嬢。ある日、学園に転校してきた平民のヒロインを悪役令嬢が取り巻きのモブ令嬢たちに命令してとことんいじめるのだ。しかし悪事がばれてヒロインに幼馴染の婚約者を奪われ、しかも公爵家は没落してしまうのである。
自分が悪役令嬢だと気づいた時はショックだった。でもそんなことはすぐに気にならなくなった。
だってテーブルには食べきれないほどのごちそうが並んで、夜は温かくてふかふかのベッドで眠れるの。眠れない夜はお母さまが添い寝してくれるから、わざと眠れない振りをしたりして。気づいたお母さまは困った顔をするけれど、「しかたない子ね」と優しく笑って私の額に口付けてくれた。
いつか学園に転校してくるヒロインが怖かったけれど、優しいお父さまとお母さまがいるから平気だった。
それから十年後。
私は明日、幼馴染の婚約者のもとへお嫁に行く。
もちろん公爵家同士の政略結婚だけど、そこに不安も憂いもない。
私のお父さまとお義父さまは旧知の仲で、その縁で結ばれていた政略結婚は誰からも祝福されるものだった。
婚約者の公爵家嫡子とは幼い頃からお互いの家を行き来して庭園でかけっこやかくれんぼをして遊んでいたのだ。
ゲームでは幼馴染の婚約者をヒロインに取られるはずなのに、私はその婚約者と結婚する。
結論からいうと、ヒロインに幼馴染の婚約者は奪われなかった。
理由は一つ、ヒロインが転校してきても私がなにもしなかったから。
私はお父さまとお母さまがいれば充分で、他に欲しいものなんてなかった。今のままで充分だからなにもしなかった。
本当にそれだけ。
するとゲームにはなかったシナリオが動きだしたのだ。
ヒロインは私の婚約者に恋をして告白したようだけど、婚約者がそれに応えることはなかった。そのことを不思議に思って婚約者に訊ねると、「俺が取られてもいいのか!」と逆に怒られてしまった。
しかも変わったのはそれだけじゃなかった。公爵家没落イベントも起きなかったのだ。
なにもかも私が知っているゲームシナリオとは違っていた。
コンコンコンコン。部屋の扉がノックされる。
「お嬢様、失礼します」
「どうぞ入って」
入室を許可すると侍女が部屋に入ってきた。
侍女は両手にピンクと赤の薔薇のブーケを持っている。
「先ほどご学友の方々がブーケを届けてくださいました」
「え、みんなが!?」
驚いて侍女に駆けよった。
侍女が笑顔で薔薇のブーケを渡してくれる。
薄ピンクの薔薇は愛らしく、赤い薔薇は気品があって美しい。どの薔薇も瑞々しくて一輪一輪が輝きを放っているようだった。
「まあっ、綺麗! どの薔薇も美しいわ!」
「お嬢様の母校の薔薇園で摘んだ薔薇だそうです。ご学友の方々がお嬢様の婚礼のためにブーケを作って贈ってくださいました」
「このブーケはみんなの手作りなのね!」
私は学園生活をともにした友人たちの顔を思い浮かべる。
そのなかにはゲームのヒロインもいた。
転校してきたばかり時のヒロインは学園でも浮いた存在だった。私も近づくのが怖かったけれど、それでも毎日の挨拶だけは欠かさなかった。
『おはようございます』と挨拶をすると、ヒロインは驚きながらも『おはようございます』と返してくれた。『さようなら。また明日』と挨拶をすると『さようなら。また明日』と返してくれた。
それだけ。本当にそれだけ。
それを繰り返しているうちに、いつしか言葉を交わすようになって、気がつけばお友だちになっていた。ゲームでは取り巻きのモブ令嬢だったクラスメイトたちとも打ち解けあって、みんなが友だちになっていたのだ。
学園の先生方からは『このクラスはみんなが笑顔いっぱいの仲良しクラスね』なんてからかわれて、とても楽しい学園生活だった。
学生時代の思い出が甦って笑顔が浮かぶ。
「みんなは? もう帰ってしまったの?」
「はい。今日は婚礼前で忙しいだろうからと帰られました。明日の式でお嬢様に会えるのを楽しみにしているとのことです」
「そうなのね、ありがとう。私もみんなに会えるのを楽しみにしているわ」
ブーケに鼻を寄せると薔薇の香りが胸いっぱいに広がった。
思い出の香りに胸がいっぱいになる。みんなと薔薇園でティータイムをした時に胸を満たしていた香りなのだから。
「っ、うぅ。まだ泣きたくなかったのに……」
目がじわりと潤む。
目元を指で拭おうとしたら、侍女が慌ててハンカチを貸してくれた。
「ああいけません。明日は婚礼だというのに目が赤くなってしまいます」
「そ、そうよね、がまんしなくちゃ。グスッ」
鼻をすすっていると、ふと部屋の扉がノックされる。
「エリーゼ、私だ。母上もいるよ」
聞こえてきたのはお父さまの声。お母さまも一緒みたい。
