第2話「取り戻す者たち」
とある民家の地下室で、赤毛の女性が壁に貼られた大きな羊皮紙の前で考え事をしていた。
年齢は30代前半といったところだろうか。その瞳は、彼女が深い洞察力と強靭な意志の持ち主であることを他者に感じさせる。
「まずは成功したみたいだね」
キリエとサラマンドラが階段を降りてくる音を聞いた女性は、振り返りながらそう言った。
「ヘルタ = シュマッハーだ。お目にかかれて光栄だよ、キリエ」
「えーと……こちらこそ。助けてくれてありがとう、ヘルタ」
キリエは差し出された手を握ると、ヘルタが眺めていた羊皮紙の方に目を向けた。
描かれているのはどうやら作戦を練るための相関図であり、ラーニア=バロンとジマーの名の他に、赤字で笑顔の贈り手のシンボルマークが描かれていた。
「時間がないんだよ。キリエ、あの抜け穴の存在がバレるリスクを背負ってまであんたを助けたのは、連中が動き始めているからだ」
「笑顔の贈り手……復讐と破壊を司る邪神、デルゴラスを辛抱する邪教の集団か」
ヘルタの言葉に、サラマンドラが応える。
「私達はなるべく犠牲者を少なくした上で、ラーニア=バロンを打ち倒したいんだ。もし笑顔の贈り手に先手を打たれたら、血を血で洗う大虐殺が起こってしまう」
「……笑顔の贈り手の動きが把握できるの?」
「把握できるも何も、笑顔の贈り手のやり方が残酷すぎるってんで、離反した人たちの集まりが取り戻す者たちだからね。大本が同じ組織だから、情報の伝手は確保できているのさ」
「離反したくなる気持ち、よく分かる。私も奴等のイカレっぷりを体験したことあるからね」
キリエはヘルタの方に向き直ると、一呼吸置いてから口を開いた。
「助けてもらったことには感謝してるけど、ごめんなさい。貴女の組織に加わることはできない」
「……一応理由は聞かせてもらうよ」
「私って誰かの下について働くようなタイプじゃないの。そういう人間を『部下』としては働かせたらどうなるかってこと、組織の長の貴女なら想像がつくでしょ?」
「じゃあどうする気だ? バロンの件には関わらずに、このまま尻尾を巻いて逃げる気か? その方が俺としてはありがたいけどな」
サラマンドラが苛ついた調子で口を挟む。
「まさか! あいつには1週間臭い飯を食わされ続けた借りがあるもの。仕返しはたっぷりさせてもらうから。大体3、4日ってところかな」
「何の話だ?」
「私が今度はしっかりと準備を整えて、バロンの鼻っ面をへし折るまでの時間。取り戻す者たちの仕事を奪う形になっちゃったらごめんね♪」
キリエはそう言うとヘルタたちにニッコリと笑いかけて手を振り、階段を登って地下室を後にするのだった。
「……嫌な予感しかしないな」
「まぁいいじゃないか。あの『ゴールド・ブレイド』を本気にさせたってだけでも、この救出作戦には価値があったと考えることにしよう」
サラマンドラの傍らで、ヘルタは葉巻を吸いながらニイと口角を上げた。
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こうしてバロンの牢屋から助け出された私は、再び奴を打ち倒す作戦を練り直すことにした。
でも一回目みたいに闇雲に突っ込むようなやり方じゃだめ。今の自分に足りないものを考えて、戦いの準備を整えないと。
まず1つ目は安全な拠点。これには幸い伝手があった。前にギャングに売り飛ばされそうになったところを助けた女の人に相談したら、彼女たちがギャングの金を元手に始めた、接待酒場の地下室を自由に使ってもいいって言ってくれた!
「(わぁ広くて最高! 本当に使っていいの!?)」
「(勿論だよ。私らみたいな人たちを助けるための活動拠点だろ? 遠慮せずに好きに使ってくれ)」
2つ目はしっかりした装備。今まで使ってた装備はバロンに捕まった時に取り上げられたから、この際ちょっと変わった装備を注文。
ピンクと紺のカラーがベースの、動きやすいタイトなコスチュームに、特殊な術がかけられた特注品の刀!
これがなかなか凄くて、相手を生きたまま真っ二つにすることが出来ちゃうの! 試しに自分の腕を斬ってみたら、完全にスッパリ切り離されちゃってんのに血は出ないし、感覚はあるし、くっつけたら元に戻るしで、相手を殺さずに無力化するのにはもってこい! ……くっつけ直したときに数ミリぐらいズレた気もするけど、大丈夫だよね?
そして3つ目が頼れる仲間! こればっかりは人脈やお金だけじゃどうにもならないから、「ハピッター」に採用広告、出してみました!
【急募! 『ゴールド・ブレイド』と一緒に悪を倒そう!(経験者優遇)】
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「あの小娘……馬鹿なのか……?」
自身の所有する屋敷の私室で、バロンはスマリトに表示されたキリエの採用広告を眺めながらつぶやいた。
「はっはっは!! バイト感覚で標的にされるとは俺たちも舐められたもんすね!」
「笑い事ではない!」
テーブルの向かいに座って高笑いするジマーに対して、バロンは神経質に怒鳴りつけた。
「あの小娘は仲間を集めて私の農場を襲撃するつもりだ。もしそんなことになったらーー」
「心配いらねえよ、バロンの旦那」
「うわーん! ここからだしてよー!!」
ジマーは不敵な笑みを浮かべると、鳥かごの中で泣き叫ぶハーピィの子供に向かって、能力を発動して具現化させた銃の引き金を引いた。
ガキン!
「ひっ……!」
放たれた銃弾は鳥かごの格子の部分に命中し、その衝撃と音でハーピィの子供はすっかり萎縮してしまう。
「丁度いい機会だ。最近奴隷共の態度が悪いからな。ゴールド・ブレイドとそのお仲間の首を剥製にして飾っときゃ、連中も真面目に働きますぜ」
「……本当に問題ないんだろうな?」
「焦るこたねえっすよ。アンタが雇ってるのは『銃王のジマー』だ。一端の転生者ごときに手間取るような人材じゃねえってことだ」