22.水泳イベント
体育祭も終わって六月も後半。
この時期になると夏という季節は猛然とその姿を現すようになって、甲高い蝉の鳴き声がそこら中でそのことを知らせてくる。
そして当然のことではあるが……夏は暑い。
学生服が夏服仕様になろうと、屋内を空調で涼めようと、太陽は容赦などしてくれない。暑いものは暑い。
汗をかくは、外に出づらくなるわ、寝苦しくなるわで大変な季節。それがこの国の夏だ。
しかしどの季節にも季節行事というものが存在する訳で……もちろん夏もそれは例外ではない。
では学生が特に思いつく夏のワードと言えば何だろうか?
そう、プール……水泳の授業である!
「ま、俺はあんまり水泳好きじゃないんだけどな……」
「そうですか?私は涼しければ何でもいいです!」
「いやお前のテンションが一番暑苦しいから……」
常にオーバーヒートしている(静音評価)明音が隣で騒ぎ立てる。こいつは夏でも冬でも通常運転だね……。
明音とは違うクラスなのだが、水泳の授業は二クラスが合同して行うのがこの学校の決まりなので、こうして更衣室で別れるところまで一緒に移動している最中なのだ。
周囲も騒ぐ男子だったり、乗り気でない女子だったりと団体行進さながらの移動をしている訳なのだが……
「なあ……最近お前、明らかに俺の周りにいること多いけど、何が狙い?お金?」
「私だって好きでいるんじゃないですよ……お金はありがたく頂きますが」
「誰もやるとは言ってない。男子のポケットに手を突っ込むんじゃありませんっ!」
体育祭が終わってからだと思う。明音が俺の周りをうろうろをすることが増えたのだ。別に自意識過剰とかではない。
というか煩いしお金狙ってくるし煩いし煩いので、用がないなら止めて欲しいのだが。虫よけスプレーでも買えば効果あるだろうか。
それが理由を尋ねても、好きでやっているのではないと、彼女にしては珍しくげんなりと口元を曲げてみせた。
じゃあつまり何がしたいんだこいつは……
新聞部の煩い部長と名高い君がいるせいで、こっちはまともに他生徒とも関われないんだけど。
「それはそれは……効果覿面というか……」
「何だって?」
「いえ別に……それより彼女、朝日奈さんはどちらに?私はてっきり一緒にいるものだと」
「あいつにも同性の友達がいるんだ。そっちに行ったんだろ」
最近はよく話せるなったと言っても、いつも一緒な訳ではない。あいつにもプライベートがあるのだから。
俺のプライベートは恋愛ゲームがらみで全部筒抜けみたいだけど(白目)。
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「あれですか。あなた、テスト勉強してないとか騒ぎながらちゃっかり高得点とっちゃう人ですか」
「何の話?」
「泳ぎですよ。水泳好きじゃないとか言っといて、出来るじゃないですか」
今年初回の授業だからか、珍しくも自由時間がとられたかと思いきや明音がつまらなそうにやってきた。暇なのかい?あと俺がプール内にいるからって見下ろすんじゃない。こいつに見下ろされるのはなんかやだ。
「苦手なのは泳ぐことじゃない。この授業そのものだよ」
「どういう意味です?」
俺は黙ってある方向を指さす。
そこには男子が四、五人集まっていた。それだけなら何もおかしなことはないのだが……俺が言いたいのは、彼らがチラチラと見ている方向と、その会話内容。
見ているのは女子が集まっている場所。
そうしてやっと明音も合点がいったように『あ、なるほど』と呟いた。つまり、そういうこと。
男子高校生なら仕方のないことではあると思うし、俺も理解できるが……やはり好きにもなれそうにない。
「健全ですねぇ。健康的で何よりです」
「そのコメントは女子高生としてどうなんだ?」
「だって私には関係ないことですし。貧相で、男っぽいですからね」
なぜ元気に自虐を始めた……?
