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25.すれ違いイベント



 俺は『絵心影華』という女子生徒のことをよく知らない。


 初めて彼女と知り合ったのは体育祭の後で、その時の時間はせいぜい数十分といったところだろう。あの恋愛ゲームのイラスト担当だと判明した衝撃的な出会いではあったが、それでも彼女と直接関わったのはあの時が最初で最後。それ以降、ちょっとしたメッセージでやり取りをするくらいの、とても薄い関係性。


 絵を描くことが好きな後輩の女子生徒であり、凛の親友……俺が絵心に対して持つ情報なんてその程度のものだった。


 つまり親しくなる機会も要因もほとんどなかったと言っていいだろう。なにせ彼女も俺のことなど対して知らないはずなのだから……。


「どうぞどうぞ光樹先輩、遠慮なく上がって下さい!あ、今飲み物も用意しますので、色々見ていていいですよ!」

「あ、はい。お構いなく……」


 ……そんな俺がなぜ、彼女の部屋にご招待されてしまっているのかな……?


「えへへ……普通だったら絶対この部屋に入れる人なんていないので……先輩と色々出来ると思うと夢みたいです……!」


 距離感バグってない……?

 な、何があったんだ?どうやって俺はあの内気で、口下手で、コミュニケーションを苦手としていた絵心に、頬を赤らめさせながら笑いかけてくれるほどの好感度を稼いだの!?


 いや好意を持たれることは嬉しい!嫌われるよりかは断然嬉しいよ!?

 だけどその要因に全く心当たりがないのが恐怖過ぎる……!何をしたんだ俺は……好感度を爆上げする課金アイテムでも使ってしまったのか……?


「よし、お待たせしました光樹先輩。それじゃあ始めましょうかっ」

「あ、はい」


 それと……そう。あと一つ。俺を混乱の境地に立たせたあと一つの要素。


「控えめな男性が受けとなりいわゆる肉食系の男性が攻めに入るのが王道ですが、私としては誘い受けも攻めの一つに入ると思うんですけど光樹先輩はどう思いますか?」


 何を言ってるんだこの子は……?


 分からない。正直、入試とか現国のテストなんかより難しい問いかけをされているとしか思えないんだが、せめて選択肢をいくつか用意してもらえないだろうか。いやそんな、喜々としてカッコいい男の絵を見せられましても。絵はすごい上手だと思うけどね?


「えと……どう思う、とは?」

「先輩がなるとしたら攻めと受けのどっちがいいかってことですよっ」


 だから攻めと受けって何!?なるって何に!?

 現状何のジャンルの話をしているのかも理解していないんだけど!?あの恋愛ゲームだってもう少し説明があるよ!?


 くっ、分からない。分からないが……何だろう。


 下手な発言をすると取り返しがつかない気がする……っ!なんか、人間の尊厳とかそんなレベルで……!!


「あー……その、ちょっと答えにくいかなぁ……」


 だから曖昧にごまかす。

 とにかく彼女が何の話をしているのかを知りたい。この、何も分からない状況は怖すぎる。


「……大丈夫ですよ光樹先輩。何も怖がらなくて大丈夫です」

「いや、そうは言ってもこの状況は……」

「私も先輩と同じでした。理解出来なくて、そして理解されなくて……本音を言うのも怖くて仕方なかったです」

「う、うん……?そうなんだ……?」

「でも、大丈夫です。私も光樹先輩と一緒ですから」


 ……ん?


 つまり彼女も今の状況を理解してないってこと?

 え、まじでどういうことなの?現状を作り出した君が分かってないとか、もう誰にも分からなくない?それで大丈夫って?


 ????


「恥じることなんて何にもないんです!好きって気持ちに間違いはないんですから!」

「ごめん、今って何の話をしてるの??」


 攻め?受け?

 恥じる?気持ち?


 頭が限界だ。何も分かりません。

 だって話が繋がらないでしょ。男性のイラストを見せられて受けとか攻めとか、恥じるとか。結局どうして俺はお呼ばれしたんだ?


