表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/108

#38 彼と初めて出会った日 後編







 駅員さんと何かを話し終えた男の子に連れられ、私は駅の外へと出た。

 そのまま駅のロータリー横にある自転車置き場まで移動をすると、彼は並んである自転車を一つずつ確認し始める。

 彼は目的の自転車を発見し、手に持っていた鍵を回して、その自転車を私の前に移動させた。


 彼は電車を「降り損ねた」と言っていたのに、どうしてこんなところに自転車が置いてあるのだろうか?


 それが気になった私は、多少鼻声となりながらその疑問を彼に投げかけた。


「どうして自転車がこんなところにあるの?」


 その問いに対し、彼はこう口にした。


「これは駅が所有している自転車ですよ」


 益々その自転車の謎は深まるばかりだが、私が不思議に思っていることに彼は気付いたようで、詳しく説明をしてくれた。


「駅員さんに受験のことを伝えたら、この自転車を貸してくださることになって、こうして鍵をお借りしたというわけです。ちなみに、この自転車は近くの用事の際に駅職員が利用する自転車だそうですよ。今日は使う予定はないらしく『受験が終わってから自転車と鍵を返してくれれば良い』とのことだったので、今からこれで試験会場に向かおうと思います」


 ついさっき駅員さんと話していた内容が明らかとなり、私は驚きで目を丸くした。

 どうやら彼は、受験に間に合う手段を本当に模索してくれていたらしい。

 そんな彼の姿に尊敬にも似た感情を抱く一方で、どうすることもできないと諦めて、一人で泣いていた自分自身が不甲斐なく感じ始める。

 また目の奥が熱くなってくるが、どうやら私は思いのほか泣き虫らしい。

 涙脆い親友の影響を知らない間に受けてしまっていたのだろう。

 彼の説明を聞き終わり、ふと私は気になったことがあったため、彼にそのことを尋ねた。


「でも、自転車は一台しかないよ…?」


 彼は目尻を下げ、少し困ったような顔をしながら、


「見ての通り自転車は一台しかないので、今から言うことが嫌だったら、迷わずに嫌だと言ってください」


 と前置きをし、私にこう提案してくる。


「僕が自転車を漕ぐので、二人乗りで学校まで行きませんか?」


「…えっ!?」


「二台あれば良かったんですが…。もちろん強制はしませんし、嫌な場合は一か八かタクシーを呼んでみましょう」


 私が驚いたのは急な提案だったということもあるが、決して嫌だからという理由ではなかった。

 彼も試験に間に合わないかもしれないのだ、私のことは放っておき、一人で自転車を使うという選択肢も取れたはずである。

 しかし、彼は私と一緒に試験会場に行くということが「当たり前」のような表情を浮かべ、さらに、二人乗りを断っても良いと私を気遣ってもくれている。


(なんでこんなに優しいんだろう…)


 普通は見ず知らずの人間にここまで親切にはなれないだろう。

 少なくとも、これまで生きてきた中で私がこうして誰かに手を差し伸べたことなんて、自分の記憶にはなかった。


(なんでか分かんないけど、ずっと胸がドキドキする)


