#41 決意と希望
私は電車に乗り込み、水上くんに対して、
『体調が悪くなってきたから、今日は帰るね。勝手に帰っちゃってごめんなさい』
と連絡をする。
連絡をすることにも嫌悪感を覚えてしまうが、まだ私が全てを知ってしまったことに気付かれるわけにはいかないので、「今まで通り」の様子を振る舞うことにした。
彼からはすぐに連絡が返ってきた。
『先輩と会った時、ひめの顔色は少し悪かったからね。先輩の態度に僕も思うところがあったから、きちんと注意をしておくよ。今後の予定はまた学校で話そう。その時にひめの相談にも乗るから。今日はゆっくり休んで』
彼からの返信を確認し、私はスマホをバッグにしまう。
返信を見る感じ、私がさっきの会話を聞いていたことは、彼にはバレていないようだった。
彼の本性を知ってしまった今、文章に含まれている「気遣い」の全てが偽りだと感じられる。
恐らく、彼はこうして「優しい」一面を見せることで、沢山の女の子を騙してきたのだろう。
(私は絶対に許さないからっ)
電車に揺られている間も、私の心の奥底はメラメラと静かに、そして熱く燃えていた。
***
自宅の最寄り駅へと到着し、私は昼過ぎの住宅街を真っ直ぐ駆け抜ける。
何故か今は、こうして無我夢中で走りたい気持ちだったからだ。
そうして自宅が見える位置まで来ると、自宅の前に朱莉の姿があった。
私は朱莉の元へと近付いていき、そのまま朱莉に抱き着いた。
「ひ、姫花っ!?どうしたのさ!?」
驚きながらも、朱莉は私のことを優しく抱き締め返してくれる。
そんな親友の「温かさ」に触れ、私の目からは何度目かの涙が溢れ出す。
「ぁかり…っ、あかりっ、ごめん、ごめんねっ!」
色々な気持ちが交錯し、私はうまく言葉を伝えることができなかった。
朱莉からしたら、私がどうして泣いているのか、どうして謝っているのか、恐らく分からないだろう。
しかし、朱莉は優しい表情を浮かべ、
「うん、姫花。大丈夫、大丈夫だよ」
と言いながら、私の言葉で言い表すことができない気持ちまで、朱莉は無条件で受け止めてくれた。
私の隣には、いつもこんなに私を心配してくれる親友がいたんだという「当たり前」の事実を再認識し、私は当たり前の大切さを強く実感する。
そうして、玄関で周りも気にせず嗚咽の声を漏らす私を、親友は優しく抱き締め続けてくれたのだった___。
しばらくして涙がおさまった後、外で泣いていたことが恥ずかしくなった私は、朱莉の手を引いて自分の部屋へと移動をした。
ベッドに二人で腰を下ろし、私はしろぴよくんを胸の前で抱きかかえる。
「朱莉、その、ごめんね。服、涙で汚しちゃった」
「全然だいじょーぶだよっ。それに、こういう時はごめんじゃないでしょ、姫花?」
私は朱莉の方に視線と体を向ける。
「朱莉、ありがとうっ」
「えへへ、どういたしましてっ!」
今までずっと二人でこうして一緒にいたため、変に改まった態度になっている今が面白くなり、私は思わず「ふふっ」と笑ってしまう。
それに朱莉もつられて笑い声を上げ始め、私たちは二人で笑い合った。
この時、少しぎくしゃくしていた朱莉との距離感が、いつものように戻ったと私は感じた。
ひとしきり笑い終わった後、私は朱莉に話し掛ける。
「朱莉、今から話したいことがあるんだけど、聞いてくれる?」
「もちろんっ」
朱莉から笑顔が返ってきたので、私は一度深呼吸をし、これまで朱莉に話していなかったことを全て話そうと決意する。
川瀬のこと、文化祭期間でのこと、そして今日のこと…。
あっ、でも、この話を朱莉に話してしまったら、朱莉まで大変なことに巻き込んでしまうかも…。
私が一瞬余計なことを考えたことに朱莉は気付いたようで、朱莉はそっと自分の手を私の手に重ねてくる。
「姫花、ボクは姫花の味方だよ。だって、ボクたちは親友でしょ?姫花に困ったことがあったら、ボクは全力で姫花に協力するよ。逆の時は力を貸して欲しけどねっ、にゃはは。だから、姫花のありのままの気持ちをボクに話して」
「あっ…」
朱莉の言葉を聞いて、私はさっきから感じていた「あること」に確信が持てた。
