深淵機鎧ディアベロス
「なあ、『黒い魔人』の噂って知ってるか?」
「ああ、たった一体でこの近辺の機鎧盗賊団を片っ端から壊滅させてる、謎の黒い機鎧のことだろ?」
「おっと、ゴメンよ」
街角で噂話に花を咲かせていた男に、一人の少年がぶつかった。
「チッ、ちゃんと前見て歩きやがれ、ガキが」
「オイ、大丈夫かお前? 何かスられてたりしねーか?」
「え? あっ、俺の財布がねぇ!」
「あーあ、大して中身は入ってねーか」
スリの少年ゼルは、財布の中を確認して溜め息をついた。
「ニャー」
「お?」
一匹のキジトラ柄の猫が、ゼルの足に擦り寄って来た。
「ハハ、可愛いなお前」
「ニャー」
思わず猫を撫でる。
そういえばグレールも猫が好きだったことを思い出し、潤んだ目元にグッと力を込めた。
「へへ、見付けたぞクソガキが」
「っ!」
その時だった。
先程財布をスッた男に、後ろから羽交い絞めにされてしまった。
「あっ、誤解だよ! アンタが落とした財布を、俺が拾ったんだ!」
「あぁん? そんな言い訳が通用するとでも思ってんのか!? まあいい」
「っ!?」
男に口元を押さえられ、その場に押し倒されるゼル。
「へへ、お前よく見たらなかなか可愛い顔してるじゃねーか。二度とこんな悪いことする気が起きねーよーに、タップリと調教してやるぜ」
下卑た目でゼルの全身を舐め回すように見ながら、下半身に手を伸ばす男。
(そ、そんな!? 俺は男だぞ!)
世の中には少年に欲情する変態もいるという話は聞いたことがあったが、まさかこの男がそうだったとは。
必死に抵抗するも、所詮は子どもと大人。
力の差は歴然だった。
(こんなところで、コレを使わなきゃいけないのか)
腰に隠していたとある物を握るゼル。
「ニャー!」
「痛!?」
その時だった。
猫が男の腕に噛みついたのである。
「クッ、このクソ猫がああ!!」
激高した男は拳を握り、それを振り上げる――。
「俺のトラになにすんだオラアアア!!!」
「ぶべら!?」
が、どこからともなく飛んできたドロップキックが男の顔面に直撃し、男は壁に激突して白目を剥いた。
「まったく、猫に暴力を振るうやつは、たとえ神だろうとクソだって相場が決まってんだよ」
「あ、あんたは……」
ドロップキックを放ったのは、やたら目つきの悪いガタイのいい男だった。
パッと見はチンピラにしか見えない。
「ニャー」
「おおトラ! 怪我はなかったか!?」
が、チンピラはでろでろにだらしない顔になったかと思うと、トラと呼ばれた猫を抱きしめて頬擦りをした。
(な、なんだコイツ……。助けてもらっといて何だけど、あまり関わり合いになりたくないタイプだ)
「ちょっとヴォルフ、私たちを置いていくなんて、いい度胸じゃない」
「ヴォルフさん、待ってくださぁい」
「おにいちゃん、タンポポ見付けたよー」
そこへ今度は、メイド服を着た三人の女性が現れた。
一人は背が高く、やたら胸が大きい美女。
一人は中肉中背の、メガネをかけた地味な女性。
もう一人はゼルと同い年くらいの、金髪ツインテールの美少女だった。
「アァン? お前がタラタラ歩いてるのが悪いんだろーがこのブス! ぶべら!?」
