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#49 オシャレは我慢?







 いつもより早い時間に目を覚まし、身支度を整えた後、前日までに準備を済ませておいた荷物を持って、僕は徒歩五分の駅へと歩き始める。

 あっという間に修学旅行の当日を迎えたという印象で、気持ち的にはいつもと変わらない。

 星乃海高校の最寄り駅が集合場所となっているので、今から電車でその駅に向かうところだ。

 まだまだ時間的には余裕があるのだが、大荷物を持った星乃海生が沢山乗り込むであろう電車には乗りたくなかったので、こうしてかなり早めの電車に乗ることに決めた。


 改札を通り、ちょうど時間通りにやってきた電車に乗ると、人はまばらで座席に座ることができた。

 数駅で目的の駅に到着するため、座らなくても良かったのだがと思いつつ、僕は星乃海高校の受験日のことを思い出していた。

 何回かは電車に乗っているが、こうして星乃海高校の最寄り駅を目掛けて電車に乗るのは、あの日以来だなと懐かしくなったからだ。

 あの日は「自転車で向かうと間に合わないかもしれない」と言う進さんの助言に従い、渋々電車に乗って星乃海高校を目指すことにしたのだ。

 「車で送ろうか?」とまで言われてしまったので、妥協案で電車を選んだような記憶がある。

 結果的に、あの日は色々あって間に合わなくところだったので、やっぱり自転車で向かうべきだったのだろう。


 そう言えば、あの時に出会った女の子は無事に合格できたのだろうか?


 その子はマスクをしていたし、名前も聞いていなかったので誰かは分からずじまいだ。

 合格をしているのかもしれないし、この学校にはいないのかもしれない。

 出会ったところで何か話すこともないのだが、駅のホームで見つけた時は受験に間に合わないかもしれないと随分落ち込んだ様子だったので、それだけあの子に星乃海高校へ入りたいという気持ちがあったのは間違いなかった。

