28.すれ違いイベント(4)
「すいません、こういう子を見かけませんでしたか?」
「えっと……ちょっと分からないですね……」
「そうですか……ありがとうございます。突然失礼しました」
息を切らせながら、道行く人に声をかけて一枚の画像を見せること数十回。
しかしどれも同じ返答が返ってくるか、適当にあしらわれるかで、結果は何も変わらなかった。
「学生服とは言え、すれ違った人の顔なんて覚えてるはずもないか……厳しいなこれは……」
そしてつい、今の状況に対して弱音をこぼしてしまう。
根津鳥を捜し始めて一時間は経つだろうか。夕暮れの景色はとっくに消え去り、お空は真っ暗。街灯や帰宅途中であろう人々の喧騒が俺をぐるりと囲っている。
紬と絵心、三木先輩と後から合流した静音、そして俺で手分けして捜し始めたが、当然ながら人手が全く足りていない。捜さなければならない範囲すら定まらず、土地勘もなく、どこにいるかも分からない。根津鳥とは相変わらず連絡がつかない。
三木先輩が根津鳥自宅に連絡したところ、帰宅もしていなければ何の連絡もないことは分かったが、それは俺たちへの安心材料にはならなかった。
余りにも無計画。根津鳥が自宅に帰るのを待つべきだと、第三者がいれば言うだろう。
確かに妥当な方法だ。無作為に捜しまわるより、よっぽど可能性がある。
しかし……万が一、彼女が自宅に帰らないようなことがあれば。
万が一、人の多い安全なところではなく、何処か危険な場所でふらりとしていたとすれば。
これらは全て、万が一。もしかしたらという予測に過ぎない。
……そして裏を返せば、その可能性が捨てきれないということになる。だから俺たちは、根津鳥を捜すのを諦める訳にはいかない。無駄な苦労になってくれた方が嬉しいくらいだ。
「泣いてたんだぞあいつは……放っておいて、何かあってからじゃ遅いだろ……!」
だからもう一度、ぱん!と頬を叩いて気合を入れる。痛い。
弱音吐いてる場合じゃねぇ……!
「よし、次はもう少し駅近くで聞き込みを……地図検索で……」
『精神力が一杯だよ!女の子たちに会いに行こう☆』
「!?びっくりするわ!急にスマホ画面変えて話しかけるな!スマホ乗っ取られたのかと思ったわ……!」
……いや、間違ってないな。事実勝手にアプリが動いたし、乗っ取られている以外の何物でもないな。
「……あの、今は君というか、このゲームに構ってる暇がないんだ。早く引っ込んで、俺に地図アプリを使わせてくれ。サンゴちゃんよ」
今や勝手にあの恋愛ゲームアプリを動かし、画面中央に立ちながらニッコニコの笑顔で俺を見つめてくるサンゴちゃんに、いつもの調子で話しかける。
……いつもこんな事やってるのかって?そうですよ。もはやこの恋愛ゲームは音声入力でなければまともに動かない次元にまで至っているから、こうして話しかけてあげなきゃ進まないんですよ。
何なのその機能?音声入力出来るのに、手動では動かないって。技術力が高いのか低いのかはっきりしてくれません?
そしていつも通り、俺の手動操作は反応しないのね。はいはい、電源切れないアプリ落とせない。知ってた知ってた。
『精神力が一杯なんですよ?現状ヒロインが誰もいないのですから、地べた這いずり回って捜しにいかないと。ただでさえヒロイン側からは来てくれない、魚の骨みたいなステータスしてるんですから』
「ヒロインがいない現状が一番平和で幸せなんで……ねえ早く地図アプリ開いてくれない?ホントに急いでるんだって」
いつもならこのふざけたやり取りにも乗るが、今は遊んでいる余裕などない。
サンゴちゃんが動かないつもりなら、通行人の人にでも道を聞いて無理やり……
『……あの後輩さんを捜してるみたいですけど、時間の無駄だと思います』
「……何言ってる?というか何で知ってる?」
『この恋愛ゲームと私に対して疑問を持っても意味ないと思いますよー』
確かに……いや納得している場合じゃない。
この際、サンゴちゃんが知ってることはどうでもいい。このゲームが現実干渉してくることは割とよくあることだ。
だから問題は。
「時間の無駄ってどういうことだ」
『怒らないで下さいよ……事実を言っただけです。現状は余りに無計画。素直に彼女が帰宅するのを待つ方が余程現実的です。光樹さんもそう考えなかった訳じゃないでしょう?』
「今の根津鳥は精神的に不安定だ。何かあってからじゃ遅いだろ……!」
『それは彼女の自己責任です。光樹さんの言っていた通り全て彼女の勘違いであれば、何かあったとしても、勝手に怒り、泣き出し逃げ出した彼女の責任。そんな彼女のためにあなたがそこまでの時間と労力をかけるなどもったいな……』
「俺の大事な後輩だからだっ!!」
声を、出した。
声量を抑えきれなかったのだろう。俺の近くを歩いていた人たちが驚いたような視線を向けてきたのを感じたが、すぐに興味をなくしたのか、何事もなかったように歩き始める。
それは俺も同じだ。周囲の人間なんてどうでもいい。
俺の相手は、目の前の小さな画面で目を丸くしている彼女だ……!
