16.体育祭イベント(2)
『それではチュートリアルを始めましょう!ここでミツキさんにはこのゲームを進める上での基本操作やシステム、テクニックを学んでもらいます!頑張って乗り越えて、目指せラブラブライフっ!付けろ、彼氏力~っ!』
ああ騒がしい。音量を最小にしているはずなのに、イヤホンから音漏れしてないか心配になる音量が出やがる。
基本操作やシステムを学んでもらうだって?
男女の闇を地獄の釜で煮込んだようなこのゲームのシステムが、こんなチュートリアルで把握できる訳ないでしょ。せめて広辞苑並みの説明書を作らないと足りないに決まってる。読まないけど。
そしてこのゲームで身に付くのは『彼氏力』なんかじゃない。いかにしてヒロインの純真無垢な悪意に気付き、逃げるかという『危機察知能力』だ。
「なあサンゴちゃん、今は忙しいんだって。夜には絶対やるからさ。頼むからちょっと黙ってて……」
『このゲームの醍醐味は、何と言っても動くことです。まずは表示されたポイントまで移動してヒロインと会ってみましょう!』
無視ですか、そうですか。
このゲームの特徴でもある対話システムは、彼女たちにとって都合の良い話の時にしか反応しないらしい。
あ、あと当たり前のように会話していることについてはもう突っ込みません。いつもの謎技術です。
しかし、ここで引き下がる訳にもいかないのだ……!
いつもの放課後とかならまだしも、今は体育祭の真っ最中。加えて俺には新聞部のカメラマンという仕事付きだ。
ただでさえ忙しく生徒がそこら中にいる校舎で、恋愛ゲームをやりながら練り歩く?一人で喋りながら?そんなことをすれば俺が新聞に載ってしまう……!それに俺だって出場競技はあるんだ。付き合ってる暇なんてない……!
「とにかく俺は絶対にやらないからな……!バイブしようがアラーム鳴らそうが、今日ばかりは折れないぞ」
『……』
誰もいない校舎裏。
遠くで最初の競技のアナウンスと生徒の喧騒が聞こえる中、俺はスマホから見つめてくる彼女にはっきりと拒絶の意思を伝える。俺の声と意思は伝わっているはずだ……!
これからの学校生活と、今日一日の俺の身体……優先する方は分かりきっている!
さあ諦めろ……!諦めて下さいお願いしますっ!
「……」
『……』
……おい。
おいおい待て待て。待ってくれ。
なぜ……電話のダイヤル画面を開く?
あと映ってる『110』ってどういう意味……?
なんでその数字を打ち込んだの?僕ちょっとよく分からないなぁ……!
……え、まじで何するつもりなのこの子?
まさかこの学校に赤いランプをつけた、黒と白のかっこいい車を召喚するつもりじゃないよね?俺のスマホで?
体育祭の最中だよ?いたずらでそういうことすると罰金とか凄いんだよ?君は頭のいいAIなんだから知ってるよね!?そんなこと出来ないよね!?機能的にも人道的にもさぁ!?
『ラブラブライフを目指しますか?それとも……違う場所を目指しちゃいますか?』
……恋愛ゲームで『告白』じゃなくて『脅迫』されちゃった。
「……ラブラブライフで」
『はーい!ではヒロインに会いに行きましょう!』
……なるほど。きっとこんなお茶目ないたずらにも笑って対応してあげることが彼氏力になっていくんだな(白目)。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
突然だが俺は今、チュートリアルに殺されかけていることに気付いた。まあ今さっき社会的生命を軽く脅かされたのだが、それ以上だと気付いてしまったのだ。
一から説明したいと思う。いやむしろさせてくれ、そして俺に同情してくれ。
まず第一に、このチュートリアルには時間制限がある。それは今日のお昼まで。
なぜか?
俺は昼休み、紬と昼食を一緒にする約束をしているのだ。というか撮った写真を確認するとかで、三木先輩とか円財の双子もいる。そんな中、動きまわることが必須のこのゲームは出来ない。
だがゲームを放置すればサンゴちゃんの手によってお巡りさんがこんにちは。俺の人生さようなら。
だから昼休みを迎えるまでにチュートリアルをクリアする。これは絶対条件だ。
だが第二に、俺には仕事がある。そう、写真を撮ることだ。
これが体育祭の風景を撮るだけならまだいいのだが、特定の時間に集合写真やらを撮る時間があるのだ。あと生徒会長である三木先輩も。
それに俺が出る出場種目の時間も固定である。
つまりその時間と、恋愛ゲームで学校を駆け回る時間を計算して動かなければならない。
結論を言おう。
新聞部としての仕事をこなしつつ、競技に出て、合間を縫って恋愛ゲームのために校内を駆け回り、今から約三時間後の昼休みまでにチュートリアルを終える。
……同情してくれたかい?無理に決まってんだろこんなの。
いっそのこと明音たちに電話しようかな……。
『恋愛ゲームやるから仕事放棄します』って。三木先輩にはまた泣かれて心配されるだろうな。静音には泣かされそう。俺が。明音はむしろ喜んで新聞の記事にしそうだ。
……やるしかない。
俺の色々な命(社会的とか精神的とか)がかかってるんだ!やるしかないんだよおっ!!
