5.アルバイトイベント
「ありがとうございましたー。またお越し下さいませー」
俺のバイト先は大企業のグループに入っている、近所の小さなスーパーである。
大きなスーパーをそのまま縮小化して、地域に等間隔に置いたイメージと言えば分かりやすいのか。コンビニのように色々出来るような便利さはないが、食品類の品ぞろえが多い。そして深夜までやっている。
まあ……あれだ。
言い方はあれだが、華やかな感じはない。言ってしまえば地味なのだ。商品を出して、並べて、お客が来たら会計をする。
だから華やかだったり、お洒落なのが好きなタイプの高校生には人気ではない職種だと思う。俺は静かに黙々とお金が稼げればそれでいいので天職なのだが。
「だからやっぱりお前、他のアルバイトの方が向いてるんじゃないか?お洒落なカフェとかさ」
「先輩、話すネタが無くなったらいつもそれですね……」
だってそうだろう。
俺と同じ時間帯のシフトに入っている根津鳥 凛を見るたびにそう思う。
彼女は今でこそ、茶髪に近いそのふわふわな髪をツインテールにまとめて労働に勤しんでいるが、このバイトに入った時は流れるような銀髪だった。
しかしこれはバイトだ。当然あまりに目立つ格好はご法度であり、今のスタイルに落ち着いた訳だが……。
「窮屈じゃないか?もっとお洒落とかしたいと思うもんだろ、お前みたいなタイプは」
「もー。先輩それバカにしてるでしょー?いいんですよ。ほら、私は基がいいのでどんな格好も似合うと言うか?」
根津鳥は目元でピースサインを作ると、バチコンとウインクを決めた。
……まあ、こいつはお察しの通りのタイプなのだ。小さい癖して勝ち気で、調子に乗ったような言動が多い。ちょっぴりおバカな感じ。
一言で言うなら、いたずらっ子だな。
……何だ?
”いたずらっ子”という言葉が頭に浮かんだ途端、手の甲に小さな赤いブツブツが……?身体が震える……?
「というか、こうして同じ時間にバイトに入ってるんですから察して下さいよ……」
「消えた……?ん、今何か言ったか?」
「別にですよー。そ、そういう先輩こそ他のバイトで良い出会いがしたいとか考えないんですか……?」
「いえ、結構です」
「へ?そ、そうですか……それなら良かったですけど……」
割と真面目に結構です。
あの恋愛ゲームでお腹一杯ですので。あとちょっとでお腹張り裂けちゃうかもしれないので。
「ほら、変なこと話してないで手を動かせ。もう終わりなんだから」
「はーい♪あ、そうだ先輩!ちょっとお願いしたいことがあるんですけどぉ……♪」
品出しの作業に戻ろうとしたら、そんな声が聞こえた。何で切り替えようというタイミングで言い出すかなこの子は……。
それにこの甘えるような声は間違いない。面倒なことを押し付けようとするときに出す声だ。
「実は来週なんですけど、ちょっと代わりのバイトさんを探してまして……代わってくれませんか?」
「別にいいぞ、特に予定もないし」
「やった、先輩優しいです!また今度お礼しますからねっ!」
何処からかキャルンと効果音が鳴りそうな猫撫で声だ。
……多くの男性たちは、この甘い声を頼られていると思ったりするのだろう。そして良いように利用されていると気付いて、肩を落としたりするのではないか。
しかし俺は違う。もはやこうやって利用されることが癒しなのだから。
だって分かりやすいんだもん、この子の言動。可愛い子ぶって利用しようとするのが見え見えなのだ。だからこそ良い。そこがホント素晴らしい。
微笑みながら『友達とも思ってない』とか、優しい声で『財布の分際で調子乗るな』とか言われるより全然いい。
だから君は、そんな分かりやすい子でいてくれ。決してヒロインの皮を被った化け物にはならないで。そのためならいくらでも利用されちゃうから。
「ふっ……お前はいつまでも、そのままでいろよ……」
「ふえ……な、なんですかいきなり……っ!キモイです先輩!」
もっと言ってくれ。
あぁ……現実だあ……。
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……バイトが終わったと思った?残念、終わってないんだよ。
遺憾だが、俺はバイトが終わった後に違うバイトをしなくちゃならないのだ。しかも自宅で。真夜中に。ちなみに俺は学生です。あとで労働基準法を確認しておこう。
夕飯は食べたし、歯磨きも済ませてある。風呂はたった今入って、学校の課題もない。あとは寝るだけのはずなのだが……。
『リアルな二次元恋愛物語!』
「おはようございます」
しまった、バイト感覚で挨拶しちゃった。端から見たらヤバい人だね。
まあこれだ。睡眠時間を削って悪魔たちを召喚する準備をしなくちゃならない。
さて、実は現実のバイトの前に、こっちのゲームでもバイトをさせていた。もちろんリアルタイムなため、バイトしている数時間はこのゲームアプリのほとんどの機能が制限される。ソーシャルゲームで言う、スタミナ回復のようなものだ。
しかし今回はスタミナではなく、所持金を得るためのバイトである。
現実でもバイトは日雇いなどを除けば、基本的に月給制。そんなすぐに手元にお金が来る訳じゃない。
つまりだ。
『現在の所持金:0円』
だから終わんないって言ってるよねぇ!?せめて恋愛をさせてくれよ!働いてるだけで終わるぞこのゲーム!お金がないとヒロイン相手してくれないんだからさぁ!