 彼は「どうですか?」と優しく尋ねてきており、それに対する私の返答は決まっていた。


「私も自転車で一緒に行きたいっ」


 彼はホッとした表情を浮かべており、緊張しながら提案をしてくれたのかな?と思うと、私は何故か嬉しくなって、マスクの下では口角が上がるのを止められなかった。










***










 カバンを自転車の前かごに入れ、私は横向きで後ろの部分に座った。

 彼は着ていたコートを脱ぎ、それを畳んで簡易なクッションを作ってくれたことで、座っている部分が痛いということはなかった。

 もちろん「気にしないで」と一度は遠慮したのだが、


「この後の試験でも長時間座るんですから、ここで痛めてしまったら元も子もないですよ?」


 と言われ、結局は彼の言葉に頷くことにした。

 また、彼のカバンはリュックタイプであり、


「運転中はバランスが悪くなることもあるので、リュックをしっかり掴んでおいてくださいね」


 と彼から伝えられたので、今私は彼のリュックに腕を回し、もたれかかっているという状態である。

 自転車で移動を始めて数分といったところだが、彼がゆっくりと漕いでくれていることもあり、快適な乗り心地となっている。

 彼の色々な優しさに触れることで、私の胸には温かいものが広がっていく。

 こんなに優しい人には初めて出会ったかもしれないと思うほど、彼の行動は優しさで溢れていた。

 さっきからずっと顔が熱いような気がしており、それは感じたことのないものではあるのだが、不快どころか、むしろ心地良い感覚であると私は思った。


「スピードはこのくらいで大丈夫ですか?」


 私が心地良い感覚に身を預けていると、彼からそう声を掛けられた。


「うんっ。大丈夫だよっ」


 「信号で止まる時はバランスが悪くなるかもしれません」と言う彼の言葉に返事をすると、さらに彼は「ちなみになんですけど…」と話を続けてきた。


「今二人乗りをしていることは内緒でお願いします。バレたらお互いの受験結果に悪影響が出るかもしれませんからね。まぁ警察の人に見つかってしまったら、意味はないかもですけど…」


 顔は見えないが、彼が冗談めかしてそう言っていることが分かり、私は自然と笑顔になる。

 恐らく、私が変に暗くならないように、明るい雰囲気にしようとしてくれているのだろう。

 でも、心配ご無用である。

 だって、私は彼のおかげでこうして今は笑顔を浮かべることができているのだから。


「もし見つかったら、警察の人に会場まで連れて行ってもらいましょうか?」


「ふふっ、あははっ」


 私は彼の言葉に耐え切れず、笑い声を上げる。

 ついさっきまでの自分は一体何だったんだと感じるほど、今の私は楽しい気持ちでいっぱいだった。

 リュック越しに見える彼の背中は、どうしてか同じ中学校の男の子たちとはまるで違って見える。

 すごく大きいというわけでもないのに、頼りがいがあるように感じられるほど、彼の背中には安心感があった。


(彼と出会えたから、むしろカバンを置いて正解だったかも…?)


