17.体育祭イベント(3)
「次は生徒会長の写真撮影……つかれた……」
時刻はお昼一時間前。場所はとある外階段で腰掛けている。
俺はどうにか生き残っていた。
少し顔を上げればグラウンドで競技にはげむ生徒たちが見える。今は騎馬戦をしている最中のようで、男子は一層声を荒げ、女子は黄色い声援を送っているのが遠くに聞こえた。
……青春だなあ。
『……つまりヒロインの中にはあなたの金銭を狙ったり、私欲を満たすために近づいてくる者がたまにいますので、要注意ですよ!』
そんな青春の日が届かない隅っこで、俺は相変わらずの『怖い女性もいるよレクチャー』を受けていた。心から思う。何やってんだ俺。
なんで体育祭という有数のイベントの中で、そんな夢も希望もないレクチャーを受けなきゃならんのだ。
……え、というか今『たまに』って言った?俺はその手のヒロインにしか会ったことがないんだけど。むしろそんなヒロインしか出てこない、M気質御用達の恋愛ゲームだと思い始めてたんだけど……まともなヒロインいるの?嘘でしょ?
だとしたら俺はどれだけ女運がないのか。
……せめて現実では女運よく、良い女性に巡り会いたいなあ……。
「あ、先輩じゃないですか……って、なんか真っ白に燃え尽きた感じですけど大丈夫ですか……?」
「……ああ根津鳥。いや、自分の将来に幸せあれと祈っていたところさ……」
「体育祭でやらなくてもいいと思いますけど……」
ホントにね。
「そんなに大変なんですか?新聞部のお仕事って」
「いや大変なのはむしろ……そ、そんなことより根津鳥の方はどうだ?楽しんでるか?」
ここで恋愛ゲームのことを話すとまた面倒なことになる。話を逸らそう……。
それにまあ、こうして一息付けていることもあって、恋愛ゲームの方はどうにかなりそうなのだ。ヒロイン探したり仲良くしたりするのが実技とするならば、今はサンゴちゃんのありがたいお話を聞く座学と言ったところ。
今は少しでもゲームから離れて、普通に体育祭を楽しみたい。
「ぼちぼちです。紅組も勝ってますからね!まあ、男子の視線は相変わらずで鬱陶しいですが……」
「……ああ、だからジャージ着てるのか」
「女子には敵視されるし、競技に出る男子はやたらとかっこつけてアピールしてきますし……そんな邪な視線と気持ちでかっこつけられた所で、全然嬉しくないのに……そ、その点で言うと、先輩はそういう目で見ないので安心というか……ざ、残念というかでして……」
本音でバッサリ言うやいなや、もじもじと言葉が尻すぼみしていく。
……しかし彼女には謝るべきだろうか。俺だって男であり、魅力的な女性には惹かれる。それは身体つきのプロポーションも例外ではない。特に今日は体操服の姿。いつもの俺なら根津鳥相手にドキリとしていたと思う。
……ただね?現在進行形で左耳から女性の恐ろしさが垂れ流されている状態じゃあ、そんな気分にもなれないんですよ。
『特に胸の大きい女性はもう絶対ダメですね。色仕掛けの王道です。慎ましい人が運命の人。ええ、これが世界の理です』
もうさっきからこんなことばっかり言ってる。
サンゴちゃんはイラストなんだし、僻む必要はないだろうに……とりあえず高ぶって放電とかするのはマジで止めてね。
「あと、その……今更なんですけど……と、隣に座ってもいいですかね……!?」
「ん?ああ、構わないけど……いいのか?俺汗くさいと思うぞ?」
「むしろばっちこi……!じゃなくて、全然いいですよはいっ!ででででは、とと隣失礼しますネっ……っ!」
……今俺『ばっちい』って言われかけた?汚いってこと?え、そんなに?
聞いた手前申し訳なくて引き返せないから、我慢してない?そんな震えながら座らなくてもいいのよ……?
「そ、そういえば先輩!さっきの短距離走凄かったですね!一位ですよ一位!そりゃそれだけ汗かくのも納得ですー!」
「他に運動部っぽい人がいなかったからね……」
謙虚に言ってみたが、正直自分でも自分を褒めたい。
何せ始まる前から疲労困憊の汗だくだったからね俺。だってチュートリアルクリアと写真撮影のために、ずっと校内を走り回ってたもん。
順番待ってたら体育担当の教師が『準備運動してきたのか、やるな!』とか言ってた。どこの世界に体操服が肌に張り付く程の準備運動をする人がいるんだろう。
あの恋愛ゲームに勧められて体力作りをやっていなかったら、確実に終わってたな……。
「それにしても、タオルを新聞部のとこに置いてきたのは失敗だったな……でも戻る時間も……」
「……っ!じゃ、じゃあ……私のタオル、使いますか……?」
「……はい?」
幻聴かな?
疲労困憊の最中、ずっとイヤホン越しにサンゴちゃんの話を聞かされてお耳がおかしくなっちゃったのかもしれない……なんて思っていたら、赤面した根津鳥がおずおずとタオルを差し出していた。
え、マジで言ってるのこの子……?
