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#47 望んでなかったのに







 修学旅行に参加するためには、当然だが修学旅行費を事前に支払う必要がある。

 星乃海高校は支払方法を二種類用意しており、積み立てで支払う方法と、一括で支払う方法の二種類である。

 入学時にその支払いに関する用紙を受け取っており、僕は一括で支払う方法にチェックを付けて提出をしていた。

 一括で支払う期日は今日までとなっているのだが、僕はその支払いを済ませていなかった。

 というのも、一括支払いの詳細欄に「やむを得ず支払いができなかった場合は不参加」となる旨が記載されていたからだ。

 僕は修学旅行に興味はないし、実際修学旅行に参加するほどお金に余裕がある訳でもない。

 本を買っているという指摘は痛いところだが、バイト代で自身の生活をやりくりしている以上、無駄なものに掛かる費用の支出は避けたいところである。


 そのため、六時間目が終わった後、四宮先生に不参加の連絡をしに行こうと僕は思った。










 六時間目が終わり、そのまま放課後となったので、僕は荷物を持って四宮先生の後を追いかける。

 愛野さんはクラスの女子たちと修学旅行の話で盛り上がっていたので、今日は帰りの挨拶をされることはなかった。

 そのまま階段の方まで移動をし、僕は前にいた四宮先生に声を掛けた。


「四宮先生、少しお話良いですか?」


「あら、川瀬くん。どうしたのかしら?」


 階段を利用する生徒の邪魔にならないように、階段から少し離れることにした。

 そして、改めて「どうかしたの?」と尋ねてきた四宮先生に対し、僕は修学旅行不参加の報告をすることにした。


「僕は修学旅行には行かないということを伝えておこうかと思いまして」


 僕の報告に四宮先生は驚いた表情を浮かべ、


「一体どうしてなのかしら?」


 と僕に返してきた。

 そのため、僕はそもそも参加ができない理由を説明することにする。


「今日が期日の修学旅行費の支払いですが、僕は支払いを済ませていません。今から支払うこともできないので、当日は欠席として扱っていただければと思います」


 僕がそう説明を終えると、四宮先生は首を傾げ、予想外な内容を告げた。


「おかしいわね、川瀬くんの修学旅行費はもう既に支払われているはずよ?」


「…えっ?」


 思わず僕が疑問の声を上げると、四宮先生から「進さん」によって支払いが済まされていたことを聞かされた。


「面談の時に、水本さんから修学旅行のことを聞かれたわ。あの後すぐに振り込みがされていたから、てっきり川瀬くんも知っている話だと思っていたの」


 僕は呆然とすることしかできなかった。


 まさか、進さんによって支払いが済まされていたなんて…。


 僕は何とも言えない感情が心に湧き上がってくるのを感じた。


「だから、川瀬くんも修学旅行は参加が決まっているから、くれぐれも休まないようにね」


 僕が行事ごとを休むきらいがあると思っているのだろう、四宮先生はそう釘を刺してきた。

 「…お時間を取らせてしまい、すみませんでした」と僕は頭を下げ、四宮先生の元を離れた。


 そして、玄関の方に向かいながら、僕は帰ったら進さんに電話を掛けることを決めたのだった___。










***










 自宅に到着し、僕は進さんの携帯番号へと電話を掛ける。

 まだ仕事中の時間であるのは申し訳ないが、どうしても一言言いたい気持ちだったからだ。

 数コールの後、「もしもし」という進さんの声が聞こえてきた。


「もしもし、朔です。少しだけお時間良いですか?」


「…朔から電話なんて珍しいね。もちろん大丈夫だよ、どうしたんだい?」


 進さんからそう返ってきたので、僕はさっきからずっと思っていたことを進さんにぶつけた。


「…どうして修学旅行費を支払ったんですか」


 少しの沈黙の後、進さんはこう言葉を発した。


「支払いのことは、四宮先生にでも聞いたのかな?隠しておくつもりもなかったんだけどね、あのままだったら朔は修学旅行に行かないつもりだっただろう?違うかい?」


 進さんに思考を言い当てられ、僕は何とも言えない気持ちになってしまうが、「でも」と口を開く。


「僕は自分の稼いだお金で生活をすると言いました。それで修学旅行に行けなくても別にどうでも良かったのに…」


 修学旅行費は当然安くはない。

 僕は進さんたちに迷惑を掛けたいわけではないのだ。

 僕の意見を聞き、しかし進さんはこう話す。


「朔が私たちに迷惑を掛けまいとしてくれているのはよく分かっているよ。でもね、私はこんなことを迷惑だなんて思っていないし、何より、朔には学校生活を楽しんで欲しいんだ。だから、これは私のわがままってやつかな。修学旅行はきっと、朔にとって大切な思い出の一つになるはずだよ」


