#48 何だったんだ
数日が経ち、今は修学旅行の班や宿泊のペアを決める時間となっている。
色々と考えているうちに今日を迎えた僕は、時間に流されるまま修学旅行の参加を決めた。
今も修学旅行には関心がない。
そのため、どうして参加を決めたのかは自分でも分からなかった。
進さんと電話をした日の夜、アルバイトから帰ると自宅の電話が鳴っていた。
電話に出ると、その相手は日奈子さんであり、進さんが謝っていたという連絡だった。
電話の終わり方があまり良くなかったので、すぐに話をすると火に油を注ぐと分かっていたのだろう、あえて日奈子さん伝手で謝罪をしてくる進さんの配慮が、今はありがたかった。
夜風のおかげもあり、その時には僕も随分と冷静さを取り戻していたので、そのまま日奈子さんに進さんへの謝罪を伝えておいてもらうことにした。
日奈子さんはそのお願いを快諾してくれたので、うまく伝えておいてくれるはずだ。
その後、日奈子さんはこうも伝えてきた。
『修学旅行のことは、朔くんの意見を私は尊重するわ。行くにしろ行かないにしろ、どんな選択をしても、私たちは朔くんの味方よ。だから、朔くん自身が後悔をしないような選択をしてね』
優しい日奈子さんの声に曖昧な返事をいくつかして、僕はその電話を切った。
日奈子さんは、いつも僕の選択に尊重を示してくれる。
一人でこの家に残ると決めた時、アルバイトをすると決めた時、あるいはそれ以上前の時から、日奈子さんはいつも一番最初に僕の考えを肯定してくれていた。
「父親」であった人と兄弟である進さんとは違い、日奈子さんにとって、僕は本当に関係のない他人であるはずだ。
それなのに、どうして関係のない僕のことを、あんなに「優しい目」で見てくるのだろうか?
毎度毎度この理解しがたい疑問に頭を悩ませるが、僕が納得できるような答えはいつも浮かび上がってはこないのである。
結局その日は一睡もできず、何かから逃げるように朝まで読書を行った。
そんな宙ぶらりんな自分自身のことを色々考えていると、目の前の出来事に思考を戻された。
どうやら今から、三日目の自由行動の班を決めるようだ。
男女ごとに分かれ、五人一組計四班を作るらしいのだが、四人一組計五班でも問題はないという話だ。
四宮先生の声を合図に、女子は前の方、男子は後ろの方に集まっての班分けが始まる。
生徒たちが次々と席を立ち上がって集まっていくので、僕も男子の集まりに一応混ざるような位置に移動し、色々と話し合っている男子たちの会話に耳を傾ける。
その会話からも聞こえてきているが、実はこの班分けは、あまり意味がなかったりする。
というのも、出発時はその班で集まっておく必要があるが、帰りは時間までに宿泊先の旅館に集合していれば良いということになっており、早い話、別に班同士で一日行動をする必要はないのである。
クラスのメンバーで行動をする班も当然あるだろうが、他のクラスの人や二人で行動をしたい人など、それぞれに約束をしている生徒が最近廊下でも多く見られたので、班行動をする生徒とそうではない生徒の内訳は半々くらいであろうか?
学校側も特に班行動を強制しているわけでもなさそうなので、あくまでも便宜上ということであろう。
クラスのメンバー同士なら、今のような修学旅行の準備時間に計画が立てやすく、一々放課後などに時間を作って他クラスのメンバーと計画を立てる必要はない。
自由な校風を売りにしている星乃海高校ならではの自由行動とも言えよう。
「俺らは四人一組で班を作りてぇんだけど、他のみんなはどうだ?」
集まりの真ん中でそう発言した坂本くんに対し、他の男子たちは賛同の声を上げ、男子の班人数は四人一組の方となった。
そして、四人ずつの班を決めようということになり、四人ずつの集まりが一つ、二つと出来上がっていく。
もちろん僕には一緒に班を作るような相手はいないため、その流れをぼーっと眺めていたのだが、そのまま僕は一つの班に所属することが決まった。
班ごとに集まり、提出用の紙に名前を書いていると、班員の一人が僕にこう話し掛けてきた。
「俺たちは三人で予定があるから、当日は一緒に行動しないからな」
どうやらこの三人は予定があるらしく、人数合わせのために僕を班に入れたらしい。
しかし、それは僕にとっても好都合な話だった。
この三人と仲良くする気は最初からなかったし、当日は一人で自由行動ができるのだ、むしろこっちから望んでそうしてもらいたかったくらいである。
「分かりました。朝の集合の時までは一緒にいることにします」
