#43 情報収集
今日からまた新しい一週間が始まるが、先週とは違い、私は「いつものように」朱莉と仲良く学校に向かっていた。
一週間前とは比べ物にならないほど気持ちの良い朝を迎え、私の心も随分と軽くなっている。
今は朱莉と一緒に「昨日の出来事」について話をしていた。
「見て見てっ!昨日のプリ、スマホの裏に入れちゃった!」
「私もっ」
「やっぱり姫花も入れてくるとボクは思ってたんだよねー」
「ふふっ」
私たちはお互いのスマホ裏を見せ合い、昨日四人で撮ったプリクラの写真を眺めた。
これは、昨日昼食を食べた後、四人でゲームセンターに行った時に撮った写真だ。
昨日は本当に楽しかった。
イリーナさんがプリクラをしたことがなくて戸惑っているのも楽しかったし、朱莉が雑貨屋で変なサングラスを買っていたのも楽しかったし、カラオケで流歌ちゃんの上手過ぎる歌を聴いたのも楽しかった。
クラスのみんなと遊ぶのももちろん楽しいが、昨日は普段朱莉と遊んでいる時のような、「ありのままの私」で二人と遊べたような気がしている。
「はあ~戌亥ちゃんは天使だし、イリーナ様は女神だし、このプリは家宝にしよう…」
早口でぶつぶつと呟きながら昨日の思い出に浸っている朱莉は相変わらずだが、それほどまでに昨日は充実した一日だったと言えよう。
「今回のこと」が落ち着けば、四人でまたすぐ遊ぼうと約束をしたので、まずは目下の問題に対処するべく、私は気持ちを切り替えた。
星乃海高校へと到着し、正面玄関に移動すると、
「ひめ、おはよう」
と水上くんが声を掛けてきた。
朱莉とアイコンタクトを交わし、朱莉には「先週と同じように」この場から離れてもらうことにする。
「姫花、それじゃあね…」
「うん…」
私は朱莉を見送った後、沢山の女の子に周りを囲まれた水上くんに対して、「ぎこちない笑み」で挨拶を返すことにする。
「おはよう、水上くん。それと、土曜日はごめんね」
私が挨拶と共にそう口にすると、水上くんは「笑み」を浮かべながら私に近付いてきた。
「全然大丈夫さ。それに、ひめが元気そうで僕は嬉しいよ。今週の土曜日にでも、もう一度『デート』をしようじゃないか」
水上くんが「デート」と口に出した瞬間、周りからは黄色い声が上がる。
優しそうな偽りの笑みを向ける水上くんに対し、私は思わず頬が引き攣りそうになるが、それをぐっと我慢し、水上くんへと話し掛けた。
「ありがとう、水上くん。とりあえず、教室に行こっ?」
「ああ、そうだね」と頷く水上くんの隣に並び、私は教室への道のりを一歩ずつ歩いていく。
水上くんの会話に相槌を打ちながら、「これまで通りの何も知らない私」を演じる。
それにしても、そもそも告白のお返事が大変だから「付き合っているフリをして欲しい」という話であったのに、水上くんは今も「当たり前のように」女の子に囲まれている。
フリとは言え、一応「彼女」が隣にいるのに、他の女子とも近過ぎる距離感で話している水上くんには呆れる、いや失望する限りだ。
こんな人に狙われていることに寒気を感じつつ、こんなボロを出すほど彼は油断しているのだと考え、私は彼女のフリに徹した。
そのまま教室へと到着し、水上くんと別れ、私は教室の中へと入った。
その時に、私は川瀬の方に視線を向けた。
胸を締め付けるような痛みはちゃんとあるが、しかし今はこれで良かった。
この痛みは、私が「醜い自分自身」を忘れないために、必要な痛みだからだ。
そして、水上くんとのことが無事に解決できたら、私は川瀬に真正面から向き合うことを決意する。
痛み以上に、今もドキドキと胸を高鳴らせるこの想いは、私の絶対譲れないものだから。
そうして自分の席へと座り、私に声を掛けてくれるクラスメイトに挨拶を返しながら、私は気を引き締めたのだった。
***
この日から数日間、私と朱莉は水上くんに関する情報を集め出した。
私は水上くんを、朱莉は水上くんを慕う女の子たちを…という風に役割を分担して、どんな些細な話でも何かに繋がると信じ、私たちは聞き込みを行った。
昼食を食堂で食べている時、
「水上くんって…これまでに彼女さんはいたことあるの?」
と尋ねてみると、水上くんは「一人もいたことはないんだ」と言い放ち、
「だから…ひめが初めての『彼女』というわけさ」
と話を続けた。
この会話から、やはり水上くんには土曜日のことがバレていないということが分かった。
それと同時に、さも「そうである」かのように平然とした顔で嘘を語る水上くんに対し、私は不愉快さを抑えきれそうになかった。
