第8話「ルール」
「くそっ! 相手は二人だけだぞ! さっさと仕留めーーぐあっ!」
叫ぶ兵士の膝にアメリアの放った矢が命中する。
「う、うわあああ! アタシたちに近づくんじゃねえ!」
鋭い身のこなしで次々と矢を放つアメリアの傍らでは、ヴィッキーがハンマーを振り回すことで、兵士たちがアメリアに接近することを防いでいた。
「ヴィッキー、そのままでお願い。闘いが怖いなら、無理に闘う必要はない」
冷静な表情でヴィッキーを労るアメリア。その動きが突然ピタリと止まった。彼女を取り囲もうとしていた兵士たちも同様だった。
「おいおいどこの誰かと思えば……見覚えのある顔じゃねえか?」
バルト=ジマーが能力を発動させて生成した2丁拳銃を手に、ヴィッキーとアメリアの元へと近づいていく。
「……知り合い?」
「うん」
ウィッキーの問いに答えると、アメリアは指に3本の矢をつがえてジマーに対峙する。
「アンタが頭の賊たちが森を襲い、皆を奴隷として売り飛ばしたせいで、私の人生はめちゃくちゃになった……!」
アメリアは憎悪に満ちた表情で弓矢を引き絞る。
「やっぱりな。あの時一匹だけ逃したエルフか。俺を殺してえか、お嬢ちゃん?」
「当然だ」
「そうかい。ならやってみな」
アメリアは躊躇なくジマーに向かっ3本の矢を放った。
「銃王無尽!!」
ジマーはコートの裾をはためかせ、拳銃の引き金を引く。
甲高い金属音と共に、アメリアの放った弓矢は魔力の弾丸に弾かれて地に落ちた。
「あ、あいつ、なんて狙いの正確な……!」
ヴィッキーは冷や汗をかき、ハンマーの柄を握りしめる。
「(いや、それよりも……あいつは4発の弾を打った。3発は私の矢を撃ち落としたとして、残りの1発はどこに……?)」
アメリアの疑念はすぐに解消された。一発の弾丸が彼女の肩を、背後から貫いたのだ。
「アメリア!!」
血相を変えてアメリアの元に駆け寄るヴィッキー。急所は外れたものの、もはや弓は引けそうにない。
「普通の銃じゃねえんだよ……能力だぜ? 俺の銃王無尽は弾丸を自由自在に操作することができる」
ジマーはそう言って銃口に息を吹きかけると、周囲の兵士たちに命令を下す。
「俺はゴールド・ブレイドを殺りにいく。このガキどもは適当に始末しておけ」
「待て……!」
その場から離れていくジマーの背中に、アメリアは憎悪を滾らせながら引き留めようとする。
「だめだアメリア! すぐに怪我の手当を――」
ヴィッキーはそう言ってアメリアに肩を貸そうとするが、周囲は既に武器を構えた兵士たちによって固められていた。
「逃げてヴィッキー。私はここまでみたい」
「そんな……見捨てられるわけ無いだろ!」
「キリエたちに伝えて。『短い間だったけど、自分じゃなくて他の誰かのために闘う機会をくれて、ありがとう』って」
「アメリア……」
ヴィッキーの肩から、流血に濡れたアメリアの腕が力なく滑り落ちる。
「(そう。それでいい……私のことは見捨てて、早くこの場から逃げて……)」
しかし、ヴィッキーが次に取った行動は、アメリアの考えとは反するものだった。頭をぐしゃぐしゃと掻きむしり、何事かを呟いている。
「そうだ……ルールの第2条だ……仲間同士助けあう……絶対に……!」
異変に気がついた兵士の一人が武器を振り上げた瞬間、ヴィッキーは激高した虎のような表情を顕にした。
「「「私の仲間に近寄るなああああああああっっっっっっっ!!!!」」」
その咆哮の迫力と音圧たるや、アメリアは地震が起きたのではないかと錯覚するほどだった。
そして、先程まで血の欲求にいきり立っていた兵士たちの戦意は、ヴィッキーの怒声によってポッキリとへし折られていた。
ある者は泡を吹いて失神し、またある者は腰を抜かして無様に這いずり回る。中には小便を漏らしながら命乞いする者までいる。
「今のは……オーク族だけが使える……戦場の咆哮……!」
呟くアメリアの隣に、体力を使い果たしたヴィッキーが倒れ込む。
「ヴィッキー……貴女最高!」
アメリアはヴィッキーの底力を讃えると、彼女に向かって、アサシンとなってから初めての満面の笑みを投げかける。
「『ゴールド・ブレイズ』万歳!」
ヴィッキーは額の汗を拭いながらアメリアの賞賛に応えた。
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「くそっ、この……!」
82番、もといアーラは農園の端にある奴隷小屋の鍵に、石を叩きつけて壊そうとしていた。
バキッ!
「やったーーふぐっ!」
鈍い音を立てて鍵が外れたのと同時に、アーラはバロンの私兵の手で首を掴まれた。
「畜生、ふざけやがって……! リディーマーズに、どうしてゴールド・ブレイドまで出張ってきてんだよ……!」
兵士は顔面に深手を負っており、追い詰められた恐怖と怒りで錯乱しているようだった。
「逃がしゃしねえぞ、奴隷の分際で……! てめえらを自由にするくらいなら小屋に火をつけて皆殺しにしてやーーぐへっ!」
兵士は背後から首筋を握られて、潰れた蛙のような悲鳴を上げる。
兵士がアーラの顔から手を放すと、サラマンドラは片手で兵士を持ち上げながら、尻もちをつくアーラに話しかけた。
「街の方まで全員を連れて行け。北門の近くの白い煙突の民家だ。合言葉は『白い羽根のカラス』。他の連中が戻るまでそこに隠れてろ」
「わ、わかった……その、誰かは知らないけど、助けてくれてありがとう」
アーラは急いで立ち上がると小屋の扉を開けて、中にいる奴隷たちを起こしに回っていった。