第7話「Shall We Dance?」
「やってしまいましたわ……」
農園の上空で轟音と閃光を撒き散らす球体を見上げながら、ラファエルはポツリと呟いた。
キリエから「取り戻す者たちに合図を送って。ただ異変に気がつく人間の数は少なくしたいから、最低限の出力でね」と指示を受けて作り出した信号魔法。
地下階から全員で階段を登り、屋敷の廊下の窓から放ってみた結果があの様である。
「農園どころか、この国中の人間が気づいたと思う」
アメリアの言葉通り、敵の侵入に気がついたバロンの手下が、私兵たちを叩き起こすための鐘を盛大に鳴らし始めていた。
「すぐに動こう! ヴィッキーとアメリアは外に出て取り戻す者たちと合流して」
「分かった」
キリエの指示を受けたアメリアはすぐさま行動に移った。素早い動きで窓をぶち破り、軽やかな受け身を取って地面に着地する。
「あー、えっと、うぅ……どりゃー!!」
ヴィッキーも逡巡しつつ、アメリアに続いて窓から屋外へと飛び降りる。が、その着地音は鈍いものだった。
「い、痛い……首からおちた……」
「いや、今のは普通死ぬでしょ……」
よろけながらも普通に立ち上がったヴィッキーを窓から見下ろすキリエ。あ然とする彼女に、ラファエルが声をかける。
「キリエ!」
ラファエルの声に振り向いたキリエの前には、私兵を従えたラーニア=バロンが立ちふさがっていた。
「牢屋で大人しくしていれば、楽に殺してやったものを」
バロンの口調は穏やかだったが、内心では怒り心頭であることは、その赤紫色の顔色を見れば明らかである。
「お前たちだけではない。奴隷共も、取り戻す者たちも、苦しんで死ぬことになる。他でもない『ゴールド・ブレイド』の行動が原因でな」
その言葉と同時に兵士の男の一人が樽を蹴飛ばし、内容物をキリエたちの足元に向かってぶちまけた。
「これは……松明用の油!」
ラファエルが言った。
「お前は……ベルティリア家の落ちこぼれだな? 出来損ないの道化師の分際で私に逆らうとどうなるのか、すぐに知ることができるぞ」
兵士の一人が無造作に松明を投げ捨てる。
床に溢れた油に一気火が周り、哀れキリエとラファエルの二人は一瞬にして火達磨に……ならなかった。
「えっ!?」
キリエは自分の目を疑った。床に落ちたはずの松明が何故かラファエルの手の中に収まっていたのだ。
「お返ししますわ、バロン」
不敵に笑うラファエル。彼女の手の平から生成された白く輝く縄状の物体が、松明の根本に巻き付いていることにキリエは気がついた。
「ぶへっ!」
魔法のロープが力強くしなり、赤々と燃える松明をバロンの顔に直撃させる。
「『出来損ないの道化師』にしてやられましたね、バロン」
「うぐぐ……なにをぼさっとしているんだ! さっさと殺してしまえ!」
バロンは火傷を負った顔面を庇いながら兵士たちに命令すると、自分は屋敷の奥へと退散していく。
「タンゴでもいかが、お嬢様?」
キリエは至高の笑みを浮かべ、おニューの刀とフリントロックピストルを構える。その体からは身体強化の青白いオーラが立ち昇っていた。
「それならリードしてくれると嬉しいですわ、ご婦人」
同様に笑みを浮かべるラファエルの希望に応えるために、キリエは武器を構え、襲いかかってくる兵士たちに向かって突進する。
「能力技巧・獅子舞踊!!」
「ぐああ!」
「ひぎっ!」
「かっ……!」
身体強化によって強化された身のこなしから、黄金に煌めく硬貨と鋭い斬撃の雨が、兵士たちに浴びせかけられる。しかもそれらはキリエが天井や壁を自在に跳ね回ることで、正面だけではなく四方八方の死角から休みなく襲いかかるのだ。
屋内のような狭い場所で真価を発揮する彼女の能力技巧に、兵士たちは翻弄される一方だった。運良く攻撃が当たらなかった者には、ラファエルの魔法のロープが喉や足元といった急所に叩きつけられる。
キリエとラファエルの容赦ない波状攻撃に、30人はいた兵士たちは瞬く間に叩きのめされた。
「ねえバロンはどこに逃げたの? 教えてくれると助かるんだけど」
キリエは首から下をスッパリと切り離された兵士の生首を拾い上げると、乱暴に揺さぶって尋問する。特殊な術がかけられた特注品の刀によって切断された生首は、体がなくてもしっかり生命活動を続けていた。
「は、放せえ! 放してくれえ! バロンはきっとパニックルームに閉じこもっている! 場所を知ったところで時間の無駄だ! あいつは騒ぎが収まるまで絶対に出てこないぞ!」
「あっそ。じゃあ放すわ」
キリエは約束通り生首から手を放すと、落下するそれをポーンと蹴り上げる。生首は情けない悲鳴を上げながら廊下の先へと転がっていった。
「屋敷内の敵は粗方片付けたようですわね、キリエ」
「うん。そろそろアメリアたちと合流しよう。無事だと良いんだけれど」