発覚
「……はい、これにて終わりとなります……いえいえ、ご協力ありがとうございました。失礼します」
生徒会で電話対応をすることは珍しくないらしい。
一般生徒からの日常的な疑問に答えたり、文化祭などのイベント前には確認事も多くなるから、電話対応のスキルは必須なんだ……と、いつだったか令花先輩が教えてくれた。
ただ……ここ数日の私たちにとって生徒会の電話は、全く違う意味を持っています……
「……ふぅ」
「お疲れ様です、会長」
「ありがとう……じゃあ後はいつも通り、紬ちゃんにお願いね」
がちゃり、と通話を終えた令花先輩が電話を置きました。
そして労わりの言葉もそこそこに、静音先輩が弄っていたノートパソコンを持って立ち上がります。
向かう先はもちろん……ソファーにうずくまるように座り込んでいる紬先輩の元です。
「紬、USBはここに置くからね」
「……」
紬先輩は何も話しません。
ただただ……先輩の目の前に置いてあるもう一つのパソコンをちょっとの瞬きもせず凝視して……そして耳にあてているヘッドホンに手を当てて、自分の世界だけに集中します。
そんな紬先輩に何か言うことなく、静音先輩は令花先輩の隣に戻ります。
……こんな作業が、ここ数日の生徒会室では繰り返し繰り返し、行われているのです……
「……慣れましたけど、とんでもない緊張感ですね……」
「仕方ないよ。やってることがやってることだし……ここまで成果が出ないとなると、ね……」
私はすっかり自分の定着席となってしまった椅子に座り込み、つい身体を机に投げ出してしまいました。ぐでーっと。
未だ頑張ってる令花先輩たちの前で失礼なのは分かってますけど……いやでもしょうがないですって!この作業、すごい精神がすり減っていくのを感じるんですもん!
あとその……紬先輩のストレスがヤバそうってのもありましてね……?
もう呼吸してるのかも不安ってくらい、あの人の纏うオーラがヤバいんですよ。実際ちょっと近づくと呼吸がしづらくなる錯覚さえ覚えました。
まあ彼女の焦る気持ちは十分理解できるのですが……
「予想以上に上手くいきませんね……『先輩を振った声の人捜し』は……」
「何百人といる生徒の中の一人だからね。簡単に見つからないのは覚悟の上だったけど……」
――『先輩を振った声の人捜し』
それが今、現在進行形で私たちが行っていることなのです。
まあ、簡単に言うとですね?
この高校に在籍している女子生徒に片っ端から連絡を取りつけて、あの忌まわしい『友達とも思っていないので……』という呪文を喋らせ録音。それを実際に聞いた紬先輩に聞いてもらい、本人かどうか判断するっていう作業です、はい。
この方法を聞かされたときは、本当に素晴らしいアイデアだと思いましたよ!
限られた情報でありながら、先輩に悟られないよう隠密の上で実行できるこの作戦!そして全女子生徒に行えば絶対にいつかは特定できる確実性!
唯一、紬先輩の記憶が頼りである点は心配ではありましたが……
『聞き間違いとか、大丈夫ですか?』
『ねえ凛。耳元でゴキブリがさざめいて、すぐに忘れられるの?』
『いえ、気持ち悪くてしばらくは耳に残ると思います』
『つまりそういうことよ』
ゴキブリが飛んだ音のように、先輩を振ったとんでもなく不快なセリフを聞き間違えることなどありえない。忘れたくても忘れられない……ということですね!
