二人の記念日 4
そんな話をしていると、サラがアンティパストを持ってきてくれた。
生ハムとサラミ、チーズの盛り合わせ、野菜の酢漬けが彩りよくお皿にのっていた。
俺は白ワインを頼んだ。 美味しい料理にはワインだよな。
それから次に運ばれてきた料理はパスタ。 キノコのジェノベーゼで、にんにくの香りがかすかに効いている。
このくらいの香りならあまり気にならないかな。
あ、でもマーヤも同じにんにくの香りになるから、大丈夫か!
絶妙な塩加減で、食が進むよ。
シチューがあれだけ美味しいんだから、他の料理も美味しいはずだよな。
さすが、エヴァンは一流の料理人だ。 こんな小さな町の食堂ではもったいないぐらいの腕前だ。
そしてメインは、待ってました、大好きなシチュー。
やっぱりこの店に来たら、シチューは頂きたい。
サラが、俺の三杯目のワイン(今度は赤ワインを頼んだ)とマーヤのレモン水を持ってきてくれたところに、マーヤが声をかけた。
「いつも思うんですけど、このシチューのコクはどうやって出しているんですか?」
「あら、それは当店の秘密ですけど、そうですね、リルマーヤ様なら教えてもいいかしら?」
「あ、そこを是非ともお願いします!」
マーヤに言われたサラは、厨房に入ったと思ったら、小さなお皿を持ってきた。
お皿には黒くて丸い粒が十個ほど入っていた。
「これなんですけどね、ヒシオの実っていうらしいですよ。」
「この実がコクの正体なの? 真っ黒で少し大きなコショウみたいね。
ヒシオ?・・・ヒシオ・・・え、醤?!」
「あら、リルマーヤ様はヒシオの実を知っているのですか?」
「あー、名前を聞いたことがあったような・・・ほほほ。」
「さすがリルマーヤ様ですね、いろいろ知ってらっしゃるわ。」
「えーと、この実はどうやって使うんですか?」
「これはね、この殻ごとつぶして、こんなふうに粉にして使うのよ。
コショウの実と同じね。 一粒でも結構香りがあるから、好みで使う量を調整した方がいいわ。」
サラは実を一粒、潰してくれた。 あ、本当だ、一粒でも結構香りがするんだな。
ちょっと香ばしい独特な香りだ。
「うわ、確かにこの香りは醤油だわ。 味見してみてもいいですか?」
「ええ、いいですけど・・・。」
マーヤは、粉を少し指にとって味見をした。 俺も便乗して味見をさせてもらう。
「うーん、確かに味は醤油だけど・・・何か違うわ。 何かしら?」
「うっ、香りは良さそうだったのに、味はあまり美味しくないな。 味はあるのにないというか・・・」
「そう! 塩気がないのよ。だからこれだけで味わっても美味しくないんだわ。」
「そりゃそうですよ、この実はコクを出すものですからね。
他の食材と一緒に使えばより美味しさを引き立たせますが、これだけで食べても美味しくはありませんよ。」
「なるほど、これは工夫して料理に使う必要があるわね。
ところで、この実はどこで買っているんですか?」
「町の市場に、三月ごとくらいかしら、売りに来ますよ。
次は確か・・・来月位にそのお店の屋台が出る予定だったかしら。 あとで旦那に確認しておきますね。」
「市場に行けば、そのお店はすぐにわかるかしら?」
「香辛料がたくさん並んでいるお店だからわかると思いますけど・・・。
そうそう、すごく変な名前のお店なのよ・・・えーと・・・変な名前だけど馴染がないからすぐに忘れちゃうのよねぇ。
うーんと、そう! “ヒノモト商店”って名前でしたよ。」
「日ノ本商店ですか・・・それはまた・・・変な名前ね。
ありがとうございます。 また市場に行ってみます!」
サラは、あまり余分に買っていないので多く渡せないけどと言って、先ほど持ってきた分の実をマーヤに渡していた。
サラが他のテーブルに行ってしまった後で、俺はマーヤに聞いてみた。
「ヒシオの実って前の世界のモノなのか?」
「ううん、違うわね。 前の世界ではしょうゆというなまえで、液体だったの。
それを料理にかければ何でも美味しくなる、という素晴らしい調味料だったわ。」
「そ、そんな魔法のような調味料があるのか! その、しょうゆというものじゃなくてちょっと残念だな。」
「醤油は、大豆を発酵させて手間暇かけて作るものだったの。
木の実ではなかったから根本的に違うんだけど、でも同じような味がこの世界でもあることがわかって嬉しい。
いろいろ工夫しながら使って、ぜひ醤油風味の料理を味わいたいわね。
まずは・・・ジャガバタしょうゆかしらね、ん? ジャガバタヒシオかな。」
「ジャガバタヒシオ? なんかそそられる名前だな。
マーヤがそんなに言うのなら、絶対美味しいんだろうなぁ。
ますますマーヤの料理が美味しくなっちゃうな!」
「リヒトったら・・・いい笑顔ね!」
コース料理の最後は、マスカットと白ワインのゼリーだった。
ゼリーなんてほとんど食べたことがないから、その食感に驚いた。
記憶の中にあるゼリーは、もう少し形があって弾力もあったような気がする。
でもこのゼリーは、ぷるぷるしているのに、口の中に入れるとなくなる・・・。
マスカットの果肉の食べ応えと溶けていくゼリーの違いが面白いのに美味しいなんて!
料理って奥が深いよなぁ。 そこに美味しさも加わるから素晴らしい!
今までの俺は、そんなに料理にこだわっていなかったけど、マーヤはいろいろな料理を知っているみたいだし、一緒にいろいろな味や食感に出会ってみたいと、今は思う。
今日の料理は、二人の記念日をより特別にさせるひと時をもたらせてくれた、そんな料理だった。
シチューと言うとホワイトシチューを思い浮かべますが、海外ではブラウンシチューが一般的と聞いたことがあるので、お話の中のシチューはデミグラス風味のシチューです。
そんなイメージでお読みいただけたらと思います。
誤字の訂正をしました。
見つけていただき、ありがとうございました。
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