帰省 4
「朝から騒いでしまい申し訳ありません。」
「あはは、大丈夫です。」
「ごめんなさいね、ジゼル。 私もちゃんと言っておけばよかったね。」
「そうですわ、お嬢様・・・いえ、リルマーヤ様。
伝えておいてくだされば、私もそんな粗相はしなかったですわ。
お二人がそんなに仲が良いとは思わなかったものですから。」
「「あ、いや・・・」」
侍女のジゼルが、起こしに行ったマーヤの姿がベッドになかったので、朝から心配をかけてしまった。
とはいえ、そんな風に言われるとちょっと照れる。
マーヤと二人で顔を見合わせてしまった・・・俺もマーヤも顔が赤い。
ジゼルは前を歩いているので、俺たちの今の様子は幸い見られていない。
そして、手を繋いで後ろを歩いていることも彼女には内緒だ。
少し遅めの朝食をいただいた。
気を遣ってもらったのか、他の人たちと朝食の時間をずらしてくれたようだ。
ただ単に、俺たちが遅かっただけかもしれないけど・・・。
とはいえ、俺としてはちょっとホッとした。
マーヤの家族と一緒では、朝から緊張しっぱなしになりそうだったからな。
気を抜ける時間が少しでもあると俺としてはありがたい。
「うわっ、寒いと思ったら雪が降っているわ。 今日は冷えそうね。」
「え? あ! ホントだ!! すごいな!」
「ふふふ、リヒト、興奮しているみたいね。
あれ、雪を見るのは初めて?」
「いや、コンハートの街でも雪は見たけど、夜のうちに降って朝起きると少し積もったぐらいで、雪が降っているところを見たのはほとんどなかったなぁ。」
「雪が降る景色って幻想的で素敵よね。
ここは大雪が降るわけではないから、こんなこと言っていられるけど。
本格的に降るところにとっては、雪なんていらないものなのかしら。」
「まあ、雪に限らず、雨だっておひさまだって、ほどほどがいいんだろう。
実際はそういうわけにもいかず、俺たちは自然に翻弄されちゃうな。」
「自然は、時に優しく、時に牙をむく。
この大地の上に生きている限り、それは受け入れなければならないことだけど。
その災害の被害をなるべく少なくするのが町長のお仕事ね。
がんばってね、町長さん。」
え? なんか上手くまとめられちゃったけど。
俺は雪の中を歩いてみたいとお願いして、朝食の後、マーヤと二人で庭を歩いた。
寒さよりも、白い粉が舞う様子が不思議で、空を見上げるとひっきりなしに白い粉が落ちてくる。
真っ白な景色の中に立つ、真っ白なマーヤがとても美しくて、俺はしばし見とれてしまった。
しんしんと降り注ぐ雪はとても静かで、マーヤと繋いだ手の温かさだけが頼りで、この世界に二人しかいないんじゃないか、という変な錯覚に陥る。
俺はマーヤの存在を確かめたくて、引き寄せて抱きしめた。
マーヤも『え?』と言いながらも俺の背中をぎゅっと抱きしめてくれた。
雪は俺たち二人に舞い降りながら、真っ白に染めていく・・・。
「ふふふ、リヒト、突然どうしたの?」
「その・・・真っ白な景色を見ていたらこの世界に二人しかいないような気持ちになっちゃって、マーヤがどこにも行かないように抱きしめたくなった。」
「そうね、白一色の世界の中にいると、取り残されちゃった感じがするね。」
「俺たちもこのまま埋もれてしまいそう。」
「それは困るけど。 とりあえず、ここはうちの庭だからね。」
「あ、ごめん!」
すっかり忘れていた。 ここは子爵邸の庭だった! マーヤを体から離す。
こんな風に抱き合っているところなんて誰にも見られてないよな・・・恥ずかし過ぎる!