これは益々確実性が上がりました!と、当時はガッツポーズを決めたものでしたが……
「ここまで特定できないなんて……」
紬先輩の憎悪と執念は本物、つまり先輩を傷つけやがった女はまだ判断していない女子生徒たちに絞られる……はずなんだけど、ここまで見つからないと逆に不安なのです……
もしこのまま見つからなかったら……
「焦っちゃダメだよ。ここまでやって作業がおざなりになったら、それこそ今までの過程が無駄になっちゃう」
「そうですね……ごめんなさい令花先輩。何度も女子生徒に連絡してもらってお疲れなのに」
「いいんだよ~。これは私にしか出来ないことだから」
そう言って、令花先輩は優しく微笑んでくれました。
この作戦は、実際に先輩が振られた現場を見ている紬先輩の存在もそうですが、令花先輩もまた欠けてはならない人でした。
何せ該当する女子生徒はたった一人。他は全くの無関係ではありますが、全ての女子生徒から件のセリフを聞き出さなくてはなりません。
でもいきなり連絡が来て『このセリフをなるべく嫌悪感たっぷりで言って下さい』なんてお願いしたところで、意味が分からないと協力を渋られることは分かり切っています。
しかし何故か生徒会長の令花先輩がお願いしたら、とんとん拍子で事が進んだんですよね。さすが生徒会長と言ったところでしょうか。
『シンデレラを探す王子様になったみたいでワクワクだよ~』
こんな憎悪にまみれたシンデレラは私知りませんけどね。
まあ、ワクワクするのは同感ですが。やっと雪辱を果たせるという意味で。
しかしこうも終盤まで、怪しいと思える人が出てこないとなると……残りの数十人の内の誰かだという期待が半分で、見つからなかったらという不安も半分で……
誰もが精神的にけっこう堪えてるのが現状なんです。
「大丈夫。あと数人、あと数人の中に必ずいるはずだから……」
「そうですね!頑張りましょう!!」
そうです。見つからないなんてありえない。
不安を期待で抑え込んで、私たちはラストスパートをかけました。
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
「有り得ない……有り得ないわよこんなこと……」
結論から言いますと……
“セリフ作戦”、失敗でした。
「あの……紬先輩、本当にいなかったんですか……?」
「そんなの私が一番信じられないわよ!だけど、どうしてもあの脳裏にこびり付く、吐き気すら催す声と同じ人がいなかったんだものっ!」
行き場のないストレスからか、握りこぶしを作ってソファーにぼふりと沈める紬先輩。彼女の罵倒語もフルスロットルです。
かく言う私も正直、精神的にやばいですが……
そして私は何気なしに、生徒会にあるホワイトボードに目を向ける。
・皆田光樹に関わる女性は二人と断定
①名前不明。学内の屋上に立ち入ったことから一般生徒か
→学内調査中
②通称:ミキちゃん。昼食を一緒に食べる仲、恐らく校内の一般生徒
→該当者を確定出来ず
……ここまで調べるのにも随分と苦労したのに……。
つまりこの情報から、先輩を振った女と財布扱いした女は絶対にこの学校にいるはずなんです。だからこそ、女子生徒を片っ端から調べる“セリフ作戦”は確実に成功するはずでした。そう信じて頑張っていたのに……
最後の女子生徒の声を聞いた紬先輩の否定の言葉と同時に、今までの努力が水の泡になってしまったのです……
「この学校に在席しているのは間違いない……なのに『ミキちゃん』だけでなく、振った女すら見つからないなんて……!」
「怪しまれて、意図的に声を変えられたのでは?」
「やっぱり私が直接聞き出すべきだったのかな……こんな出来事に覚えない?って……」
「そっちのが勘づかれますよ……」
と言うか、それを避けるための“セリフ作戦”だったじゃないですか。
それに静音先輩が指摘したように、果たしてその女たちにそこまで器用なことが出来るでしょうか?
告白を罵倒で返す、人を財布扱いする……それは自身への報復や仕返しを恐れていない、余りにも短絡的な行動です。
そんなことを平然とやってのける輩が、急に連絡して状況を察し、うろたえることなく声を変える?それこそ紬先輩たちが気付かないはずがありません。
「……」
「はあ……」
重い空気が生徒会室内にのしかかります。
紬先輩はソファーの背もたれに力なくもたれかかり、令花先輩はお茶の入ったコップを見つめるばかり。静音先輩もそんな私たちの様子にかける言葉もないようで、彼女にしては珍しくソワソワとしています。
どうすればいいんですかね、これから……
「……とりあえず、私はもう一度声を聞き直すわ。何となく、似てる人はリスト化しといたから。まあ違うとは思うけど、何もしないより……」
「そうだね……私も“ミキちゃん”の方を聞き直すよ」
先輩たちはまだ諦めていない……けれど、疲れは隠せず、まるで誰かに操られてるみたいにフラフラしてる。
でも、先輩たちが頑張ろうとしている中で、私だけがこのまま放心している訳にもいかない。だからいつも通り書類整理に励むだけです。
「むう……こんなにリストアップもしたのになあ……」
紙に羅列された、名前名前名前……学年にクラス。もう見てるだけで頭が痛くなってくるのに、また見直さなきゃいけないなんてぇ……
せめてミキちゃんっぽい名前ぐらいあっても良かったんじゃないですかねぇ?なんて、誰も責められない苛立ちすら覚えます。まああだ名なんて、名前に由来することばかりじゃないと思いますけど……
それにしたってこの学校の女子生徒に、ミキちゃんと呼べなさそうな名前しかないのは嫌がらせですかね、全く。
そして私は次の一枚を手に取りました。
「あれ、こっちは男子生徒の名簿……?」
「ああ、ごめんなさい。名簿を引っ張り出した時に、男子のも混ざってたみたい」
「あ、そうでしたか……幹下昇、佐藤三輝……はあ、こっちの方が余程調べやすいですよ」
……
「こら凛。男子は関係ないんだから、置いときなって」
「そうだよ~。調べるのは女子生徒なんだから」
「あはは、ですよね。ちょっと現実逃避してました」
……
「……」
「……」
「……」
「?」
……
……ちょっと待って……
先輩が告白した相手……
ミキちゃんと呼ばれた相手……
その二人が女子であるなんて、誰も言って無くない?