#56 三人旅
ホッとした様子を浮かべる愛野さんを見て、僕の心にもどうしてか「安堵」の気持ちが広がる。
そして、愛野さんの隣にいる女の子にも目を向けた。
「あなたも嫌なことはされませんでしたか?」
僕の問い掛けに「ボクも大丈夫だよー」と返ってきたので、二人とも問題はなかったようだ。
「ところで、もしかして『川瀬くん』ってボクのこと知らない?」
愛野さんの隣にいる女の子は、僕にそう尋ねてくる。
特徴的な一人称に、青みがかった髪色。
愛野さんと一緒にいるところは度々目撃していたが、誰であるかは知らないでいる。
いや、正確には恐らく「あの人」かな?という予想だけはあるといったところか。
愛野さんが告白をされていた時に一度だけ話したことはあるものの、その時も名前は聞いていなかった。
「すみません。お名前を聞いても良いですか?」
「えぇ~どうしようかにゃあ~?」
「もぅ『朱莉』ってば、イジワルしてないで早く川瀬に教えてあげて」
「ごめんごめんっ」
そうして人懐っこい笑みを浮かべながら、彼女は僕に自己紹介をし始めた。
「話すのは二回目かな?ボクは姫花の親友の、南朱莉だよっ」
予想通り、愛野さんがよく話題に出していた「あかり」さんというのは、今目の前にいる女の子のことだった。
二人はとても親密そうで、愛野さんはクラスで見るよりもリラックスした表情を浮かべている。
「川瀬朔と言います。南さん、よろしくお願いします」
「よろしくっ!…と言っても、ボクは川瀬くんのことを『それなりに』知ってるから、今日が二回目な感じはしないけどねー」
「僕のことを知ってるんですか?」
僕の疑問に対し、南さんはニヤニヤとした笑みを浮かべ、
「そりゃあもう、姫花からいっぱい君の噂は聞いてるからねっ」
と答えてくる。
愛野さんは顔を真っ赤にさせ、「何余計なこと言ってるのっ!?」と南さんをポコポコ叩いているが、愛野さんは一体僕のどんな話をしているのだろうか?
そんなことを気にしていると、愛野さんが、
「そ、それよりっ、川瀬はどうしてここにいるの?」
と別の話題を持ち出してきた。
「確かに」と言いながら、南さんも僕に視線を向けてくる。
「ちょうど今からお昼ごはんを食べるところだったんです。ごはんを食べた後、別のところに向かおうかなと考えていて、先に電車の時間を確認しようと駅に向かっていたら、お二人の姿が目に入ったというわけです」
愛野さんと南さんは「「なるほど」」と頷き、続けて二人がここにいた理由も話してくれた。
どうやら二人は駅周辺でショッピングをしていたらしく、お昼になったので飲食店を探していたところ、彼らに声を掛けられたとのことだった。
そんな二人の話を聞き終わり、これ以上二人の時間を邪魔しないでおこうと思ったので、
「それじゃあ僕は行きますね。二人とも次は気を付けてください」
と言い、僕はその場から離れようとする。
しかし、南さんには左肩を、愛野さんには右袖を掴まれたことで、僕は立ち去ることができなかった。
「二人とも、どうかしましたか?」
愛野さんは「えと…」と袖を掴んだままもじもじとしていたが、南さんは何故かため息を吐き、
「これは中々の強敵ですな…」
と意味の分からないことを呟いていた。
僕が首を傾げていると、愛野さんがこう口を開いた。
「…川瀬、もし良かったら、ここから私たちと一緒に行動しない?」
「もちろん断ってくれても良いよっ…でも、どうかなっ?」と上目遣いになりながら、愛野さんはそう言葉を重ねてくる。
愛野さんからの提案を聞いた途端、僕は咄嗟に周囲を見渡した。
これは、ある種の防衛本能として、もう自分の癖のようになっている。
「そうだよっ!ボクたちの目的は一致してるし、次に何かあっても、川瀬くんが近くにいたらボクも姫花も安心だからねっ」
南さんも僕が合流をすることに歓迎をしてくれているようだ。
しかしだ…愛野さんと南さんの二人と行動していることがバレた時、僕は男子たちの嫉妬に耐えられるだろうか?