私は慌てて涙を拭ったけど、「入るからね」とお父さまが入ってきてしまう。
「エリーゼ、明日は……。っ、エリーゼ! どうして泣いてるんだ! なにがあったんだ!!」
お父さまが慌てて駆け寄ってきた。
私の周りで「ああエリーゼ!」「お腹が痛いのかい!?」「なにか嫌なことがあったのかい!?」と大騒ぎ。
その慌てぶりがおかしくて私は涙が引っ込んでしまう。
お母さまが呆れた顔でお父さまを宥めてくれた。
「あなた、落ち着いてください。エリーゼが驚いているではありませんか」
「しかし、泣いてるし……」
「しかしではありません」
お母さまはそう言うと、次に私の顔を心配そうにのぞき込む。
そして優しい口調で聞いてくれる。
「エリーゼ、どうしたの? どこか苦しいの?」
「ううん、違うわ。嬉しいことがあったの。みんなが私のためにブーケを作ってくれたから」
「まあ、ステキなブーケ! あなたによく似合うわ!」
「うん、ありがとう!」
私が泣いていた原因にお父さまとお母さまがほっと安心してくれた。
お父さまとお母さまは私が悲しいと一緒に悲しんでくれる。私が嬉しいと一緒に喜んでくれる。そんな大好きな二人だから伝えたいことがある。この家を離れる前に感謝の言葉を。
私はお父さまとお母さまに深々と頭を下げた。
「お父さま、お母さま、今までお世話になりました。ありがとうございました」
「ありがとうだって? なにを言うんだっ。それは私の方だ!」
そう言ってお父さまが私の顔をゆっくりあげさせる。
そして私を見つめたまま瞳に涙を浮かべた。
「感謝しているのは私のほうだよ、エリーゼ。エリーゼが私たちのところに生まれて来てくれたから、私たちはこんなに幸せだ」
「お父さま……?」
不思議に思って見つめると、お父さまが打ち明けるように教えてくれる。
「じつは……私はエリーゼが生まれる前まであまり誇れるような人間じゃなかったんだ。短気で自信家で傲慢で、公爵家当主の私の判断でたくさんの人を苦しめたこともある」
「そんな……」
驚いて目を丸めた。
だって私が知っているお父さまはいつも優しくて、多くの領民に慕われていたから。
「エリーゼ、君のおかげなんだよ」
「私の?」
「そうだ。エリーゼが生まれてから私の中に初めての感情が芽生えたんだ。君が嬉しいと私も嬉しくなった。君が悲しいと私も悲しい気持ちになって、君が笑うと私も笑顔になれた。不思議だね、君がいると私は優しくなれるんだ。誰に対しても優しい気持ちが持てるんだよ」
お父さまはそう言うと私をそっと抱きしめた。
ブーケをつぶさないようにそっと。
「だからエリーゼのおかげだよ。私たちのところに生まれてきてくれてありがとう。君は誰よりも幸せになりなさい」
「お父さまっ……」
また泣いてしまいそうになったけれど、お母さまがハンカチで目元を優しく拭いてくれる。
「エリーゼ、不思議な子。私たちに幸せを運んできてくれた子。愛してるわ。幸せになるのよ?」
「お母さまっ……」
私はたまらなくなって二人を抱きしめた。
今でもとても幸せなのに、お父さまとお母さまはもっと幸せになれと言う。
そんな夢みたいなことがあるなんて。そんなことが私に許されるなんて。
「私たちはエリーゼの幸せを願っているよ」
「はい、ありがとうございます」
「エリーゼ、ありがとうはいらないと言っただろう? 私たちはエリーゼに『幸せになる』と言ってほしいんだ」
「っ、……」
息を呑んだ。
だって、そんなこと今まで考えたこともなかった。
動揺する私をお父さまとお母さまが真剣な顔で見つめてくる。
「お願いだから言ってくれ。『幸せになる』と」
待っている。二人は待っている。
私が幸せになると誓うことを。
「っ、ぅ……」
言葉が詰まって出てこない。
『しあわせになる』
その一言が出てこない。
でもお父さまとお母さまが待っているから。そう望んでくれているから。
「……し、しあわせに、なるわ……。私は、幸せになる……!」
震える声で誓った。
するとお父さまとお母さまはとても幸せそうにほほ笑んでくれる。
私が幸せだとお父さまとお母さまも幸せなのね。
「エリーゼ、おめでとう! 幸せになると約束してくれてありがとう!」
「エリーゼ、私たちはいつもあなたを思っているわ!」
お父さまとお母さまが喜んでくれて、私も嬉しい気持ちがこみあげた。
見守ってくれている侍女も「お嬢様、どうぞお幸せに」と涙目で祝福してくれている。
こうして和やかな雰囲気に包まれる中、お父さまがふとニヤリと笑った。
「でもねエリーゼ、結婚が嫌になったら遠慮せずに帰ってきなさい。たとえ婿殿が迎えに来たとしても私が追い払ってあげるからね。エリーゼを必ず守ってあげよう」
「――――義父上、それは聞き捨てなりませんよ」