 朱莉に聞かれたら怒られちゃいそうなことが思い浮かんでくるが、それほど彼との出会いは特別なものであるように思えた。


 道路を通る車はほとんどないため、静かな空間に彼の自転車を漕ぐ息遣いだけが聞こえてくる。

 そこに安心感や謎のドキドキ感を覚えながら、私はリュックを抱きしめる力を少しだけ強くし、この二人だけの時間にその身を委ねた___。










***










 そうこうしているうちに星乃海高校が見えるところまで来たため、私たちは自転車を降りることにした。

 降りる時に、もう少しこの時間が続けば良いのにと場違いにも感じてしまったのは内緒である。

 そして高校に近付いたところで、


「僕は自転車を置きに行くので、先に受験会場に向かってください」


 と彼は私に言ってきた。

 私は一緒に会場へと向かいたかったのだが、


「二人乗りをしていたことがバレるリスクもあるので、時間差で行く方が良いでしょう」


 と彼に言われたので、ここまで一緒に連れてきてくれたことに感謝を伝え、私は一足先に会場の方へ向かうことにした。




 校門の前には、星乃海の先生だろうか、一人の七十代くらいの女性が立っており、


「あら、もう少しで試験が始まるわよ?」


 と私に声を掛けてきた。


「あ、はいっ。すぐに会場に向かいます」


 そのまま私はその女性の隣を通り過ぎようとしたのだが、


「あのっ!もう一人男の子が来るので、門は閉めないであげてくださいっ!」


 と、伝えることにした。

 彼が試験を受けられないなんてことには絶対になって欲しくないと考え、思わずといった感じで私はそう訴えた。

 私の言葉を聞いたその女性は優しく微笑み、


「ええ、『分かっている』わよ。あなたは安心して試験に向かいなさい」


 というように頷きを返してくれた。

 「試験、がんばってね」という優しい声に背中を押され、私は校舎の中へと歩いていく。

 一瞬変な引っ掛かりを覚えたが、優しそうなおばあちゃんだったなぁという感想に上書きされ、私の疑問はどこかに行ってしまった。


 正面玄関にたどり着くと、


「姫花っ!」


 と言う声が前から聞こえてきて、そのままの勢いで朱莉が私に抱き着いてくる。


「朱莉、心配かけてごめんね」


「もぉほんとに心配したんだからっ!」


 朱莉は嬉しそうに涙を流しながら、私が試験に間に合ったことを喜んでくれた。


「でも、どうやってここまで来たの?電車じゃ間に合わないはずだよね?」


 朱莉は不思議そうにそう尋ねてくるが、話し始めると長くなるような気がしたので、


「とりあえず、今は教室に行こっ」


 と私は朱莉に返した。

 「うん、確かにそうだねっ」と朱莉は頷き、私たちは試験場所の教室へと移動を始める。

 教室までの一歩一歩の道のりを、「彼のおかげでここまで来れたんだ」と噛み締めつつ、再度彼に心の中で感謝をしながら私は教室の扉を開け、受験番号の書かれた席へと腰を下ろした。

 私を会場まで連れて来てくれた男の子に対する恩返しだと思い、絶対に合格しようと私は気合いを入れる。




 そうして、試験の始まりを知らせるチャイムが音を鳴らし、本当に受験に「間に合ったんだ」ということを、私は強く、強く実感するのだった。










***










 午後まで続いた試験が無事に終わり、確かな手応えを感じながら私は朱莉と共に教室の外へと出た。

 朱莉も自信があると言っていたので、後日の結果発表を祈るばかりだ。

 玄関まで向かう道中、私はすれ違う受験者たちの顔を確認しながら、あの男の子のことを探し始める。

 もう一度会ってきちんとお礼が言いたいということはもちろんだが、私は彼の名前を聞き忘れていたため、どうしても彼の名前が知りたかった。

 「どうして自己紹介をしなかったの!?」と朝の私自身に心の中で非難の声を上げるが、朝の私は名前を聞くということを忘れるほど、焦って余裕もなかったのだろう。


しかし、結局彼のことを見つけることはできないまま、私たちは校舎の外へと出た。




 そうして校門の辺りにまで歩いていくと、杖をついたおばあちゃんと一人の女性が星乃海の先生(朝のおばあちゃんとは違った)と会話をしていた。

 何だろう?と好奇心でそっちの方を見ていると、「今朝一人の学生に電車で助けられた」という話が聞こえてきた。

 加えて、私と彼が降りた駅名まで聞こえてきたので、「もしかして!?」と思い、私はおばあちゃんの元へと駆け寄った。


「おばあちゃんっ!その学生さんって、リュックを背負った黒髪の男の子のことっ!?」


 私のその問い掛けに、


「そうそう、その学生さんよ」


 とおばあちゃんは返してきた。


 おばあちゃんの話によると、朝、星乃海高校の最寄り駅に到着した時に、誰かの足が杖に当たって、おばあちゃんはこけてしまったそうだ。

 少し足が痛んで立ち上がれなかった時に、男の子が声を掛けてくれたそうで、次の降りる駅までおばあちゃんを支えてくれたらしい。

 電車を降りた後、ホームのエレベーターで改札まで向かい、改札の先で待っていた娘さん(今おばあちゃんの隣にいる女性)に「念のため病院に連れて行ってあげてください」とその男の子は伝え、またホームに戻ってしまったようだ。

 ただ、電車に乗っている時に、その男の子が星乃海高校を受験するという話を聞いており、こうしてここにお礼を言いに来たらしい。


 おばあちゃんたちの話を聞いて、私の胸は朝のようにまたドキドキとし始める。

 彼は「降り損なった」と言っていたが、それは全くの嘘であり、実際は人助けをしていたから「降りなかった」のだ。

 彼の誰にでも「優しい」一面をより深く知ることができ、私は益々彼ともう一度会いたくなる。


「お嬢ちゃん、もしあの子に会ったら代わりに『ありがとう』と伝えておいておくれ」


「はいっ!」


 おばあちゃんたちのところから朱莉の元へと戻り、私たちは駅に向けて歩き出す。


「姫花、あの人たちと何話してたの?」


 朱莉が気になる!という様子で私にそう尋ねてくるので、


「えへへっ、実はね…」


 と、私は今日の朝の出来事を朱莉へと話し始めた。

 だけど、細かいところまでは内緒だ。

 今日の出来事はわたしだけのものとして、もうしばらくは自分の中に独占しておきたい気持ちがあったからだ。


 電車に乗り込んだ後も、私の頭の中は彼のことでいっぱいだった。


 私も彼も星乃海高校に合格していれば、入学後に会えるかもしれない!