「光樹先輩が男性とお付き合いする場合、攻めと受けのどっちかとい……」

「ちょいストップお願いしていい?」


 おかしい日本語になっちゃったけど、いいよね。

 彼女の方が数億倍おかしい日本語使ってるもんね。


 うん、そうだな……とりあえず。


「……“男性とお付き合いする場合”ってどういうことかな……?」

「?だって光樹先輩は男性が恋愛対しょ」


「ちょいストップお願いしていいかなぁぁ!!!??」


 大声をあげて彼女の口を止めました。


 近所迷惑?知ったことか。


 


 




△△△△△△△△△△△△△△△△△△


「本当に申し訳ありません……記憶消して下さい……!!」

「顔を上げてくれ。誤解だって分かったし、何より絵心さんのせいじゃないからさ」


 説明を終えたすぐ後に、彼女は土下座していた。土下座検定があれば師範代とかになれそうな完璧なる土下座だった。


 とどのつまり、全てが勘違いであり誤解だったのだ。


 三木先輩、紬、そして凛から頼まれた一つの話。それが俺の恋愛観念を確かめるということ。ぶっちゃけると『先輩ってどんな人がタイプで恋愛対象なのか聞いてきてくれない?』ってことだ。


 ……うん。まああの恋愛ゲームに夢中(強制)な訳だから、そりゃ心配にもなるだろうさ。静音に諭されて自重しようと思っていたほどなんだからね。

 気になるのは分かる。そこは理解できる。


 問題は次だ。



 『先輩って男の人が好きかもしれないんだよね……』



 どーいうこと?“かも”って何よ。どこに可能性を見出しちゃったのよ。

 だって君たち、俺が恋愛ゲームやってるのご存知だよね?一体どういう思考回路の果てに男好きの結論へ至ったのか詳しく聞きたいくらいなんだけど?

 

「あいつらの誤解も大概だが……そもそもどうして君が頼まれたんだ?」


 これが解せない。この手の繊細な話題なら、むしろ俺と親しい人が聞き出す方がまだ効果的なはずだ。それが何故、今までほとんど関わりのなかった彼女が……。


「っ!!そ、れは……」


 しかしそれを尋ねると、彼女はびくりと肩を震わせ、きゅっと口を結ぶ。

 まるで、何かを恐れるかのように。


「……もしかして絵心さん、男性同士がそういった関係になる創作とかが好きとか……?」

「!!?あ、あああああっ!!!」

「!?」

「ごめんなさいごめんなさいっ!!お願いします!誰にも言わないでっ!!何でもしますからあ!!!」


 ちょ、また土下座!?今までの受けとか攻めとか、部屋に飾られたイラストで男性ものが多かったから何となくそうかなと思ったけど、何もそこまで……!


「わ、分かってるんです……はたから見れば普通と違うって……気持ち悪がられるって……!だからお願いですっ。言いふらさないで下さい……!!」


 本当に必死なのだろう、声もその華奢な身体も小刻みに震えて、お願いだから誰にも言わないでくれと懇願する彼女。


 ……なるほど、合点がいった。

 俺をこの部屋に招き入れたときやたらと上機嫌であったのは、同じ趣向の人物だと思い込んでいたからか。様子を見るに、彼女は誰かに拒絶されるのが嫌で、ずっとその気持ちを隠し続けてきたのだろう。


「……とりあえず落ち着いてくれ。人の嫌がることを言いふらすような趣味はないからさ」

「あ、ありがとうございます……っ。では、その……今は一万円しかないので……追加に関しましては追々で必ず……」

「いやお金なんていらないから!!」

「ひえ!?あ……その、わ、私の身体は小っちゃくて魅力も何もないですけど、それでよろしければ……」

「むしろ脅迫してるの君の方じゃないかこれ!?」


 この子けっこう余裕あるんじゃない!?さっきからそれなりに騒いでるし、近所の人とか隣人さんが聞き耳立ててようものなら言い訳出来ないんだけど!?


「とにかくっ。脅しなんてしないから!大しておかしい趣味だとも思わないし……」

「……お、思わないんですか……?」


 恐る恐る、様子を探るように涙目を向ける彼女に対し、俺はしっかりと頷いた。


 確かに一般的かと言われればそうかもしれないが……誰かと価値観が異なるなんてよくあることだ。

 俺のやっている恋愛ゲームだって、見る人が見れば二次元キャラと恋愛(恋愛……?)しているのは好感を持たれないだろう。どんなジャンルや趣味にしたって、誰も彼もから共感してもらおうなんて不可能だ。


「安心してくれ。絵心さんが望むなら、誰にも言わないよ」

「ほ、本当ですか……あぁ……良かった……良かったです……」


 心底安心したのか、そのまま彼女は机に溶けるように突っ伏した。


 うん、良かったね。俺も君の誤解が解けてよかったと肩の力を抜きたい所なんだけど……そうもいかない理由があるんだこれが。


「俺が男好きかもしれないって頼まれた時の状況を詳しく教えてくれ」


 

 

 とりあえず言いたい。

 何考えてんだあの三人組。

 

 

 

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