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#36 曇天







「なんでぇ...かわせぇ...」


 裏庭からじめじめとした体育館裏に来た私は、膝を抱えて泣いていた。

 私の顔は涙でぐちゃぐちゃになっているだろう。

 耐え難いほどの痛みが私の胸を締め付け、精神に直接届くような痛苦を味わう。

 そして、止まることなくぼろぼろと落ちていく涙が、地面に染みを作っている。


 ぼろぼろ、ぼろぼろと、涙が溢れ、落ちていく___。










 今日一日私の頭の中にあったのは、昨日の川瀬との会話であった。

 二学期が始まってから様子の変わった川瀬だったが、昨日はそんな彼から明確な「拒絶」というものを感じた。

 どうして川瀬があんなに冷たい目を私に向けてくるのか、どれだけ頭の中を探しても答えは見つからなかった。

 しかし、私が川瀬の気に障ることをしてしまったというのは間違いのないことだ。


 そうじゃないと、あんなに「優しい」川瀬があんな顔をするはずがないのだから…。


 自分に原因があると思い始めると、昨日の私の態度は全然ダメダメだった。

 川瀬が自分の容姿を卑下したことが許せなくて、余計な一言も挟んでしまった。

 川瀬にとって、昨日の私はしつこくて鬱陶しいように感じられただろう。


 …でも、川瀬はブサイクじゃないし、むしろ…。


 と、とりあえずっ、私の中には何とかして川瀬ともう一度話したいという気持ちが湧いてきた。

 至らぬところを謝り、これまでのような関係に戻れるよう、仲直りがしたい…。


 以前は、川瀬から仲直りの手を差し伸べてくれたのだ、今度は私から一歩を踏み出すべきであろう。

 川瀬の拒絶に胸はズキズキと痛んではいるが、前に進む力はまだ私の中にあるようだ。

 そして、昨日は上手く伝えられず、家に帰ってからも後悔だけが残ったため、今日は断られても良いから川瀬をフォークダンスに誘ってみようとも思っていた。

 川瀬はすぐに帰ると言っていたので、お誘いを受けてもらえる可能性はほとんどゼロだが、それでも、声を掛けないという結果にだけはしたくなかった。


 私は、「川瀬朔」とフォークダンスが踊りたいっ。




 そうして、あっという間に放課後となり、川瀬と会話をするべく裏庭に向かっていると、廊下で水上くんが話し掛けてきた。


「やぁ『ひめ』。ちょうど良かった。君に伝えておくべき話があるんだ」


「…水上くん」


 水上流星くん。

 自慢ではなく、事実として、私は学校からそれなりに注目を浴びているという自覚がある。

 色々と恥ずかしい呼ばれ方をしていることは朱莉からも聞いているが、そんな私以上に注目を浴びているのが、今目の前にいる水上くんだ。

 周りの女の子たちはいつも水上くんのことを話題に出しており、日常会話にもなるほど水上くんは注目の的だった。

 テレビで見るアイドルのような容姿で、確かにイケメンな男の子だとは思うが、そう思うだけで私は全く惹かれてはいなかった。

 もっと魅力的に映る男の子がいるというのが一番の理由だが、私は水上くんのことがあまり得意ではなかったからだ。

 カッコいい人や可愛い人が大好きな朱莉でさえ、


「ボクは水上くんのこと、あんまりだなぁ…」


 とお茶を濁していたのだ、この直感を無視することはできない。

 クラスは違うものの、お互いのグループで何回か遊んだことはあり、その都度水上くんはあまりにも「適切」な距離感で私に接してきた。

 その全てが計算されているような気がして、少し怖くなったことを今でも覚えている。

 そして、「ひめ」と呼ばれた時は、あまりにも自然に呼ばれたことで一瞬何のことだか分からなかったほどだ。

 そこから水上くんは私のことを気安く「ひめ」と呼んでくるが、嫌というわけではないものの、私が下の名前や愛称で呼んで欲しい男の子はたった一人だけであり、複雑な気持ちとなっている。


 そういう小さな積み重ねから、水上くんに対して抵抗感というものが少しだけあり、今話しかけられた時は警戒をしてしまったのだが、水上くんが話す内容を聞いてそんなことはすぐにどうでも良くなった。