今のところ、星乃海の生徒とは二人以外に会っていないし、また、目を引く女の子が二人だけで歩き回ることに対して、僕は何故か一抹の不安を感じている。
…これは「心配」などではない、はず。
僕に他人を「心配」するような感情はもうないのだから。
実際に二人が絡まれている現場を目撃したために、少し引っ掛かりを覚えているだけだ。
黙り込んだ僕を見て、南さんは何かを感じ取ったのか、
「もし他の生徒に見つかっても、ボクが強引に道案内を頼んだってことにするから大丈夫だよ」
というように、僕が頷けない理由を「分かっている」かのような声を掛けてきた。
僕は思わず南さんの方に視線を向けるが、彼女は笑顔を浮かべるだけで、それ以上は何も言わないでいる。
どうして僕が愛野さんと距離を置きたがっていることに勘付いた…?
何とも言えない感情が渦巻こうとしていた時、愛野さんは袖を優しく引っ張り、僕の目を真っ直ぐ見つめながらこう言ってきた。
「私は、川瀬と一緒に行動したいな…」
結局、僕の首が横に振られることはなかった___。
***
愛野さんと南さんの二人と行動することが決まり、まずはお互いの目的であった昼ごはんを食べるため、駅ビルの中にあるラーメン店がいくつも入ったエリアへと移動した。
そして、南さんが「これ食べたいっ」と言ったラーメン店に入り、三人でラーメンを食べ始めた。
その食事中や、移動中もずっと、二人の仲の良さは僕の目から見ても明らかだった。
二人は家が隣同士で、生まれた時から一緒に過ごしてきたらしく、二人はそれぞれのことを「親友」だと表現していた。
二人の固く結ばれた「友情」を見て、胸が苦しくなったのは気のせいであろう。
そんな二人の話を主に南さんが話していた一方で、愛野さんは照れた様子でちらちらと僕の方を見てきていた。
ラーメンの熱を冷ます時、よりその様子は顕著だったので、どういうわけか僕にラーメンを食べる姿を見られるのが恥ずかしかったようだ。
小さく「ふーふー」と熱を冷ましていた愛野さんとは違い、南さんは
「川瀬くん、このラーメン美味しいねっ!」
と豪快にラーメンを頬張っていたので、二人のタイプが正反対なことも、愛野さんと南さんの関係が長く続く理由なのかもしれないと僕は思った。
そうしてラーメンを食べ終わった後、僕たちは次なる目的地に向け、電車に乗り込んだのだった。
今、僕たちは、隣の地域方面の電車へと乗っている。
その地域とは、大きな湖がシンボルとなっている地域である。
元々、他の生徒たちに会わない方法として、こっち方面の電車に乗ることは考えていた。
もちろんそれだけが理由ではなく、訪れてみたい神社がその地域にはあったからという理由もある。
その神社というのは、競技かるたをテーマにした作品にも描かれている「かるたの聖地」のような場所のことだ。
文化祭の時にその作品を漫画で読んでから、僕は少しかるた(百人一首)に関心が生まれた。
昔の人たちは、どうしてあれほど繊細に自分たちの気持ちを表現できたのだろう…。
そして、その神社に向かう予定だったことを伝えると、二人から「行きたい!」という肯定が返ってきたので、今こうして向かっているというわけである。
二人もその作品を知っており、実写映画を観たことがあるとのことだった。
「愛野さん、電車の時間を調べてくれてありがとうございます」
「大丈夫だよっ。それより、乗り換えアプリなしでさっきまで移動してたなんて、流石川瀬だねっ」
「事前にルートを調べていたので何とかなったという感じですね」
「川瀬くんっ、そのガイドブックさ、ボクにも見せてよ」
「良いですよ」
電車は空いているため、こうして四人席に三人で座ることができている。
僕の前に座っている二人は、そのガイドブックを見て何やら楽しそうだ。
今向かっている神社の観光が終わっても時間はそれなりに残るため、次は二人が行きたい場所に着いていこうかなと僕は思っている。
そんな二人の様子を眺めていると、
「川瀬も一緒に見よ?」