 あの子が無事に合格していたら良いな、なんてことを今更考えながら、僕は少し暗い朝の様子を眺めるのだった。










***










 電車が目的の駅に到着し、集合場所となっているバスターミナルの方に向かっていると、前の方には数人だがキャリーケースを持った生徒の姿があった。

 恐らくだが、僕が乗ってきた電車に乗っていたのだろう。

 すぐ目の前に女子の二人組が楽しそうに前を歩いているが、十二月であるにも関わらず、何とも気合いの入った装いをしている。

 僕は普段通りの服装にいつものコートを着ているだけだが、これが周りとの修学旅行に対する意識の違いなのだろうと僕は感じた。

 彼女らの後ろを少し離れて付いていきながら、集合場所にたどり着いた。

 そこにはもう少し多くの生徒たちが待機をしており、早朝とは言え賑やかな声も聞こえてくる。

 別のクラスの男子たちもまた、寒くないのかな?と心配してしまうほどの服装をしており、「オシャレは我慢」という言葉は事実であるのかもしれないと僕は思った。

 そんな周囲との温度差に少し帰りたくなっていると、


「川瀬くん、おはよう」


 と四宮先生が話し掛けてきた。


「おはようございます、四宮先生」


「約束通り今日は休まずに来てくれたわね。来なかったら車で迎えに行くことも考えていたの」


「一年生の時の体育祭はもう水に流して下さい。それに今年は体調不良だったのでサボってはいませんから」


 ふふっと笑いながら四宮先生が少し揶揄ってくるので、僕は弁明をしておくことにする。

 そうして少しの間四宮先生と会話をしていると、バスが続々と到着し始めた。


「外で待っているのも冷えるし、到着した人はバスに乗ってもらっても構わないわ」


 近くにいた生徒に向け、四宮先生はそう連絡を行う。


「もうしばらく時間はあるし、川瀬くんもバスでゆっくりしていてちょうだい」


「分かりました」


 四宮先生に返事をし、僕はキャリーケースをバスの運転手さんに渡した後、事前に決められたバスの座席に腰を下ろした。

 僕の座席は前から二列目であり、隣の席は空席となっている。

 というのも、一番後ろは五人席となっているため、あそこに五人が座ると、人数的に男子の誰かが一人となるからだ。

 僕はその一人席に立候補をしたので、行き帰りのバスは一人で二席分使えるというわけである。

 バスは新幹線のある駅に向かう数十分しか乗らないので、どうでもいいと言えばどうでもいいのだが…。

 そうして、僕は肩から掛けていたカバンの中に手を入れ、一冊の小説を取り出した。

 移動中や夜の時間の暇つぶし用に、僕は何冊か小説を持ってきている。


 そうしてしばらく読書に耽っていると、


「おっ、はじめじゃん!」


 と、元山さんが声を掛けてきた。

 「ちょい待ち」と言って奥の方に進んで行ったかと思いきや、荷物を置いて僕の隣に座り込んできた。


「おはようございます、元山さん。何だか楽しそうですね」


「ぷっ、あははっ!そらそうでしょ、何て言ったって修学旅行だからね」


 「はじめのテンションがいつも通り過ぎてウケるわ」とケラケラ笑い始める元山さん。

 他の人がまだそんなにバスへ乗って来ていないことから、元山さんは電車に乗ってきたわけではないのだろうと僕は思った。

 その理由を尋ねると、「車で送ってもらった」とのことらしい。

 そこからは朝の準備が大変だったという話から、もう既に眠たいという話を中心に元山さんの愚痴を聞かされ、話題は服装の話となった。


「てか、はじめの私服初めて見たけどさ、こんなに予想通りなことある?ってくらいの『はじめ感』じゃん」


「いや、『はじめ感』って何ですか」


 「この無地でシンプル過ぎる感じのことよ」と元山さんは楽しそうにしており、戌亥さんにも似たようなニュアンスを言われた覚えがあることを思い出す。


「ちなみに後の三日分はどんな感じなの?」


「どんな感じって、この服の色違いとかですよ?」


「あははっ!さっすがはじめ、期待を裏切らないねっ!」


 服装を馬鹿にされているわけではないが、揶揄われていることは事実なので、僕はジト目を向けることにした。

 そのまま元山さんの服装に視線を向けると、


「なになに、はじめってば?うちの私服が気になるわけ~?」


 とニヤニヤし出すので、「彼氏の井村くんに勘違いされても知りませんからね?」と釘を刺しておいた。

 「ちぇー」と口を尖らせている元山さんだが、上にジャケットを羽織り、薄手のシャツにワイドパンツを合わせたボーイッシュな雰囲気の服装は、オシャレであると僕は思った。

 しかし、褒めるのも何か違うと思ったので、


「その服装は寒くないんですか?」


 と、あえて余計な質問をしてみることにした。


「ちっちっち~、はじめは分かってないなー。オシャレは我慢なの、分かった?」


 元山さんにドヤ顔でそう返され、「そうなんですね」と返事をしつつ、まさかの「オシャレは我慢」が事実であったということに、


(やっぱりそうだったんだな)


