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11.勉強会イベント(2)


「ん~、けっこう進んだね。やっぱり集中すると時間が経つのも早いや」

「そ、そうだな……少し休憩するか……」

「うん、そうしよっか!ふふっ、光樹はもう少し持久力を付けないとね!クタクタじゃん♪」

「は、はは……」


 机にしなだれるように身体を預けながらちらりと見た部屋の時計の時刻は18時。夏が近いこともあって、窓から見える景色に黒はなく、西日の眩しい夕焼けで彩られていた。

 

 因みに俺たちが勉強を始めたのは、青空の見える16時。

 なるほど、確かに集中すると時間が早く過ぎるという紬の意見もよく分かる。かく言う俺も、尋常ではない集中力を発揮したと胸を張って言えるだろう。


 でもね?その集中力は、別にすごく勉強したいからとか、そんな真面目なものじゃないのよ。

 俺は勉強に逃げただけなんだ。他のことに一切の意識を払わないように、むしろ勉強以外見ないように、唯一の逃げ道である勉強に逃げただけなんだ。


 ……何から逃げてただって?

 

 紬の刺すような視線からに決まってるだろう。


 勉強を始めるとき。俺が一年の頃に女子(あいつ)から数学を半ば無理やり教えられて得意教科になったから、『先生やってやろうか?』なんて煽ったのが原因なんだろうね……。

 


 『ソノオンナッテ、ダレ?』

 

 

 始まりました、紬さんのカタカナ言語。

 

 最近の紬が機嫌を悪くしたときに発生するカタカナ言葉。聞いた時はやっちまったというか、ちょっとした死を覚悟しましたね。ええ。

 それからはとにかくこれ以上機嫌を損ねないようにと、彼女のおはなし(最後の審判)に静かに答えつつ、ひたすらに勉強をして時が流れるのを待った。


 正直、質問の内容は恐怖がアレ過ぎて記憶もないんだけど、何だったかな……二年になってからは話してないとか答えたら紬も元に戻っていた気がする。



 ……もうね、何度でも言うよ。震え声で言うよ。



 紬が何を考えてるのか分からねぇ!もう嫌だよ俺!最近の紬の様子がおかしくて心配だから声をかけたのに、ちょっと言葉を間違えると狂戦士(バーサーカー):紬になるんだもん!

 何か悩みがあるかもしれないから、言葉には気を付けて話そう……傷つけないように、割れ物を扱うように丁寧にいこう。そう思っていた時期が僕にもありました。でも実際の彼女は起爆スイッチだらけの、言葉一つで俺が死にかける爆発物でした!!


「光樹、甘いもの食べると集中力も戻るよ?はい、チョコ」

「ありがと……」


 せっかく紬の様子を知るために勉強会を開いたのに、何も分からなかった。その切欠すら見つからない始末。

 今でこそ彼女の機嫌は直っていると見えるが、何がカタカナ狂戦士を呼び覚ます呪文になるか分からないから下手に話す勇気もない。


 しかしこのまま終わるのか……?せっかくあの恋愛ゲームも止めている今がチャンスだと言うのに……!


 そんな風に、ぐぬぬと頭を悩ませていたとき。

 紬が小さく口を開いた。


「……そう言えばさ、こうして光樹の家に来るのって小学校以来だよね」

「へ?あ、ああ……まあ、そうだな」

「中学の頃はなんか……男女の違い?ってやつを意識しちゃって、ぎこちなくて……高校に入ってからは……私が勝手に拒絶して……」


 紬は胸元でコップを持ちながら、中で揺れているオレンジ色を見つめて、独白するかのように語り始める。

 夕日に照らされた彼女はどこか幻想的で、儚い。まさか小さい頃にままごとをしたこの部屋で、こんなにも綺麗な彼女を見るときがあるなんて。あの時の俺に言っても餓鬼みたいに笑うだけだろう。


「……互いに成長してるってことだ。拒絶なんかじゃない、他でもない俺が前にもそう言ったろ?」

「あはは……そうだったね。でも……光樹が優しいのはずっと、ずっと変わってないよ」

「急に恥ずかしいこと言わんでくれ……俺はいつも通りなだけさ」


 ……い、いい雰囲気じゃないか!?

 

 今なら率直に聞き出しても不自然じゃない!この空気なら狂戦士にもならないはず……よし!聞いてしま……


「でもさ、光樹……その優しさで嘘をつかないでほしいの……!」

「……ん?」

「私は光樹の苦しんでる姿は見たくない!だから……隠さないで、私に教えて下さい……!」

「ごめん、何を?」


 あ、やばい。素で声が出ちゃった。

 

「っ……、うん。分かってる。少し前まで光樹にあんな態度をとってた私に、そんな権利も資格もない……それでもっ!お願い、私は光樹の力になりたいの!だから……どうか怖がらないで……!」


 怖がらないで?