ヴォルフと呼ばれたチンピラが巨乳美女に悪態をつくと、光の速さで美女からヴォルフにビンタが炸裂した。
「誰がブスですって?」
「すいません、ブスというのは、『ブッ飛ぶくらい素晴らしい』の略です」
「あわわ、サラ、ヴォルフさんを叩いちゃダメだよー」
「姉さんは黙ってて。獣を躾るには、時に暴力も必要なのよ」
サラと呼ばれた巨乳美女が、地味な女性を姉さんと呼んだ。
この二人は姉妹なのだろうか。
よく見れば金髪ツインテールの美少女も他の二人に顔がよく似ているので、三姉妹なのかもしれない。
「カヤからもこの暴力妹に何とか言ってやってくれよぉ」
「す、すいませんヴォルフさん……。この子ったら本当に、すぐ手が出ちゃうので……」
「私のは暴力じゃなくて躾よ姉さん」
「さっき『時に暴力も必要なのよ』って自分で言ってただろーが!?」
「何ですって?」
「ヒッ……!」
サラの氷のように冷たい視線に、露骨に怯えるヴォルフ。
どうやらオドオドしている長女の名前はカヤらしい。
(それにしてもヴォルフという名前、どこかで聞いたことがあるような……)
「ねえ君、エミが見付けたタンポポあげるねー」
「え?」
エミと名乗った金髪ツインテールの美少女が、ゼルにタンポポを差し出す。
「あ、ありがと」
「えへへー、辛い時はタンポポを見てると、心がポカポカするよ」
「……」
エミの天真爛漫な笑顔がグレールを彷彿とさせ、胸が熱くなった。
そして途端に、スリをしていることへの後ろめたさで、胃が重くなる。
「じゃ、じゃあ、俺はこれで」
これ以上この変な集団といるといろんな意味でマズいと感じたゼルは、逃げるようにその場から走り去った。
「またねー」
そんなゼルに、エミはブンブン手を振っていた。
「ニャー」
トラも「また会おうぜ」とでも言わんばかりの軽やかな鳴き声で、ゼルに別れの挨拶をしていた。
「お、お願いします! そのネックレスだけは勘弁してください、母の形見なんです!」
ゼルがカジノの裏口付近を通りかかると、客の一人がカジノのオーナーであるベルメスに縋り付いていた。
ベルメスは自慢のチョビ髭を撫でながら、その客をゴミを見るような目で見下している。
「ハッ、んなもん知ったことかよ。自分の運の悪さを呪うんだな」
「クッ、イカサマで俺たちから金をふんだくっておいて、何を言う!」
「アァン? どこにうちがイカサマをしたって証拠があんだ、アァ!?」
「がぁ!?」
ベルメスが客の鳩尾に、容赦なく蹴りを入れた。
「この、カスが、カスが、カスがああああ、調子に乗んじゃねえええ!!!」
「ぐぅ……!」
うずくまった客を、ベルメスは執拗に何度も蹴る。
終いに客は、ぐったりして動かなくなってしまった。
(あ、あの野郎、絶対に許さねえ……!)
ベルメスの下衆な行為に、ゼルは改めて復讐を胸に誓う。
「ケッ、カスはカスらしく、黙って搾取されてればいーんだよ。オイ、俺はちょっと散歩してくる。後は任せた」
「ハイ、ボス」
ベルメスは黒服のボディーガードにそう告げると、肩で風を切りながら、一人でカジノから離れた。
(チャンスだ――!)