と言い、僕の目の前に座っている愛野さんが、そのガイドブックを僕にも見えるようにしてくれる。
断る理由もないので、僕は少し前に顔を出し、覗き込むようにして愛野さんと一緒にガイドブックを眺め始める。
「次、ここはどうかな?」
「良いと思いますよ。さっきの駅から電車で約三十分ですし、時間的にも見て回れそうですね」
「うんっ♪」
愛野さんとあれこれ話していると、不意に横からカシャッという音が聞こえてくる。
愛野さんとその音の方に顔を向けると、南さんがスマホをこっちに向けてニヤニヤとしていた。
「二人はめっちゃ仲良しだねぇ~。もしかしてぇ、ボクはお邪魔だったかなぁー?」
南さんが余計な一言を言った時、僕は愛野さんとばっちり目が合ってしまった。
愛野さんの顔は、みるみるうちに真っ赤になっていき、
「も、もぅ!朱莉っ!」
と言いながら、恥ずかしそうに僕から視線を反らした。
僕も、ふわふわとした変な感覚に襲われ、窓の方へと視線をずらす。
電車を降りるまでの間、僕たちの周りには不思議な雰囲気が漂っていたが、その中で南さんだけが楽しそうに笑っていた。
***
電車を降り、しばらく雑談をしながら歩いていると、目的の神社へとたどり着いた。
鳥居を越えて参道を進むと、石段の上に二つ目の鳥居が現れる。
そこを通り、更に奥へ入って行くと、石段の先にある綺麗な朱色の門が、僕の視界に飛び込んできた。
「わぁ~立派な門だねー」
南さんは視線を上にあげ、その光景に感嘆の声を漏らしている。
かくいう僕もまた、漫画で見たものと同じ光景を目にすることができ、確かな満足感を覚えていた。
この満足感こそ、「聖地巡礼」の醍醐味なのだろう。
三人で石段を上りながら、「ここがあの場所だよね」という会話に花を咲かせる。
そうして石段を上り切ると、
「ねぇねぇ!折角三人でここまで来たんだし、到着記念で自撮りしようよっ!」
と南さんが提案をしてきた。
南さんはスマホをこっちに向け、「ほら、二人とも入って~」と既に撮影の準備に入っている。
何だかここ数日は写真を撮られることが多いが、基本的には写真に写りたくないタチの人間なので、今回こそは遠慮しようと思い、僕は口を開こうとした。
しかし、その瞬間、左腕に愛野さんが抱き着いてきたのだ。
僕が「えっ?」と呆けている間に、撮影の完了を告げるシャッター音が聞こえてくる。
すぐに愛野さんの方に顔を向けると、腕から離れた愛野さんが、「やってやった」というような満足感のある表情を浮かべていた。
「あははっ!川瀬くんの顔めっちゃ良いよ!」
後ろから笑い声を上げた南さんが、僕と愛野さんにその画像を見せてくる。
そこには、しっかりとポーズを決めた南さんに、頬を赤く染めたまま満面の笑みを浮かべている愛野さん、そして愛野さんの方に顔を向けてびっくりしている僕が写っていた。
そう言えば、戌亥さんや堀越くん、そしてイリーナ先輩と写真を撮った時もこんな顔だったことを思い出し、どうしてこんな顏ばっかりなんだ…と僕は思った。
僕が自分に呆れている?一方で、二人はその写真を見て楽しそうにしていたので、今回は見逃しておこうと自分に言い聞かせる。
それにしても、どうして愛野さんはあんな大胆な行動をしたのだろうか?
愛野さんの行動の意図が分からず、僕は人知れず頭を抱えていた。
心臓の音は何故か小刻みなものとなっているが、これはいきなりの愛野さんの行動に驚いたからであろう。
「川瀬、あっちにお守りが売ってるよ、行こっ♪」
僕の動揺はお構いなしに、愛野さんがそう声を掛けてくる。
僕は「はい」と頷き、「いつも通りの」様子を心掛けながら、その後ろを付いて行くことにした。
体が妙に熱いのは、石段を上ったからに違いない、きっとそうだ___。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
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