2.お弁当イベント
突然だが、今俺が攻略しているのはミキちゃんという女の子だ。
学生服を着た、黒い長髪の女の子。その身なりは品行方正で清楚な先輩キャラ。だが性格はいたずら心があり、ちょいちょい男心をからかうユニークさを持ち合わせているというギャップ萌えのヒロインだ(ゲーム内テキストより抜粋)
学生であり、その性格が功を奏して授業中に妙なアクションを起こしてこないのは救いである。前のヒロインは授業中だろうとゲーム内からメッセージを送ってきて、それを無視すれば好感度が下がるという地獄のようなヒロインだった。
もうね、授業中にぶるぶるバイブが震えるもんだから、スマホの電源を切ったのよ。そしたら勝手に起動させて、関係性を見たら絶縁状態になっていた。
俺のスマホが遠隔操作されてるとか怖いよ。絶縁して良かった……どっかのフォルダに潜んでるとかヤンデレ属性発揮してないよね?あとで確認しよう。
そんな恐怖を軽く思い出すが、今は優等生のミキちゃんがヒロインだから、授業中も黙っていてくれる。おかげでとりあえず、昼休みまでは平穏に過ごすことが出来た。
……昼休みまでは。
「ね、ねぇ光樹!わた、私ね?その……お、お弁当を作ってみたんだっ!良かったら、食べてほしいの……っ」
さて、昼休みとなった教室。赤面しつつも涙目の上目遣いで俺を見つめ、可愛らしいお弁当を突き出しているのは、朝日奈 紬という女の子だ。
……だからお前、そんなキャラじゃなかったよね!?
昨日まではめちゃくちゃ冷めた幼馴染の関係だったじゃん!朝も帰りも特に挨拶なく一日が終わり、席は隣なのにほとんど喋らないほどに徹底して冷めた感じだったじゃん!
何で急に手作りお弁当持ってくる系の幼馴染になってんの?
「え……と……紬?どうしたんだ?お前……」
「あ……そ、そうだよね。こんなの、都合よすぎるよね……っ、ずっと冷たい態度してきた癖に、何様って感じだよね……ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」
「え、へ、な?」
やばい言葉が出てこない。
「でも私……本当に遅いけど、気付いたの。光樹にどれだけ甘えてたか……だから、出来ることならやり直したいっ!もう光樹を傷つけたくないっ、光樹の傍にいさせて下さい……!」
あー分かった。
これあれだ、あのゲームのヒロインがバグって現実に出てきちゃったんだな。紬にとってもよく似たヒロインが。
あのゲームは本当にリアルだからね。仕方ないね。
……なんて現実逃避をしている場合ではない!
よく分からないがあの紬が泣いているんだぞ!教室で!俺たちの席は一番後ろの窓際だし、小さい声だから見られている様子もないけど……これはまずい。
間違いない。昨日……学校が終わってから何かがあったんだ。誰かに何かを吹き込まれたとか。とにかく何かに巻き込まれて、何を思ったかこうして手作り弁当まで持参して、今までの行いを俺に謝罪している訳である。
謝罪の時点で意味分かんないけど。傷つけられるどころか癒されていたんですが?
いや謝んないでよぉ!君の冷めた態度があったから、『あ、ここ現実だ』って自我を保てていたのに!あの悪魔の恋愛ゲームで受けた傷を癒せていたのにっ!
それをもうしないなんて、どんでもない!もっと冷たくして下さい!そのためなら今ここで全裸になって腹踊りとかしますから!
ぐうっ、しかし今の紬を拒絶なんてしたらどうなってしまうのか……。
だって泣いてるんだぞ?
「……紬、顔を上げてくれ」
「ふえっ……」
「俺は紬を迷惑だとか、嫌だとか思ったことは一度もないさ。むしろ遠慮せず、自然な感情を俺に向けてくれて嬉しかった。だからこれからも、ありのままの紬でいてほしい……それが幼馴染ってものだろ?」
よく一瞬でこんなセリフを思いついたな俺。
だが嘘は言っていない。頼むから遠慮しないで、思いっきり冷たくして。
「……もう、光樹は優し過ぎるよ……っ」
「それはお前だろ?弁当まで作ってくれて……何があったか知らないけど、そういうことだ。紬の弁当もありがたく受け取るから、もう気にすんなって」
「……分かった、遠慮なく……私、頑張るからね!」
どうやら分かってもらえたようだ。これからも頑張って俺に冷たく当たってほしい、そしてここが現実であると、あの悪魔の恋愛ゲームから目覚めさせてくれ。
「じゃあ俺は生徒会室に行くから……弁当はありがたく頂くよ」
「うんっ!あとで感想も、聞かせてね……!」
……ちょっとだけゾワリと鳥肌が立った。
いや可愛い笑顔なんだけど、冷たくない紬ってやっぱりなぁ……。
紬がなぜあんな風に変わってしまったのかも考えねばならないな、俺の平穏のためにも。しかし今は生徒会室で仕事もあるし、あの恋愛ゲームも一度ログインしないと面倒なことになる……
とか思っていたらスマホが震えましたよ。
『お昼ご飯、一緒に食べるっていったのに……ミキちゃんの好感度が下がりました☆』
もうこのゲーム止めていいかな。