 いや、あのカタカナ狂戦士モードを怖がらないのはちょっと無理ですかねぇ……


 ……待て待て、そんな冗談言ってる場合じゃないよ。いや、生死の危機を感じてる時点で冗談でもないんだけどさ。

 紬の言ってることが理解出来ないぞ……?何だ苦しむ姿って。何?俺気付かない内に『右腕が疼く……っ』とか言っちゃってたりするの?もしそうなら俺が怖がられるわ。やばい人って意味で。


 ……え、と言うか何で俺が心配されちゃってるの……?


 逆でしょ?俺が紬を心配してたんだけど!?


「ちょ、ちょっと待て。むしろ悩みがあるのは紬の方だろ?最近様子がおかしいし……それに、俺がいつ苦しんだりしたんだ」

「っ、もうっ……でも……うん、ごめんね光樹。ちゃんと言わないと伝わらないもの。だから、私もちゃんと言うね」

「お、おう」


 ……?

 よ、よく分からないが、ようやく紬が色々と話してくれそうだ。改めて紬が背筋を正し、至極真面目な表情で俺に向き直る。




「出来ることなら、光樹が好きになった人をとやかく言いたくないけど……いくら何でも酷いし、好きでも限度があるよ!目を覚まして!」




 ……え?


 エ?


 ゑ?


 ……もしかしてじゃなくても、あの恋愛ゲームのことを言ってらしゃる??


「お願い光樹!私、これ以上あなたのそんな姿見たくないっ!!」




 んああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!????




 三木生徒会長ぉ!!言わないでって言ったよね!?一生に一度のお願い使って言ったよねぇっ!?何でよりにもよって紬に話してんですかぁねぇ!!?

 あれじゃん!!絶対あの恋愛ゲームのこと言ってるじゃん!!

 俺が恋愛ゲームで財布役にされて、挙句振られて意気消沈していた、あのことを言ってるよこれぇ!!


 そりゃ俺に対しても優しくなるよね!


 だって二年で同じクラスになった幼馴染が恋愛ゲームのヒロインにガチ恋してて、挙句弄ばれて振られて、意気消沈してたとこを生徒会長に慰められてるんだもんな!!まとめたらけっこうヤバい奴になってたよ!!

 『私の幼馴染がやべぇ、優しくしなきゃ』ってなるわ!憐れんで、必死な顔で『目を覚まして!』って言いたくなるわっ!!


 あ、『教えて』ってつまり『相談して』ってこと?

 どうしてそんなになるまで放っておいたのかって?


「私は光樹の力になりたいっ……だから、私に話してみて……?」

「ぐふっ……」


 心理カウンセリングか何かかな?

 俺が凄い闇を抱えてるみたいになってるよ。しかも紬の必死な様相……本気で俺のことを心配してるから、尚のこと情けなさと羞恥がすごいぃっ!


「い、いやそんな……気にしないで大丈夫だって。全然相談とかするほどのことじゃないからさ」

 

 うんホントにね。だってただ、ちょっとリアル過ぎる恋愛ゲームを攻略してただけだから。それで泣いたり吐いたりしてる俺も重症なんだけど。


「っ、また光樹は一人で抱え込んで……!このままじゃ、光樹の心が壊れちゃうよっ!何で話してくれないの……?」


 恥ずかしいからですが何かぁっ!!?

 心をブレイクされそうという彼女の意見は全く否定できないが、あまりに格好悪くてこんなこと相談できねぇ……というか『瓶底眼鏡に恋愛ゲームの試運転をさせられてます』で説明が終わる!別に俺、心の闇とか抱えてないから……ないよね?

 

 と、とにかくこの展開はよろしくない。

 まさか紬の悩みの種が、俺自身だったなんて……!これ以上突っ込ませる訳にはいかない。どうにか安心させて、話を流そう……!


「ほ、ホントに大したことじゃないし、紬も気にしないで……そうだ、何か飲んで落ち着こう。台所から持ってくるからちょっと待って……」


 とりあえず落ち着く時間を作ろうと立ち上がる。


 ……後になって考えれば、この時の俺はだいぶ焦っていたのだろう。

 そんなことをすれば紬だって立ち上がり、俺を止めようとするに決まっていたのに。

 

「み、光樹!?待って……って、きゃあっ!」

「うおっ!?」


 ずっと座っていたからか、急に立ち上がった紬が足をもつらせて体制を崩す。俺の方へと倒れ込むように。

 

 俺は、そんな紬を受け止めようとしたんだが……


「あう……ご、ごめん光……樹……?」

「だ、大丈夫か。つむ……ぎ……?」


 互いに、言葉が出ない。


 ……現状を整理すると。

 俺の目の前には、紬の顔が。紬の目の前には、俺の顔が。





 紬が俺の上に乗っていた。紬が俺を、押し倒すように


 

 


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[気になる点] >ずっと座っていたからか、急に立ち上がった紬が足をもつらせて体制を崩す。俺の方へと倒れ込むように。 些細なことなのですが、もつらして、またはもつれさせて、が正しい表現だと思います。 …
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