6.デートイベント
「あ、先輩っ!こっちですよー!」
「はあっ……すまん……!遅れた……!」
「いえいえ、まだ二十分前ですよ。私が早く来ちゃっただけで……」
「ホントすまん!なんでも言うこと聞くから嫌いにならないで!」
「へ?ちょ、先輩!?どうしました!?だから大丈夫ですってば!」
……ん?何かおかしい。
いつもなら『好感度が下がりました☆』とか、『所持金が減りました☆』とか『ヒロイン枠から外れました☆』とか無慈悲な通告があるはずなのに。
罵詈雑言すら飛んでこないだと?ついにこのゲームアプリにもバグが……
……あ、違う。これ現実だった。
「……悪い、取り乱した。ちょっと勘違いしてたわ」
「どんな勘違いで、嫌いにならないでとか言葉が出るんですか……」
まさか現実と恋愛ゲームの区別が曖昧になるとは……これはいよいよかもしれんね。精神科の病院の予約間に合うかな。
そうだ。今日は後輩の根津鳥と大型デパートに二人でお出掛けなのだ。
バイトを代わってくれとお願いされたあの日から一週間とちょっと。都合がついたから、その時のお礼を使わせてもらうための一日なのである。
「それにしてもまさか、服を買うからその意見を聞かせてくれなんてびっくりしましたよ。先輩って、そんなファッションとか興味ありましたっけ?まさか……き、気になる人がいる、とか……」
「んー?まあ強いて言うなら……(精神的に)自分の身を守るためだな」
「……?」
根津鳥が微妙な顔で首を傾げている。
そうだよね、意味わかんないよね。でも残念なことに、全く間違ってないのよこれが。
振り返るは、あの深夜バイトが終わった自宅での夜の出来事。
恋愛ゲームに登録している自身のプロフィール画面を見た瞬間、俺は色んな意味で色々と大変なことになった。
いや、聞いて欲しい。俺があれほどまでに気が動転してメンタルブレイクを受けたのは理由があるのだ……まあそれにしたってあの惨状は酷かったと思うが。
人々は思うだろう。たかがゲームに、何をそこまでと。
実はあのゲームに登録している主人公のプロフィール……現実世界の俺とほとんど相違がない。いやマジで。ほぼ俺のコピーなの。
……登録した時の経緯をお話ししよう。
まず、俺の全身を写した写真をアプリに送った。次に声を吹き込んだ。そうしたら、そのデータを基にアプリ内の謎技術により、二次元画と3Dモデルの俺が精製された。ちなみに服装もその写真通り。
あとは職業・年収・身長・家族構成・喫煙や飲酒の有無・誕生日・趣味・性格・好きなタイプなどなど三時間に及ぶ情報を書き込んだ……あれ?これって出会い系アプリだったっけ?
分かったでしょう。恋愛ゲームの主人公は、正真正銘俺の分身なんだ。もう一人の僕なのよ。
そんな主人公の“無様さ”や“便利さ”がカンストしてたんだぜ……?ほんのちょっとでも同情してくれると嬉しいな。
……今考えたら、俺よくこんな得体の知れない恋愛ゲームに全ての個人情報を書き込めたよね。不用心の極みでしょ。
まあ瓶底眼鏡は絶対に個人情報は漏洩させないと言っていたが(ホントかよ)、これって有事の際は裁判で勝てるのかな?