 と、僕はつい先ほどまでの考えに正解をしたような、そんな不思議な気持ちとなった。

 そして、ついさっき井村くんから「似合ってる」と言われて何か恥ずかしくなったというような惚気話を聞かされ、適当に相槌を打っていると、


「で?はじめの感想は?」


 と言いながら、元山さんが服装を褒めろという催促をしてくるので、


「はぁ、似合ってると思いますよ」


 と、僕は渋々答えることにした。

 「言い方よ、あははっ!」と言いつつも、元山さんは満足げな表情を浮かべていた。


「しゃあなしうちもはじめの服装褒めといてやるかー。はじめの服装褒めるのなんて『うちくらいだから』ねー」


 何とも散々な言われようだが、全く的を外していない発言であるため、僕は何も言い返すことができない。

 そうして、元山さんは「しゃあなしの褒め言葉」を言うために口を開いたが、隣から聞こえてきたのは「ひぇっ」という口から漏れ出た空気の音だけだった。

 元山さんが見ている視線の方に顔を上げると、


「律、どうかしたの?」


 と言いながら、「笑顔」を浮かべた愛野さんがそこにはいた。


 どうしてだろうか、笑顔を浮かべているのに、目は一切笑っていない気がする…。


 その目を向けられた元山さんは、


「あ、あー、はじめ?そろそろ、うち、セキモドルワー」


 と言い、すぐに自分の席へと戻っていった。

 「もぅ…っ」と小さくため息を吐き、僕の顔を一瞥した後、愛野さんも自分の席に向かって行った。

 …と思いきや、すぐに僕のところまで戻ってきて、さっきまで元山さんが座っていた僕の隣の座席に座り込んだ。


「…え?えと、愛野さん?どうかしましたか?」


 愛野さんは僕の方をじっと見てきており、何故か頬も少し膨らませている。

 そうしてその少し不機嫌な様子のまま、愛野さんはこう言ってきた。


「…私だって川瀬の服装褒めるもんっ」


 もしかしてだが、愛野さんは元山さんの「うちくらいしか褒める人いない」発言に対して、今ムッとしているのだろうか?


 一体なぜ?


 今の話を聞いていたということは、元山さんが冗談でそう言ったのも愛野さんは気付いているはずだ。

 それなのに、どうしてそんな反応をするのだろう。

 別に僕の服装を褒めようが褒めまいが、愛野さんには関係のない話のはずだが…。


 またいつもの違和感が、僕の胸の奥に広がり始める。


 何だかいたたまれない状態になりつつあると、愛野さんが急に頬を染めて恥ずかしがり始めた。

 今の自分の発言に、自爆をしたようである。

 しかし、そのまま手をもじもじとさせながら、まだ赤くなっている顔で、


「…川瀬らしくて私は良いと思う」


 と、愛野さんは小さな声で僕に「褒め言葉」を伝えてきた。

 そのまま「そ、それだけっ!」と言って、座席を立ち上がろうとする愛野さん。

 僕は「愛野さん」と声を掛け、こっちを見てきた愛野さんに視線を合わせた。


 何だか体が熱い気がするのだが、バス内の温度が高いのかもしれない。


 愛野さんの服装は、ジャケットの下にオーバーサイズのスウェットを着て、それにショートパンツを合わせている。

 暖かそうな黒いタイツも着用しており、寒さ対策はバッチリの様子だった。

 他の生徒たちに比べ、愛野さんはオシャレでありながらも実用性を重視したような服装となっており、完璧にシーズンを押さえた着こなしを披露していた。

 まぁ恐らく何を着ても似合ってしまうことは誰もが知っていることなので、この評価すら野暮なのかもしれないが。


 愛野さんを見ていると、「オシャレは我慢」でもないような気がしてくる。


 オシャレに関してズブの素人である僕には、到底判断のできないテーマであることがようやく理解できた瞬間だった。


 そして、僕は愛野さんにこう返した。


「愛野さんもよくお似合いだと思いますよ」


 愛野さんは一瞬固まってしまったが、すぐに意識を取り戻したようで、「ありがとうっ♪」と満面の笑みを浮かべながら、上機嫌で自分の席へと戻っていった。


 しばらくすると、クラスメイトたちが続々とバスに乗り始め、ついにバスが発進をするのだった。

 ガイドさんの話に耳を傾けつつ、僕は窓の外に視線を向けながら、今日からの四日間を考えていた。


 何も起こらなければ良いのだが…。


 バスの時点で想定外の気疲れをしているため、ここからの日程に思わずため息が出てしまう。


 それにしても、相変わらず愛野さんの行動は僕には全く分からない。


 結局、さっきのは何だったのだろうか。

 不機嫌だった思えば、上機嫌になったり…やっぱり感情の変化が大きな人である。

 以前に一度だけ外出した時の記憶も思い出し、僕は何とも言えない心持ちであった。




 そして、未だに体が少し熱いのは、バスの暖房のせいに違いなかった___。







今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


連載の励みになるので、良ければ評価の方もよろしくお願いしますね。

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