18.体育祭イベント(4)
「……では先輩、惜しいですが私はこれで。友達も待ってるので……影ちゃーん!待たせちゃってごめーん……!」
友達らしき女子生徒へ駆けていく根津鳥を見送る。
というかあいつ友達いたのか……やたら敵視されているとか言ってたからちょっと安心。見た目、根津鳥は対照的な物静かな感じだけど……
しかし、前にも同じようなことがあったからどうなるかと思ったが、穏便に済んでよかった。以前の紬相手のときは、形容し難い雰囲気だったからな。
「それで皆田くん。ちょっと聞きたいことがあるんだよね」
「何でしょうか」
「私、皆田くんからお電話なんて一回も受けてないんだけどなあ?」
だが俺への追及は終わってないんだよね……!
時間を過ぎたことは案外優しく許された。そこまではいい。
ただ、体育館で紬にしたあの言い訳が三木先輩にばれている……っ!?
三木先輩もあの恋愛ゲームについて知っている一人だ。つまり俺がその場しのぎの言い訳をした理由も察しがついているのだろう。俺がゲームをやっていたことを隠すための嘘だと。
ここで追及されたくないなあ……!
体育祭の間で、しかも仕事中だと言うのにゲームが我慢できない子供のようではないか。何を言われるか分からない……どうにか誤魔化せないものか……。
「……まあいいや!それよりもお仕事だよね。ほらカメラマンさん、私の写真を撮りにいこう!」
「へ?いいんですか……って、待って下さい!撮りに行くって、何処で……」
「……生徒会室!」
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「はーい、生徒会室へようこそ~!」
「知ってますよ……」
「そこのソファーに座ってね。そうそう、このソファーは私が選んだんだよ?この部屋にあってるでしょ?」
「それも前に聞きました」
「あはは、そうだっけ~」
三木先輩は、やたらと元気だった。いつものほんわかとした穏やかな彼女は少しだけ身を潜め、まるでわんぱくな少女のようで新鮮だ。
だけど、俺には分かる。
その笑みが震えていることを。動きがどこかぎこちないことを。
無理に明るく振舞おうとしていることを。
……俺には分かる。
だって、俺も彼女と同じだから。
身体が震える。口の中が渇く。体育祭も午前の部が終わりかけ昼食時も近いというのに、全く空腹感を感じない。
カチャリ……と、そんな音がした。
三木先輩が、扉に鍵をかけたのだ。
それを理解したとき、ドキリと胸が高鳴った。そして彼女は……俺のすぐ隣へと腰を下ろす。またドキリと音がした……。
「ええと……なんか、緊張しちゃうね……」
「そ、そうですね……」
「……私ね?大事な話が、あるんだ……」
彼女は、躊躇いがちに……それでもはっきりと、そう呟いた。
「皆田くんはさ……好きな人って、いるかなっ……?」
心臓の鼓動が煩い。煩い。煩い。
だけど、彼女の声ははっきりと聞こえる。聞こえてしまう。彼女は俯きながらも、しっかりと俺を見つめていた。
絶対に、答えから逃げないと言っているように。
「い、いません……よ……」
「そっ……か……えへへ、安心しちゃった……」
「そ、それってどういう……っ」
聞いてしまった。
これはダメだ。聞いてはダメだ。
だって、この質問に込められた気持ちなんて分かっているはずだろう?
俺と三木先輩だけの世界。鍵をかけられた生徒会室で、隣合って座っている。互いに言葉を探しあぐねている。
これだけの舞台が出来上がっているのに。分からないはずがないのに……!
「皆田くん……私……私ね……君のことが……!」
彼女の瞳が、揺れた――
「本当に心配なんだ……っ」
ラブラブな告白だと思った?
