20.イラストイベント
『試運営の方針を変えます。特に、今までのようなユーザーを追い込む形はしばらく自重する……との、運営からの連絡です』
――祝福だ。
祝福の歌声を、今、あのサンゴちゃんが奏でてくれたのか……?
呼吸が乱れる。
手が、身体が震える。
乾いた口の中で、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
ある人は言った。
幸せは、幸福は……突然にやってくるのだと。
今が、その時だというのか……っ!?
「つまり……もう走り回ることも、現実で課金することもないのか……?」
『恐らく』
「あの悪魔にいじめられることも……?」
『多分』
「理不尽な傷を負うこともか……!?」
『めいびー』
いや、言い方が完全に馬鹿にしてるでしょ。
『一回で理解して下さい』とか言わないで。面倒くさがらないで。
俺もちょっとくどいかなって思ったけど、それほどまでに信じられない朗報だったんだから喜びに付き合ってくれよ。
というかそんなこともどうでもいい!
……よし!よしっ!よおぉしゃああ!!
ついに解放されるのか、あの悪魔どもから!
いや解放される訳ではないけど!あんな無茶苦茶なゲームプレイが軽減されるだけでも充分!
「いやあ、確かにあの体育祭以来、どうにも大人しいから妙だと思ったが……どういう方針転換だよ、あの瓶底眼鏡くんはもう!」
『今までのあなたのテストプレイの結果、少しばかり内容が過激であり、恋愛ジャンルとしては微妙に異なるとの判断ゆえとのことですよ』
判断遅すぎると思うんですけどぉ?
あと過激どころじゃないからね!?もはやグロテスクと言っても差し支えない領域までいってたから!実際に足を焼かれる傷害事件が発生してるから!!
このまま公式にサービス開始なんてしてたら、悪い意味でニュースになってたことに気付いてほしいんだけどな!
ていうかもう恋愛に分類するの止めようぜ?
恋愛って言葉を作った人に失礼だからさ。ジャンルはもう“倫理”か“道徳”でいいよ。
『……それにこのままでは、あなたの周囲の人間にも感づかれてしまいますし……』
「もう取り返しがつかないんだけどなぁ?」
ホントどうしてくれる訳?俺の学園生活。あってないようなものだったけどさ……自分で言ってて泣きたくなってきた。
これ慰謝料とか請求してもいいでしょ。何なら弁護士雇いますけど。
……まあとりあえずこれで、この恋愛ゲームも今までのような荒唐無稽なプレイを要求してくることはなくなったのだろう。
相変わらず俺のスマホに巣食い続けることは変わらないが、命の危機に晒されることはなくなるはずだ。
どうでもいいけど、このくらいの報告ならサンゴちゃんにやらせないで本人が直接伝えればいいだろうに……いや、そのためのサポートキャラなのかもしれないけどさ。
『そういう訳で、暫くは大人しく普通にこの恋愛ゲームをお楽しみ下さい。あと男子トイレでやることは推奨しかねます。モテませんよ?』
「普通にってどういうこと……それにこんなとこでやってるのも、大方君たちのせいだからね?もう学校じゃやる場所ないんだよ……」
体育祭が終わってからというもの……大人しくなった恋愛ゲームとは対照的に、紬たちの見守る体制が強くなったのだ。
いやもう見守るというか……監視だね、うん。
常に紬、三木先輩……そして根津鳥まで。その内の少なくとも一人が俺と行動を共にするようになったのだ。
ちなみに根津鳥までもが俺の恋愛ゲーム依存症を知っていたという事実は、体育祭が終わったその日に聞かされた。誰か俺のプライバシーをお救い下さい。
……まあ、意図的に監視が始まっただけで今まで通りみんなと一緒にいるというのは変わらないんだけど……やはり見られているとなると、この恋愛ゲームもまともには出来ない訳で。
というかその内に強硬手段として隔離とかされちゃうんじゃないかと、戦々恐々な訳で。
冗談で紬に言ったら、にっこりと笑ってたし。何の笑みだよ。
「とにかく、そんな中で恋愛ゲームをこれ以上晒さずに済むのはありがたい……だからその間に紬たちを安心させる手を考えないと……」
周囲を警戒しながら、男子トイレから出る。特に紬の監視が厳しいので、場所も一年生フロアの四階だ。
もう端から見たら完全に不審な男の子だね。
体育祭の昼休みの時。
静音の説得もあって、俺はもう心配をかけないと決めたのだ。紬たちにもしっかりと宣言した。
『うん、分かった。大丈夫だよ皆田くん。私たちは私たちで、ちゃんと片づけるから』
……妙にあっさりと受け入れられて変なセリフを聞かされたのが、未だに謎だが……とにかくこの恋愛ゲームは俺一人で終わらせるのだ。
そのためにも、テストプレイの期限とか、終了条件とかあの瓶底眼鏡に確認して……
……ん?
「何だ……ノート?落とし物……か?」
廊下に、一冊のノートが落ちていた。
それも、仲のページが見開かれた状態で。
……別にそれだけなら、拾って職員室に届けるなりするためにすぐ立ち上がれたのだ。
そこに書かれていたのが、俺のよく知るイラストでなければ。
「これって……まさか……」
「……あ!すす、すいませんっ!そ、そりぇ私のノートでぇ……っ!!?」
息も絶え絶えな女の子が俺の基へ駆けてきたが……俺がそのノートを見ていることに気付いたからなのか、それとも違う理由があるのか。まるで苦虫を嚙み潰したような表情で固まってしまった。
……というか、俺も固まってしまった。
この女の子も見たことがある。
確か……そうだ。体育祭の日に一瞬だけ見た、根津鳥と一緒にいた女の子。影ちゃんとか呼ばれていた。
いや違う。今はそれすらどうでもいい。
このノートに書かれているもの。
――女の子のキャラたちのイラストは……
「みっみみ見られたぁ……見られちゃったよおぉぉ……っ!!」
「これは、君が描いたのか……?」
ミキちゃんにリンちゃん――
あの恋愛ゲームに出てきたヒロインのキャライラスト、そのままの姿が描かれていた。
「くしゅんっ!」
「凛ちゃん、風邪?」
「いえ……何か悪寒がして……」
「ん~……何か悪いことの前触れかもね~。人間関係とか」
「先輩のこともあるし、洒落になりませんよ三木先輩……」