「直近の予定は約二十分後にある校庭でのクラス集団撮影……そしてヒロインとかいう化け物がいるのは体育館……Heyサンゴちゃん!体育館までの最短距離は!?」
『西階段を使って下さい。東階段の方が近いですが、手前に生徒の人混みが多いため、そちらを推奨します』
キタコレ。やけくそで言ってみるものだ。
生徒の動きを現在進行形で把握していることに恐怖を感じざるをえないが、例の謎技術だろう。今は急ぐことが先決だ。
「……よし着いたぞ……!さっさと出てこい化け物……!」
体育館は体育祭では使わないため人気はない。恋愛ゲーム片手に持ってる俺からすればありがたい限りだ……あっ!野生のヒロインが現れたっ!
『あらぁ、初めまして。私はお花屋さんをやっているハナと言います。お一ついかがですかぁ?』
『このように街中でヒロインと出会い、知り合うことから関係が始まる……というのが基本的な流れになります。ですがヒロインと親密になれるかはあなた次第!今回は初対面!常識的に、現実でするにようにヒロインと話して好印象を与えましょう!』
常識的に考えて体育館に花屋の女の子がいるってありえなくない?ヒロインレア度SSRだなこれは。
……今更だがヒロインにはレア度が存在する。この要素が必要なのかは分からないが、伝説的なヒロインも存在するらしい。
因みに言うと今まで俺が会ったミキちゃんやリンちゃんはレア度Cだった。つまりあのレベルの化け物が街中にのさばっているということである。
もう俺怖くて出歩けないよ。
……話を戻そう。
さて、どう対応すべきか……
……適当に相手すればいいか。関係が築けなくても、チュートリアルだからな。終わらせることだけを考えよう。
『……ごめんなさい。私、適当とかそんな軽い気持ちでは付き合いたくないので……』
「!?」
……俺何も言ってないし操作してないんだけど!?
『……ミツキさん?女の子はあなたが思っているよりも男の視線や思考に敏感なんですよ?そんな考えではヒロインは答えてくれません!ではもう一度ヒロイン探しから始めましょう!』
待て待て待って!待ってくださいっ!
始めましょうじゃないんだよ!こっちは時間が無いって言ってんの!というか、何でたかがゲームで視線やら思考まで注意しなくちゃならないの!?
「ちょ、ま、待ってくれ!もう一度やり直させてくれって!な!?」
『コンテニューは課金制ですがよろしいですか?二千円になります』
コンテニューに金取るの!?しかもたっか!!
これチュートリアルだよね!?いやこの恋愛ゲームの過酷さを伝える意味では全く正しいと思うけども!!
『払えないようであれば、大人しく別のヒロイン探しに出て下さい。表示されたポイントにヒロイン反応がありますよ!』
サンゴちゃん凄い笑顔だけど、図書室は今開いてないって……!体育祭の最中だぞ!?どう潜入しろと……!?
というか時間もやばい……!何だかんだで五分後には最初の競技が終わり、集合写真を撮りにいかなくちゃならない!
「ああもう仕方ないっ、向かいながら方法を考えるしか……っ」
「光樹?こんな所で何をしてるの……?」
「おわああぁっ!!?」
「ふえ!?な、何!?」
振り向いたら目を丸くして驚いている紬がいた。
紬かよ……!勝手に課金されてヒロインが残ってくれたのかと思ったわ……!でも今は紬の相手をしている場合じゃ……いや待て。この状況もまずくないか……!?
だって俺は今この恋愛ゲームをやっている真っ最中だ。それを、よりにもよって紬に見られたらまた面倒なことに……っ!
「つ、紬か。奇遇だなぁ……えと、何でこんなところにいるんだ……?」
「それは私が聞いたんだけど……それに光樹。さっき何か……話してなかった……?」
紬の瞳がすっと細くなる。
……怪しまれている。俺がまた恋愛ゲーム禁断症状を引き起こして、隠れてやっていたと思われてる……っ!止めて、そんな目で俺を見ないで!
違うんだ!だってやらないとお巡りさんが来ちゃうからあ……っ!
しかしそんなことを説明したところで信じてもらえる訳がないし、話している程の時間もない……!
「いや、その……あれだ!生徒会の依頼で備品を確認に来てさ。もう戻るよ」
「へえ……誰と話してたの……?」
「み、三木先輩……用事も済んだし、先に戻るな!紬もそうしろよ!」
最後まで言い終わらない内に駆け出す。
何が何でもここから移動を……!
「……ねえ光樹?」
「は、はい!?」
「……私たちは、ずっと見てるからね……?」
思わず、振り返る。
紬は……とても優しく笑っていた。
「だから、心配しないでね」
「……はい」
……今度こそ、駆け出した。それはもう本気で。
……ずっと見てるって……どれだけ要注意人物だと思われてんだよ俺ぇ……っ!
「『やり直させて』、か……やっぱり、まだ……っ」
体育館にぽつりと残された少女は呟く。
そこにあるのは悲しみか、苦しみか。あるいはその両方以上かもしれない。
それでも、彼女は。
「絶対に、一人にはさせないから」
その瞳に宿る怒りの揺らめきを消してはいない。