後の祭り
今回でやっとシリアスはお休みです!
もうしばらくお付き合いを……!
「もう止めよう?犯人捜しなんて、彼が望んでないことは」
「……自分が何を言ってるのか、分かってるんですか?」
体育祭当日、昼休みの生徒会室。
当の本人である皆田くんは静音ちゃんに連れ出してもらった。どういう要件で連れ出すのかは彼女に任せてしまったけれど……何にしろ、この会話を彼に聞かれることはないはずだ。
明音ちゃんもさっき生徒会室を出ていったから、残っているのは凛ちゃん、紬ちゃん、そして私の三人だけだ。
……そしてやっぱり、紬ちゃんが聞いてきた。
まっすぐに私を見つめて。そして……確かな怒りと静かな絶望を孕んで。
分かっていた、こうなるって。
だって彼女はそれほどまでに皆田くんを好いているのだから。だから、私も答えなくちゃいけない。手の震えも声の震えも気にしてはいられないんだ。
「……私さ、昼休みが始まる前に彼とお話したんだ。私は味方だって。だから一人で苦しまないで、私に話して……って」
「……」
そうだ。私だって助けたと思っていた。
それが一人の生徒としてなのか、全く違う感情からなのか……今は考えない。私が彼を助けたいと思っていたのは絶対だ。
だから体育祭の準備期間から、彼を手の届く場所に置き続けた。
体育祭の間、何かないかと静音ちゃんに彼を尾行させた。
……そして、彼が疲労していたのを利用して、思考力が鈍っているところで『お話』して……無理やりにでも彼に喋らせようとした。
……その結果
「皆田くん、泣いていたんだ」
「……っ」
「え……?」
彼は、一筋の涙を零した。
まどろみの最中に見せた、彼の拒絶。確かな抵抗。
言葉も思考も朧げな中で、私の言葉に従った方がはるかに楽であったにも関わらず……彼は涙を流して抗ったのだ。
「……私、頭が真っ白になっちゃって……それから考えずにはいられないの」
――これじゃあ、皆田くんを傷つけた女性たちと何も変わらない――
「好きだから守りたい、助けたい……立派だよ。私もそうしたいよ。でも、それを皆田くんが望んでいないのなら……それこそが彼を傷つけて追い詰めているのなら……」
「三木先輩……」
「それは『好き』って気持ちを言い訳にした……私たちの醜いエゴだよ」
滲む視界の中で、私は紬ちゃんを見つめた。
その顔はゆらゆら揺れて見えなかった……いや、私が見たくないだけかな。
……エゴね……それを私が偉そうに語るなんて、皮肉にも程がある。
こんなのは建前だ。
私はただ……居心地の良い今を壊したくないだけなんだから。
「そ、それにさ?彼は一生懸命に普通の彼を見せてくれようと頑張ってる。日常をそれのままにするために、頑張ってるんだよ?さっきまでだって楽しかったでしょ……?だから……」
「何も言わず、ただ光樹が与えてくれる日常で笑っていればいいんですか」
……私は、頷いた。
……正しいはずだ。彼もそれを望んでいるんだから。
ただ、彼の理想と私の理想が重なっているだけ。今を今のままにしておきたい……ただそれだけ。
だから、お願い。
否定しないで
「……確かに、光樹が泣いてまで拒むなら……私たちがやっていることはありがた迷惑。好きな人を黙って見守る……そんな好きの形もあるのかもしれませんね」
「紬ちゃん……」
「だけど」
「私の好きって気持ちは、それじゃない」
――どうして
「正しいと思ったら背中を支える。間違っていたなら引っ張り戻す!それが私の、好きな人への想いです」
――なんで
「光樹が傷つく望みなんて、彼が望んでも私が否定する。私は光樹と同じ場所で、時間で、心から笑顔でいたい!」
「嫌われるかもしれないんだよ!?」
――彼女はどうして、怖くないのだろう
「今が失われるだけじゃない。彼に嫌われて、今の日常が二度と取り戻せないものになるかもしれない!紬ちゃんは、皆田くんに嫌われてもいいの!?」
「そりゃ出来るなら嫌われたくなんてないですよ!でも!」
――だったら、どうしてそこまで――っ
「嫌われてもいいって位、光樹が大好きで……大切なんです……っ」
……私には
「私は彼が好きです。大好きです。だから、光樹が傷つくようなことがあるなら……例え嫌われようと彼を助けます。それが私の『好き』という気持ちです……!」
「……」
「……三木先輩は、光樹が好きですか?」
「……分からないよ」
私には、ずっと分からなかった。
何でも自由に出来た。誰とだって仲良く出来た。完璧な理想像だった。
でもそれは、他の人から見たそれであって。
……私がどうしたいのか。私が私に見る理想は何なのか。
好きな人も嫌いな人も、友達も初めて出来た私という子供には……
どうすれば正解なのか、全然分からないんだ
だから私は彼の理想を、自分の理想だと、偽って……
「いえ、違うの。今が好きなのは私の気持ち……でもきっとそれは皆田くんも同じで」
「……三木先輩」
「彼が好きなら、彼の気持ちを尊重するべきで……でも生徒会長としてそれもダメで、私は彼が嫌いだったはずで」
「三木先輩」
「……教えて……私は、どうすればいいのっ……?」
何でも出来る私は、みんなから与えられた選択肢を選ぶだけでいい。
生徒会長として彼を守る?
