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#53 観覧車







 シャトル船が船着き場へと到着し、僕と桐谷さんと四宮先生の三人は、目の前に広がる大きな水族館を見上げていた。


「すごく大きなところですね」


「この水族館は世界最大級を謳い文句にしているわ。規模感はもちろん、展示数にも驚くと思うわよ?」


「とっても楽しみですっ」


 水族館の入口はすぐ近くにあるそうなので、早速移動しようとしたところ、四宮先生が「ちょっと良いかしら?」と僕たちに話し掛けてきた。


「水族館を選んでくれたのが川瀬くんと桐谷さんだけだったから、本来の予定とは随分と変わっているの」


 確かに、事前に聞いていた予定では、シャトル船ではなくバスで水族館前まで向かうはずだった。


「他の予定がなくなったから、今から水族館に入ってしまうと、かなり空き時間ができてしまうと思うの。だから、二人が良ければなんだけど、先にお昼を済ませてから水族館に行くのはどうかしら?」


 水族館に焦って入る必要もなく、時間もちょうど昼頃であったため、僕と桐谷さんは四宮先生に賛成を示した。

 そして、なんだかんだ朝ごはんがまだお腹に残っていることもあり、カフェの軽食で済まそうということになった。

 昼食代は四宮先生が出してくれるそうで、


「他の生徒たちには内緒よ?」


 と言っていた。


 ひとまずの予定が決まり、僕たち三人は近くのカフェに移動をするのだった。










***










 思いのほかカフェでの会話が盛り上がりを見せ、かなりゆっくりとしてから僕たちは水族館へと入場した。

 水族館内は、特有の薄暗い空間が視界中に広がっている。

 そして、綺麗な光が水槽を輝かせ、幻想的な雰囲気を演出していた。

 初めてこの場所に訪れたが、「世界最大級」は伊達ではないと僕は思った。

 幻想的な通り道をゆっくりと歩きながら、魚の紹介文を一つ一つ確認していく。

 四宮先生は水族館が好きなようで、隣で色んな魚の話を僕たちに教えてくれていた。

 桐谷さんは、


「川瀬くん、このお魚さん見てくださいっ、とっても可愛いですっ」


 というように、本当に楽しそうな表情を浮かべていた。




 そんな二人と一緒に水槽を見て回っていると、特別大きな水槽が視界に飛び込んできた。

 その水槽では、この水族館のシンボルにもなっている大きな生き物が、優雅にその泳ぎを披露していた。


「あれはジンベイザメね。この水族館以外、あと数カ所でしか見ることはできないから、とても貴重な光景よ」


「わぁ~っ、私、初めて見ましたっ」


 女性陣はスマホを取り出し、その大きなジンベイザメの姿を写真に収め始めた。

 その様子を横から見ていると、


「二人の写真も撮ろうかしら?」


 と四宮先生が尋ねてきた。

 僕は撮られるのが好きではないので断ろうとしたのだが、


「お、お願いしますっ!」


 と、桐谷さんは自分のスマホを四宮先生へと渡し、僕のすぐ隣へと駆け寄ってきた。

 四宮先生はそのスマホを構え、


「それじゃあ撮るわよ」


 と合図を出してくる。

 とりあえずカメラを見てそのまま立っていると、


「川瀬くん、ピースをしてちょうだい」


 と四宮先生から注文が入ったので、渋々僕はカメラにピースをしてみせた。

 カシャッという音が聞こえ、「オッケーよ」と四宮先生が言ったので、僕はピースをやめ、体を後ろの水槽へと向けた。

 すると、ジンベイザメが僕の方を見た後、更に近くまで泳ぎに来てくれたのだが、「よく乗り切った」という風に慰めてくれているのだろうか?

