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#55 形に残るもの







 二日目の夜、あの後テーマパークの生徒たちと合流し、そのままホテルへと移動した。

 相変わらず、この日もペアの男子は別の部屋に移っていった。

 それは僕にもありがたかった。

 なぜなら、僕も無性に一人になりたい気分だったからだ。

 シャワーを浴び、明日の準備を済ませた後、僕はベッドに横になった。


 しかし、桐谷さんとの会話が頭をよぎり、この日は一睡もできなかった。


 体は確かな疲れを感じているのに、脳が余計な思考を続けるせいで、肉体と精神が乖離したようにも感じられるあの不快感。




 シャトル船から降りた後、桐谷さんは笑顔を浮かべていた。


 目元は赤くなっていたが、とても清々しく、憑き物が落ちたような、そんな笑みだった。

 僕はそんな桐谷さんに、尊敬の念すら感じていた。


 桐谷さんは、もう大丈夫だろう。


 何が大丈夫なのか、根拠なんて何もなかった。

 言うなれば、僕の勝手な想像だ。

 でも、今の彼女なら、どんなことでもできるような気がした。

 それは、彼女がまるで、「物語の登場人物」のように見えたからだろうか?

 それほどまでに、今日の桐谷さんは光り輝き、僕とは別世界の人に思えたのだ。


 そんな桐谷さんを見ていると、自分の愚かで醜い部分が透けて見えてくる。


 僕は一体どうすれば良いのだろうか…。


 光が強ければ強いほど、影は黒く、そして濃くなっていく。

 そんな影に飲み込まれる日が、いつかは来るのだろうか?