しかし、何とか感情を落ち着かせ、私は興味があったから聞いただけというような反応を返すことにする。
そうすると、水上くんはほんの一瞬だが「歪な笑み」を浮かべ、
「ひめは僕に元カノがいると思ったのかな?安心して、僕はひめのことを『一番』に考えているからさ」
と甘い台詞を吐いてくる。
彼の目には、私が彼の交際相手を嫉妬しているようにでも見えたのだろうか。
何とも気持ちの悪い勘違いをされたものだが、着実に私が絆されかけていると信じて疑わないような、そんな余裕のある笑みだった。
感情論を抜きにすれば、水上くんが私のことをまるで疑っていないこの状況は非常にありがたい。
水上くんの口から出るキーワードを聞き逃さないように、私は会話に耳を傾けた。
また、朱莉も気になる話を女の子たちから聞いたようだ。
「水上くんは、中学までは別の場所にいたそうだよ?」
女の子の一人が、そのように水上くんが言っていたのを覚えていたらしい。
しかも、水上くんに中学の時の話を聞こうとすると、いつもほとんど話してはくれないそうだ。
そんなミステリアスな一面もカッコいいと女の子が言っていたのは置いておくとして、これも何かの役に立ちそうな可能性がある。
特に、中学の時のことをほとんど話さないという部分に私は引っ掛かりを覚えた。
(この前から思っていたけど、水上くんの噂話は全部高校に入ってからのものばっかりだ)
もしかしたら、水上くんには「話したくない」過去というのが存在するのかもしれない。
そうして集めた情報を、私たちは流歌ちゃんやイリーナさんにも共有している。
流歌ちゃんの言っていたように、イリーナさんは水上くんの身辺調査をしてくれており、どんな情報でも教えて欲しいと頼まれているからだ。
流歌ちゃんたちの方にも進展があり、ほぼ間違いなく春香さんの彼氏は水上くんだろうということだった。
また、もしかすると他にも水上くんの「彼女」である女の子が花城にはいるかもしれないということが分かり、私たちの水上くんに対する評価は地の更に下へ落ちていく。
動画で撮った会話では大学云々と話していたこともあり、「先輩」と呼ばれた人物との関係性も含め、二人は調査を続けてくれるそうだ。
「姫花さんには辛い思いをさせますが、あと少しだけ時間をくださいまし」
イリーナさんは申し訳なさそうにしていたが、こんなにも私のために協力をしてくれているのだ、私に不満なんてものは一つもない。
水上くんが言い逃れできないような状況作りは、確実に前に進んでいる。
(自分のためにも、川瀬のためにも、そして女の子たちのためにも、やっぱり水上くんは許せないっ!)
***
木曜日の放課後、私と朱莉は一人の女子生徒と渡り廊下にいた。
水上くんには用があると言って先に帰ってもらったため、彼にこの会話を聞かれることはない。
「あの、聞きたいことって何ですか…?」
「文化祭の前日、関根さんに『川瀬の噂』について聞いたでしょ?そのことを詳しく聞きたいの」
「…っ!?」
私は、水上くんと「先輩」と呼ばれる男の人の会話を聞いた後、疑問に思っていたことがあった。
それは、川瀬の噂は水上くんが「一人で」でっち上げた嘘であるにも関わらず、関根さんはどうしてその嘘の噂を知っていたのだろうか、ということだ。
関根さんは、あの時に私が噂の確認をした「美化委員」の女の子である。
同じクラスの美化委員である関根さんは、あの時、間違いなく「川瀬の噂は本当である」という旨の発言を口にした。
しかし、川瀬が「私の悪口を言っていた」という事実は存在しないのだ。
それなら、これは一体何を意味するのか…。
「単刀直入に聞くね、関根さんってあの時水上くんから何か言われたりしてない?」
私が考えていたことを、朱莉が代わりに関根さんへと問い掛ける。
関根さんはびくっと肩を震わせ、視線をあちこちに移動させ始めた。
関根さんの反応からこの予想は間違っていないと確信した私は、
「どうしてもその時に何を話していたのか知りたいの…。関根さん、お願い、本当のことを教えて」
と、穏やかなトーンを心掛けて関根さんへと言葉を紡ぐ。
私は、関根さんを糾弾したいわけでは決してない。
ただ、何があったのかという「真実」を彼女の口から聞きたいだけなのだ。
それに、もしかしたら関根さんも水上くんの被害者かもしれない。
そのため、私はどうしても教えて欲しいのだという気持ちを必死に伝えた。
私の思いが通じたのだろうか、関根さんは「ごめんなさい!」と頭を下げ、「真実」を話し始めてくれた。
