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#39 涙が枯れるまで







 文化祭が終わって三日が経ち、私はいつものように朱莉と学校に向けて登校をしていた。

 しかし、朱莉とはどこかぎこちない感じとなっている。

 そうなっている原因は、その全てが私にあった。


 文化祭当日、私と水上くんが付き合っているという噂が広まった。


 朱莉は水上くんに対して好印象を抱いてはいなかったので、すぐに私に「どういうことっ!?」と詰め寄ってきた。

 しかし、私は曖昧な態度でその話を受け流してしまった。

 そこから今のような気まずい関係が続いている。


 学校に到着し、正面玄関に行くと、


「ひめ、おはよう」


 と、水上くんが声を掛けてきた。


「あ、うん、おはよう。水上くん」


「あははっ、そんなに他人行儀な呼び方じゃなくても良いのに」


 「だって僕たちは付き合っているんだから」と言葉を続けた水上くんに、私は何とも言えない笑みを返すことしかできなかった。

 私たちがそうして会話をしていると、どんどんと周りに生徒たちが集まってくる。

 三日経った今も、私と水上くんの関係というのは注目の的になっているようで、こうして沢山の人に囲まれたり、話し掛けられたりする。

 水上くんは満更でもないような表情を浮かべているが、私は「見世物」のような扱いを受けていることに、内心では少し辛くなっていた。

 普段から色々な人に見られたりはしていたが、その視線とはまた別のような気がして、ほんの少し不快感がある。


「姫花、ボクは先に教室行くね…」


「あっ…うん」


 私があれこれと考えている間に、朱莉はその場からいなくなってしまった。

 そのことにショックを受ける暇もなく、私は周りの人たちから質問攻めを受ける。

 その後は、質問に何となく受け答えをしつつ、水上くんとの会話をこなしながら、自分たちのクラスへと向かった。


「ひめ、それじゃあお昼にね」


「うん…また、あとで」


 教室の中に入ると、ここでもクラスメイトから好奇の視線を向けられ、机の周りをすぐに囲まれる。

 視線をちらっと窓際の方に向けると、「いつもと変わらない」様子で本を読んでいる川瀬が目に入った。

 川瀬を見ると、文化祭前日の光景が思い出され、胸がぎゅっと締め付けられる。


(私、何やってるんだろ…)


