#46 モヤモヤ
十一月となり、肌寒さからそろそろコートを羽織ろうかなと思いつつ、僕は自転車を漕いでいる。
しかし、柄本さんによると来週はまた少し暖かくなるそうで、最近の気温変化にはうんざりとしてしまう。
文化祭が終わってから今日に至るまで、僕の生活に目立った出来事というのはなかった。
その一方で、学校は「水上くんの退学」という大きな出来事により、混乱を余儀なくされていた。
噂によると、学校での「王子」としての振る舞いは全てが嘘であったとか。
クラス内に止まらず、学校全体から非難を受けていた水上くんには、詳細を知らないだけに僕は同情を禁じ得なかった。
というのも、僕の噂の主な情報源は元山さんなのだが、彼女の勢いが中々に凄まじいものであったのが原因かもしれない…。
そんな水上くんの「本性」を暴いたのは、愛野さんであるらしい。
彼女のフリをしてまで水上くんに近付き、彼の悪事を明らかにした愛野さんは、まさしく救世主と呼ばれるに相応しい活躍だったのだろうと予想している。
文化祭当日、水上くんと愛野さんは、お互いに好意を持っていたからこそ付き合い始めたのだと勘違いしていた自分が恥ずかしい限りだ。
…噂で二人が付き合っていなかったことを知り、愛野さんから教室で声を掛けられた後、何故かホッとしている自分がいた。
どうして愛野さんに対して安堵をしてしまったのか。
僕には「どうでもいいこと」であるはずなのに、愛野さんとのこれまでのことを思い浮かべてしまう。
そしてその日から、また愛野さんが声を掛けてくるようになった。
と言っても、一学期のような感じではなく、朝や帰りに挨拶を交わしたり、目が合った時に愛野さんが小さく手を振ってきたりするくらいだが…。
愛野さんは、僕と話せないことを「寂しい」と言っていた。
僕とは関わらない方が良いと伝えたのに、どうして愛野さんは僕に構ってくるのだろうか。
愛野さんは、他の人と話すべきなのだ。
一人でいる僕が可哀想だから話し掛けてくれている。
そうしか考えられないはずなのに、どうしてそうではないとも考えてしまうのだろう。
愛野さんと一度は決別したあの日、心の違和感は全て消えてなくなったと思っていたのに…。
再び胸にモヤモヤを感じながら、とりあえず僕は無心で学校を目指すことにした___。
***
昼休憩の時間となり、いつものように生徒がまばらとなった教室で昼ご飯を食べていると、
「はじめ、ちょっと付いてきて」
と、元山さんから声を掛けられた。
いつもは食堂で昼食を食べているはずの元山さんだが、今日は一体どうしたのだろうか。
食べかけのおにぎりを口の中に放り込み、僕は元山さんの後を付いていくことにした。
屋上へと繋がる階段に移動し、僕は早速口を開いた。
「こんなところに呼び出して、何かありましたか、元山さん?」
僕の問い掛けに対し、元山さんは、
「はじめに報告したいことがあるんだよね」
と口にした。
そして、いつもの飄々とした様子とは違い、ほんの少し真面目な雰囲気を出しながら、元山さんはこう言った。
「実はうち、彼氏ができたの」
元山さんの頬は少し赤らんでおり、いつものように冗談を言っているわけではないと僕は思ったので、
「おめでとうございます、元山さん」
というように、僕はお祝いの言葉を返しておくことにした。
しかし、どうして僕にそんなことを直接報告してくれたのかが分からなかったため、
「どうして僕にその報告を?」
と尋ねることにした。
「はじめにマウントを取ろうとしたっていうのが一番の理由だけどさ」と元山さんは言うので、僕はすぐに抗議の視線を向ける。
「あははっ冗談だし!それだけじゃないって!」といつもの表情に戻った元山さんは、更にこう言葉を続けた。
「今回のことで、はじめには何というか、感謝してるんだよね」
「僕に感謝している、ですか?」
一体何のことか分からないため、頭を傾げていると、元山さんが理由を説明してくれた。
「うちの彼氏、井村一輝って言うんだけどね、かずきとは同じバレー部で、それなりに仲も良かったの。ちょっとバカだけどさ、バレーに全力で向き合う姿は、まぁ、嫌いじゃなかったし、今思えば、多少は意識してたのかもって感じ」
「なんか恥ずいね」とくすくす笑いながら、元山さんの話は続く。
「それでさ、かずきに一昨日告白されたの。その日はうちの誕生日でさ、どうしても二人で会いたいなんて言われて会ったら、告白されたってわけ。その告白の中に、ちょうど川瀬の話が出てきたの」
「僕のことですか?」
「そう。うちらって文化祭期間からそれなりに一緒にいたじゃん?かずきは違うクラスだけど、川瀬とうちが一緒にいるところを見てたらしくてさ。それで、川瀬にうちのことを取られると思ったらしいの、あははっ!」
「つまり…勝手に恋敵か何かだと思われていたと?」
「そゆことっ。うちらのことを見て嫉妬したらしくて、モヤモヤしたままの気持ちを引きずるのは嫌だから『告白しよう』ってなったぽいよ。思わぬ形で川瀬を巻きこんじゃったけどさ、川瀬のおかげでかずきと付き合うこともできたから、こうして一応感謝を伝えとこうかなって」
元山さんの話が終わり、僕はひとまず感謝?を受け取っておくことにした。