この半年、ずっと復讐の機会を窺ってきたゼルだが、常にベルメスの側にはボディーガードが控えており、なかなか実行に移せなかった。
だが、これは千載一遇のチャンス。
ゼルは腰の拳銃の感触を確かめながら、そっとベルメスの後をつけた。
「ふわ~あ」
街の中心部から離れた広大な砂漠地帯で、だらしなく欠伸をしながらチョビ髭を撫でるベルメス。
やつがこんなところに何の用があるのかは謎だが、やるならここしかない――。
「オイ」
「ん?」
拳銃を構えたゼルは、ベルメスの前に立ちはだかる。
「なっ!? 何だお前は!? そ、その物騒なもんを下ろしやがれ!」
「っ! お前、俺のこと覚えてないのか……?」
「は? えーっと、どちら様でしたっけ?」
「……!」
ゼルは絶句した。
あれだけの非道を行っておきながら、この男はすっかりその罪を忘れていたのだ。
――今から半年ほど前。
突如この街にやって来たベルメスは、ゼルと妹のグレールが生まれ育った孤児院を訪れ、この場所にカジノを建設するから、今すぐここから出て行けと一方的に命令してきたのだ。
そんな横暴、当然受け入れるわけにはいかない。
ゼルの親代わりでもあった孤児院の院長は猛抗議したが、すると途端にベルメスは隣に立っていた黒服のボディーガードを機鎧化させ、その巨大な機鎧で院長や孤児たちを虐殺したのである――。
ゼルのことを庇ったグレールも、ゼルの目の前で無残にも殺された……。
唯一生き残ったゼルは、スリをしながら何とか今日まで生き延び、復讐の機会を窺っていたのである。
それにしても、先日闇市で偶然拳銃を手に入れられたことといい、今日ベルメスがたまたま一人になったことといい、最近の自分はツイている。
これは神が自分に復讐を果たせと言っているに違いない。
ゼルは拳銃の引き金に、この半年の地獄のような想いを乗せた。
「覚えてねーなら別にいいよ。精々地獄で反省しやがれ!」
「ま、待て! ガハッ――」
ゼルの放った弾丸が、ベルメスの左胸を深紅に染めた――。
「や、やった……」
うつ伏せに崩れ落ちたベルメスに、震える手を押さえながら、そっと近付く。
ベルメスは糸の切れた操り人形みたいに、ピクリとも動かない。
(やった……! 仇は取ったぞ、グレール、院長先生、みんな――)
「痛っ!?」
その時だった。
ゼルの足に激痛が走った。
見れば細長い針のようなものが刺さっている。
「こ、これは……!? ぐっ!?」
途端に全身に力が入らなくなり、その場に倒れるゼル。
「クックック、こんな古典的な手に引っ掛かるとは、まだまだお子ちゃまだねえ、ゼル君」
「――!」
死んだはずのベルメスが、下卑た笑みを浮かべながらひょっこりと立ち上がった。
「バカな……!? 心臓を弾丸で貫かれて、なんで無事なんだ……!? それに……」
何故ゼルの名前を知っている?
先程は忘れているような素振りを見せていたというのに。
「ハッハッハ、俺とゼル君の仲じゃないか。さっきのは忘れたフリだよ。――むしろ俺がゼル君をこの場所におびき寄せたんだぜ」
「っ! そんな……」
最悪の予感が頭をよぎり、背筋が凍る。
「ゼル君が復讐してくれるのを期待して、ワザとゼル君だけ殺さないでおいたのに、この半年全然遊びに来てくんねーんだもん。だから闇市に手を回して、ペイント弾が入った拳銃がゼル君のところに行くように仕向けたのさ」
「な、なんで……そんなこと……」
「なんで? そんなの決まってんじゃねーか。楽しいからだよ。俺はお前らみてーな底辺のクズの、絶望に染まった顔を見てる時が一番楽しいんだ。こんなにおもしれーエンタメ他にねえよ! 生きててよかったーって実感するぜ。ガハハハハハ」
「くっ……そ……」
(殺してやる……、殺してやる……。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……!! コイツのことだけは、命に代えてでも、絶対に殺してやる――!!)
