第三話
先程会った女性の言葉通りに道を進むと、大きな洋館にたどり着いた。
少し古い塀には「国防軍事養成学校女子寮 鈴蘭」と書かれたプレートがある。
門から中を覗くと、まだ玄関の明かりはついていた。
蒼が門を押すと、ギィ……と錆びたような音を立てて開く。
スーツケースをゴロゴロと引きながら、玄関へ向かい、呼び鈴を押した。
しばらく待っていると、中からドタバタと音が聞こえ、一人の女性が顔を出す。
「あ!君が望月蒼さんかな?」
「あ……はい!今日からお世話になります、望月蒼です。」
蒼はぺこりと頭を下げると、女性がにこりと笑った。
「私の名前は柳月碧!ここの寮長をやってます!」
さぁさぁ入ってと碧に手を引かれ、屋敷の中に入っていく。
「わぁ……すごい……」
中もお伽噺に出てくるような、アンティーク調の造りをしていた。
「まずはお部屋に案内するね!ちょっと古い建物だから、いろんな所がギシギシ言うけど気にしないで!」
そう言いながら、碧は家の中央にある階段へと進んでいく。
蒼もスーツケースを持って、その後をついて階段を登った。
4階まで登り、右側の一番奥の部屋に案内される。
「今日からここが望月さんの部屋だよ。とりあえず荷物を置いたら、夕ご飯にしようね。」
部屋を開けると、中には勉強用の机とベッド、クローゼットにトイレ、ミニ冷蔵庫のついた、一口コンロが設置されているミニキッチンもある。ドアを開けた所には、玄関のような段差があり、靴箱も用意されていた。
15畳ほどの広さがあり、とても一人用だとは思えなかった。
「わぁぁぁ!すごい!」
思わず蒼の口からため息が漏れる。
「ここ、一人で使っていいんですか?!」
うんうんと碧が頷く。
「撫子は二人から四人の部屋なんだけど、鈴蘭は一人一部屋なんだ。」
蒼は部屋の中に入り、キョロキョロと中を見回していた。
「さぁ、スーツケースをおいて食堂に行こう。お腹空いてるでしょ?」
碧の言葉に、蒼のお腹がキュルルと鳴る。
「あわわわ……」
蒼は恥ずかしそうにお腹を押さえた。
それはそうだ。一日中電車に揺られて、食べた物は携帯食だけ。
お腹が空くのも当たり前だった。
「あはは!」
碧は笑うと、スーツケースを置いた蒼の手を引く。
「今日はカレーだよ!たくさん食べていいからね!」
1階に戻ると、食堂へ案内される。
「あれ……?私達だけですか?」
「そうだね。いつも夕飯は18時から20時までだから。ちなみに朝食は6時から8時だよ。」
「早いんですね。」
そうなんだよね~と言いながら、碧がトレーを持ってくる。
そこにはアツアツのカレーライスと、サラダが乗っていた。
「さぁ、どうぞ!」
蒼は「いただきます」と手を合わせ、カレーを食べ始めた。
「美味しい……。こんな料理が毎日食べられるなんて……。」
「ちなみに休日もご飯は用意されるよ!」
「え?!お休みの日もですか?!」
「厨房には毎日料理人がいるからね!」
碧はそう言って笑った。
食事が終わると、次は浴場に案内された。
「ここがお風呂場だよ~。」
ガラリと扉をあけ、碧に続いて蒼も中へ入っていく。
「わ!広い!!え?!露天風呂?!」
「一応ここがこの寮の名物だからね~。食堂とお風呂だけは共用なんだ~。」
よく見ると、洗い場にはシャンプーやコンディショナー、ボディシャンプーに石鹸まで用意されている。
「凄すぎてなんだかわからなくなってきました……。」
「あはは!荷物を片づけたら入るといいよ!一応朝の8時までならいつでも自由に入れるからさ!あと、バスタオルにフェイスタオルも設置されてるから、自由に使ってね。」
あまりにも好待遇すぎてアワアワしている蒼を見て、碧はニコニコと笑っている。
「あとは明日案内するね。ちなみに3年は2階、2年は3階に部屋になってるから。何かわからないことがあったら、先輩達に聞いてみてね。それじゃ、また明日。」
「はい!ありがとうございました!」
笑いながら手を振って部屋へ戻っていく碧に、蒼はぺこりと頭を下げた。
ドアを閉じて靴を脱ぐと、蒼は早速トランクを開ける。まずは衣類をクローゼットにしまう事にした。ありがたいことに、中には棚がついていた。開けた扉には、姿見用の鏡もついている。
とは言え、持ってきた荷物はさほど多くもなく、服の片付けは5分くらいで終わってしまった。
とりあえず、残りの荷物もあるべき場所へしまい込み、蒼はフウとため息をついた。
これからどうしようか。碧が言っていたようにお風呂にでも入ろうか。
「でもまだ入ってる人が多そうだな……。」
人が少なくなる時間まで、本でも読もうと椅子に腰かけた。椅子に座って、改めて部屋の中を見渡す。
「広いなぁ……。本当にこんな豪華な部屋に一人で住んでいいのかなぁ……。」
蒼はポツンと呟くと、手元の本に目を落とした。
「キッチンまであると、お湯を沸かすポットが欲しいなぁ。あとは部屋用のスリッパと、サンダルも用意したいな……。この辺りにお店がないか、明日、碧さんに聞いてみよう。」
うん、そうしよう。まだ入学までは時間があるから、この町を散策してみよう。
そう決意すると、蒼は本を開いた。