14.新キャライベント
ごめんなさい!また遅くなりました……!
「八代ー、湯島ー、吉田ー……よし、これで中間テストの返却は終わりだな。説明した部分はちゃんと復習しとくように。じゃ、解散~」
それを合図に生徒たちは一斉にガヤガヤと動き出す。
先生に勉学を請う者、テストの結果に一喜一憂する者、教室から飛び出す者……まさに学生らしい光景だと思う。
ま、俺は学校が終わった瞬間に恋愛ゲームをする者なんだけどね。
これが学生らしい行動として世間に広まれば、俺もコソコソやらなくて済むんだけどなぁ……誰か『恋愛ゲーム系男子』とかの流行作ってくれないか。
さて……そんな下らないことはどうでもいいのだ。
今日は紬も用事があるとかでそそくさと教室を出ていき、既にいない。
俺もいつもなら早いとこ帰宅するのだが、今から……ある人物とお話しなくちゃならないからね。
「さあ瓶底眼鏡くん。楽しくお話しようじゃないか」
「おや、光樹くん。テストの方はどうだったかな?まああの恋愛ゲームをやっていて低得点などあり得ないけど」
いい加減、こいつの恋愛ゲームの定義が分からなくなってきた今日この頃です。
おかしいでしょ。何で恋愛ゲームをやってたら成績が良くなると思ってるの?こいつはあの恋愛ゲームに何を求めているのか。
いや、実際成績が上がったから何も言えないんだけどさ……。
代償として精神的寿命は確実に縮んだけどね。あの悪魔たちによって。まさに悪魔の取引。
「テスト期間中は我慢したんだ、単刀直入に聞かせてもらうけど……お前あのゲームは一時的に止めるって言ったよね?それが何でアップデートしちゃってんの?」
「技術の進歩は誰にも止められないのさ……」
つまり制御不能じゃないですかやだー。
「で、本当のところは?」
「朝日奈さんとイチャイチャしてんのがムカついたから妨害しようと思って。後悔はしていない」
だからおかしいよねぇ……?
なんでさらりと言えるの?後悔の前に反省と俺に対する謝罪をしなさいよ。されても許さないけどさ。
何度も言うけど、これをやれば恋愛マスターになるんだよね?そのために俺にやらせて、君も何とか賞をもらえるとか言ってたじゃん。
それがどうして妨害しちゃってるのかな……本末転倒。誰も幸せにならないよこれ。
「……言いたいことは腐るほどあるが、まず俺はイチャイチャしてないし、勉強会をしていただけだから……それで、どうして俺たちが勉強会をしていたことを知ってる?」
そう、それだ。
アップデートのタイミングもそうだが、何でこいつは俺たちが勉強会をしていたことを知っているのかが分からない。
当然俺は話してないし、こいつが紬と親しかった覚えもないぞ。
「ああ、それはだね。あの恋愛ゲームアプリはスマホに入れてるだけで盗聴と盗撮機能が……って待ちたまえ!?なぜ今ボールペンを持って僕に向ける!?」
「お前をこの世からアンインストールしようと思って」
スマホを壊して、こいつも消す。
「冗談だって!教室の女子が話してるのを偶然聞いたのだ!ほら、こういう男女の話は今時の女子高生なら好きだろうし、話題にもなるだろう!?」
「女子が話して……?」
俺たちの話を聞いてそうな女子……もしかして、直前に俺の連絡先を聞きに来たあの二人とかか?いや、こいつの言う通り、女子生徒ならその手の話に目がなくて違う誰かに聞かれてたのか……。
だとしてもプライバシーの欠片もないと思うけど……
「……分かった。そういうことなら許そう」
「ふぅ……全く、冗談を本気にしてそんなものまで向けてくるとは……そんなんじゃ女子にモテないぞ。せっかく恋愛ゲームをやらせているのに」
「いや、さっきの普通に犯罪だからね?」
あとそれをやりかねないと思わせる程に信用を落としているこいつが悪い。だって本気でやってると思ったもん。むしろこいつは信用落とし過ぎてて、一周回って信じられるという謎の評価になってるんだから。
ついでに言うと、あのヒロインどもは冗談なんて言いません。
すべてが本気で本音。昨日なんて、俺が課金(現実世界で)して磨いたファッションを改めて見せたら『服に使ってる素材は良くなったね!』との評価を頂いただけで、俺についての評価は一切ありませんでした。
……話が逸れたが、まあこれでアップデート事件のことは納得してやろう。
問題は、そのアップデートの内容だ。
「次の質問なんだが……この”サンゴちゃん”って何?」
『私はあなただけの恋愛サポーターですよ、光樹さん♪』
その疑問に答えたのは瓶底眼鏡ではなく、スマホ画面に映っているサンゴちゃん本人だった。
黒を基調とした学生服に、葵色の長髪をハート形の髪留めで二つにまとめた美少女。明るい声調でありながら片目をその髪で隠しているというミステリアスな雰囲気もある彼女が、以前のアップデートとやらで追加されたのだ。
そしてそのサンゴちゃんとやらは一体何者なのか……まあそれも分かっている。
俺専属の恋愛サポーター……正確に言うと、そのアプリ保持者に合わせて適切な助言やオススメの進め方などを教えてくれるアドバイザーだ。
この恋愛ゲームを初めて右も左も分からないプレイヤーに、チュートリアルやヘルプの代わりとして支えてくれるのだ。
……つまり何が言いたいかというと。
「ついに説明役すら放棄しやがったなこの野郎」