しかもバイトを始めるにも、ちゃんと面接とか書類とか出さないといけないから、それだけで時間かかるし!日雇いだって時間かかるんだぞ!!
『……もしもーし。すまん、待ったかな?』
「ああ、待ちたくなかったけど待ったよ瓶底眼鏡」
ゲームの軽やかなBGMに混ざって、あの元凶の声が聞こえた。どうやら裏で起動している通話アプリにやっと応答したようだ。
なぜこんな深夜にこいつと電話しているのか。
文句という名の報告会のためだ。ここがダメだとか、ここがクソだとかの悪評をこいつに吐き散らすのである。
……良い評価?逆に聞く。あると思いますか?私の目を見て教えて下さい。
「ミキちゃんにさ、有り金全部持ってかれて捨てられたんだけど……あれって何かのバグだよね?早く修正した方が良いよ」
『ああ良かった。正常に動いてるみたいだね』
ちょっと何を言ってるのか分からない。
何が良かったの?誰がどう見ても、正常な人間の言動とは思えないんですが。
「お前の頭を修正した方がいいかな?」
『光樹くん、自分の失敗を人に押し付けてはいけないよ。ミキちゃんはいわゆる”トラップヒロイン”なのさ。騙しやすそうなユーザーに近づいて、有り金を搾り取って、使えなくなったら捨てる……でも彼女とちゃんと話してその危険性に気付いていれば大丈夫だったのに。まったく、君が彼女を見てないから……』
だからこれは恋愛ゲームだろうがぁ!!いつから犯罪予防シミュレーションになったんだよ!!
え、何?騙される方が悪いってこと?
トラップヒロインって何?俺知らない。国語辞典にも英和辞典にも載ってないそんな言葉知らないし、これからも知りたくない。
それと騙しやすそうなユーザーって何……?
その判断技術はどうやってるの?ぜひ社会のために役立ててくれよ、こんなゲームで人を傷つけるために使わないでよぉ……!
そろそろ本気で発狂するよ?
『ん?ヒロインか自分のプロフィールを見れば、君がどんな評価を受けているか分かるはずだよ?まあこんなの現実じゃあり得ないし、配信を始めたら消すけど……せっかくある機能を使ってないなんて困るよ。何のための試運営だい?』
「え、まじで……?」
そんな便利な機能があったの?
いや、正直このゲームの細かい部分をやる余裕がなかったというか、意図的にやらなかったというか……
だって今でさえこの有様なんだぜ。これ以上やったら深みにはまりそうで怖いんだよ。
あ、深みって楽しい意味じゃないよ?深淵の方だから。
『試しに見てみなよ。数値化にグラフ化、誰でも分かりやすいようにしてるから』
「……おいおい何だよ~急に優しいじゃないかぁ。ツンデレか?ツンデレさんなのか?このこのっ!それならそうと言ってくれればよかったのに~」
こんな機能があるなら、もう無様に騙されることもないじゃないか!それにヒロインに合わせて有用な行動に出れる。
早速見てみよう。今ヒロイン枠はいないから、俺のプロフィールで……
なになに……ほう、男らしさは中程度と。
それで……おお!この”便利さ”って項目の棒グラフは限界突破してるじゃないか!すごい……え……っ?
あ、”醜さ”と”無様さ”の数値はお星さまが付いてるぅ!でも”金持ち度”が低くて真っ赤になってるなぁ!”チョロさ”もいい感じじゃないですかぁ!ランクも小間使いなんですね”騙されやすさ”も俺すごいおれもてもてええええあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!
アっ、アッ、ダメこれ。はき――
『あ、でも君はミキちゃんに狙われる位だから相当だろうし、やっぱり見ない方が……光樹くん?何か水音がするけど、聞いてるかい?もしもーし?』
翌日。
俺は学校に遅刻した。