 そして進さんは、更にこう僕に伝えてきた。




「それに…『あゆむ兄さん』や『咲希さきさん』だって、朔には修学旅行に行って欲しいと思っているはずだよ」




「…っ!」


 進さんから僕の「両親」であった人たちの名前が出た瞬間、胸の奥からドロドロとした真っ黒な何かがせり上がってくるのを感じた。


 そんなはずがない。


 僕を捨てて死んでいったあの人たちにとって、僕のことなんてどうでもいいはずだ。


 そんな黒く濁った感情に支配され、僕の口からは思わずせき止めていたものが溢れ出た。


「…なかったのに」


「朔…?」


 『俺』はもう止まれなかった。




「俺はそんなこと望んでなかったのにッ!関係ないんだから放っておいてくれッ!」




 そのまま俺は電話を切った。

「…朔っ!」という焦った進さんの声が聞こえていたが、あれ以上二人で話すことはない。

 リビングにポツンと置かれているソファに座り込み、俺は天井を見上げる。

 しばらくそうしていると、頭に落ち着きが戻ってきたような気がした。


 本当はあそこまで言うつもりはなかった。


 しかし、どうしても感情が抑えきれなかった。


 『僕』は一体何がしたいのだろう。




 迷惑を掛け続ける自分自身に、生きている意味はあるのだろうか…。




 随分と飛躍した考えに至ってしまうのも、今の僕には抑えようがない。

 出口のない迷路に思考が迷い込んでしまったような、そんな漠然とした不快感を覚えながら、今はひたすら自分自身が嫌になっていた___。










***










 ぼんやりしているとアルバイトの時間が迫っていたので、急いで準備をしてコンビニへと向かった。

 休憩室に入ると、そこには柄本さんと戌亥さんの姿があり、「お疲れさまです」と声を掛けると、二人はこっちに目を向けた瞬間、僕の方に駆け寄ってきた。


「お、おい、川瀬っち大丈夫か?なんかいつにも増して顔が死んでるぞ?」


「目の下に隈ができていますねぇ~ってそれはいつも通りでしたか~。でもでも~はじはじの顔色が悪い気がします~」


 二人は「心配」そうな目で僕を見てくるが、僕は心配されるような価値ある人間ではない。


「そうですか?僕は『いつも通りですよ』」


 僕がそう伝えると、二人は元いた場所に渋々腰を下ろした。

 そうして、僕に気を遣ったかどうかは分からないが、柄本さんが別の話題を話し始めた。


「そう言えば川瀬っちって、もうすぐ『修学旅行』があるんだろ?羨ましいぜ!」


「…どうして柄本さんはそのことを知ってるんですか?」


「あぁ、それは今さっきいぬちゃんから聞いたからだ」


「姫ちゃんと修学旅行のことをこの前話してたんですよね~」


 柄本さんは、どうやら戌亥さんに僕の高校の修学旅行のことを聞いたらしい。

 戌亥さんは「愛野さん」の名前を出したが、どうやら二人は夏休みから頻繁に連絡を取り合っている仲らしく、なんとこの前の水上くんの騒動にも協力をしていたようだった。

 これまた元山さんからの情報だが、あの日、戌亥さんとイリーナ先輩は星乃海高校に来ていたらしい。

 戌亥さん本人に尋ねても「いましたよ~」とのことだったので、戌亥さんに加え、イリーナ先輩とも仲良くなっていた愛野さんの交友関係には驚かされるばかりだ。

 イリーナ先輩が水上くんの過去を華麗に暴いていったという話も耳にしたが、確かにイリーナ先輩ならそれくらいのことはやってのけてしまいそうなので、あの人だけは敵に回さないようにしようと密かに思ったのは記憶に新しい。