 まぁ全ては想像でしかないのだが…何だかそんな気がした。

 そんなジンベイザメを目で追っていると、


「川瀬くんっ」


 と横から桐谷さんが話し掛けてきた。


「あの、一緒に写真映ってくれて、ありがとうっ」


「お礼を言われるほどのことでもありませんよ」


 そして、桐谷さんは「これが撮れた写真ですっ」と言いながらその画像を見せてくれた。

 その画像には、「いつも通りの無表情」を浮かべながらピースをしている僕と、反対に「満面の笑み」を浮かべながらピースをしている桐谷さんが映っていた。

 僕本人が言うのも何だが、


「桐谷さんと一緒に映るには、随分と僕自身の釣り合いが取れていませんね」


 というように、感じたことがポロっと口から滑り落ちた。

 今の桐谷さんは、誰がどう見ても完璧な「美少女」であり、実際今も周りの人たちから注目を浴びている。


 そんな美少女の桐谷さんの隣に立つには、僕はあまりにも場違い過ぎた。


 愛野さんと一緒にいる時にも感じる違和感が、沸々と湧き上がってこようとしている。

 しかし、そんな僕の発言を聞いて、


「そ、そんなことないですっ!」


 と桐谷さんは否定してきた。


「わ、私は、釣り合いとか、気にしてませんし、川瀬くんも気にしないで欲しい…です」


 「そ、それにっ、そんなこと言ったら、私の方が釣り合ってないですからっ」と、慌てたように言葉を重ね、桐谷さんは「気にしないで欲しい」ということを必死に伝えてくる。

 桐谷さんの言葉に「いや、桐谷さんの方が釣り合っていないことは絶対にない」とは思いつつ、


「分かりました。余計なことを言ってしまい、申し訳ないです」


 と僕は頭を下げた。

 「…え!?頭を上げてください!」と、またあわあわとし出した桐谷さんに苦笑しつつ、僕は頭を上げ、次のエリアに向かうことを提案した。


 そして、さっきまで近くにいた四宮先生はどこにいるんだ?と思い周りを見てみると、珍しくニマニマとした笑みを浮かべながら、四宮先生は僕たちの方を眺めていた。


 あの顔は絶対に余計なことを考えている顔なので、僕はあえてそれを無視し、


「四宮先生も早く行きますよ」


 と声を掛け、そそくさと歩き始めた。




 そこからは、写真を送ろうとしてくれた桐谷さんが僕のスマホ事情に驚き、スマホがない生活についての話でしばらく盛り上がったのだった。










 ゆっくりと三人で生き物を観察しながら、ついに僕たちは「ペンギン」のエリアへとやってきた。


「ペンギンさんがいっぱいいますっ」


 桐谷さんが言うように、ガラスを挟んだ向こう側にはたくさんのペンギンが歩いたり、泳いだりしている。

 そんなペンギンたちを見ながら、


(そう言えば、飼育員さんは全てのペンギンの名前を覚えているって聞いたことがあるな)


 なんていうことをふと思い出した。

 僕には全く違いが分からないため、何事もその道のプロという人が存在し、ちょっとやそっとじゃその域にたどり着くことはできないということを実感した。


 えらく脱線してしまった思考を元に戻していると、僕の視界に一羽?(あるいは一匹?)のペンギンが目に入ってきた。

 周りのペンギンが次々と水中に飛び込んでいく中、そのペンギンは自分の足元をしきりに確認し、その場で飛び込みを躊躇している。


 どうしてだろうか、そのペンギンの姿が、自分自身と重なって見えてしまう。


 ペンギンは飛び込む勇気が出ないだけであり、僕のように狙って孤立しているわけではないので、一緒の枠組みにしてしまうのは可哀想だが、周りにおいてけぼりにされているという点は同じであろう。