と思っていたら、ジゼルの呼ぶ声が聞こえたので、俺たちは家に戻った。
昼食をいただいた後、午後は男性陣と女性陣で別れての別行動。
女性陣のお義母様、お義姉様とマーヤの三人で話したいことがあるらしい。
多分、お菓子の食べ比べだと思うけど・・・。
侍女さんたちが大量のデザートを運んでいたのを俺は見逃さないぜ。
男性陣は、お義父様、お義兄様と俺・・・と、ルースティーノ様。
ルースティーノ様も男の子なので、こちらのグループだそうだ。
体よく子守りを押し付けられた感はあるけど、そんなことは言えない・・・。
お義父様とお義兄様は仕事の話をしている。
となると、ルースティーノ様のお世話は必然的に、当然のことながら俺のお役目になるのだ。
子爵様のお孫様のお世話をさせていただけるのは光栄ですが・・・子供の相手なんてやったことがないから大問題だ!
初めはおとなしく、一緒の部屋で積み木遊びをしていた。
時々積み木をぶちまける大きな音に俺はびくびくしていたが、子爵様もキースライノ様もあまり気にしていないようで助かる。
いつもこんな風に遊んでいるのかもしれない。
ルースティーノ様は、そのうち飽きてきたのか、部屋の外に出たいと言い出し俺の袖を引っ張り始めた。
誰が一番言うことを聞いてくれるのかわかっているらしい・・・賢いよ。
仕事中のお二人に声をかけ、俺とルースティーノ様は扉の外に冒険に出かけた。
広い家だから大冒険だ。
時々発する言葉は何を言っているのかわからないし、おぼつかない足取りなのに歩き始めてしまうと結構早くて目が離せない。
だけど呼べば戻ってくる・・・可愛い生き物だなぁ。
俺の指をぎゅっと握る小さな手は守ってあげたくなる。
こういうところが何をされても、結局可愛がってしまうんだよな、きっと。
エントランスホールにやって来た。
玄関の扉は開いていないから大丈夫だな、外に出てしまうことはない。
「だー、だー、ぶー」
「そうだな、大きい扉だね。」
「え、コーリヒト様、お坊ちゃまの言葉がわかるんですか?」
ちょうどそばを通りかかった侍女さんの一人に話しかけられた。
「いや~、わかりませんよ。 でも何か受け答えてあげないといけないかな、と。
適当な会話をしています。」
「ほほ、ルースティーノ様、良いお友達ができてよかったですね~。」
『俺はお友達かよっ!』 とは言えずに笑ってごまかしたのだが、ルースティーノ様が今までいた辺りに顔を向けると、いないじゃないか!
侍女さんと少し会話をしている間に、一人でどこかへ行ってしまったようだ。
え~、見回してもいない! ヤバいヤバい!
侍女さんにも探してもらうと、花瓶を置いてある台の下にうずくまっていた。
小さいから隙間に入っちゃうとホントわからないんだよ。
見つかって良かった~、とホッとするのもつかの間、落ちた花弁を口に入れようとしている!
急いで彼の元へ行き、何とか口に入れるのを阻止した。
うー、今ので寿命が縮まったぜ。
ルースティーノ様はというと、そんなことは気にせずまた大冒険に繰り出した。
貴族のお坊ちゃまとはいえ、まだまだ普通の子供と変わらない。
あっちへ行ったり、そっちへ行ったり。
と思えば突然止まって、不可解な言葉を言いだし笑っている・・・謎だ。
全くやんちゃ坊主だぜ。
付き合う方は、予測不可能な行動に振り回されちゃうよ。
でも、よく笑う子で、知り合ったばかりの俺が相手をしていても全くぐずらない。
将来大物になる素質がありそうだ。
コンヴィスカント家、この先も安泰だな!
そのうち、操り人形の糸が切れたように眠ってしまい、やっと俺は解放された。
これは・・・仕事をしていた方が楽かも。
恐るべし一歳児・・・。
帰省編は7回に分けて投稿しています。
次回は、明日15時にアップします。
楽しんでお読みくださるとうれしいです。
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