 水上くんが話した内容というのは、「川瀬朔という男子が、愛野姫花の悪口を言っている」というものであった。




 それを聞いた瞬間、私の頭は真っ白になった。

 私にとって、その話はそれほど衝撃的な話であったのだ。

 私がショックから立ち直っていない間も、水上くんは「真剣な顔」でその話を続けている。

 水上くんが言うには、クラスの美化委員会の生徒が川瀬の悪口を聞いた、ということらしい。

 水上くんから聞いた悪口の内容は、思わず倒れてしまいそうなほど酷いものであったが、一方で「川瀬がそんなこと言うはずない!」と私は信じていた。

 そんな話は嘘であるはずだが、どうしても噂の潔白が証明されて欲しかったため、私はそのまま自分のクラスに走って戻り、美化委員の女の子にそんな噂があるのかを聞くことにした。

 もしかしたら水上くんが嘘を言ってるかもしれない…と私は疑っていたからだ。




 しかし、話を聞くと、その子は「川瀬が言っていた」と口にした。




 悪口の噂が現実味を帯びていき、心がひび割れるような音が聞こえる。


 「そんなことあるはずないっ!」と最悪の結果を想像し、涙が出そうになったが、私は川瀬の口から真実が聞きたいと思い、裏庭へと駆け出した。


(川瀬、嘘だよね…?)


 そうしていつもの場所にいた川瀬に、私は噂のことを勢いそのままに尋ねた。


 川瀬がそんなことを言うはずがない。


 すぐに「嘘だ」と否定してくれるはずだ。




 しかし、川瀬の口から出たのは、あるはずがないと思っていた「肯定」であった。










「本当バカみたい…」


 川瀬に対する様々な思いが私の中でせめぎ合い、私の感情をごちゃ混ぜにする。

 どれだけ経っても流れる涙は止まらないし、胸の奥を締め付けるような痛みは消えてくれない。

 嗚咽を漏らしながら、ただ「どうして?」という言葉しか呟くことができないでいると、息を切らした水上くんが、


「やっと見つけた」


 と言いながら、私の元にやってきた。


(なんで水上くんがこんなところに…)


