#45 恋は盲目
水上くんとの出来事から早くも一週間が経ち、私は三人と一緒に、前回も訪れた喫茶店で今日までのことを振り返っていた。
あの出来事から土日を挟んだ月曜日、予想していたように学校中が大騒ぎとなった。
あの場にいた女の子たちによって、どうやら金曜日のことが拡散されていたようであり、月曜日の朝から大変なことになっていたのは、やはりそれほど水上くんの存在が大きかったということなのだろう。
それに付随し、水上くんの本性が明らかとなったことで、私は「彼女のフリを演じてまで水上くんの悪行を暴いた救世主」として学校中から羨望の眼差しを受けていた。
彼との交際関係が「偽り」だったことが広く伝わったのは個人的に嬉しいところだが、正しくは私だけではなく、ここにいる四人の力を合わせた結果なので、早くこの話題の時期が過ぎることに期待するばかりである。
そして、今回の当事者である水上くんは、学校を退学になると同時に、警察に捕まることとなった。
イリーナさんが「法に触れていることもいくつかしている」と明言を避けていたため、他の生徒たちに詳細は伝えられていないが、未成年飲酒や年齢を偽ってのクラブ出入り、そして女性への暴行など、彼はいくつもの罪を犯していた。
同じ学校にこんなことを日常的にしていた人間がいたとは…人は見た目だけで判断してはいけないということを強く実感する。
どうしてそんなことをしてしまったのかという警察の問いに対し、水上くんが答えたことをイリーナさんが教えてくれた(情報源は秘密とのことだ)。
その話によると、水上くんは中学の時、女子生徒たちから容姿のことでいじめを受けていたらしい。
その腹いせとして、女の子にひどいことをしていたのだとか。
つまり、彼の行動の動機は「報復」ということなのだろう。
容姿を馬鹿にしていたいじめグループのリーダーが、中学の卒業式に水上くんだと気付かず告白をしてきたことで、優越感から歯止めが効かなくなったとも言っていたそうだ。
そして、増長していった結果、外見至上主義に捕らわれた「歪な水上流星」が形成されたのだろう。
だからこそ、彼にとっての過去の記憶は、「自分の存在意義」そのものを揺るがすようなパンドラの箱だったのだ。
過去が明らかになった途端、彼の勢いが鳴りを潜めたのもこういう理由からである。
「先輩」と呼ばれた男やそのグループの人たちも、今回の事で一気に捕まることとなった。
「先輩」たちは水上くんの容姿を引き合いに出し、大学の女性を中心に手を出していたそうだ。
彼らも大学は退学、その後警察に捕まったようで、私は自分たちの罪の重さを自覚して欲しいと思っている。
水上くんは、彼らとはお互い利害関係にあっただけと言っていたらしい。
また、彼を溺愛している母親や、新たに父親になった人のことも、彼は煩わしいと考えていたようだ。
恐らく、彼のことを本当の意味で理解してくれる人が誰もいなかったことも、彼が歪んでいってしまった一つの要因であるかもしれない。
彼とはもう会うことはないだろうが、彼のことを理解してくれるような人に彼が出会えることを、私はそっと祈っておくことにしたのだった。
少し重くなってしまった事の顛末を話し終え、私たちはホッと一息吐く。
そして、私はこの場にいる三人に頭を下げた。
「朱莉、流歌ちゃん、イリーナさん、今回は私に協力してくれてありがとう。三人がいなかったら、私は心が折れたままで、こうして前を向くことができなかった。今回のことで、私は悲しいことや辛いことも経験したけど、それ以上に、この三人に出会えて良かったって思ってる。こんな私に寄り添ってくれて、本当にありがとうっ」
もっと伝えたいことはある。
だけど、この三人には、「ありがとう」という気持ちを嘘偽りなく真っ直ぐ伝えたかった。
三人は「優しい」表情を浮かべ、言葉で言い表せない私の思いまできちんと受け取ってくれていた。
こんな素敵な友人たちに恵まれた私は、曇りのない笑顔を浮かべるのだった___。
時間もお昼となったため、これまた前回のように昼食を食べることになった。
注文したものが到着し、雑談をしながら食べていると、
「いやぁ~これで『彼』のことに専念できるねっ、姫花」
と、朱莉がニヤニヤしながらそう話し掛けてきた。
私がそれに顔を熱くさせていると、
「なになにぃ~気になりますなぁ~」
と、流歌ちゃんも興味津々な様子で私の方を見てくる。
「べ、別に、何でもないからっ!」
二人の追及を回避するべく、私はパクパクとご飯を食べる手を進めるが、その様子を見て、更に二人はニヤニヤとした笑みを深くしていた。
それに加え、イリーナさんも微笑ましいものを見るかのような視線を向けてきている。
恥ずかしさが限界突破して、堪らず私は赤くなっているであろう自分の顔を両手で隠した。
「可愛いねー」
「可愛いですなぁ~」
「可愛いですわね」
