第6話「解放」
――取り戻す者たちアジトにて。
「いいかみんな。バロンの屋敷からの合図が確認出来次第、突入開始だ。『ゴールド・ブレイド』とその仲間たちが内側から、私達が外側から攻め入って、一気にバロンとその私兵たちを叩き潰すんだ」
「おい、あんた正気か? こんな作戦、本当に上手くいくとでも思っているのか?」
隊員たちに命令を下すヘルタの横から、サラマンドラが物申してきた。
「絶対に上手くいく保証のある作戦なんて、この世には存在しないよ、サラマンドラ。それに、若い連中が『理想』のために戦おうとするんなら、そいつを『現実』にしてやるのが大人の義務ってもんだろ?」
「ご立派な御高説だが、俺はこの件からはもう降りさせてもらうぜ。今回ばかりは相手が悪い」
「ああそう好きにしなよ。アジトでお留守番でもしてりゃあいいさ。みんな、行くよ!」
ヘルタの号令で彼女の部下たちは一斉に地下室を出ていく。後に残されたのは白髪が目立つ初老の傭兵独りだった。
「(「あんた、『少しはマシな人間になろうとした』って言ってたよね!? それって今からじゃ手遅れなの!? もう『マシ』な人間にはなれないって本当に、心の底から、思ってる!?」)」
「……チッ」
サラマンドラは苦々しく舌を打つと、煙草を一本口に加えて火をつけた。
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「……だれ!?」
ラーニア=バロンの屋敷の牢屋で眠れぬ夜を過ごしていたキリエは、何者かの気配を察して素早く起き上がった。
じっと目を凝らして見ると、牢屋の外、篝火に照らされて3人の人間の輪郭のようなものが浮き上がっている。
「も、もう無理ですわ!」
その言葉と同時に、鉄格子の向こう側に3人の女性の姿が現れた。
「ラファエル! それにヴィッキー、アメリア……みんな、どうしてここに!?」
「はあ、はあ……どうしてって……助けに来たに決まってるでしょう?。ワタクシの透明化魔法を使えば、侵入は容易ですわ」
「完全に透明にはなれてなかったから、ちょっと危なかったけどね」
肩で息をするラファエルの横で、ヴィッキーが言った。
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「(むにゃ……? おい、そこに誰かいるのか?)」
「(と、通りすがりの透明人間ですわ!)」
「(なんだ通りすがりの透明人間か……むにゃむにゃ……)」
「(この警備兵居眠りしてる上に寝ぼけてる……)」
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「ちょっと待ってて。この程度の鍵なら……ふんっ!」
ヴィッキーはキリエを閉じ込めていた牢屋の鍵を、まるで紙細工か何かの感覚でひねり壊してしまった。
「あんなに酷いこと言ったのに、助けてくれるなんて」
感極まったキリエは涙声で呟く。
「気にするな。『ゴールド・ブレイズ』のルールの第2条を守ったまでだよ」
「『おやつはみんなで共有すること』?」
「……『仲間同士助け合うこと』だろ」
「ああ、そうだったね。ねえヴィッキー、隣の牢屋の鍵も壊してくれる?」
メシャっと音を立てて牢屋の鍵は只の金属ゴミとなり、82番が信じられないといった表情で中から出てきた。
「そんな……私……逃げられるのか?」
「他の奴隷たちと一緒にね」
キリエはそう言うと、ラファエルが魔法で虚空から作り出した外套を82番の肩にかける。
「キリエ。今のうちに話しておきたいことがあるんだ」
ヴィッキーはキリエに、取り戻す者たちとの共同作戦の内容について話した。
「分かった。さあよく聞いて、アーラ」
「合図と共に、取り戻す者たちがこの農園に雪崩れ込んでくる。その混乱に乗じて、農園の端にある奴隷小屋を開放するの。出来る?」
「出来る……いや、やるよ。絶対に成功させる。でもアーラって?」
「貴女の名前。もう奴隷じゃないんだから、番号で呼ばれる必要はないでしょう? 私が元いた世界の言葉で『翼』っていう意味なの」
アーラは感極まってキリエに抱きつくとその頬にキスをした。
「死なないでね、キリエ」
そう言って牢屋の出口へと走るアーラ。その背中を見送るキリエは真っ赤な顔で彼女の唇が触れた部分を触っていた。
「えーと、オホン。それじゃあ作戦を始める前に少しばかり演説をさせてもらいます」
3人にじっとりとした目で見られていることに気がついたキリエは。咳払いをすると彼女たちの方に向き直った。
「私たち4人はそれぞれ違う理由でここにいます。例えば私の理由はラーニア=バロンの鼻をへし折るためと、ついでに自分の英雄願望を満たすためっていう感じでね」
キリエの言葉に応じて、ヴィッキー、ラファエル、アメリアの3人も各々の「理由」を語り始めた
「アタシの理由は……弱くて臆病な自分を変えたいからかな」
「ワタクシは自分が落ちこぼれではないことを示すためですわ」
「私の理由は……復讐」
「うんうん。皆が今ここにいる以上、どれもすごく大事な理由だってことは、私にも分かる。でも、今から始める戦いが、誰のためのものなのかは忘れないで。たとえ自由と尊厳を奪われても、大空を自由に飛ぶことを夢見てくれている、そんな人たちのために戦うの」
キリエの力強い言葉にアメリアはハッとして、自分の手の平を見つめた。
「(そうだ……私は、只自分の復讐心を満たすためだけに戦ってきた。キリエは『ゴールド・ブレイド』として、虐げられる人たちの自由と尊厳のために戦ってきたのに。私は故郷を滅ぼした薄汚いクズどもの血で手を汚してきただけ。……こんな私に、キリエと一緒に戦う資格なんてあるのかな)」
「まあそれはそれとして復讐はするよ。めちゃくちゃ楽しいから♡」
3人はその場で盛大にすっ転んだ。