「う、うあああああぁ……!!」
あまりの悔しさに、ゼルは泣いた。
だがその涙も、乾いた砂漠の砂が瞬く間に吸収してしまう。
「カッカッカ、それだよそれ! その顔! その顔が見たいから、これだけ手の込んだことをしたんだよ俺は! いやあ、満足満足。君はエンタメ的に96点てとこだよ、ゼル君」
「ぐ……うぅ……!」
「クク、動けないだろぉ? 特注の痺れ薬を打ったからねぇ。オイ、アルゴス」
「ハイ、ボス」
どこからともなく、ボディーガードのアルゴスが現れた。
「このガキを俺の拷問部屋に運んどけ。後でじっくり、可愛がってやるからよ」
「ハイ、ボス」
(クソッ、誰か……! 神様……、いや、悪魔でもいい……!! 俺の全てをくれてやってもいいから、どうかコイツに、報いを与えてくれ――)
「オウ、随分楽しそうなことしてんじゃねーか。俺も交ぜてくれよ」
「「「――!!」」」
その時だった。
つい先程聞いたばかりの、人を小馬鹿にするような声が、ゼルの鼓膜を震わせた。
「な、なんで、ここに……」
そこに立っていたのは、肩にキジトラ柄の猫を乗せた、チンピラ風の男だった――。
「アァン? 誰だテメェは?」
「俺の名前はヴォルフ・レーヴェンブルク。通りすがりの王太子だ」
「ハァ!? テメェが!?」
ヴォルフ・レーヴェンブルク――。
思い出した。
それはつい最近他国との戦争に破れ崩壊した、北方にあるカツェレーネ王国の王太子の名前だ。
そんな亡国の王太子が、何故こんな辺境の砂漠地帯の街に?
「へへ、負け犬国家の王太子殿下が、こんなとこで何してんだよ。正義の味方ごっこでもするつもりか?」
「まさか。正義なんてダセェもんに興味はねーよ。……でもな、そこの坊主にはうちのトラが懐いてたんだ」
「ニャー」
「アァン、トラ?」
ヴォルフは肩に乗っているトラの喉を、愛おしそうに撫でる。
「だからその坊主が死んだらトラが悲しむ。トラを悲しませるやつは、たとえ神だろうと俺は絶対に許さねえ。それだけの話だよ」
「……!」
(ヴォルフ……)
「やれやれ、素直じゃないわね。正直に放っておけなかったって、言えばいいじゃない」
メイド服を着た例の三姉妹も、ヴォルフの隣に立った。
「ハァ!? べ、別に俺はこんなガキがどうなろうと知ったこっちゃねえんだよ! 勝手に決めつけんなこのブス! ぶべら!?」
またしても光の速さでサラのビンタがヴォルフに炸裂した。
「誰がブスですって?」
「すいません、ブスというのは、『ブランクを感じさせないスーパープレイ』の略です」
「もう、サラ! ヴォルフさんを叩いちゃダメだってばー」
「おにいちゃん、ほっぺの痛みには、タンポポがよく効くよー」
「ハハ……」
何故だろう。
この四人の遣り取りを見ていると、ゼルは自然と勇気が湧いてくる気がした。
「チッ、この俺様を無視して、イチャラブハーレムムーブカマしてんじゃねえぞ負け犬があああ!! わからせてやるよ、俺の力をなあああ!! アルゴス!」
「ハイ、ボス」
「――愚かなる金の亡者共から、命のチップを貪り尽くせ――バーデン=バーデン」
「――!!」
アルゴスの身体が見る見るうちに巨大化し、カジノのディーラーを彷彿とさせる機鎧に変化した。
「ハッハァ! 蹂躙してやるよ、俺様のこのバーデン=バーデンでなぁ!」
バーデン=バーデンの胴体部分のコックピットに吸い込まれていくベルメス。
「ハッ、主に似て、趣味がワリィ機鎧だな。――見せてやるよ、本物ってやつをな」
「う、うわっ!?」
動けないゼルを米俵のように担いだヴォルフは、メイド三姉妹に目線を送る。
「いくぞ、サラ、カヤ、エミ」
「ええ、よくってよ」
「は、はい!」
「タンポポタンポポ~」
「――冥府へ誘う旋律で、哀れな魂に安らぎを――アマデウス」
「――!!」
サラの身体が巨大化し、フルート奏者を彷彿とさせる、黒い機鎧に変化した。
右手には大振りのフルートのような棒を握っている。
「――引き裂け、喰い千切れ、噛み砕け、獣の本能を奮い立てろ――バスカヴィル」
「な、なにィイイイ!?!?」
カヤの身体が巨大化し、鋭い爪が光る、四足歩行の狼のような、黒い機鎧に変化した。
(そ、そんな!?)