三人からいじられているこの場面に既視感を覚えつつ、私は行き場のない羞恥心からもじもじとする。
そうすると、遂に流歌ちゃんが核心を突いてくるような質問を私に投げかけてきた。
「姫ちゃんはぁ~誰か『好きな人』がいるんですかぁ~?」
指の隙間から三人の顔を見渡すと、何かを期待しているような、そんなキラキラとした瞳でそれぞれが私のことを見つめていた。
その「何か」にはもちろん気が付いている私は、大きく深呼吸をし、もうバレているであろう自分の気持ちを、流歌ちゃんとイリーナさんにも伝えることにした。
「うん…私は、川瀬のことが好きなの」
私の想いを聞いた流歌ちゃんとイリーナさんは、やっぱり気付いていたような反応を浮かべ、優しい笑みを溢した。
そして、流歌ちゃんがその恋のお手伝いを申し出てくれた。
イリーナさんもそれに頷き、流歌ちゃんと同じくお手伝いをしてくれるようだった。
しかし、私はそのお手伝いの申し出に、首を横へと振った。
「ありがとう。でも、私は自分の力で川瀬にこの想いを伝えたいから、二人には応援していて欲しい…です。あっでも、二人から川瀬の話はいっぱい聞きたいし、何かあったら泣きついちゃうかもっ、えへへっ」
そんな私の言葉に、
「了解です~るかちゃんはぁ~姫ちゃん応援隊ですからぁ~」
「うふふっ。姫花さんも川瀬さんも、お二人がとても優しく温かい方だというのは知っておりますわ。そんなお似合いなお二人を、わたくしも精一杯応援させていただきますわ!」
と二人は返してくれた。
「ボクも!ボクもちゃんと応援するからねっ!」
隣に座っている朱莉もそう言ってくれており、私の心は温かくなる。
みんなが私の「恋」を応援してくれるのが嬉しくて、「えへへっ♪」と私は自然と口角が上がっていった。
すると、前から「カシャッ」という音が聞こえてきた。
どうやら流歌ちゃんが、スマホで私のことを撮影したらしい。
「この写真を見せたら~どんな男の子もイチコロなんじゃないですかぁ~?」
「ほんとっ、戌亥ちゃんの言う通りだよっ!姫花にはいつも隣でこの顔を見せられてるボクの気持ちも考えて欲しいくらいだよ」
「うふふっ、恋する乙女という感じですわね。本当の本当に可愛過ぎますわ」
四人のグループチャットにその画像が送られ、三人が口々に私のことを楽しそうに揶揄ってくる。
今の私は、顔が真っ赤になっているだろう。
「もぉーっ!三人のばかぁ~~っ!!」
結局この後はずっと、三人にあれこれ揶揄われ続ける私なのであった。
***
月曜日、私は朱莉と一緒に、いつもより早い時間に学校へと登校をしていた。
朱莉と別れ、私は誰もいない教室で、静かに待ち人が来るまでの時間を過ごす。
そう、私は川瀬が来るのを待っているところだ。
今のこの時間、彼はいつものように花壇の水やりをしているだろう。
裏庭の花壇にまで行こうとしたのだが、文化祭の前日のことが頭をよぎり、教室で彼を待つことに決めた。
今日、私は川瀬に謝罪をするつもりだ。
あの日、私は川瀬にひどいことを言ってしまったから。
『…最っ低』
今も頭から離れてくれない私の後悔。
水上くんの罠に嵌まり、川瀬が悪口を言っていたと信じ込んで傷付いていたとはいえ、私も同じくらい川瀬を傷付けるような言葉を言ってしまった。
あの日、私がこの言葉を口に出した時、川瀬は寂しそうな笑みを浮かべていた。
あの時、彼が何を思っていたのか私には分からないが、考えるだけで胸が痛むような、そんな表情だった。
あの言葉が、川瀬を深く傷付けたことだけは間違いない。
こうやって、私は知らず知らずのうちに、彼を傷付けていたのかもしれない。
彼は私を避けたがっている。
でも、あの時のまま、川瀬と離れてしまうのは嫌だ。
今回の出来事で分かったことがある…それは、私が図々しい女であるということだ。
今から行う謝罪ですら、結局は私の自己満足でしかないのだろう。
しかし、今回の事で自分の醜さを知った私は、それでも彼に向き合うと決めた。
この数週間で、自分が良くも悪くも成長したことを実感していると、教室の扉が開き、川瀬が中に入ってきた。
川瀬は私が教室にいると思っていなかったのだろう、私の方を見て驚いた表情を浮かべていた。
「…愛野さん」
随分と久しぶりに川瀬から名前を呼ばれた気がする。
たったそれだけで嬉しいような、だけど苦しいような、そんな矛盾した気持ちが湧き上がってくる。
「…川瀬、おはよ」
緊張からくる震えを何とか抑え込み、私は川瀬に声を掛けた。
「おはようございます、愛野さん」
川瀬は私に挨拶を返してくれたが、その顔には微かにだが困惑の色が見て取れた。
川瀬からしてみれば、疎遠になっていた私がいきなり声を掛けてきたという状況であり、確かに何が目的か分からず困惑もしてしまうだろうと私は思った。
そのため、私は川瀬の元に近付き、
「ごめんなさいっ!」
と頭を下げた。
そして、そのままの勢いで、私はその謝罪の理由を話した。