割り込んできた男の声。
振り返ると私の婚約者ラインハルトがいた。
ラインハルトの登場にお父さまがムッと厳めしい顔になる。
「むっ、来たのか」
「もちろんですよ。明日はいよいよ婚礼の日です。この日をどれだけ待っていたことか」
「待つのは勝手だが、気が早いんじゃないかな? まだ婚礼の日ではないよ。それに婚礼までまだ時間がある。これだけ時間があればエリーゼも心変わりするかもしれない」
核心を突いたようにきっぱり言ったお父さま。
ラインハルトが笑顔のまま額に青筋を浮かべる。
「ハハハッ、義父上は冗談がおじょうずだ」
「ハハハッ、私は昔から冗談が嫌いでね」
二人が対峙したまま「ハハハッ」と笑いだす。でももちろん目は笑っていない。
そんな二人にお母さまが呆れた顔になった。
「あなた、恥ずかしい真似はしないでください。婿殿も明日は婚礼なのですから」
「ああ義母上、申し訳ありません。つい熱くなってしまいました」
ラインハルトはお父さまとお母さまにそれぞれ一礼した。
そしてこの時を待っていたとばかりに私を振り返る。
「エリーゼ、会いたかった。明日を待ちきれずに会いに来てしまうくらいに」
そう言うと私に向かって手を差しだす。
私を見つめる瞳は愛おしさを帯びていて、ただ愛しているのだと私に伝えてくるもの。
私は小さく笑ってそっと手を重ねた。
「はい、私も。明日を待ちきれずにいるんです」
「婚礼前夜だというのに、互いに眠れそうにないな」
「そうですね。私も明日を思うと胸がいっぱいで」
重ねた手が優しく握られた。
私も彼の手を握り返すと、彼が嬉しそうに私を見つめている。
手を握り合ったまま見つめあっていると、ゴホンッゴホンッ、とお父さまの咳払い。
「婿殿、いつまで手を握っている」
「いつまででも握っていたく思います」
「邪魔すぎるとは思わないのか」
「エリーゼはそんなこと思いません」
「エリーゼは優しいから本当のことを言わないでいるんだ。君は鈍感なようだ。そう言うところ直したほうがいいよ」
「義父上こそいつまでもエリーゼエリーゼと。いい加減、子離れしてはいかがでしょうか」
「婿殿こそエリーゼの優しさに甘えるのはやめなさい」
またしても二人が一触即発になってしまう。
お母さまが呆れた様子で二人を見ていて、私はなんだかおかしくなって笑ってしまった。
するとお母さまも笑いだして、お父さまとラインハルトはムムッとした顔になる。
でも笑い声は伝染するもので、気がつけばみんなが笑顔になっていた。
こうして婚礼前夜はにぎやかにすぎていったのだ。
リンゴーン! リンゴーン!
礼拝堂から厳かな鐘の音が響く。
礼拝堂では婚礼の式典が行なわれていたのだ。
礼拝堂の扉が開き、ラインハルトにエスコートされて外に出る。
厳粛な雰囲気から一気に解放されて自然と頬がほころんだ。
「エリーゼ、まだ結婚式は終わっていないよ」
「そうですね。今から披露宴です」
私は空を見上げた。
朝から眩しいほどの青空が広がっていた。
明るい陽ざしが私とラインハルトを照らしている。
そして礼拝堂の入口には私を祝福してくれる両家の両親、そしてたくさんの来賓客。もちろんその中には笑顔の友人たち。
「エリーゼ、結婚おめでとう!」
「お幸せにね!」
「ウェディングドレスとても似合ってるわ! とっても綺麗よ!」
「結婚してもたまには私たちと遊んでよね!」
「そうそう! 幸せすぎて私たちのこと忘れないでよ!」
友人たちが楽しそうにからかってきた。
私はウェディングドレスの裾を軽く持ち上げて応える。もちろん手には薔薇のブーケ。この日のために友人たちが手作りしてくれた最高のブーケ。
「ありがとう! みんな、ありがとう!」
私はすべてに感謝した。
私の幸せをたくさんの人が祝福してくれる。
私が幸せだとお父さまもお母さまもラインハルトも幸せなのね。
私も同じよ。私の愛する人たちが幸せだと私も幸せな気持ちになるの。
「雪?」
ふと頭上からひらひらと白い雪が降ってきた。
でも。
「……ああ、ちがう。これは冷たい雪じゃない」
どこからともなく白い花びらが舞い落ちてきた。
風に吹かれて花びらが舞っているのだ。
それはまるで祝福の花びら。
たくさんの幸せと祝福がエリーゼに降りそそぐ。
エリーゼは降りそそぐ花びらに手を伸ばす。
すると手のひらに花びらが舞い落ちて、潰してしまわないようにそっと握りしめる。
キラキラを抱きしめるように、そっと、そっと優しく。
こうしてエリーゼは幸せを握りしめ、多くの祝福のなかでほほ笑んだのだった。
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