それは、本当の「優しさ」に触れると、胸に温かい気持ちが広がるということだ。
川瀬や朱莉の優しさには、私に力を与えてくれるような、そんな心地の良い温かさがある。
しかし、水上くんの優しさにはそれがないのだ。
私が水上くんと出会った時から感じていた「違和感」の正体は、どうやらこれで間違いない。
私は、沢山の「優しさ」に包まれている。
だから、偽物の「優しさ」にはもう惑わされない。
「優しさ」に背中を押され、私はこれまでのことをゆっくりと朱莉に話し始めた。
***
朱莉にこれまでのことを話し終えた。
話している間、朱莉は黙って私の話に耳を傾けてくれていた。
そして、話を聞いた朱莉は、小さくため息を吐いた後、
「姫花、どうしてもう少し前からこの話をしてくれなかったの?」
と、頬を膨らませた。
私に対して本気で怒ってはいないと分かっているのだが、朱莉が言うことはその通りであるため、私は「えっと…」と焦り始める。
「そんな姫花には、こうだーっ!」と言い放った朱莉は、私の頬っぺたをもにゅもにゅとこね始めた。
私が甘んじてされるがままになっていると、朱莉は手を離し、
「次からはちゃんと教えてね!」
と念を押された。
「頼られないのは寂しいよっ…」と少し悲しそうな笑みを浮かべた朱莉を見て、私はこの一週間ほど、全然周りが見えていなかったことに気付くのだった。
そうして、いつもの表情に戻った朱莉は、すぐに「真剣な」表情を浮かべ始める。
「姫花、水上くんが通路で話していた時の動画があるって言ってたよね?それ見せてもらっても良い?」
「うん、これだよ」
そうして動画を再生し、私と朱莉はスマホの画面を覗き込む。
一応説明の時に水上くんの様子も朱莉に伝えたのだが、実際に自分の目で確認したいと思ったのだろう。
二人の会話は動画でもしっかりと聞き取れ、その会話を聞いている朱莉からは、確かな怒りが感じられた。
朱莉が何かに対して怒りを見せるなんてことはほとんどないが、そんな朱莉でも怒りを顔に滲ませるほどの下劣な内容だった。
動画が終わり、スマホの画面を閉じると、
「姫花、ボクも協力する。こんな酷い人たち、ボクも許せない!」
というように、協力を申し出てくれた。
「ありがとう、朱莉」
「水上くんには絶対痛い目を見てもらおう!」
「うん」
私たちは今後の目的に向けて、心を一つにした。
そして、私たちはどうやったら水上くんの本性をみんなに伝えることができるのかを考え始める。
やはり、ポイントとなるのはこの動画だろう。
動画を学校中に広めれば解決するのかもしれないが、水上くんの人気は言わずもがなであり、うまく言い逃れをされる可能性がある。
そうなってしまうと、私が水上くんの本性を知ってしまったことがバレてしまい、逆に彼の餌食となってしまうだろう。
考えただけでも体は震えてくるが、詐欺紛いの計画を立て、私を罠に嵌めてきた彼のことだ、一筋縄ではいかないに決まっている。
だからこそ、確実に水上くんを追い詰められるような、そんな確証が欲しい。
そうしてしばらく考えていると、
「花城のはるかさんって人に会うのはどうかな?」
と朱莉が提案してくる。
「確かにありかも。水上くんの言葉をそのまま受け取れば、はるかさんも水上くんに利用されている立場だもんね」
「ただ…どうやって連絡を取るかだよねー。花城の二人に事情を説明して、会う段取りを取り付けてもらう?」
「そうだね…。だけど、二人は水上くんのことを『イケメン過ぎる』って騒いでたし、この話をすぐに信じてくれるかな?」
「…確かに。『花城の生徒で、私たちの力になってくれそうな人』かぁ~。やっぱりボクたち二人ではるかさんのことを探す?」
朱莉の言った言葉を聞いた途端、私は「あっ!」と言う言葉が自然と口から飛び出した。
「どうしたの姫花?」
「頼りになりそうな人、私知ってる!」
そうして私はメッセージアプリのボタンを押し、その人物のアカウントを表示させ、朱莉にスマホの画面を見せる。
「戌亥流歌…、って、あの戌亥ちゃん!?どうして姫花は戌亥ちゃんの連絡先知ってるの!?」
