3.先輩イベント
「お疲れ様でーす」
「あ、皆田くんお疲れ様~」
はいもう癒された。乙女な紬であったり、ミキちゃんの好感度が下がったりで受けていた負荷が消えました。
柔らかなハスキーボイスと同じくらい柔和な笑顔で俺を出迎えてくれたのは、現生徒会長の三木令花先輩だ。
この人はとにかく優しい。このストレス社会で、こうも人に親切になれる人などいないだろう。
……見た目が恋愛ゲームのミキちゃんに似ているが、いたずら好きなんて性格ではない。真心、純真百パーセント。
優しいの類義語みたいな人だ。
「ごめんねぇ。生徒会役員でもないのに、急に手伝ってもらっちゃって……」
「構いませんよ、三木先輩にはいつもお世話になってますから」
「……私、何かしてるかな?」
首をかしげる先輩を見て、思わず小さく笑ってしまった。
この人はどこまでもこんな性格なのだ。無意識に人の支えや助けになって、そのことを驕らない。俺なんて全くの他人だったにも関わらず、あの恋愛ゲームで傷心していたところに声をかけてくれたのだ。
我ながらゲームで傷ついて、知らない人に慰められるなんて情けないことこの上ないが……あのゲームがリアル過ぎるのが悪い。その内、言葉が刃になってスマホ画面から出てくるんじゃないかな。
そこからちょっとずつ親しくなって、今ではこんな関係に。
先輩からすればただの知り合いであり、数いる内の一人の後輩に過ぎないだろうが……俺はそれでも全然いいのだ。
もういてくれるだけで、恋愛ゲームで出来た傷が癒されるもの。
ああこの、空席を一つ挟んで昼ご飯を食べる、近くもなく遠くもない微妙な距離感が素晴らしいね!この人は皆の生徒会長であり癒しなんだと認識させられる。
俺にも平等に接してくれる……俺は現実にいるんだぁ……。
「あれ、今日はお弁当なんだね?」
「何か紬が急に作ってきてくれまして」
「……君たちってそんな仲が良かったかな?」
「まあ……あいつにも色々あるんじゃないですかね?」
「……ふ~ん」
あ、少し心配されたかな……?
先輩って聞き上手だから、つい幼馴染である紬のこととかも話してしまうのだ。だから彼女と俺の関係性もけっこう知られてて……先輩も紬が弁当を作ってきたことを不思議に思ったらしい。
紬の言葉を借りるなら、『先輩、優し過ぎるよ!』だな。
こんなことにまで先輩が何か考えてくれなくてもいいのに……優し過ぎて、逆に心配になります。
「そういえば、他の人たちは……」
「今日は作業も少なかったし、私だけでも大丈夫かと思ったから呼ばなかったんだけど……本当に皆田くんが来てくれて良かったよ」
「それは男冥利につきますね……ん?」
ポケットの中のスマホが数回震えた。
……やべぇ、完全に忘れてた。
『ミキちゃんが待ってるよ☆』
「先輩ごめんなさい、ちょっと出てきますね!」
「え……ど、どうしたの?」
「ああ、えっと……電話です!失礼します!」
口が裂けても、恋愛ゲームのヒロインに呼ばれたとか言えない……!あと先輩の前で恋愛ゲームをやるなんて公開処刑と同じだ。
ちょっとだけやって、すぐ戻ってこよう。
くそう……何でこんな恋愛ゲームごときで先輩との時間を削られなきゃいけないんだ……!友愛からバイト代が出てなかったら絶対無視してるのに……!
「よし、ここなら誰もいないな……」
生徒会室から出てすぐの階段でゲームを起動する。
すぐに『リアルな二次元恋愛物語!』と可愛いタイトルコールと共に、スマホ画面にミキちゃんが現れた。
ゲームのホーム画面だから仕方ないんだけど、待ち構えてたみたいで怖いなこれ……。
『もう!朝もおはようしてくれなかったし、お昼も来てくれないし……』
案の定ご立腹である。勝手に喋り始めるとか、ホント変なとこに力を入れてるゲームだよな……というかボイスが駄々洩れなのはヤバい!
こんなのを誰かに聞かれたら、俺は学校で生きていけな……
『財布くんの癖して、何様のつもりなのかな?君はお金を貢ぐことだけが取り柄だったのに、勘違いして調子に乗るなんて……私は悲しいよ……』
……?
『私の指示した時間通りにも来れないなんて、人として終わってると思うよ?』
……ええええぇぇぇぇ!!?
え、嘘でしょ!?このスマホから聞こえてくるんだけど!
表示するテキスト通りの言葉を、ミキちゃんが優しい口調で語りかけてくるんだけどぉ!!
ミキちゃん、優等生って設定じゃなかったっけ?
”その身なりは品行方正で清楚な先輩キャラ”だよね?身なりだけだったの?身なりだけは品行方正で清楚ってこと?中身はクズだったの?
ああ、確かにこれはギャップ萌えですわ。萌えというか、燃えですね。俺が真っ白に燃え尽きる意味でな!
「え、ちょ……え」
『もういいよ?君と居ても不快なだけだから……ふふっ、今度は騙されないように気を付けてね?じゃあ……永遠にさようなら♪』
「待っ……」
『ミキちゃんがヒロイン枠から外れました。所持金がゼロになりました』
ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!
最後の最後にいたずら心があるってプロフィールを生かしてきたぁ!!
いたずらとか、からかうの次元じゃないだろ!もはや犯罪に近いだろうが!
ゲーム内通貨だから、現実の財布に影響はないさ!
それでも他のヒロインのために金は使うし、何より騙されて有り金全て持ってかれたという事実にダメージがやばい……!
好感度を稼ぐために服とかデートとか、ミキちゃんには多くの金を使っていたのに……!
まさかヒロインが騙してくるとか、誰が思うよ!
いや、もはやヒロインですらない。ただのクズがヒロインの振りして近づいて来やがったんだ……だから何だよこのゲーム!
恋愛シミュレーションなのに、恋愛が出来てないぞ!?
「……」
俺はもう、立ち尽くすしかない。
またやり直しだ。あ、金がないから実質マイナスからのスタートですね。
「……やめたい」
バイト代全部返金して止めようかな……でもゲームでこんな憔悴したなんて、余りにも間抜けじゃ……
とりあえず、生徒会室に戻ろう。
先輩も生徒会室を閉められなく困るだろうし……
またやつれた顔でもしようものなら、あの先輩なら心配するだろうからなあ。
こんな下らない理由で心配されるのは、もう嫌だ。笑顔だ!無理やりにでも表情筋を動かせ!
「よし……すいません先輩、お待たせしまし」
「光樹くんっ!!」
……?
何だこの状況は……?
何で、三木先輩が俺に抱き着いてるのかな?
「み、三木先輩……?」
「大丈夫……大丈夫だから……っ、私がいるからね……!」
え、え。ホントに何、どうした?
何で泣いてんの?何で抱きしめられてんの?
……まさか、俺がゲームやってるとこ見られたりした?それで俺、ゲームのキャラに騙されてたことを慰められてるの?
だとしてたら、とんでもなく情けなくて恥ずかしい奴じゃない!?
うわ先輩の顔見れねえ……!
滅茶苦茶恥ずかしいんだけど……!
「せ、先輩……大丈夫ですから……」
「私は、絶対に見捨てたりしないから……っ!」
いや今は見捨てていただいて結構ですよ?見捨てて下さい、お願いします。
やっぱりあのゲームやると碌なことにならないなあ……!!