まあそんな訳で……ゲームの俺の感性は、現実の俺のそれがそのまま反映されている。
つまり、現実世界の俺がもっと女性受けが良くならない限り、永遠にあの不名誉な評価を変えられないということだ。
だから今日はまず、服装のセンスから鍛えようと根津鳥に助力を求めて、今に至ると。
あと、厳密には気になる人はいるよ?怖くて気が気でないヒロインの子たちとか。
「まあ、今日はよろしく頼む……私服可愛いな、バイトと学校以外で会うのは初めてだから新鮮だ」
「ふぇっ!?あ、ありがとうございましゅ……!」
おや、根津鳥なら褒められ慣れていると勝手に思っていたが、意外にも喜んでもらえたようだ……そうだよね?内心キモイとか思わないでね?すでに俺のメンタルぼろぼろだからさ。
今は五月初旬。気温も上がって、服装も涼しさを意識したものに変わりつつある。
根津鳥もその例に漏れず、上は白い半袖のブラウス、下は膝ほどのスカートと涼しげだ。意外にも露出は少なめで、清楚な印象を受けた。
この子、身長は低くて小さいのに胸は大きいのよね。だから今日もちょっと心配だったんだけど、杞憂だったようだ。
……まさかあの恋愛ゲームでやっていたことが役に立つことがあるとは。音声入力だと知らずにボーっとしてたら、ヒロインが帰ってしまったあのデートイベントも無駄ではなかったということか。
いや、根津鳥に言ったのも素直な感想なんだけど。
「よ、よしっ……掴みは良い感じ……昨日遅くまで悩んで良かったぁ……っ!でも何か言い慣れてそうな……ううぅ~……」
「じゃあそろそろ見て回るか。頼むぞ、根津鳥せんせー?」
「へ?あ……コホン。はい!この凛ちゃんにお任せですよ~!」
腰を少しだけクイッと曲げて、キャルンとポーズ。
いつものお調子者でちょっぴりおバカっぽい根津鳥の姿がそこにあった。
ああ……現実だぁ……
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午前十時から始めた買い物も、気付けば二時間が経過していた。
それだけこの買い物が充実した時間であり、楽しかったということなのだろう。事実、根津鳥も楽しそうに笑いながら(多分いい意味で)俺の服選びを手伝ってくれたし、俺も新鮮で楽しかったと感じている。
彼女のおかげで、それなりにお洒落なファッションも覚えられたと思う。
だがしかし……そんな俺に一つの疑問が浮かんでいる……!
「俺、何でこんな恋愛ゲームに必死になってんだ……?」
ちょっと冷静に振り返ってみた。
まず、酷い告白の振られ方をして泣いた。有り金全てを持ってかれて茫然自失になった。自身のプロフィールをメタくそに言われてリバースした。
落ち着いて考える。ゲームでこの反応はヤバくねぇかと。最後とか身体に異常が出てるからね?普通に病院案件ですよ。
確かにとんでもなくリアルだからってのはある。ボイスも反応も人間じゃないかって程に生々しいし、ゲーム自体が現実に沿ってるから、相乗的によりそう感じるってのもあるだろう。
だとしても、ゲームでこれは酷くない……?そして何で俺はこんなに必死になってんの?
今の買い物だって、見方を変えれば課金だよねこれ?しかも服って余裕で何千円ってするから重課金の域ですよ。いや服はこれからも使えるからいいんだけどさ……購入理由が恋愛ゲームを攻略するためって。病気の類を疑っていいと思うね。
今の状況を一言で表すなら、『ゲームの主人公の評価を挙げるために現実世界で服を買っている』……俺の頭大丈夫かな?
改めて思う。
バイト代が出ているとは言え、何で俺はこのゲームにこんなにも必死になっているんだ……?
「……ぱい?先輩ってば!」
「ん!?な、何だ!?」
「何だじゃないですよ。呼びかけても反応無いし、ボーっとしてるし……大丈夫ですか?」
根津鳥が心配そうに俺を見ていた。
いつの間にやら衣服の購入も終えて、店の前に立っていた。と言ってもデパート内の一フロアだから屋内なんだけど。
「……すまん、大丈夫だ」
「そうですか……ごめんなさい、私がはしゃぎ過ぎたから疲れさせてしまったかもです……」
「そんな訳ないだろ?お前が俺を疲れさせるなんて十年早い……ま、だから気にすんな。それに付き合ってもらってるのは俺の方だし……買い物も楽しかったさ」
「……えへへ、やっぱり先輩って優しいですね」
「それは利用しやすいってことかな?」
「もー!その嫌みは減点ですよっ!」
あ、それは許して下さい。
無意識に『好感度が下がりました☆』って言葉が思い浮かんで身体震えちゃうので。
「でもそうですね。お昼にも良い時間ですし、何処かで休みましょ!お勧めのカフェがあるんですよー!」
「お、じゃあ決まりだな」
「はい!あ、先輩何か奢ってくれてもいいですよ~♪」
えへへと笑った笑顔が眩しい。楽しそうだなぁ……俺も楽しいけれど。
まあ、あのゲーム云々のことはいいか。こうして連れの女子がいるのにこんなこと考えてたら失礼だし、疲れるし。
今はこの時間を精一杯楽しもう。
……そんな時だった。
時計代わりに見ていたスマホが、ぶるぶると振動したのは。
『構ってくれなきゃ怒っちゃうぞ?ぷんぷん!リンちゃんの好感度が下がりました☆』
☆じゃねーよ。ぷんぷん。