「夏祭りの時、偶然出会って仲良くなったの」
「え~!羨ましいー!」
花城の文化祭の時から朱莉は度々流歌ちゃんの話をしていたので、何度も隣で羨ましいと口にしている。
花火大会の後も、私は流歌ちゃんと連絡を取り合っていた。
お互いの趣味の話が多かったが、川瀬のアルバイトの様子も聞いたりしつつ、私は流歌ちゃんと交友を深めていた。
しかし、文化祭の一件以来、私は連絡を返せずにいた。
他のことに意識を向けられないほど、私は塞ぎ込んでいたからだ。
トーク画面を開くと、私を心配するようなメッセージがいくつも並んでいた。
ちょうど昨日の夜に届いていた最新のメッセージは、
『何か困ったことがあれば相談してくださいね~』
というメッセージであり、私の胸にはまた温かい気持ちが広がっていく。
(私は本当に周りに恵まれている。いや、恵まれ過ぎているくらいかも)
「流歌ちゃんは花城の有名人だし、はるかさんのことで力になってくれるはずっ!」
そのまま、私は流歌ちゃんに向けてメッセージを打ち込む。
『連絡返せなくてごめんね。そのことも含めて、流歌ちゃんに相談したいことがあるんだけど…良いかな?』
メッセージを送信し、後は流歌ちゃんからの返信を待つのみだ。
はるかさんのことが何か分かれば、水上くんの悪事を公にすることもできるかもしれない。
微かな、それでいて確かな光明が見え、私は一歩前進したことを実感する。
朱莉の方に目を向けると、朱莉も大きく頷きを返してくれた。
とりあえず、後は流歌ちゃんの連絡次第となったため、一旦一息つこうと思い、私は体を後ろに倒してベッドに寝転んだ。
そうすると、朱莉が私の顔を覗き込んできた。
しかも、その顔はさっきまでとは打って変わり、ニヤニヤとした笑みが貼り付けられていた。
「いやぁ~それにしても、まさか姫花にぃ?気になる男の子がぁ?いたなんてねぇ~」
「ちょっ!朱莉っ!」
顔が沸騰したかのように熱くなり、私は勢いよくベッドから起き上がる。
「姫花、顔真っ赤だよぉ~?それでそれでぇ~?その川瀬くんって男の子はどんな人なのさー?」
受験の時のことも詳しく説明をしたはずだが、朱莉はわざとらしく私にそう尋ねてくる。
「写真とかないの?」とニヤニヤして聞いてくるので、どうせ最後は白状することになると悟った私は、唯一持っている川瀬の画像を朱莉に見せた。
その画像というのは、もちろん川瀬と二人で花火をした時の一枚だ。
私がスマホを向けると、朱莉は勢いよく画面を覗き込む。
その瞬間、「あっ!」と朱莉は大きな声を上げた。
「どうしたの?」と尋ねると、朱莉はこの画像を指差しながら、こう言った。
「川瀬くんって、あの時の『探偵くん』だったの!?」
私が首を傾げると、「あの時だよ、姫花っ!」と朱莉は続けて口を開く。
「姫花が吹奏楽部の部長さんに告白された時あったでしょ?その時にボクが変な男の子に会ったって言ったの覚えてる?」
言われてみれば、確かに朱莉はそんなことを言っていたと私は思い出した。
「その時に会った男の子が、この川瀬くんなんだよっ!まさかあの探偵くんが川瀬くんだったなんて、ボクびっくりしちゃった」
どうやら朱莉は、以前に川瀬と話したことがあるようだった。
話の途中で、朱莉が川瀬のことを「変な男の子」と言ったことに反応をしそうになったが、
(ふんっ、朱莉には川瀬の良いところを教えてあげないもんっ)
と、私は「寛容な心」で朱莉の「失言」を見逃してあげることにした。
「朱莉、川瀬は『変な男の子』じゃないもん!」
いや、できなかった。
朱莉はきょとんとした顔をした後、お腹を抱えて笑い始めた。
「もぉ!なんで笑うの!」
「いや、ごめんごめん!姫花がもう可愛くって可愛くって、つい」
そして、「良いものが見れたよー」と言いながら元の様子に戻った朱莉は、私に優しい目を向けながらこう話してくる。
「悪い意味で変って言った訳じゃなくて、普通よりも大人びているって言いたかったの」
朱莉に悪気がなかったことは私も気付いていたので、「…許してあげる」と私は朱莉に返した。
