三木令花
ごめんなさい、シリアス注意です……!
私はいつも人気者だった。
親も友達も、異性も、先輩も、先生も、お年寄りも、子供も、初対面の人も……後輩も。
どんな人と会っても、少し話すだけでその人は笑って、親しくしてくれる。すぐに心を開いて、なんでも話してくれる。
静音ちゃんはこのことを『催眠術』だなんて言うけれど、それは違う。
ただちょっと、人よりお喋りが好きで得意なだけ。三木令花という人間が、心を開きやすい性格なだけ。
確かに喋りやすい場を整えて、話してほしいと促すことはある。でも強制なんてしてないし、それを催眠術だなんて大層なものと一緒にするべきでは……ないでしょう?
それに努力だってしているもの。勉学も運動も容姿も、人気者に見合うだけの時間と苦労をかけたのだから。
人気者である私は、集団の中心に立つことばかりだった。
別に私がその立場を求めた訳ではない。その時の周囲の人が、そうあることを望んだから。求められたから……人気者である私は、それに答えなければならない。
私という個人は、本当に他人から気に入られるのが得意な人間だったんだ。
……何だって上手く進んだ。思い通りに事を運ぶことができた。
悩むこともない。生き詰まることもない。誰もが望んで、理想とするような完璧な人生を歩んでいるんだと、私の心が言っていた。
誰も私を怒らない。否定しない。嫌悪しない。
……いつからだろうか。
『つまらないなぁ』
……そう呟いてしまった。
生徒会長の立候補の欄にある、たった一つの三木令花の名前を見ながら。
……生徒会長に立候補した生徒は、私を含めて三人いた。
でも、残りの二人が辞退したんだ。私が生徒会長に立候補した、その瞬間に。
『喜んで降りるよ!三木さんが生徒会長になれば私も嬉しいから!』
『名前を見た時、理解しました。生徒会長になるべきはあなたですよ』
嫌みもなく、打算もなく。
二人は本当に嬉しそうに笑いながら、私に生徒会長の座を明け渡した。
……何をしているのかな。
この二人も。そして……私も。
幸せでしょう。幸せでしょう?
誰もが三木令花を求めてる。いつだって与えられた選択肢の決定権は私にある。
私は誰とだって、仲良くなれる。
仲良くなれば、お喋りすれば、何だってしてくれる。
笑ってくれと言えば人は笑う。嫌ってくれと言えば人は私を嫌う。ほっといてと言えば、人は私を放っておく。
……私は、誰とでも仲良くお喋り出来る。
だけど。
私は心を開けない。
――友達は、一人もいない。
『え、あの人辞退しちゃったんですか!?彼女に投票しようと思ってたのになあ……』
選挙活動中に話しかけた無名の男子がそう言った。
……何を言ってるのか、理解出来なかった。
『えと……そういうことで、候補者は私一人になっちゃってね?だから私に投票してくれると、嬉しいなぁ……』
『信任投票ですか……そうですね、もうお一人しかいないんですよね。応援します』
……あの時の私、ちゃんと笑えていたかなぁ。
だってその言い方はさ……私しかいないから『仕方なく投票する』って言ってるのと同じだよね?
本人にその気はない?
私が神経質になってるだけ?
気にするなんて大人げない?
私が応援してって頼んだんだよ……?
別に彼の投票一つないところで、私の当選は絶対に揺るぎない。話しかけたのだって、一応の挨拶回り。
ただそこにいたから。視界に入ったから。人気者で優しい三木令花は、そんな人にも等しく話かけるべきだったから。
だから、お喋りしてあげたんだ。
私がお喋りしたんだから……お願いしたんだから。
喜んで、そうするべき、でしょう?
『……ねえ君さ、生徒会のお仕事をやってみたくはないかな?』
『……はい?』
『私、これでも人を見る目には自信があるの。私が推薦すれば、すぐになれる。だから……私と一緒にやってみない?』
『……すいません。あまり興味がないので、お断りします』
それだけ言うと、その男子生徒は申し訳なさそうにその場を去っていった。
……初めて、だった。
初めて、否定された。初めて三木令花が拒絶された。
誰からも心許される三木令花が?人気者の三木令花が?
名前も知らない、どこにでもいるような一人の男子生徒に?
……あってはならない。そんなことあり得ない!
だから私は。三木令花は。
初めて私を否定した……皆田光樹という男子が『嫌い』になった。
△△△△△△△△△△△△△△△△△△
そう……私は、皆田光樹という男子が嫌いだったんだ。
だって私を否定したんだから。誰からも肯定される三木令花を。
……それでも私は生徒会長になってから、彼に構い続けた。
どうしてかな?
多分その時の私なら、否定されたのが悔しくて、信じられなくて……だから意地でも彼と仲良くなってみせて、人気者の三木令花であることを証明する……そんなことを言って、ことあるごとに声をかけ続けていた。
実際、それは上手くいっていた。
彼に生徒会の手伝いを頼み、昼食を一緒に食べて、休み時間に取り留めもない話をして笑う。そうして“お喋り”を繰り返す。
最終的には、彼は幼馴染のことまで話してくれて、彼の相談役になれるほど距離を縮められた。
……もっと邪険に扱われると思っていたのに。
あの時私を否定したのが嘘みたいに、本当に色々話してくれる。
もう十分に彼とは仲良くなれていた。心を開いてくれていた。頼りにされている!