誠に遺憾ながらありがたいお説教なのよね、これ。
「手伝いをお願いしたけど、ずっとスマホを気にしてたみたいだし……」
いやー……三木先輩には紬よりも早く恋愛ゲームのことがばれていた訳だけどさ?ずっと深くは関わらないでいてくれたんだよ。
でもついに見過ごせなくなったんだろうね。
鍵のかかった生徒会室に押し込められ、一対一の個人面談が始まりましたとさ。
「今日も隠れてしてたみたいだし……」
「ごめんなさい……」
もう謝罪しか出来ないよ俺は。
何だろうなあ……完全にドキドキな恋愛の告白シーンだったはずなんだけどなあ……
今までの文が全て憐みと悲しみの言葉で、恋愛要素は皆無なんて信じられる?俺は信じたくないです。
だって好きな人の有無まで聞かれたんだよ?もう完全にそういうシーンだと思うじゃない?
でもあれ実際は「(現実と区別がつかないレベルで二次元の)好きな人っている?」って意味だからね。
そりゃ「いいえ」と聞いて安心するよ。それを聞くのにどれだけ覚悟させてんだ俺。その質問を三木先輩にさせてる俺の重症度が世紀末レベルだよ。
しかもこういう時に限ってあの恋愛ゲームは静かになるしさあ……!
この雰囲気を壊しに来いよ!いつも俺の身体を壊しに来てるその凶悪さはどうしちゃったのよ!俺がこんなにもあのゲームを求めるなんて今後一生ないぞ!?
「いえ、もうほんと……申し訳ないです……」
「……紬ちゃんにも、私にも、何も言ってくれないんだね……」
いえ、もう全て話しました。俺の恥という恥が丸裸になりました。
でもどうしようもないんですよ。
だって俺はあのゲームを止める訳にはいかないのでして……
「……よし、皆田くん。膝枕してあげます!」
……はい?
「……え、何でです?急に意味が……」
「いいからいいから!辛い時は人の温もりに触れるのが一番だよ!」
「いやだから意味が……うおっ!?」
「はーい、皆田くんはいい子だねぇ~……」
……何これ?え、ホントに何これ。分かんない。
無理やり膝枕された挙句、頭撫でられて慰められるって何これ?
しかもそれに逆らえず、眠気に襲われている俺という存在が一番何これ?
「あの、先輩ホントに……」
「大丈夫……何も怖くないよ~……」
ちょっと待ってくれ……
いくら校内を走り回って疲労していたと言っても、この睡魔はおかしくない……?
「私は、君の味方だからね……」
まるで幼子を寝かしつけるような甘い声。それも遠のいていく。
心地良い。瞼が重い。
「……そう、私は君の味方……」
……いや、違う。
『まるで』とか、そういうことでは、ない。
「……君の味方は、私だけなんだよ……私しかいないの……」
そうか……
俺もう完全に……子供扱いされてるんだ……もうそこまで、行っちゃってるのか……
「だから、私だけに教えて……?君の苦しみの全てを……」
「俺、は……」
あ、やばい。
情けなくて涙が――
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「会長、失礼します。お時間ですので……会長?」
「あ、静音ちゃんか~。お疲れ様~……」
鍵が開けられ、生徒会室に静音ちゃんが入ってきた。
つまり……『時間切れ』ってことだね……。
「まさか……聞き出せなかったのですか?会長の催眠術でも……!?」
「……静音ちゃん。私、その言い方好きじゃないなあ」
「っ!す、すいません……!」
……ダメだ。自分を制御出来ていない。
当の本人は、私の膝の上で心地良さように寝ちゃって……
ただ一つ……いや一本、一線。
彼の瞳から流れ出た雫さえなければ、完璧だっただろうに。
「あの、会長……差し出がましいようですが、数分後には昼休憩です。彼女たちもここに来るかと……」
「……そうだね。分かってる。皆田くんも起こして、準備するよ」
……今までは、自分の思い通りに出来ていた。
なんだってそうしてきた。
……でも、本当に皮肉なことだよね。
「ねえ、静音ちゃん」
「……何でしょう?」
一番大事な人を思い通りにするどころか……その苦しみさえ取り除くことが出来ないなんてさ……っ。
「誰かを想って行動するってさ、凄いことだと思う」
「……」
「でも……それを当の本人が望んでいなかったら、それは……何になるのかな……?」
彼は私の望みに……一筋の涙で答えた。
答えをもらっても、私は正解を見つけられないんだ。