 そんな私の疑問に答えるかのように、水上くんはこう口を開いた。


「急に走ってどこかに行っちゃったから、嫌な予感がしてひめを探してたんだ」


 そうして私のすぐ隣に腰を下ろし、


「何があったの?僕で良ければ話を聞くよ?」


 と水上くんは言いながら、ハンカチを渡してきた。

 水上くんの行動や表情に未だ違和感を覚える一方で、「安心」を感じてしまっている自分もいた。

 普段の私なら、水上くんを警戒して二人きりになるということはしなかっただろうし、水上くんに何かを話すことはなかっただろう。


 だけど、今は誰かに傍にいて欲しかった。


 誰かに話を聞いてもらいたかった。


 今この瞬間だけは、私の目には水上くんだけが映っていた。




 そうして私は、水上くんが渡してくれたハンカチを手に取り、ただ、ただ、嗚咽を漏らすのだった。







 男が背中に手を回して笑みを浮かべていたことに、気付く者は誰もいなかった___。










***










 文化祭当日、二年七組の控え教室に集まった僕たちは円陣を組んでいた。

 ちなみに、どうして控え教室なのかというと、教室が既にお化け屋敷となっているため、教室内に入れないという簡単な理由である。

 男子たちはお化けのコスプレに身を包み、興奮冷め止まぬといった様子だ。

 女子の中にもお化け役の人は何人かいるが、ほとんどは受付や勧誘、あるいは僕のように裏方で既に仕事を終えた側という感じで、男女で空気感に差ができている。

 それでも文化祭を楽しもうとする雰囲気は共通しているようなので、出し物の運営が上手くいかないということにはならないだろう。

 坂本くんがクラス代表として円陣の真ん中に移動をし、声を出す。


「いよいよ今日は文化祭本番だ!俺は、俺らのクラスの出し物が一番おもしろいと思ってる!だから、みんなで最高の文化祭にしようぜ!」


 坂本くんの「いくぞ!」という声に合わせ、クラスでは「おー!」という声が上がり、そのままみんなで二年七組に移動をし始めた。


 さて、もうここからは自由行動となったので、みんなが歩いていく方向とは別の方に足を向け、僕は図書室へと移動を始める。

 元山さんはクラスの女子と盛り上がっていたので、案の定移動がバレることはなかった。


 図書室へと到着し、僕はガラガラと扉を開ける。

 図書室の中は裏庭にいる時のように静かであり、まるで今日が文化祭の当日だとは思えないほどだ。

 普段から図書室を利用することはなく、こうして年に数回来るくらいなので、誰もいないのを良いことに、僕は順番に図書室の本を見て回る。

 なんだかんだ図書室というだけあって、当然のように本は沢山置かれており、気になる本もかなりの数が見受けられる。

 カウンターの前の棚には漫画がいくつか置いてあり、去年はあったかな?と不思議に思いながら、一つの漫画を手に取ってみた。

 その漫画は、競技かるたを題材とした漫画で、名前は本屋でもよく目にしたことのある作品だった。

 僕は基本小説しか読まないタイプの人間であるため、今日はあえて漫画でも読んでみようかなと思い、その漫画をまずは五巻分手に取って、誰も座っていない座席の端に腰を下ろした。

 そこからしばらくの間、僕は異様に静かな図書室にて、漫画の世界に没頭するのだった。










 昼ご飯を済ませた後、午後もしばらくの間漫画を読み進めた。

 時刻は午後三時前となり、予定の時間となったので、僕は棚に漫画を戻し、図書室を後にする。

 僕が向かっているのは、投票箱の置いてある正面玄関だ。

 三時に投票を打ち切り、そこから投票係で集まって集計をする予定となっている。

 四時までには集計を終える必要があり、結果を書き出すことに加え、グランプリのクラスに渡す賞状を準備する必要もある。

 といっても、自分たちのクラスの投票箱に入っている枚数を数え、それを紙に書き写すだけなので、それほど大変でもない。


 正面玄関に到着すると、


「おっ、はじめじゃん!今日一日どこにいたのー?」


 というように、浮かれた様子の元山さんから声を掛けられた。


「秘密ということにしておきます。それじゃあさっさと数えに行きましょうか」


「そーだね、ぱぱっと数えて、体育館に行かないと」


 僕が二年七組の投票箱を持ち、二人で投票係の指定教室へと移動を始める。


「てかさ、これ絶対そんなに票入ってないでしょ」


「…まぁ、そうですかね?」


「はははっ、誤魔化すなし。うちもはじめが来る前にそれ持ち上げたからさ、重さで何となく分かるってわけ」


「そういうことでしたか」


 確かに、手元にある投票箱を軽く横に振ってみるも、数枚の紙がシャカシャカと移動する感覚だけがあり、恐らくだがそんなに投票はされていない。


「急に昨日方向転換した出し物だったし、うちらも何となくこうなることは分かってたけどさー。でも、折角姫花ちゃんが頑張ってくれてたのに、ちょっと可哀想だよね」


 どうやらクラスの女子たちも急な路線変更に戸惑いを隠せてはいなかったらしい。

 しかし、一日でどうにかなるものでもなかったので、当日の自由時間が増えるあの案に納得を示したとのことだった。

 男子たちが出し物を運営してくれていたおかげで、他のクラスの出し物を色々と見て回ることができたそうで、「まぁなんだかんだこれで良かったのかも?」と元山さんはクスクス笑っていた。

 そして、「あっ!そうそう、はじめ知ってる!?」と急に元山さんは表情を変え、興奮した様子でそう聞いてきた。


「何のことですか?」


「その反応、もしかして今日一番の大ニュースを知らないの~?」


 ニヤニヤと揶揄ってくる元山さんの反応を無視して、


「その大ニュースというのは一体何ですか?」


 と僕は尋ねた。

 「聞いて驚きなさい…」と溜めに溜めて元山さんはこう言葉を発した。




「なんと、姫花ちゃんと水上くんが付き合い始めたらしいの!」




 そんな元山さんの大発表を聞いて、僕の口から出たのは


「なるほど。それは大ニュースですね」


 という普通過ぎる反応だった。


「いや、はじめの反応薄っ!このニュースで大盛り上がりしてたうちらがなんか恥ずいわ」


 「学校一のイケメンと美少女の超ビッグカップルの誕生だよ!?」と元山さんはめげずに僕の反応を求めてくるが、僕は昨日の水上くんの様子からも「予想通りだったな」という感じで、特段驚くべきことでもなかった。