「根津鳥、気持ちはありがたいんだが……それお前の私物だろ?それで男の汗を拭くとか嫌でしょ?今日一日それを使うなら尚更……」
「だ、大丈夫ですよ?これまだ使ってませんし、私もう一枚予備で持ってますし!なので遠慮せずに!グイっといきましょう、ねっ!?そのままだと風邪ひいちゃいますって!」
どうしちゃったのこの子。『グイっと』って何だよ、タオルを一気飲みでもすればいいの?
「……分かった、ありがたく使わせてもらう。でも根津鳥、借りといて何だがあまりこういうことすんなよ?衛生的にもあれだし、お前が男子にすると色々勘違いとか」
「先輩の以外いらないですよ!!」
「お、おぉ……?すまん……」
急に根津鳥が声を荒げて怒り出した。
言ってる意味はよく分からないが、彼女に言いたいことは伝わったらしい。親切心に対して軽率な発言だったか……?
軽い女と思われるのが嫌だったのかもしれない。根津鳥はそれで色々苦労してるもんな……。
「悪いな。洗濯したら返すから」
「いえ、今返して下さい。私がします」
「……いや、だから洗濯くらい俺が」
「今返して下さい」
「それは申し訳な」
「返して下さい」
「……はい」
「はーい!どうもですっ!」
……分からない。女の子が全然分からない!
何だったんだ……あの根津鳥の、絶対に逃がさないという捕食者の目は……っ!あのどこまでも冷たく抑揚のない声は!?汗とか関係なしに、その態度の変わりように風邪引くでしょ!
タオルが自分の物だから?でも貸してくれただろう!?長期的な貸し出しはしてないってこと!?
それともあれか。家族ドラマとかでよく見る、父親(男)と洗濯物を一緒にしてほしくない心理でも働いたの?
こんな状況『リアルな二次元恋愛物語』では経験していない……っ!
「……んっ……ふえへへへぇ……♪」
しかも今度は蕩けたように笑ってるし……!
教えてくれサンゴちゃん……『ヒロインの弱点は龍属性』とか今どうでもいいから!というか何それ!?いつからヒロインと戦うアドベンチャーゲームになったの!?
「今日の私は絶好調っ……よし先輩!一緒に写真を撮りましょう!」
「な、なぜ急に?」
「だって先輩、新聞部のカメラマンってことは自分の写真がないんじゃないですか?そんなの寂し過ぎます!なのでここは可愛い後輩と写真を撮って思い出を作りましょうよ~!」
思い出というか、記憶にこびりつくことはたくさんあったけどね。悪い意味で。
「……はいはい。可愛い後輩とツーショットとは幸せです」
「ふふん、感謝して下さいね!超レアですから……あの人たちからしても」
「何か言ったか?」
「いえいえ。では、えっと~……ち、近付きますねっ……」
俺のスマホはあれなので根津鳥にお願いし、イヤホンも外す。
元々隣同士だった距離がさらに縮まり、文字通りのゼロ距離となる。互いの肩が触れて、その温度が分かる程に。
……これはヤバいな。何だかんだでこうも寄せ合って写真を撮ることはないし、普通に恥ずかしい……!吐息とか、ふわっとした良い香りとかヤバい。
あの恋愛ゲームでも似たようなことはやらされたが、全然違う。まず実際に触れあえる時点で全てが違う。それにあれで写真を撮ると点付けされてボロボロに評価されるからぶっちゃけ恐怖しかない……全然シミュレーション出来てないじゃんか!
「は、はいっ!撮れました!後で先輩にも送りますね……っ」
「あ、ああ。頼む」
どうでもいいことを考えていたら終わってしまった……!
大丈夫かな、ちゃんと笑ってたかな。なんか意識すると自分の顔が変なんじゃないかって異様に気になることってあるよね!
「えへへ……本当に今日は、さいっこうの日です……っ!」
……まあでも嬉しそうだし……きっと大丈夫だろう。
「せ、先輩先輩っ。私もっと我儘になっていいですか?もう一回撮りたいですっ!」
「その位、我儘にも入らないだろ。好きなだけ撮っとけ」
「はい!じゃあもう一回、ちーずです!」
なんて可愛らしい我儘だろうか。
やれお金や服をくれだの、やれ一分ごとに電話しろだの言ってる奴らに聞かせてやりたい。
……今が今日一日の中でも、一番心落ち着く一日ではないだろうか。時間を忘れられる……こう穏やかな時がずっと続けばいいなあ……。
「はい!撮れまし……ひっ!?」
「……何だ、どうした?」
「せ、先輩これっ。なんか背後霊みたいなのが映っちゃいました……!」
「誰が背後霊なのかなぁ?」
「皆田くん、今の時間って何の予定だっけ?」
「……生徒会長挨拶文に使う写真撮影ですね、はい……」
前にも同じようなことなかったっけ?
楽しい時間はあっという間(意味深)