ゼルは思わず絶句した。
何故なら――。
「あ、有り得ねぇ! 一人の人間が契約できる機人は、一人までのはずだ! 一人で二人も機人と契約したなんて話は、聞いたことがねぇ!」
そう、ベルメスが言う通り、普通ならそんなことは不可能なはずなのだ。
普通なら――。
「ハッ、そりゃお前ら凡人の話だろ? ――俺は王になる男だぞ。このくらいのこと、できて当然だろうが」
「ぐっ……!」
「それに俺が契約してる機人は、もう一人いる」
「……なっ」
(まさか!)
「――跳べ、舞え、全てを惑わせ、黒鳥と目が合えば、後は共に堕ちるだけ――ブラックスワン」
「「――!!」」
エミの身体が巨大化し、背中に三対のコウモリのような翼が生えた、黒い機鎧に変化した。
「はああああ!?!? 三人の機人と契約しているだとおおおお!?!?」
「ああ、だが、本番はこれからだぜ」
「な、何……だと……」
「――我が元に集え、冥府の門を守護する三つ首の番犬にして、死を司る漆黒の悪魔よ――ディアベロス」
「なあああああ!?!?」
アマデウスとバスカヴィルとブラックスワンの三体が合体し、一体の禍々しい機鎧になった。
その背中にはブラックスワンの三対の翼が生え、左手にはバスカヴィルの鋭い爪が光っている。
そしてフルート状の棒の先からは巨大な刃が伸び、まるで死神の持つ鎌のような形状になったのである。
「そ、その姿……、まさかお前があの……!」
「ああ、俺たちが噂の、『黒い魔人』さ」
(ヴォルフたちが……『黒い魔人』)
一体でこの近辺の機鎧盗賊団を片っ端から壊滅させたという、あの――。
不思議と、ヴォルフたちなら本当にそんなこともやり遂げてしまうのではないかという感覚が、ゼルにはあった。
「さあて、お膳立てはここまでだ。後はタイマンでケリつけようぜ、かませ犬君」
担いだゼルと共に、ディアベロスの胴体のコックピットに吸い込まれていくヴォルフ。
「よし、坊主、お前はここで大人しく見てろ。もっとも、動きたくても痺れて動けねーだろーけどな」
親が子どもを背中から抱くように、ヴォルフは自分の前にゼルを座らせた。
「ニャー」
ヴォルフの肩に乗っているトラは、そんなゼルの頭にぽふんと肉球を押し付けた。
「ハハ」
たったそれだけのことで、ゼルの心は澄んだ湖のように落ち着いた。
あれだけ恐怖の対象だったバーデン=バーデンが、今はヴォルフの言った通り、ただのかませ犬にしか見えない。
「クソがあああ!!! そんな虚仮威しに、俺がビビるとでも思ったかあああ!!! これを見ても、まだそんな減らず口を叩けるかあ!? 『チャック・ア・ラック・エニートリプル』!」
ディアベロスと距離を取ったバーデン=バーデンだが、その目の前に、夥しい数のカジノのチップのようなものが現れ、それらが集まり兵士のような姿になった。
――その数、ざっと数百体。
「見たかあ!? バーデン=バーデンはたった一体で、一国を滅ぼせるレベルの兵力を持ってるんだ! お前の機鎧がどんなに特別でも、所詮戦いは数なんだよおお!!」
「ふーん、でもよぉ、雑魚がどんだけ集まったところで、一匹の鮫のオヤツにされるのがオチだぜ。――こんな風になあ! いくぞ、エミ!」
『はーい』
三対の翼で天高く飛び上がったディアベロスは、翼の先端から六本の黒いレーザービームを射出した。
レーザービームはチップで作られた数百体の兵士を一瞬で薙ぎ払い、後にはバーデン=バーデン本体しか残っていなかった。
「バカなあああああ!?!?」
(す、凄い……)
これなら本当に、バーデン=バーデンにも勝てるかもしれない――。
ゼルの胸は、半年ぶりに高鳴った。
「クッソガアア!!!! フザけやがってええええ!!!! こうなったら俺のとっておきの切り札を見せてやらぁ! やるぞ、アルゴスッ!!」
『ハイ、ボス』
「『トラントエカラント』!!」
(……なっ!?)
