24.手作り弁当イベント
「ここが我が家です。どうぞ、入って下さい」
「お邪魔しま……す……」
静音の一日一食というえげつない私生活が露見してから少し経って、俺は宣言通り円財家へとお邪魔させてもらった。
明音は軽く笑いながら意気揚々と、一方の静音は居心地が悪そうにソワソワとしている。
明音はけっこう長い間、静音の現状について頭を悩ませていたようで、俺という相談相手が出来たことに安心しているようだが……当の本人である静音には色々と気まずいのだろう。
何せ内容が内容だ。
私生活に口を出されるのは気分が良いものではないだろう。しかし彼女の健康がかかっている以上、俺も黙って見ている気にはなれないのだ。
そうしてついに彼女たちの案内のもと、放課後に円財家へと来訪したのだが……
「いや、まあ、うん……よそ様の生活に何か言うつもりはないんだけどさ……」
まず一言、内心で言わせてもらおう。
暗い。
円財家の屋内は異様に暗かった。
まだ日は落ちていないのに、それでも暗い。というかよく見ると、電球すら付いていない。電球が切れて、そのまま付け忘れちゃったのかな?
「我が家は節電生活を徹底しているので、基本的に電気はつきません。足元に注意して着いてきて下さい」
「……玄関でこれって、先が思いやられるんだけど……」
お金大好き事情はどうやら、円財家の総意らしい。
「……二階のここが私の部屋……なんだけど……」
「……なんだけど?」
「……その、ちょ、ちょっとだけ待っててくれないかしら?ほら、片づけとかしたくて」
なぜこのタイミングで?
俺が円財家にお邪魔する日が決まるまでに日はあった。それに今日も明音に案内を任せて先に片付けておけばよかったのでは……
「はいどうぞ、皆田さん入っちゃって下さい」
「本当に怒るわよ明音!!」
「もう怒ってるじゃないですか」
視界の端で静音が明音に掴みかかっているみたいだが、俺はちょっと……うん。そっちに気を配る余裕はないかな。
机代わりの段ボール。しかもみかんが入ってたらしい。
床にも段ボールが敷かれている。座布団の代わり?
立てかけられている段ボールの板には、何やら書類が画鋲で止められている。
天井からは蠟燭が明かり代わりに吊るされている。
……え、何?ここ何時代?
「なあ静音。これはあれだよな、今日だけ凄く深い理由があってこういう内装になっているだけで、普段は段ボールを机代わりになんてしてないんだよね?」
「……中学校の頃から」
五年間もこのお部屋でお過ごしになられてるいらっしゃるの!?
俺と知り合う前から!?噓でしょ、というか何で俺も今まで知らずにいたのこの状況を!?
「そ、その……失礼ながら私服とかはどちらに……」
「ないわよそんなの」
「ないわよそんなの!?」
「だ、だって基本は制服で過ごしてるし……暑い時は体操服着て、寝るときは学校指定ジャージで、全然生活に支障はないし……」
こいつが生活に支障をきたすレベルって、それこそ家がなくなったりしないとダメなんじゃないの……?
「……分かって頂けましたか?」
「ああ……これはさすがに……」
「では後は皆田さんにお任せします。どうせ私が言っても反発されるだけですし……あとバイトもありますので!」
そう言って明音は自分の部屋にバタリと入ってしまった。
残されたのは、悔しいのか恥ずかしいのか分からないが頬を紅く染めた静音と、深いため息を吐いた俺だけだ。
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「……まああれだ。明音も心配なんだって」
「余計なお世話よ。自分のことは自分で管理出来るもの……!」
その感じが明音の心配の種なんじゃないかなぁ……
突然だが……静音には親しい人物がいない。少なくとも俺は学校内で彼女が友人らしき人物と話していたりする光景を見たことも、彼女からその手の話も聞いたことがない。
だけど生徒会にいることもあって、あくまで事務的に誰かと関わることは出来る。三木先輩にも頼りにされているのは、三木先輩本人から聞いた話だ。
ただ……一般的な高校生と比べると、その性格は致命的で。
『あの……円財さん!俺と付き合ってくれませんか!?』
『ごめんなさい。お金が勿体ないので……』
告白でこんな返しをする女子高生を見たことがあるだろうか?
