二人の記念日 6
俺はネイトに相談した次の日、レイナに父親と連絡を取ってもらい、そのあとシアーズ商会に足を運んだ。
◇◆◇
「あの~、本当の呼び方じゃないかもしれないんですけど、ゆりかごの椅子を見せて欲しいんですけど。」
「なんですと! ゆりかごですか!
おーい、町長の奥方がゴカイニンしたぞ~!」
レイナの親父さんのシアーズさんに欲しかった物のことを言ったつもりが、違うところに反応されて、シアーズさんの声が店中に響いた。
それを聞いた従業員の人たちが一斉に動き出した。
俺、ヤバいこと言っちゃった? ゴカイニンって何?
従業員の人たちは、ゆりかごの他に、小さなベッドや歩行器、小さな椅子と机、つみきまで持ってきた。
ゴカイニンって “ご懐妊” のことだったのか!
「シアーズさん、すみません、違います、違います! ゆりかごではないんです。」
「え、違う? じゃあ何ですか?」
「ですから・・・ゆりかごのような椅子?」
「・・・やっぱりゆりかごですよね?」
「だから・・・ゆりかごのように揺れる椅子です。」
「・・・ゆりかごではないんですか?」
ダメだ! ゆりかごから離れられない。 えーと・・・
「じゃあ、揺れる椅子です、ゆらゆらと揺れる “椅子” が欲しいんです!」
「揺れる椅子・・・あー、ロッキングチェアのことですね。
もう、最初から椅子って言ってくれればいいのに。 その椅子にはかごは付いていないでしょ。
町長も人が悪いなぁ、ははは。」
だから! 俺は最初から椅子って言っていましたよ・・・。
「みんな、すまんな、早とちりだった。 ロッキングチェアが欲しいそうだ。」
「すみません、説明がうまくできなくて。」
「いや、いろんなお客さんがいますから、こういうことには慣れています、大丈夫ですよ。
じゃあ、奥方はまだ、おめでたではないんですね。」
「はい、まだです。」
「ふふーん、 “まだ” なんですね・・・では、おめでたの時には是非ともこのシアーズに声をかけてください。
町長、いい話が聞けるように頑張ってくださいよ~、がはは~。」
「え、あの、頑張るって・・・はぁ、その節はよろしくお願いします。」
シアーズさんは俺の背中をバンバン叩きながら、豪快に笑った。
ひえ~、シアーズさんも商売上手だよ。 それにしても背中、痛いよ。
って、なかなか話の内容は恥ずかしいんだけど・・・。
やっと話が通じたところで気を取り直して、椅子の絵が載った冊子を見せてもらい、二脚まで候補を絞った。
しかし、やはり実物を見てみないとどちらがいいのか決められない俺を見かねて、シアーズさんは、両方取り寄せてどちらか気に入った方を購入してもらえばいいと言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
そして俺が選んだのは、渋みのある茶色のオーク素材で、座る部分は少し大きめ、腕を乗せるところは丸みを帯びた曲線の肘掛けになっている椅子にした。
なかなか良いお値段だったが、一生使うものだと思い、気に入った方に決めた。
◇◆◇
「ロッキングチェアって、普通の椅子より背もたれが高いんだね。
揺れて寄りかかるからかな、これならリヒトも頭まで寄りかかれるね。」
「ああ、俺も小さい頃はそんなところまでは気がつかなかったけど、普通の椅子より結構大きいんだよな。」
「でも、私もこの記念日は二人のためのものだから贈り物も二人に、と思ったけど、リヒトもちゃんと二人のために考えてくれて、その気持ちがすごく嬉しい!」
うー、ネイト、ありがとう!
ここで俺が、マーヤだけに贈り物をしていたら 『リヒトはこの記念日の意味を分かっていない』 とか言われて、一週間ほどは夕ご飯がなかったかもしれない。
ふぅー、命拾いしたぜ。
「二人で一緒に使えるものを考えてみたんだけど、まぁ俺が欲しかった物なんだけどな。
マーヤも気に入ってくれて俺は嬉しいよ。
さあ、マーヤ、座ってみてよ!」
「え、私が最初に座ってみてもいいの?」
「どうぞ、どうぞ。 二人への贈り物だけど、マーヤのためでもあるんだから。」
「ふふふ、では失礼して。
ほわっ! スゴイ! 当たり前だけど揺れる~。
あー、でも結構心地よいかも。 う~ん、暖かい部屋にこの揺れがあれば、お昼寝タイムだわ~。」
「座り心地はどう?」
「座る部分が大きくてゆったりしているから、窮屈さがないわ。
このままだとお尻が痛くなりそうだから、クッションが欲しいかな。
この椅子に合うクッション選びも楽しそう!」
目を閉じながらゆらゆらと揺れるマーヤを見ていたが、一瞬子供と一緒に座る様子が俺の目に映ったような気がした。
あれ? 俺を目をこすってもう一度マーヤを見ると、いつも通りのマーヤだった。
今のは何だったんだろう、祖母と俺の子供のころの記憶? それとも俺の願望?
「今度はリヒトが座ってみて!」
「あ、ああ、そうだな。」
マーヤの言葉で気持ちが引き戻された。
記憶にしろ、願望にしろ、どちらでも俺にとってはいいことかな。
椅子に座ると『あ~こんな感じだった』という感覚が戻ってきた。
子供のころはもっと大きな揺れだと思ったが、大人になった今、一人で座って揺れてみると、そんなに揺れ幅もないように感じる。
目を閉じてみる・・・確かに心地よい揺れだな、昼寝にはもってこいだ。
目を開けるとマーヤと視線が合った。
「マーヤ、ここにおいで。」
椅子に座ったまま両手を広げると、マーヤが笑顔でこっちにやってきた。
「座るよ・・・うわっ」
「大丈夫か? 揺れているところに座るのはコツが必要みたいだな!」
「ごめんなさい。 慣れるまでは今みたいにしがみついちゃいそう。」
「慣れても、しがみついていいけど。」
「え? 何?」
「いや、いつでも俺を頼っていいから!」
「え? あー、うん、頼りにしているわ!」
俺たちは、心地よい揺れの中で、キスをした。
“二人が初めて会った時の記念日”は、忘れられない一日になった。
今回は、俺はいろいろな人に手伝ってもらった。
マーヤが記念日を大切に思っていることが嬉しかったし、俺はいろいろな人たちに支えてもらっているということも嬉しかった。
俺もみんなに力添えをしてあげられるような人になりたいな。
さて、次は結婚記念日だったな。
まだ日があるから、準備もちゃんとできる。
今度はモルド兄上に相談してみようか。
・・・なんか、大切なことを忘れているような気がする・・・
あれー、何だったかな、少し前にふわっと頭に浮かんだような・・・。
えーと、えーと、今度は俺が考えてやらないと、と思ったんだよな。
あ、そうだ! 思い出した!
マーヤの誕生日があったんだ!
ふぅー、思い出せてよかった~。
誕生日に、結婚記念日か・・・記念日って結構・・・かなり大変なんだな。
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