ゴゴゴゴという地響きを上げながら、地面から視界を覆うほどに極大な巨人が現れた。
よく見ればその巨人は、無数のチップが寄り集まって作られているものだった。
「ハッハッハァ! 完全に立場は逆転したなぁ! これで雑魚はお前のほうだ! このトラントエカラントで、お前のことをハエみたいに叩き潰してやるぜぇ!」
「ハッ、その台詞自体が雑魚そのものだってわかんねーのかよ。――カヤ、俺たちの力を見せてやろうぜ」
『オウオウオウ、ヴォルフこの野郎ォ! アタシのことは姐さんて呼べっていつも言ってんだろうがぁ!!』
「す、すいません、姐さんッ!」
(んんん!? 今の声はカヤか!?)
だが、あのオドオドしたカヤからはとても想像がつかない。
ひょっとして運転する時だけ性格が変わるタイプなのだろうか……?
尊大なヴォルフも舎弟ムーブをかましているあたり、この状態のカヤは余程恐ろしい存在なのかもしれない。
『ハッハー! それでいいんだよそれでぇ! オラ、こんな雑魚、さっさと片付けんぞヴォルフ!』
「へい、姐さん!」
(これじゃどっちが操縦者かわかんねーな)
『オラオラオラオラオラァ!!!』
「なにィイイイ!?!?」
ディアベロスは目にも止まらぬ速さでトラントエカラントの周りを飛び回ると、左手のその鋭い爪で次々に躯体を抉り取っていった。
まるで打ち寄せられた波で砂山が崩れ去っていくかの如く、瞬く間にトラントエカラントの全身はボロボロになってしまった。
そして太陽が隠れるほどに高く飛び上がったディアベロスが左手を天に掲げると、爪が更に一回り肥大化する。
『これで、トドメだああああああッ!!!!』
そのまま地上に落下しながら、その爪でトラントエカラントの脳天から尻までを一気に引き裂いた。
トラントエカラントの躯体は真っ二つに割れ、ガラガラと音を立てながら雲散霧消した。
「ほ、ほええええええ????」
切り札を瞬殺されて、余程ショックだったのだろう。
ベルメスは柄にもなく、萌えキャラみたいなリアクションを取っていた。
「さあて、これで俺たちの完全勝利だな。最後に何か言い残すことはあるか、かませ犬君?」
「ヒィ!?」
バーデン=バーデンの目の前に下り立ったディアベロスは、その死神の鎌をゆらりと差し出す。
(マ、マジであのバーデン=バーデンに勝っちまった……! ディアベロスの力は、世界に数体しかいないと言われてる、『深淵機鎧』レベルかも……!)
「お、俺が悪かった! この通り謝るから、命だけは勘弁してくれ!」
(――! コイツ、散々グレールたちの命を弄んでおいてッ!)