 クラスの外から見たら、僕の様子もあんな感じなのかもしれないな。


 学校での自分の立ち位置について、望んでその場所に収まろうとしたのは自分自身であり、ここで誰かがどうこうという話を取り上げる必要はない。

 しかし、先ほどの桐谷さんとの会話を引きずっているのだろう、「このまま学校に居続けても何か意味があるのか」というここ最近の疑問が、更に芽を成長させている気がする。

 そもそもこの疑問については、夏休みに櫻子先生に問われてから、頭でずっと考えているものだ。

 あの時は「どうして勉強をするのか?」という問いだったが、大きく内容が外れたものでもないため、同じ疑問として考えている。

 正直なところ、「特待生を維持するために勉強をしている」というのは大義名分でしかなく、それが学校に居続ける、あるいは勉強を続ける理由としては全く機能していない。


 僕が学校に居続け、勉強をし続けている理由は、ある人との「約束」…いや、そんな綺麗な理由ではないか。


 ある人との「呪い」とでも言えば良いのだろうか、その僕を縛り続ける「呪い」のせいで、僕は今も学校に居続けていると言っても良い。


 しかし、もしその「呪い」が「消えてなくなった」時、一体僕はどうなるのだろう。


 今のクラスに、僕の居場所はほとんどない。

 自分から望んでどうのこうのと言っていたのに、何だか憂いているようにも見えてしまうが、あくまでも客観的な事実として、である。

 やっぱり、僕はあのペンギンと同じだ。

 いつも、僕はしきりに自分の足元を確認し、その場に自分がいることを見て心を落ち着かせている。

 彼が飛び込むのを恐れているように、僕も何かにずっと恐れを抱いている…のかもしれない。


 僕の、僕自身もよく分かっていない、その自問自答は、


「川瀬くん、どうかしましたかっ?」


 という桐谷さんの声によって、曖昧なままどこかに消えていってしまった。


「いえ、ペンギンを見るのに夢中になっていただけですよ」


「私もペンギンさんはずっと見ていられますっ!」


 胸の奥に黒い何かが引っ掛かるのを感じつつ、僕はペンギンの写真を撮ろうとしている桐谷さんの方に意識を向けるのだった___。










***










 お土産コーナーでペンギンのぬいぐるみを買おうか迷っていた桐谷さんを四宮先生と眺めた後、僕たちは長時間滞在をしていた水族館を後にした。

 そして、その隣にある商業施設へと移動し、しばしのウィンドウショッピングを行った後、飲食店が揃っているエリアに向かい、夜ごはんを食べた。

 「この地域と言えば」のものを食べようという話になり、選ばれたのは「焼きそば」であった。

 ここでも四宮先生が奢ってくれるそうだったので、僕と桐谷さんはしっかりと感謝の言葉を伝え、その提案に甘えさせてもらった。

 またここでも本の話などで会話が盛り上がり、外に出た頃には、もう帰りのシャトル船まで約三十分という感じであった。




 そうして、この後は船着き場付近で待機しておこうと四宮先生に話していると、


「あの…っ!」


 というように、いきなり桐谷さんは大きな声を出し、何か言いたいことがあるような様子を浮かべた。

 「どうしたんですか?」と僕が尋ねると、桐谷さんは胸に手を当て、「すーはー」と息を整えた後、


「川瀬くんっ!最後にあの観覧車に乗りませんかっ!?」


 と僕にお願いをしてきた。

 「あの観覧車」というのは、さっき見て回った商業施設の隣にある、ライトアップされた大きな観覧車のことだ。

 いきなりのお願いだったので、僕がその返事に戸惑っていると、


「私もテーマパークの方の状況を知るために電話を掛けないといけないし、時間もまだあるから問題ないわよ?」


 と、四宮先生が桐谷さんの言葉に続いたので、僕は桐谷さんと一緒に観覧車へ乗ることになった。


「二人とも、楽しんできてちょうだい」


 そう言ってウィンクを決めた四宮先生に、何故か桐谷さんは顔を赤くしていたが、あの「何でもお見通し」というような表情は一体何だったのだろうか?

 とりあえず、僕は隣の桐谷さんに視線を合わせ、こう言った。


「桐谷さん、それじゃあ行きましょうか」


 そうすると、嬉しそうな表情を浮かべた桐谷さんは、大きく一度頷いたのだった___。




___はいっ!










***










 無事に観覧車に乗り込み、外の景色に目を移しながら、


(テーマパークはあっちの方だなぁ)


 なんていうことを、僕はぼんやりと考えていた。

 そんな僕に対し、桐谷さんは胸の上に両手を重ねて、ずっと深呼吸だけを繰り返していた。

 そんな謎の行動が数分間続いているので、僕は流石に声を掛けてみることにした。


「桐谷さん、大丈夫ですか?もしかして高いところは苦手だったりしましたか?」


 そう問いかけると、「だ、大丈夫ですっ!た、高いところも平気なのでっ!」と返ってきたが、桐谷さんの様子は相変わらずだった。

 一体どうしたのだろう?と思っていると、「よ、よし…っ!」という小さな声が聞こえてきた。

 そして桐谷さんは、


「か、川瀬くんっ!だ、大事なお話があります…っ!」


 というように、少し震えた声で僕にそう告げてきたのだった。


(大事な話って一体何だ…?)


 桐谷さんが背筋を伸ばして居住まいを正すので、僕も真っ直ぐ座り直し、桐谷さんの目にしっかりと視線を合わせた。

 すると、桐谷さんの頬はリンゴのように真っ赤に染まり、目も潤んで輝いているように見えた。




 静かな空間。


 二人の微かな息遣い。


 桐谷さんは、確かな「緊張」と「想い」を音に乗せ、僕へとその言葉を紡いだ。




 桐谷さんの口から伝えられた言葉は、僕の予想を遥かに超えたものだった。










___私、桐谷静は、川瀬朔くんのことが…好きです。







今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


連載の励みになるので、良ければ評価の方もよろしくお願いしますね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 川瀬のキャラが一貫して描かれていてここまでほとんどぶれていない事。 なかなかキャラクターをぶれずに描き切ることって難しいのでこのまま頑張ってほしいです。 [気になる点] 結果として作者さん…
[一言] 桐谷さんが報われますように・・・
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