彼女とは一年の頃から交流があるが、たまに前向きなのか後ろ向きなのか分からないなぁこいつは……。
しかも常日頃、新聞部としても見る目があるとか言ってるのに、自分に対しては本当に見えてないなと思う。
線は細いし、肌も綺麗で健康的。自分を見たことがないのか?
「別に貧相ってことはないだろ……全然普通に可愛いと思うぞ、明音はさ」
「……っ!」
「ちょ、おい!入るならゆっくり入れよ!?」
今の飛び込みに近かったぞ!子供じゃないんだから!
「なるほど……全く、この男は……っ!」
「何だ!?怒りたいのこっちの方なんだけど!?」
「別にっ……あーもー!!暑くなったので一泳ぎしてきますっ!!」
「……上がろう。意味が分からん」
「あ……み、皆田くんっ、お疲れ様……!」
「え?あぁ、お疲れ様」
……驚いた。急にしらない子に声をかけられたかと思ったけど、同じクラスの女子生徒だ。
いつだったか、連絡先を交換したいと言ってきた女子だ。そして隣にはもう一人。あの時と同じでまた二人で来たらしい。
まああれ以来ほとんど話せてないんだけど。
だって紬がいるからね……あの時の二人は紬に追い払われたようなものだし、若干トラウマなのかもしれない。
「えと……何か用か?」
「へっ!?いやその、世間話というか……!」
……何か前も同じ流れだった気がする。
「そ、そう言えば皆田くんって帰宅部……だよね?それなのに身体も引き締まってて……」
「あー……ちょっと筋トレしなくちゃならない事情があったというか……まあ所詮自主トレだし運動部と比べたらそうでもないだろ」
「そ、そんなことないよっ。か、かっこいいなぁって……」
「さ、触ってみてもいいかなっ!?」
マジか。そこまで?端から見るとそれなりに出来てたんだなあ……某ジムのCMなんかで一ヶ月で~とかやってるけど、本当だったりするのか……
実際は筋トレどころか食事制限を始めとして、生活習慣を改変させられたんだけど。毎朝プロテインとかちょっとした地獄だったからね?
それよりも、女子に触らせるってのはどうなん……いや待てよ。
「楽しいものじゃないと思うけど……はい」
「わ、わあぁ……かたいんだね……」
「え、ずるいっ。私も……っ!」
身体をペタペタと触られる。
……これけっこう恥ずかしいな。あとくすぐったいし。
それに中々無遠慮にくるんだね……絶対運動部の人の方を触らせてもらった方がいいと思うんだけ……どっ!!?
「……ミツキ、ナニシテンノ?」
「へ……ひあぁっ!!?つ、紬ちゃん!?」
いや紬!お前が何してんの!!?
いきなりプールの中から足首掴むなよっ!!
待って、マジで焦った……!この学校に怪談あったっけとか、こんな常夏の真っ昼間から出るとかどんなパリピ幽霊だよとか、いらないこと考えるくらいにビビった……!!
このまま水中に引きずり込まれてもおかしくない構図だよっ!!?
「……女子高生がむやみに男子の裸体に触れるべきじゃない」
「ごごごめんなさい!!えとえと、じゃあ皆田くん私たちは行くねっ!!」
だからこれも前回と同じ流れぇ……!でもプールサイドを走らないのは偉いね、うん。
そろそろあの二人、夢に紬が出てきてもおかしくないと思うぞ?というか紬お前、男子の裸体って……言葉……
「……光樹も、何でアンナコトシタノ?」
「いや触らせてくれって言われたから……」
「光樹は死ねと言われたら死ぬの?」
「極端すぎる……あと頼む、手を放してくれ。怖すぎるから」
そこまで頼んでやっと紬は俺の右足を開放した。生きた心地しなかった……
……いやだから紬さん、怖すぎますって。口元まで水に沈んだままこちらを見上げないで下さい。お願いしますから。どこの妖怪ですか。
それにあの二人に触ってもらったのは紬のためでもあって……
現実の女性とも上手く付き合えている。だから俺は恋愛ゲームに依存している訳じゃないから、問題ないという証明になったはずだ。
それがどうして右足首を掴まれるほどに怒り心頭なんですか……?