彼が好きだから邪魔せず見守る?
先輩として頼られるまで待ち続ける?
選択肢はある。
あとは、選ぶだけ。選ぶだけ。
――誰か、選んで……教えてほしい――
「簡単ですよ三木先輩。全部選んじゃえばいいんです」
「……ふえ……?」
「だから、選択肢が沢山あるなら……全部選んで、全部やっちゃえばいいんですよ」
私はいつの間にか床に座り込んでいたのだろう。
紬ちゃんのどこまでも明るい笑顔が、そう言っていた。
「生徒会長。先輩。そして光樹を好きな人……全部やって、その中から見つければいいんです。三木先輩が望んでいることってやつを」
「全部……」
「だってどれもこれも全て、三木先輩の気持ちであることは間違いないんですから」
全て、私の気持ち
どの選択肢も、三木令花から私に与えらえた選択肢だから……
……そっか。
どれか一つを選ぶ必要なんてなかったんだ
今を失いたくない気持ち
彼に嫌われたくない気持ち
彼を好きという気持ちもまだまだ分からない
どうすればいいのか、相変わらず答えは見つからないけれど
だから、色んな私とお話して……私が一番満足のいく答えを見つけていけばいい
「……そうだよね。分からないなら、色々試して……自分なりの答えを見つけないといけないか」
「やっと、元気でました?」
「うん。少なくとも、いろいろな自分と向き合う分はね……ありがとう、紬ちゃん」
「別に……協力者と敵対なんてごめんですからね」
「あはは……そうだ、凛ちゃんも急にごめんね……?」
「い、いえ!ただ、私は何も言えなかっただけ、ですから……」
紬ちゃんと私が言い合う中、ずっと静かにしていた凛ちゃんがびくりとして、焦ったように答える。
突然の展開に巻き込んだ挙句、生徒会長があんな醜態を見せたからね……固まってしまうのも仕方ない。本当に情けない所を見せちゃったなあ……。
それでも、何でかな……。
今までで一番、心が晴れていると感じるよ。
「まあそういう訳で、私は光樹を脅かす女を追い続けますが……止めますか?」
「そうだね、まずは……彼を好きな私として、協力してみようかな。それで間違っていると感じたなら……その時は」
「……ふふ、好きにするといいです。凛もそれでいい?」
「……へ?あ、はい!もちろん、です……」
……何だか凛ちゃんの元気がない?
まあ、あんな光景を見せられたらしょうがないかな……
兎にも角にも、結局は彼の障害となっている女性を突き止め、どうにかする結論に戻った訳だけど……以前とはまた違う心持であることがはっきり分かる。
……皆田くんに嫌われることは怖い。今の日常が消えることも同じだ。
彼を想ってしたことが、彼を傷つけてしまうかもしれない。
だけど、それ以上に……
「私も君が好きだから……もうちょっとだけ、大胆になってみるね……!」
後悔したくないから。
大胆に、慎重に。
一番の最適解を探していこうっ。