プロローグ
思えば、あの時二食になどいかなければ良かったのかもしれない
教授の遅い昼食にずるずると付き合ってなどいないで、さっさと1号館に戻って。
舞台芸術学科の後輩たちに指導でもつけてやっていれば良かったのだ。
そもそもキム教授が悪い。大切な音源のメモリをなくしてしまって、会議で怒られて、その愚痴に付き合うなんて、ただの院生である俺の出番じゃあない。
ああまったく。
なんだっていうんだ。
こんな事を思い悩むのは時間の無駄だ。
頬杖をついてどこへともなく視線を泳がせる窓の外は暗い雨。
パタパタと水滴が窓を打つ音よりも、ほう・・・と、何気なく吐き出した嘆息は存外に重たい響きだ。
まるで吐き出したそばから太い鉄の鎖が巻かれて鉄球でもぶら下げられたかのように、ついたため息がかたっぱしから床に転がっていく。
これじゃ床が抜けてしまうな。
無意味な想像に自分でもおかしくて喉の奥からくくっと自らを嘲る声が漏れる。
まったく、滑稽だ。目を軽く閉じ眉間を指先で摘みながら頭を振る。
・・・ああしかしそんなことは分かり切っているのだ。
分かり切っていても、俺たちはこの甘美な懊悩に溺れたが最後、知らなかったことにはできない。
戻れない。
この想いを知らなかった頃には。