僕の言葉を聞き、「分かった」と頷いた三人は、当日の予定を楽しそうに話し始めた。
そこで、僕は更に閃いたことがあり、その三人にこう提案をすることにした。
「良かったらこの後の宿泊先のペアも、どなたか一人は僕と一緒になりませんか?」
「どういうことだよ?」と三人は首を傾げるので、僕はその提案の説明を続けることにした。
「部屋割りは二人一組なので、一人が外れてしまうことになりますよね?そこで、その一人は僕と一緒になって、当日の確認を済ませた後、その一人が二人の部屋に移動をすれば、部屋割りの問題は解決すると思いまして。僕は別に一人になっても気にしませんし、そちらは三人が同じ部屋になれてお互いに良いと思うのですが、どうでしょうか?」
僕の説明を聞いた三人は、「確かにそれはありだな」と賛成をしてくれた。
そうして一人とは同じ宿泊ペアになるという約束を交わし、女子の班決めが終わるまでの間、僕は修学旅行の夜も自由な時間ができたことに、少しだけ満足感を覚えていた。
三人は「二日目のベッドはじゃんけんで勝ったヤツが地面で寝ることにしようぜ!」と、三人でどう部屋を使うかについて声を弾ませている。
一日目と三日目に関して言えば、ちゃんと替えの布団も用意されているとのことだったので、二日目以外は三人とも布団で寝られるだろう。
少しして女子の班決めが終わり、続けて宿泊時のペア決めとなったが、僕は紙に自分の名前を書いた後、すぐに自分の席へと座り、賑やかな教室をぐるりと眺めることにした。
男子も女子も、誰と誰がペアになるのかについて楽しそうな声を上げており、前の女子の方では、誰が愛野さんとペアになるのかについて盛り上がっている様子だった。
水上くんの騒動後、愛野さんに対する女子たちからの人気ぶりも凄まじいように見える。
男女から人気を集めている愛野さん。
やはり、僕と愛野さんは、生きている世界が違う。
「ただのクラスメイト」と僕は思っていたが、それすらも差し出がましい僕の想像であったのかもしれない。
こうしたはっきりとしない思考に陥ってしまうのは、恐らく二学期の初日に坂本くんから言われた言葉が、思っているよりも自分の中に根付いてしまっているからだろう。
幸い、修学旅行では自由な一人の時間が多くできそうだ。
環境が変われば、違った思考が生まれてくるかもしれない。
その時に、自分の思考を整理しようと僕は思った。
宿泊のペア決めも無事に終わり、全員が席に戻った後、四宮先生は一枚の紙を全員に配っていく。
「二日目の日程について、テーマパークの方にするのか、水族館の方にするのか、各自この紙の希望する方にチェックを付けて、明日の放課後までに提出をしてちょうだい。もう決まっている人は、今提出してくれても構わないわ」
四宮先生が言ったように、紙にはテーマパークの方と水族館の方のスケジュールが記載されており、左にチェックをする欄が用意されている。
テーマパークの方は一日そこで行動ということになるが、水族館の方は周りにいくつかある商業施設にも行くことができるらしい。
行きと帰りはお互いの時間に合わせられており、時間の違いは見られない。
僕がその日程に目を向けている間も、他の生徒たちは続々と希望用紙を提出し始めている。
予想通りと言ったところだが、周りからはテーマパークの声だけが上がっているので、水族館を選んでいる人は少ない、いやいないのかもしれない。
まぁこのテーマパークが今回のメインと思っている生徒だらけだと思うので、そうなってしまうのも致し方ない話なのだろう。
しかし、僕は水族館の方にチェックを入れることにした。
そもそも僕は水族館が嫌いではないし、同じ学校の生徒が少なければ、それだけじっくりと水族館を見て回ることができるだろうと思ったからだ。
それに、静かな方が僕には合っている。
そうしてこの紙を提出し終わった後、しばらくしてチャイムが鳴り、今日はこのまま放課後ということになったのだった。
***
裏庭から離れ、このまま自宅に帰ろうと思い、自転車の方に向けて歩いていると、
「か、川瀬くん…っ!」
と横から誰かに声を掛けられた。
一体誰が声を掛けてきたんだろうと思い、顔を横に向けると、
「…お、お久しぶり、です」
と言いながら両手をもじもじとさせた、桐谷さんの姿がそこにはあった。
「…桐谷さん。お久しぶりです」
桐谷さんは、一年生の時に同じクラスであった女子生徒であり、校外学習の時を合わせて数回話した程度の相手だが、いきなりどうしたのだろうか?