 学校中から見世物にされ、親友とはぎこちなくなり、彼とはもう…っ。

 こんな状態になるということは分かっていながら、水上くんとの「付き合い」を選んでしまったのは、この私だ。

 私は本当に馬鹿な人間なのだろう。

 馬鹿でどうしようもない人間だから、こうして「大切なもの」をぽろぽろと取りこぼしていくのだ。


 心が折れていく音を何度も耳にしつつ、私は「あの日」の水上くんとの会話を思い出していた___。










***










 しばらく涙を流し続け、すっかり涙が枯れてしまった後、私は顔を上げた。


「少しは落ち着いたかい?」


 顔を上げると水上くんの姿が視界いっぱいに広がり、私は思わず少しだけ距離を開けながら、彼から受け取ったハンカチを返した。

 水上くんが渡してくれたハンカチは、結局使わずに綺麗なままだった。


「全然使ってくれても良かったのに」


 そう言いながら水上くんは私からハンカチを受け取り、そのまま自身のポケットへとそれをしまう。

 別に水上くんの厚意を無駄にしたいわけではなかった。

 ただ、ハンカチを男の子から受け取るということに、どうしても思うところがあったというだけである。

 ここでハンカチを受け入れてしまったら、大切な思い出に水を差されるような気がして、私は少しだけ嫌だった。


「それで、ひめはどうしてこんなところに…って聞きたいけど、多分僕が余計な情報を教えてしまったからだよね?」


「…っ」


 水上くんが言った「余計な情報」というのは、十中八九ついさっきの「川瀬が悪口を言っていた」という噂のことだろう。

 その内容をまた思い出し、枯れたはずの涙がまた溢れ出しそうになる。


「ひめがこうなってしまったのは、僕にも原因がある。だから、良ければ僕に何があったか話してくれないかい?誰かに話せば、少しは楽になるはずだよ?」


 私の荒んだ心に、水上くんの言葉がするりと溶け込んでくる。

 彼は心配そうな表情を浮かべており、私は「話してみようかな…」という気になってしまった。

 水上くんに、ほんの少しだけ…頼ってみても良いのかもしれない。

 そして、私は川瀬との関係性はぼかしつつ、二学期に入ってからの違和感やさっきの出来事などを水上くんに話すことにした。


「あのね…」


 その時、水上くんが一瞬笑みを浮かべたのは、きっと私の見間違いだ。










「…そうだったんだね」


 私が途中で声を震わせ、詰まったりしながらも話を終えると、黙って聞いていた水上くんが、いきなり私を抱き締めてきた。


「きゃっ…!?み、水上くんっ!?」


 一瞬びっくりして固まってしまうも、すぐに私は水上くんを押し返し、自分自身に腕を回して縮こまった後、警戒した視線を水上くんへと向けた。


「ごめんっ、ひめがあまりにも可哀想だったから、つい…」


 そう言って水上くんは頭を下げてくるので、私はほんの少しだけ警戒を解くことにした。

 気まずい雰囲気が流れるかとも思ったが、水上くんはすぐに「何事もなかった」かのように口を開く。


「ひめはここからどうしたいと思っているのかな?」


「…どうしたい、か?」


「そう。話を聞いた感じ、ひめと川瀬くんは仲の良いクラスメイトだったと思うんだけど、その川瀬くんからの『裏切り』が発覚したんだよね?」


「…」


「僕はこのまま彼とは離れるべきだと思うけど、ひめは彼とどうしたいのかな?」


「…!」


 水上くんから、私も内心で考えていたことが投げかけられ、私は動揺を隠せずにいた。

 さっきの私の拙い話で、どうして水上くんは的確に私の内心を見透かせるのか気になったものの、彼の言っていることはもっともなことだった。

 川瀬にはひどい悪口を言われており、とても嫌われている。

 それに、私も川瀬にひどいことを言ってしまった。

 だから、もう私が彼と関わることなんて恐らくできない。

 それでも、私の頭からどうしても川瀬の優しい表情が離れてくれない。

 いや、私自身が川瀬のことを忘れることなんてできないのだろう。


 それじゃあ私は、これから一体どうしたいのだろうか?


 川瀬と前みたいに話せる姿が想像できない。

 できないというより、怖かった。

 川瀬の数々の悪口が、私の頭をよぎっていく。


 結局、私は自分自身がどうしたいかについて、今は考え付かなかった。

 私の沈んだ様子から水上くんも察したのだろう、


「今のひめに聞くのは早かったね、僕のミスだ」


 と申し訳なさそうにしていた。

 「でも…」と水上くんは言葉を続け、私にこう言ってくる。


「僕も無関係ではないからね、できる限りひめの手助けをしたいと思っているから、協力させて欲しい」


 水上くんの優しさに触れ、「…ありがとう、水上くん」と私は素直に感謝を伝えおいた。

 今はどうすれば良いかなんて分からないが、もしかしたら水上くんに手助けをしてもらう時が来るのかもしれない。

 今さっきまでは警戒をしていたのに、何とも自分勝手な思考になっている自分自身が嫌になるが、それほどまでに私は水上くんを警戒しなくなっていた。

 そんな時、水上くんは「実は僕からも助けて欲しいことがあるんだ」と私に言ってきた。

 水上くんは私を手助けしたいと言ってくれているのだ、ここで私の方が何も手助けをしないというのも失礼な話なので、


「私にできる範囲であれば…」


 と、私は水上くんに返した。

 水上くんは「ありがとう」と感謝の言葉を口にし、その「助けて欲しいこと」について話し始めた。


「最近、特に文化祭の準備に入ってからかな、女の子たちからの告白が多くてね。それが嫌というわけでは決してないんだけど、流石に僕も一つ一つ返事をするのに疲れてきてしまって…。ひめなら少しは共感してくれるかな?だから、その対策として、ひめには少しの間だけ僕と『付き合ったフリ』をして欲しい。もちろん本当の彼女になって欲しいと言っているわけじゃない。ただ、ほんのちょっとだけ、僕のことを助けて欲しいんだ」