「仕方がないだろう。実際にこのアプリが配信されれば、僕が付きっ切りで教えられることなどないのだ。だから説明書代わりとなる彼女の試運転も、君が犠牲……じゃなくテスターになっている内にやっておかねばならないのでね」
本当に配信するつもりなのか、この男。もはやそれはコンピューターウイルスを世界にばら撒くと公言しているようなものなのに。
……やはり俺が止めるべきなのか、そうなのか。
……懸念材料はまだまだある。
「このサンゴちゃんとやら……他のヒロインと比べてもスペックがおかしいだろ。さっきも俺の質問に勝手に答えたし……」
「……まあ、サポーターだからね。僕要らずで済むよう、モーション、表情、セリフテキストの数に、口頭翻訳機能も含めて高性能にはしたさ」
思わず顔をしかめてサンゴちゃんを見る。すると、こちらを心配するかのような表情を浮かべた。
……だからそれが怖いんだよなぁ……何でナチュラルに俺の感情を読み取るのよ。
こいつが要らない高技術を詰め込むと、総じてろくでもないことが起こる。実際起きてるし。告白の口頭入力とかね。
「まあ、その子は今まで君が出会ってきたであろうヒロインとは比べて物にならないくらい良識があり、可愛げがある、まさに理想の女性と言える程に注力して作り上げた子だから安心したまえ。あ、だからと言って恋してはならないぞ?君がどうしても言うならば、ヒロインとして実装するのもやぶさかではないが……」
何を楽し気に語ってるんだろうね、この眼鏡は。良識?可愛げ?いらないよそんなの。
俺の心身にダメージを与えないことだけが理想なんだ。たったそれだけの望みなんだ。
……嫌だなあ……この子と一緒にいたくないなあ……また俺の精神的な寿命が減る機会が増えるんだもんなあ……。
「……あ、そうだ。お前さ、こういうキャラを作るのは自由だろうけど、盗作はどうかと思う」
「……は?」
「いやだって……俺、このサンゴちゃんの容姿に見覚えがあるぞ?何で見たかは忘れたけど……」
これは初めて見た時から感じていたことだ。
黒を基調とした学生服に、葵色の長髪をハート形の髪留めで二つにまとめた美少女で、片目隠し……うん、やはりどこか既視感がある。
恐らく、昔に見た漫画とかアニメで見たことがあるのだ。
こいつが勝手に作っている恋愛ゲームだからと言って、他の人が作ったキャラを流用するのはよろしくないだろうに。
「……」
「……え、何その顔は。一体何の感情を示してるの?」
嬉しそうで……苦しそう?
何だ、まさかお前もあの恋愛ゲームを作っている内に色々と患ってしまったのか。お前も被害者だというのか。そこまで命がけでやることないと思うよ?うん。
主に俺の命のために廃止してくれると嬉しいのですが。
「……っ!あ、いや……き、君にキャラ作りの何が分かるっ!?」
「おお、どうした急に。患ったか?」
「既に飽和しているのだ!ヒロイン界に一体どれほどの女性キャラデザがあると思う!髪、服、容姿、年齢!キャラの属性は有限なのだぞっ!?それを時にかけて割って足して引いて四捨五入して工夫しても、必ず似たようなキャラは生まれてしまうのだ!だから我儘言わないでサンゴちゃんを愛せばいいのよ!!」
「わ、分かった俺が悪かったよ。サンゴちゃんかわいー……」
……よく分からないが、こいつの闇の部分に触れてしまったようだ。というか怖すぎるでしょヒロイン界、治安が悪すぎる。
これ以上話すのは避けた方がいいよな……?
「じゃ、じゃあ俺はもう帰るから……」
未だ何かを話し続ける瓶底眼鏡を置いて、そっと席を離れる。
……うん、やはりあの恋愛ゲームをやっていると、どこかしらおかしくなってしまうらしい。俺はいつまで正気を保っていられるのだろうか……。
「皆田光樹、止まって」
「んえ?」
教室から出た途端に呼び止められた。
一瞬、あの恋愛ゲームがまたマナーモード解除して呼びかけてきたのかと思ったが、今回ばかりは現実の女子に声をかけられたらしい。
……やばいなぁ……現実とゲームの区別がもう……俺も手遅れかもね……。
まあ、それはそれとしてだ。
「何か用か?生徒会の会計さん」
「私には円財静音という名前があるのだけれど」
「前に円財って呼んだら嫌がったじゃないか」
「学校では名字で呼ばれたくないって言ったでしょう……それよりも、少しいいかしら。生徒会長から伝言があってね」
伝言って……伝言ゲームでしか使ったことないぞその言葉。
しかもわざわざ出向いてくるとは、彼女の三木先輩への忠誠心というか、尊敬の姿勢には頭が下がる。
「正確には、頼み事だけれど」
「俺に頼み事?三木先輩が?」
「ええ。近くにある体育祭で、助っ人として動いてほしいとか……」
「ああ、いいぞ」
「……即決。躊躇わないのね」
そりゃそうだろう。
だって三木先輩だぜ?あの恋愛ゲームで泣かされた俺を見ても見下すところか誠心誠意慰めてくれちゃう女神だよ?まあ紬には恋愛ゲームのことばらされたけどさ……
それを差し置いても、彼女の頼み事なら断れない。
「そう。ならばメールでその趣旨を伝えて、今」
「は?今?いや、というかお前が伝えればいい話じゃ……」
「その方が会長も喜ばれるのよ、ほら早く。スマホ出して」
「意味が分からん……」
「あと失礼がないか、私が添削するから」
いや、マジで意味が分からないんだけど……
しかも結局あいつの言う通りの文面になったし。あのゲームのヒロインばりに意味が分からないやり取りだった。