俺はあの恋愛ゲームですら見たことがない。あの恋愛ゲームをも超えるとか、ある意味才能だと思う。
一年の頃、彼女と同じクラスだった俺でもこの告白劇は衝撃的だった。
その後、静音は色々な意味でその男子に必死に謝ったという。
告白を断った意味でのごめんなさい。とんでもない誤解を与える断り方でごめんなさい……と。
彼女は純粋に、恋愛や友好関係の中で娯楽にお金を使う意味が見いだせないのだ。生活には必要ない、だからお金を出す理由がない。
だから彼女には今まで恋人はおろか、友達さえ作れたことはなかったという。まあ確かに、全くお金を使わずに誰かと付きあうってのは難しいだろうなぁ……。
生徒会に入ったのも将来のためであって、決して日常生活を充実したものにしたいといった理由ではないらしい。
……彼女の病気的なまでの節約精神、貯金癖。
一年の頃から分かってはいたつもりだったが、まさか自分の生活まで追い詰める域に達しているとは……。
「静音の生活だし、赤の他人があれこれ言うべきじゃないとは思うが……さすがに一日一食はやり過ぎだ。明らかに一年の頃から悪化してるじゃないか」
「だから別に大丈夫よ。体調だって別に……」
「それは静音の自己判断でしかないだろ?それでお前が倒れたりしたら、親御さんに……明音や三木先輩はどう感じると思う?」
「う……それは……」
断言しよう。三木先輩は泣く。確実に悲しんで泣く。
三木先輩は優しい。生徒会長なだけあって、俺を含めた何でもない生徒のことも親身になって見てくれる。
そんな彼女が、最も近くにいた静音の異変に気付けなかったと分かったらどうなるか……彼女を尊敬している静音にも十分想像できるはずだ。
「……分かってはいるけど……どうしても勿体なく感じちゃって……」
「……分かった。じゃあ俺が静音に弁当を作ってくるよ」
「へ!?な、何でそんな結論になるの!?」
「荒治療だ。こうでもしないと、また食べないだろ?」
「で、でもそんなの悪いし……!その……会長、にも……」
「……?とにかく、悪いと思うなら改善してくれ。しばらくは俺の弁当で我慢してもらうぞ?」
ここだけの話、弁当作りには自信があるのだ。
当然、恋愛ゲームクオリティである。今までは栄養だけでなく、流行や見た目にまでこだわった弁当を作らされては自分で食わされるという、俺何やってんだ現象が起きていたものだが……ここにきてそのスキルが日の目を見るとは。
なんて、俺が勝手な自己満足にうんうん頷いていたら、静音がおずおずと口を開いた。
「……どうして、ここまでしてくれるの……?」
「だから、静音が心配……」
「今のあなたは私に構う程の余裕はないでしょう?その、環境的にも……金銭的にも……」
あー……それを言われると弱いな……
確かに恋愛ゲームに忙殺される日々であり、現実世界でではあるがお金も結構使って、余裕があるとは言えない。
だけど俺が静音に弁当を作ることは、俺が恋愛ゲーム以外に楽しむことが出来たということ示すことにもなるのだ。
「弁当作りなら一人も二人も変わらないだろ……それに、俺は静音を友人だと思ってるからさ。困ってたら……お互い様じゃん?」
彼女は体育祭のあの日、俺に向き合うことの必要性を気付かせてくれたのだから……これは恩返しみたいなものだ。
「っ……はぁ……前途多難ね……私も、あなたも……」
「そういう訳だ。よろしく頼むぞ」
「ええ、よろしくお願いするわ……で、でも一つだけ。一つだけ約束してほしいのだけれど……」
――これは私たちだけの秘密にして……ね……?