出し物
「なあ、演芸会の出し物決めた?」
夜、部屋でそんな話題になった。
「演芸会って?」
俺が言うと、
「あ、そっか。ミッキーは知らないのか。合宿最後の夜に、演芸会があるんだよ。宴会なんだけど、みんな一つずつ芸をする事になっているのさ。」
鷲尾が説明してくれた。
「うっそ、何それ。みんな何やるの?」
俺が聞くと、
「俺はけん玉。」
鷲尾が言った。
「俺たちは漫才をやるぜ。」
牧谷と井村が肩を組んでそう言った。
「マジ?すげえ。で、雪哉は?」
俺が言うと、雪哉は、
「僕は、タンブリング、かな。ちょっと恥ずかしいんだけど。」
と言った。タンブリングって、宙返りとか?ああ、雪哉は体操教室のスキーキャンプに参加してスキーが上手くなったと言っていたよな。だからつまり、体操を習っていたというわけだ。
「それは、すげえ楽しみだな。」
俺がそう言うと、鷲尾と牧谷がチラチラっと俺と雪哉に素早く視線を走らせた。何だ、今の。
「で、涼介はどうするの?」
雪哉は照れ隠しのように、慌ててそう言った。
「え・・・どうって。急に言われても何も出来ないし。」
とは言ったが、俺が人前で披露出来るものは一つしかない。俺はバンドでボーカルをやっているのだ。歌を歌うしかない。とはいえ、アカペラで歌うなんて無理。そこまでの歌唱力なんかない。せめてギターがあれば。
あ、ギターと言えば神田さん!神田さんはギターリストだ。きっと演芸会でもギターを弾くに違いない。早速聞いてみよう。
ということで、神田さんの部屋へ向かった。が、途中でタバコを吸う神田さんを見つけた。喫煙所になっているロビーの一角だった。まあ、ホテルじゃないからロビーと言っても大した規模ではないが。
「神田さん、ギター持ってる?」
「なんだ、藪から棒に。」
時代劇っぽいセリフだな。
「演芸会があるんだって?今聞いたんだ。」
俺が言うと、神田さんはタバコの火をもみ消した。いつも、ボーカルの俺の前ではタバコを吸わない神田さん。喉に悪いからだそうだ。
「ああ、持ってるよ。ギターリストはいつだって持ち歩いてるさ。いつ披露するチャンスが訪れるか分からないからな。」
「なるほど。でも、スキー道具も持って、着替えとかも持って、その上ギターって、無理じゃね?」
どうやって持つの?
「車で来てるんだよ。」
スキー部は、ほとんどみんなスキー板もブーツも自前だ。俺はスキーウエアだけは自前だが、道具はみんなレンタルだ。手袋とゴーグルはこっちに来てから買ったし。
「そっか。基本的に違うんだな。」
思わず独り言を言った。
「それで、ギターを持ってると、どうなんだ?」
「ああそうそう。演芸会で俺も何かやらなけりゃならないだろ?それで、歌でも歌おうかと思ってさ。だからギターを・・・。」
「ああ、貸して欲しいのか?」
「いや、弾いて欲しいなーと。」
テヘヘっと笑った俺。
「お前なあ。」
「何?」
「自分で弾け。」
「いや、あんまり上手く弾く自信ないし。弾き語りとか、ハードル高けーよ。」
「はぁ。だからお前はダメなんだよ。」
神田さんは溜息をつき、頬杖をついた。
「お前はさ、無駄に顔が良いから、いや、ハンサムを無駄遣いしてるから、バンドに誘ったわけだよ。分かるか?」
「うん。」
「だけどお前、とびきり良いのは顔だけか?恋愛は宙ぶらりんで、いつでも半端だし、ギターも歌も、シーズンスポーツも、みーんな中途半端じゃないのか?」
「う・・・。」
痛いところを突かれた、気がした。分かっている。俺は何が得意かと聞かれても、いつも迷ってしまう。何が好きかと聞かれてもそう。中途半端か。
「何か、これが欲しい!とか、こうなりたい!とか、強く思う事はないのかい?」
神田さんが言う。俺は思わずうなだれる。何もない。強い欲求がない。ゆえに中途半端。
そこへ、雪哉がやってきた。俺がうなだれていたからか、心配そうな顔をしている。おっ、笑顔じゃない顔を見た!あぁ、そういう顔もいいなあ。
「涼介、どうしたの?神田さんに怒られた?」
雪哉は神田さんの隣に座って、向かい側に座っている俺をじっと見た。うわぁ、この距離で見つめられると・・・。
あ!今、急にある思いが胸に沸いた。そうだ、俺は雪哉が欲しい!こんなに何かを、いや、誰かを欲しいと思ったのは初めてかもしれない。そうだ、雪哉にかっこいいとこ見せる為にも、やっぱりギターの弾き語りを・・・いや、神田さんと比べられて逆にかっこ悪いのか・・・。
「どうしたんだ?なんかお前、情緒不安定だな。失恋したばっかりだからか?」
神田さんが言った。
「失恋?何の話?」
俺が言うと、神田さんが一瞬ぽかんとした顔をして、それからふふふっと笑った。
「まあ、何だかわかんねえけど、ギター弾いてやるよ。伴奏すりゃあいいんだろ?何の曲にする?」
そう、言ってくれたのだった。