「根津鳥はな、泣いてたんだよ」
『……』
「情けない話だが、その理由は今でも分からない。だが事実、俺たちが話していて、根津鳥は怒って悲しんで、泣いたんだ。どっちが悪い正しいの問題じゃない。泣かせてしまった。拒絶させてしまった。俺の大事な、一人の女の子の後輩をだ!だから心配だ!だから根津鳥に会って、もう一度話を聞きたい!泣かせてしまったことを俺が謝りたいんだ!!」
何も分かっていないのに謝罪するなど馬鹿らしいと言う人もいるだろう。そうかもしれない。
だからもう一度会って話したい。まずは謝る。泣かせてしまったことを。そして話す。何が彼女を追い詰めてしまったのかを。
これは全部、根津鳥に会わなければ出来ないことだ。
そして俺たちは根津鳥が心配なんだ。俺たちが根津鳥をそこまで追い込んだとか、そういうことは今は考えない!それなら後でいくらでも反省する!
「俺は今、根津鳥が心配だから捜すんだ。この気持ちに嘘はつけない……!」
サンゴちゃんは数秒、呆けたように俺を見つめたあと、スッと目を細めて俺を見つめてくる。
……初めて見る表情だった。だけど俺も目を逸らさない。端から見ればスマホと睨めっこしている変人だとしても、逸らさない。
背景に流れる、アホっぽいお気楽なゲームBGMが中々に鬱陶しい。
……サンゴちゃんが、ハーっと、大きなため息を吐いた。
『……彼女が走り出したのは、約一時間前。そうですね?』
「え?あ、ああ……そうだけど……」
『身体能力に、精神状態を考慮……時間帯別人口密集度を追加計算……気温・天候データ取得……』
……え?
「え?え、え?あの、まさかとは思うけど……根津鳥の現在地を計算しちゃってる感じ……?」
『私にかかれば朝飯前です。あと十数秒お待ちください』
……怖っ!怖い!怖あっ!!
頼りがいあるとか以前に怖いんだけど!!?そんな簡単に位置情報とか割り出せちゃっていいの!?だから何なんだよこのゲーム!それが俺のスマホの中にいるって!
計算中なのか何なのか分からんけど、その高速でパチパチ瞬きするの止めて!サンゴちゃんがやると尚のこと怖いから!
『……終わりました。可能性のある場所を数か所マークしました。まあ、そこに行けば会えるんじゃないですかね?』
「……まさか、手伝ってくれるのか?」
『心外ですね。今までもモテる方法から始まり、健康料理の作り方、運動指導など随分と尽くしてきたはずですが』
「ははは……」
苦笑い一択ですね、はい。
兎にも角にも、これでむやみやたらと捜しまわる必要がなくなった……!この絞られた場所を紬たちと手分けして捜せば根津鳥もすぐに見つかる可能性が高い……!
「ありがとなサンゴちゃん!このゲームやってて良かったって、初めて思ったぜ!」
『……皮肉なものですね』
「え?いやいや、本気で感謝してるって!」
『……そういう意味ではありませんが……とにかく、出来るだけ早く見つけ出すことを推奨しますよ』
――彼女、ちょっと危ない所にいるかもしれないので。