「文化祭の前日、私は川瀬にひどいことを言ってしまった。今日はそれを謝りたかったの…。本当にごめんなさいっ!」
謝罪をしているうちに、私は目の奥が熱くなっていくのが分かった。
今日は泣かないと決めていたのに、やっぱり私は泣き虫だ。
川瀬から「頭を上げてください」という声が聞こえてきたので、私はゆっくりと顔を上げる。
「水上くんの噂、聞きました。水上くんは嘘をついて愛野さんたちを騙していたそうですね。水上くんには『愛野さんから何か聞かれたら、その話を肯定して欲しい』と言われ、水上くんを疑いもせずに愛野さんが『怒るような話』を肯定してしまいました。愛野さんが水上くんからどんな嘘を聞かされたのかは分かりませんが、責められるべきは肯定した僕にあるので、愛野さんが頭を下げる必要はありませんよ」
そう言った後、今度は川瀬が「ごめんなさい、愛野さん」と頭を下げてきた。
私は慌てた様子で「川瀬は悪くない」ということを伝え、何とか川瀬に頭を上げてもらった。
そうしてしばらくの沈黙が続いた後、私は勇気を振り絞り、こう口を開いた。
「あのね…私、水上くんとのことがあって、川瀬と話さなくなって、その…寂しかったんだ。だからね、川瀬が許してくれるなら、一学期みたいに川瀬と沢山お話したいんだけど、良いかな…?」
喉が震え、たどたどしくなってしまったが、「また仲良くしたい」ということを私は伝えた。
しかし、川瀬は「前回と同じように」こう告げた。
「僕なんかと話すよりも、他の人と話す方がきっと楽しいと思いますよ?」
川瀬の答えに、私は心臓が締め付けられるような感覚を味わう。
川瀬は遠回しに、私とは「話せない」と伝えてきているのが分かった。
これまでの私ならここで引き下がり、「どうして」と悲嘆に明け暮れるだけだっただろう。
しかし、今の私は、こんなところで諦める弱いままの私じゃない。
こぼれ落ちそうな涙を必死に堪え、私は川瀬にこう尋ねた。
「それって…二学期から私と距離を置き始めたことと、関係あるんだよね…?」
私の言葉を受け、彼は一拍置いてから、「…はい」と小さく頷いた。
その時、私は気付いた…気付いてしまった。
川瀬が「食堂でみんなの不快な視線を浴び、疲れ切っていた時の私」と同じ表情を浮かべていたのだ。
もちろんそっくりそのまま同じというわけではない。
ただ、昼食の後にトイレの鏡で見た自分の雰囲気と川瀬の今の雰囲気に、重なるところがあるように思えたのだ。
イリーナさんは、私と川瀬が「似ている」と表現することが何回かあった。
イリーナさんだけの意見ということになるが、私の直感もそう言ってるのだ、強ち的外れというわけでもないだろう。
それに、「はい」と頷く時に、川瀬はキョロキョロと視線を左右に動かした。
つまり、
川瀬は私が話し掛けている時の周りの視線に、距離を開けたくなるほどの「何か」を感じているということになる。
水上くんと一緒にいた時、私は自分自身が思っているよりも、はるかに周りから注目されていることに気付かされた。
もし、そんな私が川瀬と話している時、私に向けられている注目が川瀬の方にも行っていたとしたら…?
川瀬が抱えているであろう「何か」は、今の私には分からない。
しかし、何らかの理由で、川瀬は私と話したくない、いや話せない立場にあるというのなら、私はこれから迂闊に川瀬と話すことはできない。
あくまでも予想の範疇だが、これまでの彼の発言や行動から、恐らくこれが正解だろうと私は思った。
(川瀬と話したい、だけど、話すと川瀬を困らせてしまう…)
まさかの状況に私が頭を悩ませていると、廊下から生徒の声が聞こえ、教室の扉を開ける音も耳に入った。
川瀬は真っ黒な瞳を私に向けた後、そっと私から離れ、自分の座席に移動していった。
教室に入ってきたクラスメイトに声を掛けられたので、私も自分の座席へと戻ることにする。
みんなと挨拶を交わしながらも、私の頭の中は川瀬のことでいっぱいだった。
川瀬との関わり方を、もう一度しっかり考える必要がある。
前途多難な恋路に、私は早速めげそうにもなるが、毎日更新される彼への想いが、そんな私を奮い立たせる。
それに、川瀬は私のことが嫌いだから避けてる訳じゃなかった!
その事実を知れただけで、私はこんな状況なのに笑みがこぼれてしまいそうになる。
「恋は盲目」とはよく言うが、実際に川瀬のことばかりに目が行っていたせいで、彼が周りを気にしていたことなんて今まで気付かなかった。
しかし、「恋は盲目」なおかげで、今もこうして前を向く力が湧いてくる。
(私は、絶対にこの想いを川瀬に伝えてみせるっ)
私、愛野姫花は、今日も大好きな川瀬朔のことを想うのだった___。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
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