 …別にそれならそれで良いのかもしれないと、僕は思った。










***










 修学旅行三日目の朝、僕たちを乗せたバスは、一日目に新幹線を降りた駅へと向かっていた。

 今日は、その駅に到着して点呼を受けた後、自由行動となる。

 夜の決められた時間までに宿泊先の旅館に帰ってくるという制約はあるが、朝ごはんや昼ごはんは各自に委ねられ、行き先の指定もない。

 僕は、この日のためにガイドブックを用意し、行き先の目星もいくつか付けている。

 スマホがないので電車やバスの時間が分からないのだけが難点だが、まぁどうにかなるだろう。

 今日は朝ごはんが用意されているわけではないので、前日に買っておいたパンを齧りながら、僕はガイドブックに目を通す。

 他の生徒たちと被らないような場所に行きたいとは思っているが、ほとんどの生徒は世界遺産にも選ばれた有名なお寺に行くそうなので、あまり心配はいらないだろう。

 ペットボトルのお茶で喉を潤しながら、僕は駅到着後の予定を再度練り始めた。










 駅へと到着し、班ごとの点呼を受けた後、僕は班員の三人と別れ、一本のバスに乗っていた。

 ほとんどの生徒は近くで朝ごはんを済ませるようだったので、僕はさっとその集団から離れ、こうして一つの目的地を目指している。


 僕が向かおうとしている場所は、金色に輝く建築物があるお寺だ。


 時代の栄華を表す象徴として、どんな教科書にも記載されている有名なお寺ではあるが、意外とこの場所に向かおうとする周りの声は聞こえなかった。

 それは、僕にとって好都合であり、このお寺を題材にした近代文学作品を読んで実物を見てみたいとも思っていたので、僕は迷わずここを選択した。

 同じバスには星乃海生らしき人は見当たらない。

 つまり、正真正銘の一人旅だ。

 見知らぬ景色が次々と流れていき、好奇心がほんの少しだけ湧き上がってくる。

 また、見知らぬ景色を眺めていると、自分という「個人」の存在に、より意識が向くような感覚さえ覚え始める。

 「自分探しの旅」というテーマは小説でもよく取り上げられているが、この心境は、かなり近しいものであるかもしれない。

 目的地まではまだ半時間ほど掛かるため、僕はどこか「新鮮」な感覚に身を委ねながら、「僕自身」に意識を割くのだった。










 バスを降り、しばらく歩いていると、ついに目的地へとたどり着いた。

 一日目にも感じていたが、やはり外国の人たちが多い。

 しかし、池を挟んだ向かいにある金色の建築物を見れば、こうして遠くから訪れる人が沢山いることにも、大いに納得がいく。

 お寺をこう表現するのは間違っているだろうが、太陽の光が反射して輝くその様は、神々しいと表現するのが適切であろう。

 これは、誰もが一度は生で見るべき光景である。


 池の周りを歩きながら、この場所に漂う歴史的な雰囲気を肌で感じ取っていると、一人のおじいさんと目が合った。

 そのおじいさんが手招きをしてくるので、僕はその人の元に近付いていく。


「坊はここに来るのは初めてかの?」


 紐を繋いだ木の板を首から掛け、そこに画用紙を置いて絵を描いているおじいさんが、僕にそう尋ねてくる。


「はい、そうです。今は修学旅行中で、ここに足を運びました」


「そうか、そうかぁ。修学旅行か、それは良いのぉ」


「おじいさんは何をしているのですか?」


「わしは長い間ずっとこのお寺の風景を書いていてのぉ。今日も日課の絵描きに励んでいたのじゃ」


 そこから、僕はおじいさんと会話をし始めた。

 おじいさんは、何十年もこのお寺を訪れている近所の方だそうで、このお寺に関する色んな話を僕にしてくれた。

 このお寺を見て回っただけでは知り得ないような話ばかりで、とても貴重な時間だったと言えよう。

 おじいさんの話からは、このお寺に対する「愛着」というものが感じられた…気がする。


 それは、僕には分からない感覚だ。




 おじいさんとの会話が終わり、そろそろこのお寺を後にしようとすると、


「坊、これを受け取って欲しいのじゃ」


 と言うおじいさんから、僕は一枚の画用紙を受け取った。

 そこには、金色に輝く建築物と、その周りを囲む池の風景が描かれていた。

 おじいさんが描いた絵だろう、繊細で尚且つ丁寧に描かれたその絵は、素人の僕から見ても「凄い」と思わせるようなものだった。


「趣味で描いたものじゃからの、一銭の価値にもなりはせん。好きに折り畳んでおくれ」


 綺麗に描かれた絵に折り目を入れるのは忍びなかったが、持ち運び方法にも迷っていたので、お言葉に甘えて丁寧に折り畳み、カバンにしまっておいた。


「でも、どうしてこの絵を僕に?」


 絵を渡してくれたおじいさんの真意が分からないため、僕はそう聞くことにする。


 おじいさんは「それは、坊が修学旅行中だからじゃよ」と返してきた。


「折角の修学旅行なのじゃ、『思い出』は沢山あった方が、坊もその時の『記憶』を思い出しやすいじゃろ?もちろん、わしの絵は要らなければ捨ててくれても構わんのじゃ。あの時『絵を渡された』という記憶さえあれば、坊はこのお寺をもっと忘れないじゃろうからな。今この時の記憶を思い出すきっかけとして、『形に残る』ような絵を渡しただけなのじゃ。高校生活の修学旅行は、人生で一度しかないじゃろ?坊のような若者が、この場所に来て少しでも『楽しかった』と思えるような修学旅行になってくれれば、わしも嬉しいからのぉ」


