26.すれ違いイベント(2)
かくかくしかじか。あれやこれやと、絵心から根津鳥たちの頼みごとについて詳しく聞くこと数十分。
結論。俺が男好きという判断に至った理由は分かりませんでした。
いや怖いよ。分かるのも怖いし、分からないのも怖いよ。俺は恐らく今、人生で一番の恐怖を感じている。
絵心は頼まれたことをただ実行しただけで、その理由については何も言及しなかったそうだ。その絵心の純粋な心……将来悪い奴に騙されたりしないか僕は心配です。
ああもう、面倒くさい!
この際だ、どうしてそんな憶測や結論に至ったかの経緯は無視して、とにかく『俺は男好きじゃない、女性が好きだ!』とはっきり言えば全部解決するだろう。
遠回しな言い方になって余計にこじれる心配もなくなる。そうしよう。はい、この話終わり!俺もう疲れた!
「光樹先輩、どうでしょう……?」
「んー……ちょっと性格が強引になり過ぎてる気がするかな。恋は人を変えるというけど、読者は違和感を覚えるんじゃないか?もう少し言葉遣いをマイルドにしてみるとか……」
「な、なるほど……」
ただ、この誤解が切欠で彼女……絵心と親しくなれるとは思わなかったなあ。
「……というか、本当に良いのか?俺はこの手の創作なんて完全な素人だし、大したことは言えない……というより説得力もないと思うんだが……」
「いえいえ、とてもありがたいですよ!それに……こんな風に好きなことを受け入れて下さる人は光樹先輩が初めてで……とっても楽しいんです。えへへ……」
書いたばかりの綺麗なイラストを優しく撫でながら、彼女は恥ずかしそうに……しかしはっきりと感謝の気持ちを示してくれた。
つまり、そういうことらしい。
彼女の男性同士の恋愛という趣味趣向は、万人受けしない。正直に言えば俺もこのジャンルは人を選ぶと思うし、好きだと臆することなく言える人は少ないと思う。多感な学生なら尚更だ。
だからこそ、本当に偶然ではあったが……彼女の好きなことに理解を示すことが出来た俺は受け入れてもらえたらしい。
「そっか……でも、確かに難しいジャンルかもしれないが、学校にも同じ趣味を持ってる人はいると思うぞ?ほら、あの瓶底眼鏡とかともやり取りがあったんだろ?」
「び、瓶底眼鏡……ですか?」
「ああ、ネット上だけで顔は知らないのか……ほら、この頭のおかしい恋愛ゲームの元凶だよ。君にイラスト提供をお願いしてる奴」
「あ、あの人ですか……あの人とはあくまで、その恋愛ゲームを通したやり取りしかなくて……」
「ありゃ、そうか……」
「それに私、ちょっと……あの人は怖くて苦手で……」
哀れ瓶底眼鏡……っ!!
というかあいつ、本当に害悪でしかないな!ネット上の文面だけの繋がりだけで一人の少女を怖がらせるって、むしろどうやるの!?
いや怖いってのも凄い共感出来るけど!何せ人を壊す(精神的・社会的その他諸々)恋愛ゲームを作ってる張本人だからね、俺も何度恐怖を感じたか分からないよ。
しかしそうか……あいつ以外ならあとは……あ。
「凛……根津鳥はどうだ?凄く親しい間柄って認識してるんだけど……」
凜は絵心のことを影ちゃんと呼んでいた。つまり愛称で呼べるほどに距離は縮まっているはずだ。
今思い返せば体育祭でも一緒に行動していたし……あまり親しい友達はいないと自ら言っていた凜があんなにも楽しそうに笑っていたのだ。随分心を許しているのは間違いないだろう。
何より……あいつが人の好きなものや大切にしていることを蔑ろにするとは到底思えない。
彼女自身、人間関係に関しては色々と苦労してきたのだから。
「……そうですね……凛ちゃんは優しい人です。根暗な私にも話しかけてくれるくらいに優しくて、明るい人です」
しかし、絵心は寂しそうに顔を伏せてしまった。
「でもそれは、私がこんな趣味だと知らないからです」
「……それはどういう……」
「凛ちゃんは私がこういう絵を描いてることを知りません。見せてもいません。だから……ただ暗い女子だと思ってるから、普通に接してくれるんです」
「……」
「でも、私がこんな趣味だなんて知ったら……絶対拒絶されます。気持ち悪がられます」
「絵心……」
うん……
「それはないんじゃないかな……」
「え?」
「いや、だって……凜はもう君がこういう趣味だって知ってると思うぞ?」
「……へ?」
嘘でしょ?と言わんばかりに口をぽけーっと半開きにしてこちらを見る彼女。
やっぱりこの子、だいぶ天然なところあると思うなぁ……
だって俺が“男好き”だって疑われた時、凜は真っ先に絵心のことを頼ったのだ。それは彼女に頼むのが一番だと判断したから。
つまり、凜は絵心の事情を知っている……あるいは勘づいていて、その上で絵心との仲を築いているだろう。
「ほ、ほんと……ですか……?」
「多分な?でもそう考えるのが妥当だと思う。まあ本人に聞いてみない限り絶対とは言えないけど……」
「凛ちゃんはそれを知ってて……私と……」
本当に気付いていなかったのだろう。嬉しいのか恥ずかしいのか、それとも信じられないのか……ボーっと自身の指先を見つめている。
「……一度話してみたらどうだ?友達として、さ」
「……はい」
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「今日は本当に、ありがとうございました……!」
「そんな、お邪魔したのは俺の方だし」
「いえ、先輩の大事な時間を割いてお呼びしたのは私ですから……」
そう言って深々と頭を下げる絵心。ちょっと謙虚過ぎて申し訳なくなるな……
「み、光樹先輩には本当に感謝しているんです。こんなにも気持ち良くなるというか、気分が晴れるのは初めてで……正直、最初は部屋に上がってもらうのは怖いって思ってたりしたんですけど……今は光樹先輩に全てをさらけ出すことが出来て良かって、思ってます……!」
……ああ、と内心で納得する。
確かに絵心は臆病な部分があるし、内気な性格だろう。ただそれ以上に思いやりがあり、素直な出来た人間だと思う。
だからこそ、凜とも打ち解けることが出来たんだ、と。
「……私、凛ちゃんとしっかり話そうと思います。本心を伝えられるなら、それが一番だから……」
「ああ、俺もそれがいいと思う。分かってもらえるはずだ」
彼女は覚悟を決めたように少し表情を強張らせているが……きっと拍子抜けなくらいに簡単に受け入れられると思う。
ただ、彼女の告白は必ず凜との関係を以前とは違うものに変えてくれるはずだ。もちろん、良い意味でだ。凜も絵心が隠したがっていたのを察していたからこそ、今まで直接的に尋ねることはなかったのだろう。
しかし絵心の言うように、本心で語り合えるならそれが一番のはずだ。
絶対に今よりも彼女たちの距離は縮まると俺は信じている。
「じゃ、そろそろお暇するよ。絵心さえ良ければ、いつでも(話の)相手になるから」
「は、はい!それではまた……」
「随分楽しそうですね、お二人とも」
……一瞬、誰の声か分からなかった。
「ああ、あはは。そっか……実際、楽しかったんですものね……?」
だってその声は、全くもって彼女らしくない――
憎み、怒り、そして……どろどろとした哀しみ……すべてをぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたかのような、沈んだ声だったから。
「……根津鳥?」
「り、凛ちゃん……?どうしてここに……」
「……」
……根津鳥の表情は、暗い夕暮れで包まれて、見えなかった。