……そう。やっぱり、三木令花とはそんな存在なんだよ。うん。
『いやぁ、最近紬の態度が冷たくて……昔と同じじゃいられないのは分かってるんですけど、やっぱ悲しいもんです……』
……。
『三木先輩、その……紬が何かすごい元気なくて……こういう時、女子はどう接した方がいいんでしょうか……?』
……。
『このお弁当ですか?何か紬が急に作ってきてくれまして』
『今日紬がですね』
『最近紬と帰れてないから、あいつ不機嫌で……』
『それと紬が』
……紬ちゃんの話し過ぎじゃない?
うん、分かるよ?
私は心許せる、優しくて頼りになって、何でも話したくなるような暖かい生徒会長、三木令花だもんね?お口が緩くなっちゃうのは当然なの。世界の理なの。
でもさ……私と話してるんだよ?
人気者で、いつ二人きりになれるかも分からない三木令花と!二人っきりの生徒会室で!
だ、だからその……私のことを話したり?女子と密室にいるんだから……そ、それっぽくなっちゃったり?あとは……学生らしく、好きな人いるんですか~……なんて……
いや別に私はいいんだよ?君がどうしてもって言うなら、色々話してあげるのもやぶさかでなないみたいな感じでさ?
……それなのに、紬。紬、紬紬紬紬!!
最近はよく分からない、バイト先が一緒だとかいう一年生女子のことも追加されるしっ!
私と話してるんだよ!?
私の話をしてよ!
『先輩ごめんなさい、ちょっと出てきますね!電話ですので!』
それはある日の昼休みだった。
彼は私と話していたのに。一緒に昼食を食べていたのに。私をそっちのけで廊下に飛び出していった。
また皆田くんは、私を無視して……っ!
そんな子供のような癇癪を起して……私は彼を追いかけてしまった。
……そして私は、ようやく気付く。
私は本当に……子供だったのだと。
『財布くんの癖して、何様のつもりなのかな?』
思考が、消えた。
――私、今まで、何を――?
否定された。信じられず、彼に付きまとった。
彼と仲良くなった。でも、私を見てくれない、やだ。
えと、彼が……否定された?財布役?
だます。
生徒会室に戻り、彼を抱きしめる。
皆田くんがここにいる。私を否定してくれた彼が、腕の中で……泣いている。
守ら、ない、と。
私が生徒会長だから。
人気者の三木令花だから。
彼の頼れる先輩だから。
そう。そう。そう。
だから私は、生徒会長として。先輩として。
彼をその女から守らないといけない。
人気者の三木令花なら、そうするべきだ。
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
『救いを当の本人が望んでいなかったら、それは……何になるのかな……?』
『会長が今考えるべきは、それじゃないでしょう?』
……どうして?
どうして静音ちゃんが、そんなことを言うの?
『今のあなたではきっと……彼があなたに救いを求めようと、拒絶しようと、何も出来ないと思います』
そんなことないよ。
私は彼の力になれる。彼を助けられる。だって紬ちゃんも、凛ちゃんもいるもの。
それに、私は生徒会長。人気者の三木令花。
私がお願いすれば、その女を見つけ出すことなんて簡単に
『自分に嘘をついて、本当の気持ちと向き合えない会長には』
『……』
『……会長はどうして、彼を助けたいのですか?』
――。
――生徒会長として
『っ、しっかりして下さいよ!ではこの写真に写るあなたの顔は何なんですか!?あの三木令花が、こんな……あなたは皆田光樹のことがっ』
『違うっ!!』
違う違う違う!!!あり得ないよそんなことっ!!
初めて嫌いになった人なんだよ!?
完璧だった私を初めて否定した人なんだよ!?
そんな人を……“好き”になるなんて、意味わかんないじゃん!!!
友達もいなかった私に、好きな人なんて分からないっ!
『会長……』
『……怖いの。それに気づいて、認めて……今の繋がりがなくなることが。どうしようもなく怖いの……』
『……』
『失いたくない……失いたくないよ……私を初めて否定してくれた人。私と初めて……お話してくれた……っ』
一方的なお喋りなんかじゃない。
私の言葉を受け止めて、考えて……女の子の三木令花として、ずっと一緒にいてくれる。
私はきっと、そんな人を求めていたんだ。
……でも、実際にその人が現れたら訳が分からなくて。
全部私にとって初めてのことばかりで。求めていたはずなのに、認めないとか言い訳して、でも彼の近くにいたくて。
子供みたいに喚きちらしていたら、紬ちゃんや凛ちゃんみたいな対等に話せる友達が出来ていて……
私は、今を。現状を壊したくない。
私が求めていた、今を。
だから、私は……
「……今、なんて言いましたか?三木先輩……」
「……もう止めにしよう?紬ちゃんも、凛ちゃんも、私も」
「犯人捜しなんて、彼が望んでいないことは」
皆田くんから逃げ続ける。