 おじいさんの言葉を聞き、僕は改めて気付かされた。


 それは、僕が修学旅行を「どうでもいい」と思っていたことだ。


 僕は、この修学旅行に対して、何か特別な思い入れを持っているわけではない。

 それこそ、修学旅行なんてどうせすぐに忘れてしまうとさえ思っている。

 だからだろう、僕は修学旅行で「形に残るもの」を何一つ買ってはいなかった。

 戌亥さんへのお土産など、他の人に対してのものはあるが、自分用には何も買っていない。

 潜在的に、僕は四日間の出来事にも、その後の記憶にも、価値を見出していなかったのだろう。

 「思い出」なんていう言葉とは無縁だと思っていた自分自身を、おじいさんに見透かされた気分だった。


 僕はおじいさんに頭を下げ、「…大事にします」と伝えた後、おじいさんの元から離れ、このお寺を出ることにした。


 どこか逃げるような足取りになってしまっているのは、きっと僕が弱いからだ___。










***










 僕は再びバスに乗車し、行きと同じルートで駅の方へと戻ってきた。

 時刻はお昼を少し回ったくらいだろうか、バスを降りて周りを見渡したが、星乃海生はいないようだ。

 次の目的地に向かってから昼食を食べようと思っていたが、急ぐ旅でもないし、周りに知り合いもいないので、この駅周辺でご飯を済ませても良いのかもしれない。

 とりあえず、電車の時間を確認してからご飯を食べる場所を探そうと思い、駅構内に向けて僕は歩き出す。


 そうして少し歩くと、柄の悪そうな男たちに囲まれた、見覚えのある女の子「たち」が目に入ってきた。

 男の人数は三人であり、どうやらナンパ目的のようだ。

 直接手を出したりはしていないが、女の子たちの表情を見る感じ、かなりしつこそうな様子である。

 その近くを通る人はまばらで、誰も声を掛けようとはしない。


 僕も好んで問題ごとに首を突っ込みたくはないのだが、それでも「助けない」という選択肢は僕になかった。


 三人の男と二人の女の子に近付いていき、僕は注意を引くように大きな声を出す。


「二人とも、お待たせしました。先生が呼んでいるので早く合流しましょう」


 いきなりの僕の登場に、男たちはもちろん、女の子たちも驚いた表情を浮かべた。


「誰だお前、この二人と知り合いか?」


「はい、僕はこの二人の知り合いですよ」


「はっ!お前みたいな冴えないヤツがこの二人と知り合いな訳がねえだろ。関係ねえヤツはお呼びじゃねえんだよ」


 二人の前へと移動し、男たちから二人を隠すようにして僕は立ち塞がる。

 後ろから「川瀬…」という小さな声が聞こえてきたが、今は聞こえていないふりをしておく。

 三人の男の一人が色々言いながら詰め寄ってくるが、僕はここを退くつもりはないため、そのまま「笑顔」で話を続けた。


「関係なくありませんよ。僕たちは修学旅行で今ここに来ているんですが、後五分で出発する予定があるんです。僕はクラスの代表としてこの二人を呼びに来たんですが、戻ってこない理由がまさかあなたたちからのナンパだったとは。これは先生たちにも来てもらって、『警察』にも話を通してもらわないと。あなたたちは恐らくですが、大学生ですよね?もし修学旅行中の高校生相手に過剰なナンパをしていたとなれば、一体どうなってしまうのでしょうか?それにあなたたちのせいで修学旅行の日程が遅れたとなれば、他の何百人もいる生徒たちは、あなたたちのことをどう思いますかね?もしかしたらネットで『拡散』されてしまうかもしれません」


 僕がとった作戦は、相手の不安を煽り続けるという作戦だ。

 正直、今話している内容はその場の思い付きであり、全てがハッタリである。

 しかし、いかにもそれが「本当」であるかのようにひたすら「笑顔」を浮かべ、話の通じないどこか狂気的な人間を演じ続ける。

 それがまさかの功を奏し、「な、なぁ、コイツやべえって…」という感じで男たちはたじろいだ。

 特に、「警察」や「拡散」というようなワードに動揺を隠せずにいたので、都合良く彼らが拡大解釈をしてくれたのだろう。


「ちっ、おい、行くぞっ!」


 そうして、彼らは逃げ腰になったまま、この場をそそくさと離れていった。

 だけど、まだこの辺りにいられてしまっては、嘘がバレた時、また二人が絡まれてしまう可能性がある。

 そのため、僕は彼らの後ろを追いかけ、二人には声が聞こえない距離まできた後、彼らにダメ押しをしておくことにした。


「次、僕の連れに迷惑を掛けたら…その時は覚悟しとけよ、あんたら」


 これまた効果的で、男たちは顔を青くし、今度はどこかへと走っていった。


 一目見て、彼らが本当に手の付けられないような連中でないことは、僕には分かっていた。


 そのため、こうして「高圧的」な態度で出れば、去年の美化委員会の先輩のように、大人しくなると思ったのだ。

 実際、彼らはナンパを日常的にしているような人たちではないのだろう。

 見た目は悪い感じだったが、どこか振り切れていないような、言うなれば大学デビューに失敗したという感じだろうか、そんな雰囲気であった。

 しかし、二人の女の子を見て、彼らは思わず声を掛けたくなってしまったのだろう。

 片方の女の子は数回学校で見た程度で名前も分からないが、もう片方の女の子のことはよく知っている。


 彼女の人気ぶりは、どこにいっても変わらないようだ。


 そんな注目を集め過ぎる彼女の存在に肩を竦めながら、僕はその二人の元へと戻って行った。




「大丈夫でしたか、愛野さん?」


「うんっ、私は大丈夫だよっ!それよりっ、川瀬の方こそ大丈夫だった!?」


 心配そうな表情で駆け寄ってきた愛野さんに、僕は「大丈夫」だと頷き返す。




 僕は、ナンパから愛野さんたちを助けることができたようだ___。







今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


連載の励みになるので、良ければ評価の方もよろしくお願いしますね。

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