二年生になってからは当然話してはおらず、クラスも違うことから会ってもいなかったため、本当に随分と久しぶりな感じがする。
「あのね、その、あっ、まずは急に話し掛けてごめん、ね?」
「急に話し掛けられて少し驚きはしましたが、怒ることなんてありませんし、謝る必要はないですよ」
「あ…っ!えへへっ」
僕の発言に、少し耳を赤くして照れた様子を見せる桐谷さん。
相変わらずの様子に少し懐かしさも感じるが、一旦それは横に置いておき、僕は今回の用件を桐谷さんに尋ねることにした。
「桐谷さん、何か僕に用でもありましたか?」
僕がそう言うと、桐谷さんは大きく深呼吸をし、僕にこう話してきた。
「えと、今日は、川瀬くんに聞きたいことがあったの」
「僕に聞きたいことですか?」
うんうんと何回も桐谷さんは頷き、そして僕に「こんなこと」を聞いてくるのだった。
「川瀬くんは、その、修学旅行の二日目、テーマパークの方か水族館の方、どっちに行きます、か?」
桐谷さんが溜めに溜めて聞いてきたのは、そんな謎の質問だった。
(どうして桐谷さんはそんなことを聞くんだ?)
思わずそう口が滑りそうになってしまうが、桐谷さんが確かな「目的」を持って僕にそう尋ねてきているということは、何か月ぶりかに僕へと話し掛けてきたことからも窺える。
隠すべき内容でもないので、
「僕は水族館の方にしましたよ」
というように、とりあえず桐谷さんにそう伝えることにした。
そうすると、桐谷さんは何故か「えへへっ」と笑顔を見せ始め、
「こ、答えてくれて、ありがとう…っ、川瀬くん」
と謎の感謝を返してくるのだった。
そのまま桐谷さんは満足そうな表情を浮かべ、
「で、ではっ、また…っ!」
と言いながら帰って行きそうだったので、思わず僕は、
「桐谷さん、今の質問は何だったんですか?」
と聞くことにした。
あまりにも突然の出来事過ぎて、僕にはこの状況が全く理解できなかったからだ。
しかし、桐谷さんは人差し指を口に当て、
「ひっ、秘密ですっ」
と言い、その理由を教えてはくれなかった。
そのまま「わわっ!」と焦ったような、恥ずかしがるような声を上げ、桐谷さんは顔を真っ赤にしたまま校舎の中へと戻っていくのだった。
(いや、本当に今のは何だったんだ…)
桐谷さんの謎過ぎる行動に頭を悩ませるも、僕には何一つとして分からなかったので、気を取り直して自転車の元に向かうことにした。
そうして数歩進んだところで、今度は後ろから「川瀬っ」と声を掛けられた。
後ろを振り返ると、見覚えのある隣の女子に何かを言い、一人でこっちに向かってくる愛野さんの姿があった。
後ろを振り向いた時、一瞬周りを見渡してみたが、僕たち以外に他の生徒はいなかった。
僕の近くにやってきた愛野さんは、何故か黙って僕の顔を真っ直ぐ見つめてきた。
「…愛野さん、どうかしましたか?」
謎の愛野さんからの視線に耐えられず、僕がそう声を出すと、
「ご、ごめんっ!」
と、愛野さんは口を開き、頬を染めていた。
そのまま再び変な沈黙が訪れ、僕が居心地の悪さを感じ始めていると、
「…川瀬、さっきのあれって…」
と、愛野さんは小さくそう呟いた。
「さっきのあれ」というのは、恐らく桐谷さんとの会話のことだろう。
タイミング的にも、愛野さんが僕たちのことを見ていた可能性は高いが、それが一体どうかしたのだろうか?
愛野さん本人に聞いた方が早いかと思い、僕がそのことを聞こうとすると、
「うぅん、やっぱり何でもないっ!」
と、愛野さんが先にそう言ってきた。
そのまま「川瀬、また明日。バイバイっ♪」と言い、愛野さんは走っていったので、僕はよく分からないまま自転車のところに行き、そのまま自転車を漕ぎ始めた。
帰り道を進んでいる間も、今さっきの出来事が頭から離れない。
桐谷さんも愛野さんも、結局何がしたかったんだ…?
ここ最近は考えることが多過ぎる気がして、何だか頭が痛くなってくる。
しかも、どれだけ考えても答えは出ないというのが、何ともタチの悪い話である。
今はとりあえず、帰るまでの見慣れた景色に目を向け、頭の意識を他に移すことしか方法はなかった。
結局この日、僕はまた一睡もできないのだった___。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
連載の励みになるので、良ければ評価の方もよろしくお願いしますね。