朝日奈 紬
「紬、おはよー!」
「おはよー」
私は学校が好きだ。
勉学に悩みがある訳でもないし、友達も多い。部活動とかはやっていないけど、十分に高校生活を謳歌出来ていると思う。
ただ、一つだけ……
「……おう、おはよ」
「……ん」
もう、何で私はこんな素っ気ない返事しか出来ないかなぁ……!
一つだけ。一つだけ、私の心をもやもやと曇らせることが……人が、私の席の隣にいる。
皆田光樹、私の小学校からの幼馴染の男の子。
特に勉学や運動が秀でている訳でもないし、素行不良ってこともない。容姿も普通。本人がいつか言っていたけど、何処にでもいるであろう平凡な男子だ。
でも、小学校からの付き合いがある私からすれば……やっぱり特別だ。それも……す、好きかもしれないとなれば尚更……
いや別に、好きではないかな!?幼馴染だから特別なのは認めるけど、最近気になるのは好きとかそんなんじゃないはず……っ!
……はぁ、こんな中途半端な気持ちだからこんなにモヤモヤするのかなぁ……。
……私は最近、光樹とまともに話せていない。
高校に入ってからだ。友達に幼馴染であることを揶揄われた、そんな些細なことが切欠で、私は光樹と距離を置いてしまった。
我ながら酷いと思う。だってあいつからしたら、いきなり距離を置かれたんだもの……。
でも光樹は、何も言わなかった。それどころか、私に合わせるようにその距離感を受け入れた。
『大丈夫、分かってる』って……まるで私のことを理解してくれたように、その一言だけを残して……
そのままダラダラと一年が過ぎて……二年で光樹と同じクラスになれた。しかも……と、隣の席!
最後のチャンスだと思った。自分で離れていった癖に何様だって感じだけど……また中学校前みたいに彼と楽しく過ごしたい!
そう決意したのに……私は未だ、こんな素っ気ない挨拶しか出来ない……友達に向けるような笑顔が作れない。
恥ずかしい、申し訳ない、勇気が出ない……色々ある。
でも一番は……
「はぁ……」
……やっぱり今日も、元気ない……。
ずっとだ。進級してからずっと、光樹は元気がない。
ため息をつく。目元に隈がある。授業中も、休み時間も、お昼も、午後もずっとだ……べ、別にずっと見てる訳ではない。隣の席だし、視界に入るだけだもん。
とにかく……元気がない。
それに、やたらとスマホを気にしているのよね……。
一年前のわんぱく染みた快活さはどこにもなかった。
それもあって、私はほとんど話すことも、謝ることも出来ていない。
そんな、どうしようもない状況が少し続いたとき。
「……」
「……光樹?」
何てことのない放課後だった。
その日は用事があって、遅くまで学校に残っていた。他の生徒は、部活動の人たち以外はみんな帰ったであろう静かな校舎。
そんな時、屋上に向かって行く光樹を見てしまった。
この学校は、緊急時以外は屋上の立ち入りは禁止されている。そんなところに行くことにも当然不思議に思ったんだけど……
それ以上に……何か得体の知れないモノを感じたんだ……。
胸を掻き回すような、言葉に出来ない嫌悪感。高揚感とは全く違う……心臓がどくどくと、気持ち悪く奏でる。
ダメ……この先に行っちゃいけない。行ったら絶対に嫌なものを見る……っ!
なのに私の足は、光樹を追いかけている。
そして……聞いた。聞いてしまった。
「ずっと前から好きでした……俺と付き合って下さい……!」
何も、聞こえなくなった。
あんなに煩かった心臓の音も。私が呼吸する音も。私はただ、屋上扉の前で座り込むことしかできなかった。
「光樹が……告白……そんな……っ」
小さい頃から聞いて。最近は願っても聞くことが出来なかったあの声を、間違えるはずがない。間違いなく、光樹の声。
あぁ……なんだ。全部遅かったんだ……っ。
遅すぎる後悔。今更気付いたこの気持ちが、私の心をぎちぎちと締め付ける。幸せになれるかもしれなかったそれが、毒となって私を蝕み始めた。
涙が止まらないのは誰のせい?ずっと逃げ続けてきた私のせい。
声も挙げて泣けないのは誰のせい?ずっといい訳してきた私のせい。
感情の整理なんて出来ないくせに、呵責の声だけがはっきりと聞こえる。
……私がいても、邪魔なだけ……最後まで迷惑かけたくない……!ホントは私が逃げ出したいだけでも、そんな理由を付けてその場から離れようとした……その時だった。
「あなたとは付き合うどころか、友達とも思っていないので……ごめんなさい」
……ハ?
聞こえた。聞こえた、キコエタキコエタ。
小さくてもそれは気色悪く、私の鼓膜を振るわせる。
友達とも思っていない?
私は二人の関係なんて知らない。ずっと光樹を避けてきた私なんかじゃ、分かるはずもないし、そんな資格もない。
だからもしかしたら、ホントに親しい間柄ではなかったのかもしれない。
だけど……その言い様は何……?
『友達とも思っていない』
それを敢えて言う必要があったの?光樹があなたに何かひどいことをしたの?
あんなに真剣に、喉も掻き切れるくらいの声で告白した光樹が?私が自分勝手に避けても、黙って受け入れていた光樹が?
あり得ない。信じない。私情が入ってる?そんなの知るか!
少なくとも、光樹は本気だったはずだ。
だったら断るにしたって……もっと言い方があるはずだ!好きだった人にそんなことを言われた人の気持ちを、少しでも考えることは出来なかったの……?
「……そうか……聞いてくれて、ありがとなっ……」
ミツキガ。ナイテイル。
ミツキガ。キズツイテイル。
ソノオンナノ、セイデ……?
……私はゆっくりと、その場を離れて校舎に戻る。
ごめんなさい、光樹……今の私には、あなたに声をかける資格なんてない。幼馴染としても……あなたを好きな女としても。
だから、少しだけ待っててほしいの。もういい訳なんてしない。もう逃げない。あなたにちゃんと謝って、あなたの支えになれる……そんな存在になれるように。
「ちゃんとしろ、私……すぐ行動するのよ!」
話すきっかけを作ろう。謝ることを考えよう。
もう一度、光樹とやり直して……新しい関係を始めるんだ。
そして……
「あの女とも……いつか話を付けないとネ」
名前も顔も分からないけれど……甘く見ない方がいい。
恋する乙女に、出来ないことはないのよ?