正直なところ、井村くんから勝手に元山さんの恋敵として見られていたのは解せないが、それ以外に迷惑は掛かっていないので、僕は気にしないことにした。
そんな井村くんの話の中で、僕は一つ気になったことがあり、元山さんにそれを聞いてみることにした。
「元山さん、井村くんの話の中でありましたが、嫉妬をしている時ってモヤモヤするんですか?」
ここしばらくはずっと胸にモヤモヤを感じているため、どうせなら他の人の意見も窺ってみたいと思ったのだ。
何に対してのモヤモヤかがずっと分からないため、その解決の糸口になるかもしれない。
「えー、どうなんだろ?うちも付き合い始めたばっかりだしなー。でも、かずきが他の女子と話しているのを見たら、確かにモヤモヤとはするかも」
「まぁ嫉妬だけがモヤモヤの原因ってわけでもないだろうけどさ」と曖昧な答えを返してきた元山さん。
明確な答えではなかったものの、交際を始めた元山さんにも分からないことを、僕なんかが分かるはずもないだろうということは分かった。
気付きを与えてくれた元山さんに、
「そうですか、ありがとうございます」
と感謝を告げると、
「なになに、はじめは誰かに嫉妬してるの?」
と、元山さんはいつもの調子で揶揄ってきた。
深い意味はないことを伝え、そろそろ教室に戻ろうと促すと、元山さんも「そうだね、うちもまだご飯食べてないし」と同意を示してくれた。
そうして、階段を降りようとすると、
「全然関係ないんだけどさ、はじめは最近姫花ちゃんとはどうなのよ?」
と、元山さんは尋ねてきた。
「どうなのよ、とは?」
「いや、前までは教室で姫花ちゃんとはじめが話してるのを見てたからさ。最近は二人が話してるのを見てないし、何かあったのかなーって」
元山さんは僕と愛野さんとのことが気になったようだが、僕はその質問に返す適当な答えを持ち合わせていなかった。
そのため、
「何もありませんよ」
と返すことしかできずにいた。
元山さんもふと気になったという感じだったのだろう、「ふーん、そっか」とそれ以上追及をしてくることはなかった。
そして、何でもないような様子で元山さんはこう言った。
「水上くんとは付き合っていなかったことが分かって、また姫花ちゃんの人気は上がってるし、他の男子の相手をするのに忙しいのかもね」
「まぁうちらには関係ない話か」と元山さんは言い、
「ほら、はじめ戻るよー」
と言いながら階段を下りていく。
元山さんの後を追いながら、話題に出された愛野さんのことを僕は頭で考える。
___未だに胸はモヤモヤとしていた。
***
昼休みが終わり、五時間目の授業も受け終え、今は六時間目のホームルームとなっている。
四宮先生が前で「あること」について説明をしており、それはずばり、「修学旅行」についてだ。
「一年生の時に行き先を決めるアンケートをしたわよね?その時の結果通り、今回の修学旅行の行き先はこれよ」
そうして四宮先生は、修学旅行の行き先を黒板に書いていく。
毎年生徒の希望によって星乃海高校は行き先が変わり、今年は西の三地域を周る三泊四日の修学旅行となった。
最北や最南の地域から、海外に至るまで、選択肢は幅広く設けられていたのだが、一番票を集めたのがこの地域だった。
そして、四宮先生は修学旅行のしおりも配っていく。
しおりは、「イベント実行委員会」という、行事ごとに関わる仕事をこなす委員会の人たちが作成したものらしく、表紙には楽しそうな笑みを浮かべている男女のイラストが描かれていた。
しおりが手に行き届いた後、僕は四宮先生の話を聞きつつ、ペラペラとそのページをめくっていく。
初日は、大きな大仏と沢山の鹿で有名なお寺を中心に、歴史的建造物を巡るルート構成となっており、夜は二人一組で畳敷きの一部屋に寝泊まりする予定となっている。
二日目は、昼前から隣の地域にある大きなテーマパークに行く予定であり、ほとんどの生徒のお目当てはこの二日目であろう。
人気の映画やアニメ、ゲーム作品のアトラクションがあるこのテーマパークに対して、既に周りでも「早く行きたい」という声が上がっている。
一応もう一つ、近くの水族館に行くというルートも用意されているが、恐らくみんなはテーマパークの方を選ぶだろう。
この夜はテーマパーク近くの豪華なホテルに泊まることが決まっており、二人で一部屋だそうだ。
三日目は、また別の隣地域へと移動をし、クラスの班ごとに分かれ、自由行動となっている。
この地域も歴史的な建造物が多くあり、周りの人たちの会話によると映えスポットも多いのだとか。
この日は風情ある温泉旅館に宿泊をする予定で、ここでも部屋割りは二人組のようだ。
最終日は真っ直ぐ新幹線で帰ってくるだけのため、実質この三日間が修学旅行のメイン日程と言える。
その後も、四宮先生によって細かい部分の説明がされているが、僕は「自分とは関係のないこと」として修学旅行を捉えていた。
というのも、
僕は、修学旅行に参加しないつもりだからだ。
正しくは、修学旅行には参加できないと言った方が良いだろう。
そのため、僕にとってこの話は「無意味」なものであった___。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
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