「川瀬っち、俺のお土産は八ツ橋でもいいぜ!」


「いや、もうそれは八ツ橋を買ってこいってことですよね?」


「そ、そんなんじゃないしぃ~?川瀬っちがお土産に困らないようにぃ~?提案してるだけというかぁ~?」


 中々にウザい態度で接してくる柄本さんのせいで、修学旅行には行かないということを言いそびれてしまった。

 しかし、当日に体調が悪くなるなどの「真っ当な理由」でない限り、もう参加を覆せないのも確かである。

 戌亥さんも柄本さんに便乗してお土産の催促をしてくるので、二人の話を適当に受け流しつつ、二人が言ってたことを一応覚えておくことにした。










 アルバイトが終わり、帰る準備を整えていると、戌亥さんが話し掛けてきた。

 ちなみに柄本さんはもう少しだけシフトに入るそうで、今も気合いを入れてレジ打ちをしている。

 十二月のクリスマスに深森さんへプレゼントを渡すため、今月はシフトを多めに入るそうだ。


「はじはじ~本当に大丈夫ですかぁ~?」


 戌亥さんの言う「大丈夫」とは、バイト前に聞かれたことに対してであろう。


「えぇ、さっき言ったように、体調に問題はありませんよ」


 僕がそう言うと、戌亥さんは僕の目を真っ直ぐと見てきた。


「ここ最近~はじはじには元気がないような気がします~」


 「隈も深くなってますし~」と戌亥さんは自分の目の下に手を当てる。


「何かありましたかぁ~?」


 戌亥さんはそう聞いてくれるが、明確に困っていることや疲れていることなど、僕が話すようなことは何一つとしてなかった。


 そう、なにもないはずだ。


「いいえ、特にはありませんね。気温の変化も激しいので、少し疲れているのかもしれません」


 戌亥さんは少し納得がいかない表情を浮かべていたが、


「はじはじがそう言うなら~そういうことにしておきます~」


 と、僕の言葉に頷いてくれた。

 用件も終わったようだったので、休憩室から出ようとすると、「はじはじ~」と最後にもう一度戌亥さんが僕の名前を呼んでくる。


「何かあったら~るかちゃんや~姫ちゃんに相談してみることをオススメしますよぉ~」


 「ちゃおちゃお~」と手を振っている戌亥さんと別れ、僕はコンビニの外に出て自転車に乗り、すっかり暗くなった帰り道を進んでいく。


 戌亥さんはどうして愛野さんの名前を出したのだろう?


 戌亥さんが僕たちのことをどう思っているかは分からないが、僕と愛野さんは何とも言い難い距離感と関係性であるため、相談をするなんてもってのほかである。


 愛野さんとは、ただのクラスメイト…なはずだ。


 戌亥さんの一言のせいで、愛野さんのことを余計に少し考えてしまう。

 修学旅行や進さんのこと、そして愛野さんとの関係まで、考えてもどうしようもないことばかりで思考がオーバーヒートしそうになった僕は、肌に当たる風の冷たさに意識を集中させ、思考を中断することにした。


そして、色々とままならない自分自身に、僕は大きなため息がこぼれた___。







今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


連載の励みになるので、良ければ評価の方もよろしくお願いしますね。

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