 やっぱり水上くんは愛野さんが好きだったんだという予想と、なんだかんだ愛野さんも水上くんのことが好きだったんだという二つの予想が当たったことに、むしろ謎解き後のスッキリ感と似た感慨も押し寄せる。

 そこにチクリとわずかな痛みが紛れ込んでいることに、僕は気付かない。


 二人の距離感や会話がどうのこうのと言う元山さんの会話に相槌を打ちつつ、僕たちは指定の教室に到着し、投票の集計を始めた。

 投票箱に入っていた紙は三十枚ほどで、これでも意外と多かったなというくらいだが、隣で集計をしている別のクラスはその倍以上の紙を数えていたので、僕と元山さんは何とも言えない表情を浮かべながら、黙々と集計作業を進めた。




 集計を終え、結果を記入した後、僕たちは教室の外へと出た。


「はぁ~やっぱり結果は散々だったねー」


「まさか、一年生の出し物の『学校に落ちていた石展示』と同じ票数だとは思いませんでした」


「ぷっ…はははっ!ほんとそれな!むしろそれはそれでおもろいかも」


 「は~腹筋痛っ」と言いながら笑い続けている元山さん。

 しばらくすると落ち着いてきたようで、元山さんは僕の方を見ながら、


「うちは今から体育館の有志見に行くけど、はじめも行く?」


 と尋ねてきたが、


「僕はやることがあるので遠慮しておきます」


 と返しておいた。

 元山さんもついでに聞いたという感じだったので、「ま、閉会式までには体育館に来なよ」と引き留める様子もなく、あっさりとしていた。

 「それじゃあね」と元山さんは体育館の方に歩いていくので、僕も図書室に向けて階段を上ることにする。

 数段上ったところで、「はじめー」と下から元山さんに声を掛けられたので、その方向に視線を移動させると、


「フォークダンス、よ・ろ・し・く」


 とニヤついた顔で言い残し、元山さんは今度こそちゃんと体育館の方に歩いて行った。

 揶揄われることは目に見えているので、絶対にバレないように帰ろうと再度誓い、僕は階段を上がっていくのだった___。










***










 文化祭明けの初日、今日からまた普通の時間割となり、いつもの学校生活が戻ってくる。


 文化祭の閉会式後は、どさくさに紛れて教室から離脱することができ、キャンプファイヤーとフォークダンスを回避することができた。

 元山さんに何か言われそうではあるが、土日を挟んでの今日であるため、二日で忘れていることを祈っておこう。

 それに、水上くんにはお礼と付き合い始めたお祝いを言った方が良いのかな?なんてことをぼんやり考えながら、今日も朝から花壇の水やりを行う。

 倉庫から道具を取り、準備を整えて花壇に移動をすると、パンジーの中で一番綺麗に花を咲かせていた一本が、何故か枯れてしまっていた。


 昨日はしっかりと咲いていたはずだが、どうして枯れてしまったのだろうか?


 よく花を見てみると、虫か何かに齧られたような跡があった。


 そして僕は、そのパンジーを優しく抜き取った。

 その花をゴミ袋に入れ、他の花は枯れずに育つと良いなぁなんてことを思いながら、ふと空に目を向ける。







___今日は一雨振りそうなほど、どんよりとした曇天だった。







今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


連載の励みになるので、良ければ評価の方もよろしくお願いしますね。

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― 新着の感想 ―
[一言] ハッピーエンドで終わってくれ〜
[気になる点] 今後の展開を予想(妄想)してみた。 ・実は川瀬くんを諦めきれずにストーカーと化していた桐谷さん   ↓ ・ストーキングしていた事で水上の狙いに気づく   ↓ ・真に川瀬くんの幸せを願…
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