「にゃははっ。それにしても、ボクは一度も同じクラスになってないから仕方のないことだけど、川瀬くんのことは今まで知らなかったよ」
「川瀬は人前に出るようなタイプじゃないから、朱莉が知らないのも無理ないと思う。それに、私も教えてなかったし…」
「やけに川瀬くんのことに詳しいですなー姫花さんや?」と朱莉が揶揄ってくるため、私の頬は真っ赤になっていると分かるほど熱くなっている。
「この手持ち花火の写真って、いつ撮ったの?」
「花火大会の時だよ」
「はは~ん、なるほどぉ。姫花があの日ずっと機嫌が良かったのは、これが理由ってわけね~」
「…ふんっ」
「もぉ可愛いなぁ~ボクの親友はっ!」
朱莉と話していると、どんどん墓穴を掘っている気がする。
朱莉は「こういう話」が大好きなので、「もっと!もっと!」という感じでグイグイと私に話し掛けてくる。
恥ずかしいから今まで朱莉に隠していたという理由も少しはあるのに、なんだかんだすぐに話してしまっている辺り、私も川瀬のことをいっぱい朱莉に話したかったのかもしれない。
そうして私は、花火大会の日の出来事を朱莉に話し始めた。
朱莉はきゃあきゃあと声を上げており、話している私自身もあの時のことを鮮明に思い出して、胸がドキドキと高鳴り始める。
すると、朱莉はふっと笑い、私にこう伝えてきた。
「今の姫花、とっても幸せそうな顔してる」
「え…っ!?うそっ!?」
顔をペタペタと触るも、自分ではどうか分からなかった。
その私の様子を、朱莉は嬉しそうな顔で見つめてきており、
「な、なに…?」
と、私は恥ずかしさを滲ませた声で朱莉にそう尋ねた。
朱莉は、大切なものを見るような目を私の方に向け、微笑んだままこう口を開く。
___姫花はさ、川瀬くんのこと、好き?
「好き」という言葉が耳に入った瞬間、私の胸は大きくトクンと音を鳴らした。
今も、考えている。
私は、川瀬と話す資格があるのだろうか?
水上くんによって、川瀬が私の悪口を言っていないということは分かった。
しかし、川瀬と距離が開いているという事実は何も変わっていない。
二学期が始まった時から彼はそっけなくなり始めたため、悪口を言っていないにしろ、私に何か原因があるのは確実だ。
川瀬にとって、私はいない方が良いのかもしれない。
それは…とっても悲しいけど、そうかもしれないという可能性の一つでもある。
しかも、今の川瀬には律がいる。
誰がどう見たって、律と話している時の川瀬の方が楽しそうに見えるだろう。
でも、私は自分自身の「答え」を受け入れた。
これから「どうしたいのか」なんて、悩むまでもなかったのだ。
私は、川瀬と仲直りがしたい。
そもそも、文化祭の前日は、そのために川瀬を探していたはずだ。
そして、川瀬とこれまでのように仲良く話したい。
川瀬の隣にいるのは、律ではなくて自分が良い。
いや、自分じゃなきゃ嫌だ。
それが、醜い心を抱えた私自身の「答え」。
___川瀬と一緒にいたい。
私は朱莉に向き合い、決意と希望を持って、口を開こうとする。
口に出したら最後、後戻りができなくなるような気がして、今まで口に出すことはしなかった。
けれど、今の私は前を向くと決めたから。
緊張で潤む瞳、熱くなる頬、震える体___。
本人に伝えるわけじゃないのに、喉も渇きを感じ始めている。
だけど、そこに不快感は全くなかった。
朱莉も私のことをじっと優しく見つめ続けてくれている。
そして、私は自分の想いを声に乗せ、こう口を開いた。
その時、頭の中にあったのは、やっぱり優しい彼の顔だった。
「私は、川瀬のことが…好き、大好きっ」
「ボクの親友にこんなとびきり可愛い顔をさせるなんて…川瀬くん、君は罪な男の子だね」という嬉しそうな呟きは、ほとんど音にならならないような小さな呟きであったため、誰の耳にも入ることはなかった。
その後、流歌ちゃんからの返信が来るまでの間、私は朱莉との「恋バナ」に花を咲かせるのだった___。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
連載の励みになるので、良ければ評価の方もよろしくお願いしますね。