 水上くんの提案は予想外のものであり、私はどう返したら良いのか迷ってしまう。

 水上くんが女の子から人気なのは周知の事実であるし、実際にここ最近は毎日告白を受けているという噂も耳にしていた。

 それに…「好意」を伝えてくれる相手にお返事をすることの大変さは、確かに私も共感できるところだった。

 沢山の人から好意を持って接してもらえるのは嬉しいことだし、好意を言葉で伝えることのできる人は、「本当にすごいなぁ」といつも尊敬をしている。

 だからこそ、相手の気持ちをある種踏みにじるような「お断り」のお返事は、何度やっても申し訳なさと罪悪感でいっぱいになる。


 水上くんも、その悪感情に一人で悩んで、こうして私に手助けを求めてくれたのだろう。


 「付き合ったフリ」、つまり「偽装カップル」を演じることについて、本音を言えば少し思うところはある。

 でも、あくまでも「フリ」であるということと、私にも協力してくれる水上くんの頼みであるということが私の頭にすっと入り、今の泣き疲れて頭が上手く働いていない私に、「受け入れない」という選択肢を取らせなかった。


「…うん、分かった。それが水上くんの助けになるなら、良いよ」


「ひめ、本当にありがとう」


 水上くんは嬉しそうな表情を浮かべているので、私の選択は間違っていないはずだ。


「それに、これは『ひめのため』にもなるかもしれないね」


「どういうこと?」


「今のひめは悲しい出来事の後で、誰が見ても憔悴し切っている。もしこんなところを他の男子に見られたら、ひめが弱みを握られて、強引に恋人関係を迫られるかもしれない。もちろん僕はそんなことしないし、今日のことも秘密にしておくから安心してね」


 水上くんは真剣な表情でそう私に告げた後、またいつもの笑みを浮かべた。

 「強引な恋人関係」というのを耳にし、私の頭に夏休み前の光景が再び思い起こされる。

 「そうなる可能性もあるって話だけどね」と水上くんはお茶を濁していたが、私はもしかしたら…とその話を鵜呑みにしてしまった。


 その瞬間、水上くんとの偽装カップルにあまり違和感を覚えなくなった。




 そうして水上くんと明日以降のことをいくつか話し、私はもうしばらくここに残ると伝え、水上くんには先に戻ってもらうことにした。


「これで本当に大丈夫…だよね?」


 水上くんがいなくなったことで、ほんの少しだけ落ち着きが出てきた私は、水上くんとの会話を反芻する。

 でも、やっぱり川瀬とのことが何度も頭をよぎり、悲しくなってうまく考えることができなかった。


「どうして、こんなことになっちゃったんだろ…」


 誰に伝えるわけでもない悲痛な呟きが、ふと私の口からこぼれた___。










***










 そのまま学校は放課後を迎え、私は一人で自宅に到着し、そのままベッドに力なく倒れ込む。

 駅までは水上くんと一緒だったこともあり、今日も朱莉とは一緒に帰って来なかった。

 ベッドに置いてある「しろぴよ」のぬいぐるみを手に取り、私はそのまま抱き寄せる。

 川瀬と外出して以降、私はいつもしろぴよくんを抱き締めながら眠っている。

 川瀬が私を嫌っていることが分かった日の夜、私はしろぴよくんを遠ざけようとしたが、どうしてもそうすることはできなかった。

 これもまた、私の大切な思い出の一つだからだろう。

 しろぴよくんを見ていると、川瀬との色々な記憶が次々と思い出され、私の視界を滲ませていく。


「…うぅ、かわせぇ…っ」




 この日もまた、私は涙が枯れるまで泣き続けるのだった___。







今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


連載の励みになるので、良ければ評価の方もよろしくお願いしますね。

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[一言] くそ水上め 川瀬の愛野さんを返せ~
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