 受験が終わったばっかりで合格しているかも分からないのに、高校に入った後の出会いに胸を膨らませながら、彼に返し忘れていたハンカチを優しく両手で包み込み、私は彼のことを想うのだった___。










***










 その後、無事に星乃海高校への入学が決まり、入学式の次の日、私はあの男の子といきなりの再会を果たした。

 朱莉と廊下を歩いている時、向かい側から彼が歩いてくるのが見え、私は再会に胸を躍らせた。

 入学式の日も、周りを見ながら彼を探していたのだが中々見つからず、もしかしたら同じ高校にいないのかもしれないと昨日は落ち込んだりもしたが、やっぱり彼は星乃海高校に合格していた!

 急な展開に顔を熱くさせながら少しばかり焦っていると、その男の子と一瞬目があった。

 しかし、男の子はすぐに興味をなくしたのか、視線を周りへと移し、私の横を通り過ぎて行った。

 急なことだったので、感謝の気持ちを伝え損ねたことと、彼が私のことを覚えていなかったことに悲しくなってその日は凹んでしまった。

 受験の時はマスクもしていたし、髪も暗めだったため、今のピンクの髪をした私とあの時の私を結び付けるのは難しいとは分かっているのだが、彼には気付いて欲しかったなぁと胸がちくりと痛んだのは、自分勝手な被害妄想だろう。

 でも、それ以上に、彼が同じ高校に通っているということを知れて私は嬉しかった。

 同じ学校に通っていれば、きっと会話をする機会はやってくるはずだ。

 その時に、あの時の私だって自信を持って言えたら良いなって私は思った。


 その後、他のクラスを移動する時にあの男の子のことを探し、ようやく彼の名前が「川瀬朔」ということが分かった。


 私は川瀬のことを目で追うようになり、何度も話し掛けようとはしたものの、何故か恥ずかしくなったりして、そのまま一年が経った。


 そして、二年生へと進級をしたクラス替えの日、私は川瀬と同じクラスになった!

 川瀬の名前が同じクラスの欄にあることを知り、思わず朱莉に抱き着いてしまったほど、私は喜びを隠せずにいた。


(今日からは、毎日川瀬と会うことができる!)


 二年七組へと移動をし、教室の中に入ると、川瀬が一番前の席で本を読んでいるのが目に入り、私は思わず笑みを浮かべそうになってしまう。

 いや、実際少しは口角が上がっていただろう。

 黒板に貼ってある座席表を確認し、自分の席に移動した後、私はカバンを机の上に置き、カバンにしまってあるあの時のハンカチをそっと取り出す。

 実は、川瀬が渡してくれたハンカチは汚れないように袋に入れ、いつもカバンにしまってあるのだ。

 今ここで返すべきなのだろうが、私は川瀬にあの日のことを思い出して欲しいという気持ちが強かったので、川瀬が思い出した時にこれを返してあの日の感謝を伝えよう!と思い、ハンカチをカバンにしまった。

 これはちょっとした乙女心というやつなので、大目に見て欲しいところだ。


 そして、この一年でたくさん積み重ねた溢れんばかりの想いと、再会の喜びを胸に、私は早速自分の席で本を読んでいる川瀬に近付いていき、あの日はできなかった自己紹介を口にした。


「ねぇ、何の本読んでるの?私、愛野姫花って言うの。今日から同じクラスだしよろしくねっ♪」


 あの時と同じ真っ黒な彼の瞳が、私の視線と交差する。




 私の胸は、大きく高鳴った___。







今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


連載の励みになるので、良ければ評価の方もよろしくお願いしますね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 出逢い方も良いし、凄く優しいところもあるし、 素敵な男の子だなぁ(なお現実は甘くない模様)。
[一言] ここ読むと前々回までの流れがとても胸苦しくて辛くなりますね ヒロイン側に立つと特にw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