「あの日の文化祭準備中、私は水上くんに呼ばれたんです。それで、同じクラスの川瀬くんが、愛野さんの悪口を言っていたという話を聞きました。そして、この話を誰かに尋ねられたら、肯定して欲しいとも言われたんです。どうしてそんなことをする必要があるのかと水上くんに聞きました、そしたら…愛野さんのためだからと水上くんは言ったんです。『人助けをすると思って、協力して欲しい』と水上くんは頭を下げたので、私は人助けになるなら…と協力をしたんです。それに、その、協力してくれたら一緒にフォークダンスも踊ると水上くんは言ってくれたので…だからっ、ごめんなさい!愛野さんから水上くんを奪おうとかそんな気はなくて…ただ、水上くんとの思い出が欲しかっただけなんです…。私は、水上くんのことが、えと、好きだったので…」
関根さんの話を聞き、あの日のあの時点も私は彼の罠に引っ掛かっていたということと、やっぱり関根さんはただ巻き込まれただけの被害者だということが分かった。
もしかしたら、関根さん以外の「美化委員」の生徒も、水上くんからこういった「お願い」をされているのかもしれない。
彼の用意周到さとタチの悪さにはうんざりとしてしまうが、これでようやくあの時に水上くんが仕込んだ罠を把握することができた。
頭を下げ続ける関根さんに「気にしていない」ということを伝え、情報を教えてくれたことに感謝を告げた後、私と朱莉は教室に戻り、会話を続けた。
「やっぱり水上くんが裏で会話の糸を引いていたんだね」
「うん。こうやって会話から相手を騙していくのが、彼の方法なのかも」
「ボク、やっぱり水上くんは許せないっ。だって、関根さんの気持ちも分かってて『利用』したはずだもん」
「関根さんが本当の水上くんを知ったら、きっと悲しむよね…」
「でも、ボクや姫花が水上くんの正体を暴かない限り、もっと不幸になる女の子が出てくるよ」
「そうだね。『私たち』にしかできないことだもんね」
一週間前の私のようになる人たちがこれ以上生まれないよう、私と朱莉はこの選択が「間違っていない」と強く信じることにした。
教室の後ろには、各委員会に所属している生徒名が書いてある委員会名簿がどのクラスにもぶら下げられており、恐らく水上くんはこの名簿から美化委員会のメンバーを絞り出したのだろう。
帰宅をした後、朱莉の部屋で四人のグループ通話を始め、流歌ちゃんとイリーナさんに今日の情報を共有する。
すると、イリーナさんも調査結果が出たようで、水上くんに関わる「知らなかった」情報が次々と明らかになる。
その内容は、私と朱莉が驚きを通り越して何も言えなくなってしまうほどのものだった。
しかし、これでようやく全ての準備が整った。
これだけの「証拠」があれば、水上くんの「本性」を明らかにすることができるはずだ。
その後の数時間にも及ぶ相談の末、明日の放課後、水上くんに対して「真実」を伝えることに決めた。
明日は正念場だ。
けど、みんながいれば、全てがきっと上手くいくと私は思っている。
この日は朱莉の家にお泊りすることになった。
家は隣同士であり、こうして頻繁にお互いの家でお泊りをしているので、むしろお泊りは「普通」のこととして(お互いの)家族には認識されている。
二人で一緒に横になり、明日のことに思いを巡らせる。
「朱莉、明日はがんばろうね」
「うんっ、ボクたちならきっと大丈夫だよ」
「きっと大丈夫」と明日が無事に終わることを願い、私たちは目を瞑り、眠りにつく。
「朱莉、おやすみ」
「姫花、おやすみ」
親友が手を握ってくれていたおかげで、何も不安に思うことなく、私は眠ることができたのだった___。
***
次の日、金曜日の放課後、私は空き教室に水上くんを呼び出した。
教室の中には私しかいない。
二人で話したいことがあると事前に伝えていたからだ。
少し時間が経ったところで、ガラガラと教室の扉を開く音が聞こえた。
「ひめ、お待たせ。話って何かな?」
水上くんはいつもの「笑み」を浮かべながら、教室に入ってきた。
そんな水上くんに私は近付き、「いつもの笑顔」を浮かべる。
しかし、そこに彼を歓迎するような温かい感情は一切ない。
今の私の心は、自分でも驚くほどに冷え切っていた___。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
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