「――なんて俺様が言うとでも思ったか、このマヌケがぁ!」
「なっ!?」
が、バーデン=バーデンは瞬時にチップで剣を作り、それをディアベロスに突き刺してきたのである。
「ヴォルフ!」
「心配すんな坊主、こうなることくらい、お見通しだっての」
「え?」
「サラ」
『フフフ、愚かね』
「なにィイ!?」
ディアベロスは剣を華麗に躱し、その流れで死神の鎌でバーデン=バーデンを袈裟斬りにした。
「ぎゃあああああああ!!!! ……って、あれ?」
が、バーデン=バーデンの躯体には、かすり傷一つ付いていない。
「ハ、ハハ、何だ、ただの虚仮脅しかよ。まったく、ビビらせやがって。…………ん?」
その時だった。
バーデン=バーデンの斬られた箇所にヒビが入り、そこから牙が生えてきて巨大な口となった。
そしてその口はバリバリとバーデン=バーデンの躯体を喰らい始めた。
「なんじゃこりゃぁああああああ!!!!!!」
『この鎌の名前は『ディツァウバーフレーテ・フロイデ』。これで斬られた者は、善人なら全く無傷で済むわ。ただ重い罪を犯していた場合は、その口が冥府の門となってその者を地獄に誘うの。地獄では罪の重さの分だけ、延々と凄まじい責め苦を受けることになるわ。あなたの場合はざっと見積もって、そうね……349京2413兆4400億年てところかしら』
「なあぁっ!?!?」
何という途方もない年数――。
だが、この男のこれまでの行いを鑑みれば、ある意味妥当と言えるかもしれない。
「フ、フザけんなッ! 俺はそこまで悪いことはしてねーぞ! 俺は分相応な力の使い方をしただけだ! 力を持ってるやつは何をしても許されるんだよ!」
「でもお前俺らに敗けてるじゃねーか」
「えっ?」
「つまりお前は大した力は持ってなかったってことだろ? じゃあお前の理屈だとお前は何も許されねーよ。――本当に強い力を持ってるやつってのは、その力をむやみに人に使わねーもんだ。まあ人生勉強も兼ねて、地獄でじっくり反省してこいや」
巨大な牙は尚もバリバリとバーデン=バーデンの躯体を喰らっていく。
「い、い、い、嫌だああああああ!!!!!! 助けてくれ助けてくれ死にたくない死にたくない!! アルゴス! お前もボケッとしてねーで俺を助けろ!!」
『ハイ、ボ……って助けられるわけねーだろ!! お前のせいで俺まで巻き添え食らったじゃねーか!! 頼む! 俺はこのボケに唆されただけなんだ! こいつのことはどーでもいいから、俺だけでも助けてくれ!!』
「なっ、テメェ!!」
(アルゴスメッチャ喋るじゃん。お前は『ハイ、ボス』しか言わないキャラじゃなかったのかよ。まあ今更どうにもできないだろうし、仲良く二人で逝っといでよ)
バリバリバリ……バリバリバリ……、最早バーデン=バーデンの躯体は、コックピット部分だけを残すのみとなった。
「あああああああああああ!!!!!!」
「あ、そうだ。ずっと思ってたことあるんだけどよ」
「えっ?」
ヴォルフが指をパチンと鳴らしながら、ベルメスに声を掛ける。
「お前のチョビ髭、クソダセェな」
「なっ、うわぁああああああああああああああ!!!!!!」
『それでは、また会う日まで、御機嫌よう』
サラの妖艶な声が、乾いた砂漠の空気を震わせた。
「ニャー」
「ちょま――」
――バクン。
冥府の門はバーデン=バーデンを喰らった後、スウッと霧のように消えていった。
後には塵一つ残っていなかった。
(終わっ……た……)
これで遂に、グレールたちの仇は討てた。
ゼルの頬には、一筋の涙が流れた。
「……あ、ありがとう、ヴォルフ。この恩は、一生忘れないよ」
ゼルは背中のヴォルフを見上げ、照れくさそうに頬を染める。
「ハッ、礼ならトラに言えよ。トラがいなきゃ、俺が手を貸すこともなかったんだからよ」
「ニャー」
トラは「いいってことよ!」とでも言うかのように、ゼルの頭にポンと肉球を乗せた。
――この時ゼルは、生涯を懸けてこの男に尽くそうと、心に決めたのであった。
拙作、『憧れの美人生徒会長にお喋りインコが勝手に告白したけど、会長の気持ちもインコが暴露しやがった』が書籍化しました。
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