「つ、紬……その、軽率だったよ。ごめんって」
「……いいもんっ。光樹の鬼畜。ドエス。露出狂。変態。エッチ……っ」
酷い言われよう。あとそれだとここにいる皆もれなく露出狂デビューよ?
困った。完全にご機嫌を損ねてしまった。紬もああいう男女のスキンシップは不快に思う方なのかな……
とにかく話さないとどうにもならないため、俺もプールの中へと戻る……こんなに水温低かったっけ……?
「私がいないからってさ……」
「紬のことは俺も探したさ。むしろ、今まで何処にいたんだ?」
「……」
「俺のこと、意図的に避けてたんじゃないか?」
「……だって……」
「ん?」
水中でブクブクと言っていて聞き取れない。
「水着……恥ずかしい……もん……」
プールの喧騒に溶けて消えてしまいそうな声だった。
というか紬もか……明音もそうだが、どうしてそんなに自信が……それに学校指定のスクール水着であって、恥ずかしいも何もないだろう。
だが彼女との耳までもが赤くなっているのを見て、決して謙遜や冗談で言っているのではないと分かる。
だから……
「紬、そろそろ終わりだろうし上がって。ほら」
「……え?う、うん……」
「で、こっち向いてそこに立ってくれ」
「うん……うん!?え、や、そんな見ない……っ」
「動くなよ?」
「~~っ……!ひゃ、ひゃい……っ」
幼馴染としてその恥を消してみせようじゃないか。
そもそも俺を誰だと思っているのか。小さい時から今までずっと一緒にいたから幼馴染なんだぞ?
加えて今の俺は……あの恋愛ゲームで女性への褒め言葉は、トラウマが出来るほどに脳内に刻まれてるのだ。
つまり、負ける気がしない(何の勝負か分からないけど)。
改めて紬と向き合う。
プールの授業だから当然だが、普段よりも開放的で肌の露出が多い彼女。
すらりと伸びる白い手足に、線の細い身体。そこに紺色のスクール水着はとても映えて映り、水の滴る彼女からは子供っぽさも消え、また違う不思議な魅力を感じる。
そして何より、恥じらいからその小さい顔を紅く染めて若干涙目でこちらを見上げ、身体をくねらせるその姿を見ると、鼓動が早まるのがはっきりと分かるのだ。
……ふ、ふふ……どうだ!これが俺があの恋愛ゲームと日夜戦って経験値を稼ぎ、レベルアップした果てに手に入れたステータス:観察力と表現力だっ!まあプラス値になったのこの二つだけで、他の値は未だマイナスなんだけどね!
あとはこの心境を気障っぽく、自信ありげに伝えれば俺の勝ち……
「すごく可愛いと思う」
「ひあっ」
……
……何でそこまでいってその感想になるんだよ……!
あの恋愛ゲームでは上手く言えてたじゃん!成功したとは言わないけど!
今の感想じゃ何も伝わらな、い……?
「あ、み……あう……」
「ちょ、紬!?」
「おーい、そろそろ集合……ってどうしたお前ら?」
「ああ、いや、その……のぼせちゃったみたいで……」
「プールで!?」
「ど、どうしよ……あ、明音!紬を女子更衣室まで連れてって……」
突然脱力した紬をどうにか受け止め、いつの間にやら近くに来ていた明音にヘルプを求める。
「……これ、私のせいになるんですかね……」
「意味が……いいから手伝ってくれ!」
結局、あの恋愛ゲームが大人しくなっても、どうしてこうややこしいことになるかなぁ……!