表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/36

朝日奈 紬


「紬、おはよー!」

「おはよー」


 私は学校が好きだ。

 勉学に悩みがある訳でもないし、友達も多い。部活動とかはやっていないけど、十分に高校生活を謳歌出来ていると思う。


 ただ、一つだけ……


「……おう、おはよ」

「……ん」


 もう、何で私はこんな素っ気ない返事しか出来ないかなぁ……!

 

 一つだけ。一つだけ、私の心をもやもやと曇らせることが……人が、私の席の隣にいる。 


 皆田光樹、私の小学校からの幼馴染の男の子。

 特に勉学や運動が秀でている訳でもないし、素行不良ってこともない。容姿も普通。本人がいつか言っていたけど、何処にでもいるであろう平凡な男子だ。

 でも、小学校からの付き合いがある私からすれば……やっぱり特別だ。それも……す、好きかもしれないとなれば尚更……


 いや別に、好きではないかな!?幼馴染だから特別なのは認めるけど、最近気になるのは好きとかそんなんじゃないはず……っ!


 ……はぁ、こんな中途半端な気持ちだからこんなにモヤモヤするのかなぁ……。


 ……私は最近、光樹とまともに話せていない。

 高校に入ってからだ。友達に幼馴染であることを揶揄われた、そんな些細なことが切欠で、私は光樹と距離を置いてしまった。

 我ながら酷いと思う。だってあいつからしたら、いきなり距離を置かれたんだもの……。


 でも光樹は、何も言わなかった。それどころか、私に合わせるようにその距離感を受け入れた。

 『大丈夫、分かってる』って……まるで私のことを理解してくれたように、その一言だけを残して……


 そのままダラダラと一年が過ぎて……二年で光樹と同じクラスになれた。しかも……と、隣の席!

 最後のチャンスだと思った。自分で離れていった癖に何様だって感じだけど……また中学校前みたいに彼と楽しく過ごしたい!

 

 そう決意したのに……私は未だ、こんな素っ気ない挨拶しか出来ない……友達に向けるような笑顔が作れない。

 恥ずかしい、申し訳ない、勇気が出ない……色々ある。


 でも一番は……


「はぁ……」


 ……やっぱり今日も、元気ない……。


 ずっとだ。進級してからずっと、光樹は元気がない。

 ため息をつく。目元に隈がある。授業中も、休み時間も、お昼も、午後もずっとだ……べ、別にずっと見てる訳ではない。隣の席だし、視界に入るだけだもん。

 

 とにかく……元気がない。

 それに、やたらとスマホを気にしているのよね……。


 一年前のわんぱく染みた快活さはどこにもなかった。

 それもあって、私はほとんど話すことも、謝ることも出来ていない。



 そんな、どうしようもない状況が少し続いたとき。



「……」

「……光樹?」


 何てことのない放課後だった。

 その日は用事があって、遅くまで学校に残っていた。他の生徒は、部活動の人たち以外はみんな帰ったであろう静かな校舎。


 そんな時、屋上に向かって行く光樹を見てしまった。


 この学校は、緊急時以外は屋上の立ち入りは禁止されている。そんなところに行くことにも当然不思議に思ったんだけど……


 それ以上に……何か得体の知れないモノを感じたんだ……。

 胸を掻き回すような、言葉に出来ない嫌悪感。高揚感とは全く違う……心臓がどくどくと、気持ち悪く奏でる。

 ダメ……この先に行っちゃいけない。行ったら絶対に嫌なものを見る……っ!


 なのに私の足は、光樹を追いかけている。


 そして……聞いた。聞いてしまった。


「ずっと前から好きでした……俺と付き合って下さい……!」


 何も、聞こえなくなった。

 あんなに煩かった心臓の音も。私が呼吸する音も。私はただ、屋上扉の前で座り込むことしかできなかった。


「光樹が……告白……そんな……っ」


 小さい頃から聞いて。最近は願っても聞くことが出来なかったあの声を、間違えるはずがない。間違いなく、光樹の声。


 あぁ……なんだ。全部遅かったんだ……っ。

 遅すぎる後悔。今更気付いたこの気持ちが、私の心をぎちぎちと締め付ける。幸せになれるかもしれなかったそれが、毒となって私を蝕み始めた。

 

 涙が止まらないのは誰のせい?ずっと逃げ続けてきた私のせい。

 声も挙げて泣けないのは誰のせい?ずっといい訳してきた私のせい。

 

 感情の整理なんて出来ないくせに、呵責の声だけがはっきりと聞こえる。


 ……私がいても、邪魔なだけ……最後まで迷惑かけたくない……!ホントは私が逃げ出したいだけでも、そんな理由を付けてその場から離れようとした……その時だった。



「あなたとは付き合うどころか、友達とも思っていないので……ごめんなさい」

 

 

 ……ハ?


 聞こえた。聞こえた、キコエタキコエタ。

 小さくてもそれは気色悪く、私の鼓膜を振るわせる。


 友達とも思っていない?

 私は二人の関係なんて知らない。ずっと光樹を避けてきた私なんかじゃ、分かるはずもないし、そんな資格もない。

 だからもしかしたら、ホントに親しい間柄ではなかったのかもしれない。


 だけど……その言い様は何……?


 『友達とも思っていない』

 それを敢えて言う必要があったの?光樹があなたに何かひどいことをしたの?

 あんなに真剣に、喉も掻き切れるくらいの声で告白した光樹が?私が自分勝手に避けても、黙って受け入れていた光樹が?

 あり得ない。信じない。私情が入ってる?そんなの知るか!


 少なくとも、光樹は本気だったはずだ。

 だったら断るにしたって……もっと言い方があるはずだ!好きだった人にそんなことを言われた人の気持ちを、少しでも考えることは出来なかったの……?


「……そうか……聞いてくれて、ありがとなっ……」


 ミツキガ。ナイテイル。

 ミツキガ。キズツイテイル。


 ソノオンナノ、セイデ……?


 ……私はゆっくりと、その場を離れて校舎に戻る。


 ごめんなさい、光樹……今の私には、あなたに声をかける資格なんてない。幼馴染としても……あなたを好きな女としても。

 だから、少しだけ待っててほしいの。もういい訳なんてしない。もう逃げない。あなたにちゃんと謝って、あなたの支えになれる……そんな存在になれるように。


「ちゃんとしろ、私……すぐ行動するのよ!」


 話すきっかけを作ろう。謝ることを考えよう。

 もう一度、光樹とやり直して……新しい関係を始めるんだ。


 そして……


「あの女とも……いつか話を付けないとネ」


 名前も顔も分からないけれど……甘く見ない方がいい。




 恋する乙女に、出来ないことはないのよ?

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
勘違いモノとはこう言うのを言うのかっ、、、、!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